第四章 第六話(終)『守護騎士』
吹き飛ばされるジャックロック。
二撃で、こちらはもう動けない。
自分の横には、立ち上がろうと踏ん張るベルヴェルグがいる。だが、この雪豹騎士とて、謎の中毒症状に侵され、いつ鎧化が解けてもおかしくはない状態だ。
「あれでくたばらんか。ゴキブリ並みのしぶとさよな、覇獣騎士団というのは」
眼前のジャコウウシの鎧獣騎士が、呆れ気味に独語した。
ベネデットの蔑みにも、今は言葉を返す事すら出来ない。
碌に戦う事も出来ない体で、それでも何か状況を打開できる策はないかと、今まで耐え忍んで来たが、何も見つけられなかった。まさに万策尽き果てたようなもの。
だが、呆れられようが、何であろうが、今ここで自分達がくたばるわけにはいかない。
そう思えばこそ、リッキーもカレルも、己の矜持を支えに、ジャコウウシの攻撃を耐えてきたのだ。
しかし、それにも限界がある――。
「害虫は人間に駆除されるから害虫なのよ。お前らも害虫らしく、そろそろ本気で引導を渡してやろう」
ベネデット=センティコアは、六フィートはありそうな大刀を大上段に振り上げると、両の腕に力をこめた。長毛ごしでもわかるほど、二の腕が隆起する。
――ヤベェ……! この一撃は、保ち堪えられねェ……。
いよいよ万事休すかと、リッキーとカレルは歯噛みするしかなかった。
いくらこのジャコウウシが強力だとて、通常であれば、ベルヴェルグの獣能〝鉄骨〟があれば、持ちこたえられぬほどではない。だが、中毒に侵されたこの状態では、為す術がなかった。
「!」
その時だった。
ジャコウウシの足元、その数十インチ先に、一本の矢が突きたった。
挙動に待ったをかけるように。
「――何だ?」
霧の残る周囲を見回すベネデット。覇獣騎士団の連中が、悪足掻きで弓矢でも使ったか? しかし、誰も弓を構えている者などいなかった。
見ると、目の前の次席官二人も、驚いている様子だ。
ベネデットは、大音声で誰何した。
「何奴だ?!」
白い残像が、視界を掠める。
センティコアと、ジャックロックらの間に割って入るように、白く大きな影が、音も無く地に降り立った。
――!
それは、純白の獅子。
ホワイトライオンの鎧獣が、どこからともなく姿を表した。
まさに雲か霞のように――。
「あ……」
最初にカレルが絶句する。
次いで、リッキーや伍号獣隊の隊員達も気付いた。彼らがすぐに気付くのは当然だ。
白地に金縁。
次席官以上が許された、紋様の入った授器を身に着けたその姿を見て、彼らが分からぬはずもない。
リッキーらの後方。霧にけぶる幕を縫って、カツカツと馬の蹄が鳴る音。
マントを羽織った男が、姿を表した。
その手には、短弓が握られている。
「まさか……」
カレルの驚きも道理。
男の衣服も、ホワイトライオンの鎧獣同様、白地に金縁。浅葱色の菖蒲模様が染め抜かれている。
「兄上……!」
姿を見せたのは、伍号獣隊 主席官。
ロートリンカス家次期当主。
ルドルフ・フォン・ロートリンカス。
「怪物退治と聞いたので弓を持参したが、持ってきて正解だったようだな」
低音の、威厳に満ちた声。
ルドルフは一人ごちた後で、乗馬をそのままに前に進め、リッキーらの前で降りる。
「どうして……? 何故、兄上が、ここに? 来られるのは明朝のはず」
「うむ。その、何だ。お前も何か難渋してるのではと思ってな、少し早くに来てしまったのだ」
無表情でルドルフは答える。
「少しと。早すぎです、兄上。まだ夜中ですよ」
兄のクセを知っているだけに、カレルは雪豹の顔のままで呆れ気味に呟く。
「何言ってんだ。ルドルフ主席が来てくれたんだぞ……!」
呆れるカレルに、リッキーが横槍を入れる。確かに、戦いも出来ぬ両名からすれば、彼がここに姿を表した事は、正に天佑神助そのもの。普段、ろくに神を拝みもしないリッキーが、この時ばかりは神々に感謝を述べたいくらいだった。
「そうなんだが……」
やりとりの最中。
ホワイトライオンの鎧獣が、威嚇の声を唸らせた。
敵意に反応したのだ。
「主席だと? お前、伍号獣隊の隊長、オルペの御曹司か?」
ベネデット=センティコアが、一旦大刀を下げ、ルドルフを睨みつける。
問いかけには応じず、代わりにルドルフは、隣の弟に尋ねた。
「……こ奴は何だ? カレル」
「その、何と言いますか、おそらく怪物騒ぎに関係する者かと」
「ほう」
「兄上、恥を忍んでお願いします。どうか我々に、ご助勢願えませんでしょうか。我々、先遣部隊、悉く謎の疾患に見舞われ、満足に動けぬ有様なのです。私やリッキーも同様で、恥ずべきなのは重々承知。なれど、このままでは目の前のこ奴に、この街諸共、蹂躙されかねません……! お願いです、兄上。どうか加勢下さい」
ルドルフは、視線だけはジャコウウシのセンティコアに向けたまま、無言でいた。
ホワイトライオンの鎧獣も、ずっと威嚇の体勢をとっている。
やがて、おもむろに口を開く。
「カレルよ。一つ聞きたい」
「は」
「こ奴は怪物と関わりあると言ったな。では、こ奴は〝悪〟なのか? 私が断ずるべき〝悪〟で良いのだな?」
顔はセンティコアに向けたまま、視線だけカレル=ベルヴェルグに移す。
「――怪物は、我が隊の騎士のみならず、罪なき無辜の民も、数多く殺めて参りました。それと関わりあるだけでも、兄上が断ずべき〝悪〟と考えて充分かと」
「ふむ」
およそ戦闘中とも思えぬ、兄弟の悠長なやりとりに、ベネデットは苛立ちを隠さずに吐き捨てる。
「何を下らん事をゴチャゴチャと。誰が正義かなど決まっておろう。我ら灰堂騎士団こそ、そして我らが女神オプスこそが正しき道よ。貴様ら邪教の輩は、我らにただ駆逐されれば良いのだ。さァ、御託はいい。貴様が相手となるなら申し分ないわ、覇獣騎士団の主席よ!」
ルドルフは黙然と聞いているだけだったが、ゆっくりと何かを吟味するように答え出す。
「己を〝正義〟と嘯くか……。成る程、災いを地にもたらす者は、古今問わず、自らが正しいと言うものよな」
「あァ?!」
「――我が弟が貴公を悪というのだ。やはり貴公は我らにとっての悪」
ルドルフは、目だけでホワイトライオンに合図を送った。
白き獅子もまた、ただそれだけで瞬時にルドルフの側へと身を翻す。
「そうか……。貴様が俺の相手となるか。カッ! カハハハッ! いいぞ。極めて良い! ただ嬲るだけの任で終わるかと思えば、瓢箪から駒よな! ――さァ、早く白獅子を鎧化しろ!」
覇獣騎士団の主席という、およそ尋常ならざる実力者を前に、このジャコウウシの騎士は、むしろ相手になれと促す。
よほど己の腕に自信があるのか。
それともただの愚か者か――。
ルドルフは、相変わらず無表情のまま、ただ敵の害意に満ちた挑発を受け流すのみ。
「愚弟らに変わって、私が貴様の相手となろう」
ホワイトライオンが、即座にルドルフの背後に回る。
ベネデットは戦いの歓喜に打ち震えていた。
ここで次席官のみならず、主席まで亡き者にしてしまえば、どれだけ
灰堂騎士団内での地位が上がるか――。
もう、あのファウストなる青二才に、大きい顔をされる事もなくなるだろう。
――カッ! 〝毒〟なぞなくとも、覇獣騎士団、なにする者ぞ!
両者の間の空気が、濃密な闘気で膨れ上がっていく。
やがてルドルフが、満を持したように泰然とした低い声で告げた。
「いくぞ、〝ガグンラーズ〟」
白獅子は、主のように低い唸り声でこれに応じた。
「面白い!」
「これからどうなるの?! 続きが気になる」
と思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願い致します!
面白かったら☆五つの高評価をいただけると、創作への励みにもなります!!
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです!
何卒、よろしくお願い致します。




