第四章 第五話(終)『使徒介入』
怪物によって亡くなった人の数は、七名。うち、オルペの鎧獣騎士が四名、あとの三名は、運悪く遭遇した街の住人だ。怪我人の数はその数倍。三十名以上にものぼる。
今晩だけでもこれだ。これまで被害を被った人の数と合わせると、死傷者の数は甚大なものになる。
これほどの獣害事件は他になかった。
しかし、今まで誰も手が出なかったどころか、姿形さえ杳と知れなかった凶悪な怪物を、カレルら伍号獣隊は退けたのだ。捕獲には至らなかったものの、その姿は全員の目に焼き付いている。
ただ、恐るべきは新たに表れたもう一体の怪物である。あそこまで接近するまで、誰も知覚出来なかった事。あれが、もう一体を庇うのではなく、攻撃に向けられていたら――。そう思うと慄然とするものがあった。
どうあれ、一旦は安堵出来る状態になったのは確かだ。
未だ、リッキー、ドグをはじめとする、動けぬ鎧獣達の容態は回復されない。原因が分からぬ今、闇夜に消えた怪物達を追うのは、危険すぎた。一体と思っていた怪物が、二体もいたのだ。三体目、四体目への警戒を布いてもおかしくはない。
まずは被害状況への対処をとりつつ、警戒態勢は厳のまま、カレルは迅速に対応していった。
鎧化を解除した、自分達の鎧獣にも、水と休息を与えるのを忘れない。空腹もあるだろうから、ネクタルも与えようとしたのだが、それはレレケが止めた。鎧獣達が動けないのは、経口摂取による感染かどうか。それは判別出来ぬものの、用心に超した事はない。
一方、イーリオ達も胸を撫で下ろしていた。
見た事のない異形の猛獣に、初めて目にする覇獣騎士団のみによる、本物の戦術と獣騎術。何より、ベルヴェルグの実力。
覇獣騎士団の席官は、一国の騎士団の団長級の実力があるというのは、誇張でも何でもないのだと、改めて感心した。数は六騎のみとはいえ、彼らがいれば、とりあえずは安心だ。それに、夜が明ければ伍号獣隊主席官の部隊も着く。
過剰なまでに不安を感じていたシャルロッタだったものの、これなら安心したろうと確かめると、意外な事に、彼女は未だに暗い顔をしていた。
もう大丈夫だよと言い聞かせるも、それでも彼女の表情は曇ったままだ。
そこへ、リッキーが言った。
「イーリオ、オメーらはさっき、ヘンな気配を感じなかったか?」
「妙な気配? 怪物じゃなく?」
「街の外からだ」
リッキーが言うのは、先ほどの戦闘中に彼が見た、スヴェインらの事である。
闇夜と霧で、常人では見えるはずもないのだが、彼の視力は僅かな明かりを頼りに、二人の気配に気付いていた。無論、それが王都のリッペ邸で見た、スヴェインだとまでとは分からなかったが。
「いえ。別に何も……」
イーリオもドグも、首を傾げる。二人は、さすがにリッキーほどの視力を持ち合わせてはいない。だがそこで、イーリオは何か引っかかるものを感じた。
「リッキーさん。その、妙な気配って、どういう感じ……?」
「さァな。それがワカんねーから、オメーらはどうだと聞いたんだ」
「それってもしかして……怪物襲撃と関係があるんじゃ?」
「かもな。いや、多分関係あるだろーな」
イーリオの脳裏に、不意に閃くものがあった。
――マクデブルク城塞での異様な襲撃。王都での錬獣術師殺害事件。レレケ救出時に見た、黒色の鎧獣。
そして、先ほどの怪物――。
何かが似ている。何だろう? いや、似ているのではない。同じなのだ。イーリオらがある場所に着いたと同時に、〝襲われる〟という事が。
レオポルト王の言葉が蘇る。
――偶然の先には何らかの必然がある。
――君が事態を動かす。
イーリオは、自分でも思いがけぬ事を口にした。
「リッキーさん、僕、あの怪物を追います」
突然のイーリオの言葉に、その場の全員が驚いた。
「あァ? 何言ってンだ? オメー一人であのバケモンを追いかけてどーするよ?」
「今はまだ……上手く言葉に出来ません。でも、あの怪物には、僕達が関わってる事件と何か関係がある。そんんな気がするんです」
「……オメーらしいけどよ。でも、それは止めとけ。この状況は、流石に分が悪ィ」
自分らしい? そうなのか? むしろ自分でもこんな事を言うなんて、驚いているくらいなのに。
「けど、今なら出来ます。いえ、今だからこそ……です。もし僕の考えが正しければ……」
――身内に裏切り者がいる。
最後の言葉は、呑み込んだ。
自分達の行く先々が敵に読まれている。
最初は偶然だったのかもしれない。だが、ここまでくれば自分達の近親者に、〝敵〟と通じている者がいる。そう考えて間違いないだろう。
レオポルト王も内通者の事は触れていた。偶然からの必然とは、これを暗喩させていたのかもしれない。そう、イーリオは思った。
イーリオの発言にリッキーが呆れていると、かぶりつくように、シャルロッタが首を振った。
「駄目! あの〝黒い獣〟に関わっちゃあ駄目!」
シャルロッタの不安――。
それは怪物の事なのか……?
彼らのやり取りを少し離れた位置で耳にしていたカレルも、こちらに近付いて、イーリオを諌めた。
「イーリオ君……だね? 君の勇気はなかなかだと言いたいが、それは勇気ではない。無謀というのだ。見た所、君の銀狼の鎧獣、かなりのものと見たが、それでも君一人で追うのは危険すぎる。これ以上、無駄に人死にを出すのは、私共も本意とするところではない。止すんだ」
だが、それでもイーリオは納得しない。
「大丈夫です。僕のザイロウなら、例えあの怪物相手にも、気付かれずに追えます」
イーリオの頑な言い様に、一同が呆れる。それへ、ドグが激高した。
「何が大丈夫だ! お前ぇが追跡できるんなら、今まで他の誰かが、散々出来てらぁ!」
「ドグ……」
「さっきから聞いてりゃあ、なに正義漢ぶってやがんだ! シャーリーを見ろ! 彼女がここまで止めるなんて、今まであったか? そのシャーリーを不安にさせるなんて……お前ぇ、何を言ってんだよ!」
シャーリーとは、ドグが勝手につけた、シャルロッタの略称である。彼女に気のあるドグからすれば、彼女の言葉を置き去りにするイーリオの発言は、身勝手なものとしか映らなかったのだろう。
「……でも、やっぱりこのままに出来ない。何か……何か大事な事が起ころうとしてるんだ。……やっぱり、僕は行くよ」
「イーリオ!」
「お前ぇ――!」
シャルロッタとドグが、口々に彼を止める。それもそうだろう。まるで根拠のない、〝勘〟頼みなだけの危険な行動など、分別の弁えぬ子供のする事に等しい。だが、それもイーリオは分かっていた。そして、イーリオが分かっている事を、皆も分かっていた。だからこそ尚の事、彼の愚挙を、ドグは止めたかったのだ。
「そこまでして何があるってんだよ? 何もなくって、ただ、あの化け物に襲われたらどうするんだよ?!」
「その時は逃げるさ。大丈夫。――今の僕なら、出来るよ」
「お前ぇ……!」
思わずイーリオの胸倉を掴むドグ。
シャルロッタははらはらとし、レレケも事態の推移を見守っている。
今にも手が出そうな勢いのドグと、それを真正面から見据えるイーリオ。その両名の間に割って入ったのは、意外にも伍号獣隊のカレルであった。
「やれやれ……そこまで言うとはね。君は余程の自信家なのかい? いや、国王陛下のお認めになった少年騎士だ。それも然にあらんと言ったところか……」
カレルはドグの掴んだ、イーリオの胸倉を引き剥がす。力を込めた拳が、いとも容易くほどかれたのに、ドグは目を丸くした。
「どうやら止めても無駄のようだ。ここは彼を行かせてみるとするかい? リッキー」
リッキーは肩をすくめる。
「言っても聞かねーんだよ、コイツは。一度決めたらテコでも動かねェ」
「お前がそんな事を言うとはな……。それじゃあイーリオ君、私の部隊からも、一騎、君につけよう。危なくなったらすぐに引き返すんだ。いいね?」
強く頷くイーリオ。
カレルの言に、ドグやシャルロッタはともかく、レレケも意外な表情を浮かべた。
だが、事態は決した。
すぐさまカレルが、動ける伍号獣隊の内、ピューマの一騎を呼び、事情を説明する。このような子供が、あの怪物を追うとは――。ピューマの騎士はそう思った事だろう。だが、鉄の規律を誇る伍号獣隊なだけに、次席官の命令には反論などしない。イーリオに「よろしく」と告げると、イーリオも「お願いします」と返した。
シャルロッタはと言うと、今にも泣き出さんばかりの顔をしている。
シャルロッタを頼んだと告げ、こうしてイーリオは、ザイロウをその身に纏い、夜の闇へと姿を消していった。
あとに残された仲間達は、ただ見守るしかない。
「あたしも行く!」
イーリオが行ってすぐ、今度はシャルロッタも行くと言いだした。
さすがにこれは……と、彼女を宥めるレレケとドグ。リッキーはもう呆れてしまい「後は任せた」と言わんばかりに身を引いている。
「落ち着いて、シャルロッタさん。貴女まで行くのは流石に危険よ。分かるでしょ?」
「そ、そうだぜ、シャーリー。大丈夫、あいつの事だ。態良くやって、すぐ戻ってくるさ」
「嫌だ! このままじゃ、駄目なの! 危ないのはあたしじゃない! イーリオとザイロウだよ!」
レレケは首を傾げた。シャルロッタが今まで見せてきた超常の数々を思えば、今の発言はあまりにも生々しい危険予知だと言える。一体、彼女には何が見えてると言うのだろうか?
「ねぇ、シャルロッタさん。貴女の言う〝危ない〟って、どういう事?」
「――分かんない。けど、ここのとこがもやもやして。そしたら気付いたの。イーリオとザイロウが危ないって。だから駄目なの!」
胸の辺りをぎゅっと押さえ、シャルロッタは苦悶と切なげな表情で訴える。
やはり、彼女の言動の意味する所は分からない。ただの不安かも、と言われればそのようかも知れないし、予言か予知めいた直感、または彼女しか知り得ぬ〝何か〟だとすれば、そうなのかもしれない。
本来、己の目的を別にすれば、ザイロウなる謎多き鎧獣と密接に繋がり、且つ神之眼の輝きをその額に持つシャルロッタは、レレケの研究対象として最も興味の惹く存在である。
その彼女と長く一緒に過ごしながらも、なるべく〝そういう目〟で見ないように心がけていたのは、イーリオと最初に交わした約束もあるが、レレケなりの気配りのようなものでもあった。だが、このように予測不能な現象を見せ始めると、流石にレレケと言えど、彼女について、色々と探りたくなってくる。
一体、彼女は何者なのか? 彼女の言動の根拠は何か?
それを探る事は、決して悪い事ではないはず。いや、むしろ〝ウルフバード〟を持つザイロウの事を知る手がかりは、彼女自身なのかもしれない。
そのような思いに自問自答していたら、そこへ突然――。
グゥァンッッ!!
大地を揺るがすかのような響きが、巻き起こった。
――爆発?!
振り返ると、確かにそれに似たように、都市の壁の一部が崩壊し、粉塵が巻き上がっている。
「何だ?!」
「何事?!」
カレルら伍号獣隊が咄嗟に身構え、予期せぬ破砕音に、街中が悲鳴の渦を起こす。
まさか、また怪物が襲撃したのか?
そう思った者が幾人もいたろう。
それは、高らかな哄笑と共に否定される事になる。
新たな土煙を縫って姿を見せたのは――
「カハハハッッ!! 久しいなァ! 弐号獣隊 のジャガー使い!」
哄笑と共に毛むくじゃらの巨牛が姿を表した。
高笑いをしているのは、その背に跨がる、濃い髭面の男。
「俺の名は、灰堂騎士団十三使徒が一人、ベネデット・コンパーニ!貴様らの素ッ首、この俺が貰い受ける!」
「面白い!」
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