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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第四章『黒き獣と灰堂騎士団』
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第四章 第四話(1)『氷炭』

 長雨になるかと思われた空模様は、宵の口にはすっかり上がっていた。

 だが、晴れ間は見えない。

 厚い雲に覆われた冬の空は、星明かり一つ見せず、夜行性の獣でさえ、夜道が見えないかと思う程の暗闇を周囲に広がらせていた。

 暗闇だけではない。

 にわか雨は季節外れの濃霧を漂わせ、より一層、モンセブールの街を不気味に彩っていた。ランプを翳そうとも、数歩先でさえ見えないほどである。



 幸い、日が落ちる前には、モンセブールにあるエール教の教会に到着したイーリオ達一行は、この濃霧の弊害を被る事なく、無事に伍号獣隊ビースツフュンフの営舎に辿り着いていた。



 怪物ベートの捜索と退治に派遣された伍号獣隊ビースツフュンフは、この教会を仮宿として、営泊している。国王からの特命という事もあり、すぐさま隊の次席官ツヴァイターに会おうとしたリッキーだったが、肝心の次席官ツヴァイターは、怪物捜索に出払っているという。仕方なく、鎧獣ガルー達にネクタルと水を与え、とりあえずの休息をとる事とした。

 ただ、どのみち、この霧だ。今から外を出歩くのは不可能といえた。


 やがて小一時間も経つか経たないかといった頃、教会のあちらこちらから、慌ただしい靴音が響いてきた。靴音は数名分の人数を伴って、リッキーらのいる教会の居室へと近付いてくる。

 落ち着いた所作で居室の扉が開かれ、数名の男女が入ってきた。


 覇獣騎士団ジークビースツの隊服を身に着けた者が四名。内、一名は、先ほど街道で出会った伍号獣隊ビースツフュンフの隊員だ。残りは意匠の統一された騎士スプリンガーの着衣。このメルヴィグ南部地域に根付いた、オルペ領の騎士団だろう。


 一団を引き連れる中央の若い男が、一人、ずい、と前に出た。

 目の前には、肘掛け椅子で横柄に座るリッキーがいる。

 男が唐突に告げた。




「帰れ」




 何も聞かず、何の説明もなく、男は一言吐き捨てると、くるりと踵を返す。


「あァン?!オイコラ、ちょっと待て、ロートリンカスの〝弟〟!」

「その呼び方をするな……!」


 吐き捨てた後で、男は返した体を、再び向きなおさせる。リッキーも椅子から立ち上がり、お互い額がこすり合わさんばかりに睨み合いをはじめた。


「ちょっ……! ちょっと、何ですか、リッキーさん」

「ツ、次席官ツヴァイター、落ち着いて……!」


 イーリオと伍号獣隊ビースツフュンフの隊員は、いきなりの展開に慌て、噛み付かんばかりの二人を、それぞれ抑えるようにした。


「何度言ったらわかる。私の名は、カレルだ! 兄の付属物のように呼ぶんじゃない」


 若い男、伍号獣隊ビースツフュンフ次席官ツヴァイター、カレル・フォン・ロートリンカスは、不快さをより一層濃くして、リッキーを睨みつける。

 一方、リッキーも負けていない。


「ハッ! てめェなんざ、弟クンで充分じゃねーか。いつもいつも、金魚のフンみてェに兄貴のケツにくっついてまわって、まるで芸がねェぜ」

「……スウェトニウス曰く。〝中身のない酒樽ほど、音が大きい〟とはよく言ったものだ。まさにお前のような学のない人間に相応しい言葉だな、リッキー・トゥンダー!」

「相変わらず、ワケわかんねーコト言ってんじゃねーぞ。オレ達ゃ、陛下の特命でここに来てんだ。テメーみてえな兄貴のオマケ風情が、エラそーにしてんじゃねーっつーの」

「陛下だろうが猊下だろうが、私の知る所ではない。知らねばそれはないも同じ。であれば、貴様らは早々にここを立ち去れ。それと、この街道は我々が全て封鎖した。ここを通るはまかりならんぞ」


 いきなり喧嘩を始めたと思ったら、事情も説明も何もなく、一方的に拒絶するカレル次席官。事態が呑み込めないイーリオ達は、ここは自分の出番とばかりに、レレケが二人の間に割って入った。


「と、とりあえず、二人とも、落ち着いて下さい。何がどうなってるのか、説明だけでもお聞きくださいませ、次席官ツヴァイター様」


 怪しげな風体に、パっと見は男か女かも判らぬ出で立ちのレレケだが、彼女の声音は、人の心にすべりこむ(・・・・・)。レレケのへりくだった物言いもあり、吊り上げた両眉を少し下げたカレルは、「何だお前は?」と、こちらを睨んできた。


「私はレオポルト陛下の密使の一人、錬獣術師アルゴールンにして獣使師ビーストマステルのレレケと申します。貴方様には、レナーテ・フォッケンシュタイナーと名乗る方が、通りが良いかと思いますが」

「フォッケンシュタイナー……?!」


 半瞬、カレルは己の記憶をまさぐる表情を見せたが、すぐさまその姓に思い当たった。周囲の騎士達も同様である。栄光と憎悪。尊敬と侮蔑。複雑な記憶を想起させる、かの家名に、リッキーとの諍いもみるみる鎮火していった。


「お前……いや、貴女はまさか?」

「はい。壱号獣隊ビースツアイン のクラウスの妹にあたります。今はゆえあって、リッキー次席官と共に、レオポルト陛下の密使を、こちらの騎士スプリンガー、イーリオ殿、ドグ殿と共に仰せつかっております」


 ざわめく騎士達。

 予期せぬ名前に、瞠目するのも無理のない事。紹介されたイーリオ達を視線で追ったのも束の間、再びレレケの方に目を移し、戸惑いと驚きを処理しきれぬ顔で浮かべるカレル。その間を待って、レレケは続けた。


「お話……、聞いていただけますでしょうか?」


 丸縁眼鏡を外し、羽根つき帽子を外した恰好で、レレケは凝と目を合わせた。


「ああ……。クラウス閣下の妹殿なら……」


 最後の言葉にムっとするリッキーだったが、レレケに抑えられる形で、兎にも角にも事情の説明を聞いてもらえる事となった。

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