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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第四章『黒き獣と灰堂騎士団』
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第四章 第四話(2)『席官兄弟』

「お二人は、何かあったんですか?」


 話はじめの前に、いきなり角を付き合わせた両名の訳を、イーリオは聞いた。

 イーリオ君、それを今聞いては駄目、とレレケは内心思うも、時既に遅し。耳に入って来た他意のない疑問が呼び水となり、リッキーとカレルは勢い良く振り向くと、我先にと互いの悪口を並べ立て始めた。


「そもそもコイツは、貴族だが何だが知らねーが何かとデケェ態度取りやがんだ! 平民出身を馬鹿にしてんだよ! 自分は大した活躍もしてねークセに、家柄だけでエラっそーにしやがって――」

「この男の破廉恥極まりない素行、皆様も知っているでしょう?! 見て下さい、この格好! 栄光ある覇獣騎士団ジークビースツの名を汚すに余りある姿です! 大体、ジルヴェスター様にちょっと気に入られたからと言って、図々しくも次席官ツヴァイターまで任じられるなど――」


 二人の言葉は、重なり合って何を言っているのか聞き取れない。

 だが、どういう事かはイーリオも察せられた。

 二人が互いの罵りあいに疲れた頃合いを見計らって、イーリオは呟いた。


「……つまり、仲が悪い、と?」


 「そうだ」と、二人が同時に口にする。


 仲が悪いという点に関しては、息が合っているようだ。


リッキー(こいつ)覇獣騎士団ジークビースツの恥だ! 例え陛下やジルヴェスター様が許しても、私はコイツの存在を絶ッッッ対に、認めんからな!」


 カレルの発言に、再び噛み付こうとするリッキーだったが、それをイーリオとドグが抑え、すかさずレレケが話題を元に戻した。その際、リッキーの持っていた国王の親書を手にする。


「お二人の事情は判りました。けれど、個人的な好悪は別に、我々はレオポルト陛下の重大な命を受けているのです。これがその書面です」


 封蝋が施された親書を見せ、レレケはカレルの周囲に居る騎士達をチラリと見る。


「陛下のご下命については、秘匿扱いになります。出来れば、お人払いを――」


 印形が国王のものだと認めたカレルは、控えている数名の騎士達に、下がるよう頷く。さすがに上下がよく行き届いているのか、心得た動作で、騎士達は一言も発せず、部屋を退出していった。


 それを待った後、レレケはこれまでの経緯いきさつを、かいつまんで要点のみで説明をはじめた。弁舌の巧みさは、自他ともに認める彼女である。相変わらず、大仰な身振り手振りで、芝居がかった言い回しはあるものの、擬音の多いリッキーが説明をする事に比べれば、実に円滑に聞かせられたに違いなかった。





「事情は理解しました」


 一通り聞き終えたカレルは、途中、驚きや感嘆を漏らす事もあったが、特に疑問を挟むまでもなく、事態をすぐさま呑み込んだ。


 カレルの風貌は、いかにも貴族然とした面持ちをしている。

 少し栗色に近い、色彩の薄い黒髪に、緑味がかった蒼い瞳。年の頃は二十代前半と、非常に若い。

 メルヒオールやリッキー、マルガもそうだが、この年代の席官は、若年で就任した者が多かった。これは何者かの意図などではなく、偶然の産物なのだったが、若くして実力者に数えられた彼らは、後年、〝動乱期の黄金世代〟と呼ばれる事になったという。

 それはともかく、見た目の若さとは裏腹に、眉間によった皺は、気性の狷介さを露骨に示しており、一分の隙のない隊服の着こなしも、赤頭に鎖を着けたリッキーとは、まるで正反対だった。

 次席官以上に許された隊服の紋様は、浅葱色をした菖蒲。これは伍号獣隊ビースツフュンフの隊紋でもある。



「――過日、我々の居城を襲撃したアクティウムの部隊も、その、灰堂騎士団ヘクサニアなる連中の仕業だというのですな。……なるほど、それなら得心がいく」

「そちらの事情も察しますが、我々は伍号獣隊ビースツフュンフの邪魔をするものではありません。むしろ、一刻も早く百獣王にお会いしなければ、再び連中の後手にまわるは必定」

「……でしょうね。リッキー(このおとこ)が下命を受けた事については納得がいきませんが、我々とて、怪物退治などと迷信めいた任にかまけるよりは、よほど焦眉の急を要する事柄です。ならば相判ったと、すぐにでもここをお通ししたい所ですが……、生憎のこの霧です。今日の所はこの場に停泊いただくしかないでしょうね」

「私達も、モンセブールに宿をとろうと考えていたところですから、屋根をお借り出来るとあれば、助かります」

「ただ……今の話で、残念な事が一点」

「何でしょう?」


「その、百獣王カイゼルン公ですが……公はおそらく、もうオルペの城を発っているものと思われます」


「ええ?」


 レレケのみならず、イーリオ達も声を上げる。


「私がオルペの城を出る時には、公は既に出立の準備をなさっておられました。もう少し長く逗留する予定だったのですが、私と兄が怪物ベート退治に出払うという事で、公も出立を早められたのです」

「それじゃあ……」


 百獣王の不在という知らせに、全員が戸惑いを隠せない。


「ですが、行き先について、兄が何か聞いているかもしれません。何せ公は神出鬼没なお方。行く宛を尋ねておかねばなるまいと、兄も言っておりましたので……。それに、その兄も、もうすぐここに来る予定ですので、その時、カイゼルン公の所在をお聞きされればよろしいかと存じます。それまでは、モンセブールにご滞在いただければ良いのではないでしょうか? 何、遅くとも明日のうちに、兄は来ますよ」

「その……カレル様のお兄さんって……?」


 横からイーリオが尋ねると、カレルに代わってリッキーが答えた。


「こいつの兄貴は、伍号獣隊ビースツフュンフ主席官エアスターだ。メルヴィグ王国オルペ公領公子ルドルフ・フォン・ロートリンカス。カレル(こいつ)はともかく、兄貴は本物マジモンの騎士ってヤツでよ、南方守護の全権を担う南方将軍であり、別名〝守護聖者シュッツハイリガー〟って呼ばれる程の、凄ェ人さ」


 自分を悪し様に言われた事に、頬を引き攣らせはしたものの、兄の事を褒められたのは、悪い気はしないらしい。カレルは怒気と自慢げな表情を交互に見せ、最後には二度ほど頷いていた。


「兄弟で……、凄いですね」


 イーリオの感嘆に、カレルは誇らしげな笑みを浮かべて答える。


「我が伍号獣隊ビースツフュンフの主席官は、代々、ロートリンカス家によって継承されてきました。先代も、そのまた先代も、創立時よりずっとです。兄はその中でも、歴代屈指の騎士スプリンガーと呼ばれているほどです。この赤頭の馬鹿でさえ、手放しで認めてしまうほどのね。あ、違う。赤頭じゃなく馬鹿頭だった」


 先ほどのお返しとばかりに、リッキーの頭髪とかけて悪罵が口をつくカレル。

 またも角を付き合わせてはいけないと、すぐさまレレケが、話の矛先を変えた。


「ま、兎に角です。互いの事情は了解した事ですし、ここはお言葉に甘えて、ひとまず我々も、体を休める事にしましょう。リッキー殿も異存はないでしょう?」

「ン?! ……あ、ああ……」



 レレケの取りなしで強引に場をまとめた事によって、リッキーとカレルを除く一同は、ホっと胸を撫で下ろした。何はともあれ、揉め事はこれまで。一同はカレルの好意を甘んじて受けられる事になったのである。リッキー一人、カレルが退室した後も、何やらぶつくさと文句を述べていたが、誰も相手にはしないでおいた。

 彼とカレルが水と油なのは、当人を除く全員が十二分に理解出来た。それをして、思わずドグがぼそりと呟く。


「しっかし、同じ騎士団の仲間でも、こうまでリッキーの兄貴と違うもんなんだなぁ」


 先だってのレレケ救出の際の出来事以来、ドグはリッキーの事を〝兄貴〟と呼んでいた。彼なりの尊敬の表れらしいのだが、リッキーの方もまんざらではないようで、それを特に咎め立てたりはしなかった。


「違うってなァ、どーゆー意味だ?」


 ギロリと据わった目で、ドグの方を睨みつけるリッキー。


「い、いや、対照的っつぅか、なんつうか……」


 その剣幕に、しどろもどろになるドグを見かねて、レレケが旅装を解きながら、二人の会話を遮った。


「はいはい。兄弟喧嘩はその辺にして、貴方達は鎧獣ガルーを、街の獣屋けものやから、こっちに連れて来ておいて下さい。ネクタルだってあげなきゃいけないでしょ」


 獣屋とは、各都市に設置された鎧獣ガルーの預かり所の事である。兵器であり、生きた武具である鎧獣ガルーを、そのまま引き連れて歩ける街はあまり多くなく、中規模以上の都市であれば、市政の認可を受けた、専用の〝獣屋〟なる業者に預ける決まりとなっている。


 ただ、このモンセブールの街では、今この場においてのみ、その限りにはなかった。

 くだんの〝怪物ベート〟が原因である。

 街の住民のみならず、鎧獣騎士ガルーリッターでさえ、その牙にかける凶悪な生物が跋扈している現状にあって、街ではある種の厳戒態勢を布いていた。即ち、調査に来た伍号獣隊ビースツフュンフのみ、滞在場所である教会の付近に、隊の鎧獣ガルーを常備する事を許されていたのである。

 それほどまでにこの街では緊張状態が強いられており、イーリオ達も、一旦、街の獣屋にザイロウらを預けはしたものの、カレルの客人となった今は、伍号獣隊ビースツフュンフと同じように、教会の側に鎧獣ガルーを連れるのを許されたのだった。

 レレケはその事を言ったのである。



「兄弟……? リッキーとドグって、兄弟だったの?」


 不思議そうな顔で場違いな事を口にしたのは、シャルロッタだ。とはいえ、場違いと言っても、彼女を知ってる面々からすると、いつもの事である。


「いや、レレケが言ったのは、兄弟みたいに仲が良い喧嘩って意味で、本当の兄弟って意味じゃないんだよ」


 苦笑混じりに、イーリオが説明する。


「何で? ……何で、喧嘩が仲良いの? 喧嘩してるのに?」

「いや、それはだからさ、喧嘩するほど仲が良いっていうか……」

「喧嘩するほど仲良くなるの? さっきのカレルって人とリッキーみたいに?」

「う〜ん……、その二人は仲良いって訳じゃないんだけど……」

「でも、息は合ってたよねっ」


 何を得心したのか、シャルロッタは途端に満面に笑みを浮かべる。だが、彼女の言葉に神経を逆撫でされたリッキーは、ドグの次にはシャルロッタとばかりに、据わった目を彼女に向けた。


「はいはい。皆さん早く動く!」


 また収集がつかなくなると思ったのか、皆を追い立てるように、レレケが四人の尻を叩く。


 レレケって、皆のお姉さんみたいだよなぁ……。


 そんな姿を見ながら、イーリオは頭の片隅で、うっすらとそんな事を思った。

 出会ってどれほどの時間が経ったのだろう。まだ数週間かそこらしか過ぎていないはずだが、既に長年の知己のような気安さが、お互いに感じられているように思えた。

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