第四章 第七話(2)『白獅子』
白煙は一際高く舞い上がり、即座に霧消した。
メルヴィグ南方域の宿場町、モンセブールの広場の一角。
そこに佇むは、メルヴィグ一、高貴さと気品があると言われる鎧獣騎士。
伍号獣隊の防具授器は、他のどの騎士よりも優美に映え、全身を純白の体毛に覆われた姿は、神秘的な赴きさえ感じさせる。
右手には、円盾。
左手には、同サイズの盾に、剣と篭手が合わさった、特異な形状の盾。剣盾。
メルヴィグ南方守護の要にして、絶対の守護者。
白獅子の人獣騎士。
ホワイトライオン〝ガグンラーズ〟。
ホワイトライオンとは、白子症とは異なる白変種、即ち、いくつかあるライオンの種別の一種である。
通常のマサイライオンやインドライオンよりもその数は少なく、絶対数から言っても稀少。ましてや神之眼を有する鎧獣ともなれば、ごく珍しい。
中でもこの〝ガグンラーズ〟は、名工と呼ばれる錬獣術師ドレの二代目が制作した、特級の一体だ。オルペを守護し続ける、当地最強の鎧獣騎士として、その名を知らぬ者はいないとさえ言われていた。
そして、それを駆るは、覇獣騎士団、最強の七人の一人。
主席官ルドルフ・フォン・ロートリンカス。
彼は歴代の主席官でも、最もガグンラーズの性能を引き出した騎士として、後世に名を残すほどの使い手であり、ガグンラーズの二つ名〝守護聖者〟を最も体現した人物であると言われていた。
威厳のある佇まいは、騎士団の隊長というより、一国の主のよう。
百獣の王として名高い、ライオンの鎧獣騎士だからという訳ではない。
他国の騎士さえも戦く数多の戦歴が、純白の威容から滲んでいるのだ。
対するは、メルヴィグ王国に仇なそうとする、謎の過激派組織。
黒母教・灰堂騎士団の十三使徒が一人。
ジャコウウシの鎧獣騎士。
センティコア。
この人牛騎士が、如何ほどの実力かは計り知れぬが、ガグンラーズとなったルドルフへの信頼感は、カレルやリッキーらにとって、絶対とさえ言って良かった。
それゆえに、両名も今は鎧化を解いて、己の愛獣達を休ませていた。
「名は、何と言う」
王者の風格で、ルドルフ=ガグンラーズは尋ねた。
巨大な大刀の授器〝ロカマター〟を肩に担ぎ、センティコアは返答をする。
「灰堂騎士団十三使徒の内、第九使徒、ベネデット・コンパーニ。貴様の〝盾〟を破り、この国に破滅を齎す者の名だ」
「なるほど」
――って、納得してんじゃねーっつーの。
思わずリッキーが、心中で突っ込む。
カレルも呆れ気味な顔をしているが、彼からすればいつもの兄らしい返答。
「では参るぞ」
白獅子騎士ガグンラーズの言葉に、センティコアが構えをとる。
――?
だが、ガグンラーズは構えない。鎧化した時のまま。その場に棒立ちしている。
――どういうつもりだ? 俺を舐めてるのか?
舐めているなら丁度良い。わざわざ本気にさせる等という甘い考えを持ち合わせていないベネデットは、ならばとばかりに、両腕両足に力を込めた。
ライオンなど補食獣系の鎧獣騎士が、変則的で予測不能な俊敏さを旨とする狩撃走が動きの基本なら、牛や馬といった鎧獣騎士は、スタミナが多く、直線的だが勢いならば補食獣に勝る駆撃が闘術の基礎。それに倣って、センティコアは弾丸のように真っ直ぐ突っ込んでくる。
基本こそ王道。
そして王道こそ、シンプルにして最強。
まさにそれを体現するかのような、矢よりも速い突撃。
ぶつかる!
まさにそう思ったのが後の話。ガグンラーズの直前で、大地が爆発した。
――?!
違う。
地面が爆ぜたのではない。
衝突の直前で、センティコアは大刀を地面に突き刺し、無理矢理に軌道を変えたのだ。
気付いた時には、めくれた土砂のシャワーと共に、その姿は掻き消えている。
――獲った!
ベネデットはほくそ笑んだ。
センティコアを纏ったその体は、遥か頭上。
跳躍では追いつかぬほどの宙空に舞い上がっていた。
ジャコウウシの巨体が、である。
そして滑落する勢いで、そのまま上から叩き臥せるように突っ込む。
ラフ・ラーザをはじめ、他の使徒もよく使う、灰堂騎士団の獣騎術〝オピシニウス流〟の代表的な闘術だ。全速の勢いを殺す事なく、トリッキーに攻撃を変える。初手で躱せる者はまずいない。まして相手を侮っているのなら尚の事。生物とは、横の動きには馴れ易いが、立体的な縦の動きには目が馴れ難い。その隙を衝いた、草食獣系鎧獣騎士ならではの攻撃。
鈍い音を響かせ、大刀の一撃を、もろに直上に受けるガグンラーズ。
――鈍い?
手応えが気付かせる。同時にベネデットは、即座に距離を取ろうとする。
空を裂く一閃。ガグンラーズの一撃を紙一重で躱した。
判断が遅ければ、致命傷となっていたかもしれない。
見ると、ガグンラーズの右腕が頭上に翳され、左腕が、センティコアを斬り損ねた形で留まっている。
――俺の一撃を読んでいたのか。
センティコアの大刀を片腕で受け、カウンターで剣盾を振るう。
――侮っていたのではなく、誘いの構えとはな……。
構えの無い構えは、隙だらけのようで、隙のない形。それにつられて飛び出した己の方が相手を侮っていたと言えるかもしれない。だがこちらのわずかな逡巡を逃すような相手ではない。
即座に地を蹴り、剣盾による連撃を繰り出す。
防戦一方のセンティコア。
手数の多さ、速さは、さすがに向こうに分があった。
それほど深くないものの、じわりじわりと体に傷を増やしていく。
――クソッ。
こちらの隙を作るように、わざと大刀を大振りにし、一旦体勢を立て直そうとする、ベネデット=センティコア。
ガグンラーズはひらりと刃を躱すと、彼我の距離は一気に開いた。
センティコアは大刀を正面に構えなおした。
「す……すげぇ」
瞬きも許さぬ攻防の展開に、見ていたドグは、思わず息を呑む。
相手のジャコウウシの鎧獣騎士の攻撃も並大抵ではないが、ガグンラーズはそれすらも凌駕しているように感じられた。
およそドグの今までの中で、これほどの実力を持った騎士は、見た事がない。獣騎術の師匠であるリッキーも恐るべき遣い手だが、ガグンラーズを駆るルドルフは、それを上回る実力者に思えた。
これが最強騎士団の最高峰か……。
ドグはただただ圧倒されるしかなかった。




