余話『疫病神一〇九六〈後〉』
ルジルが去っていくのを確認したドグは、「それじゃあ一気にカタをつけるぜ」と構える。
動き――。その全てに意識を集中して。
全身を獣の剣と化して。
が、しかし――。
人竜の肉は抉った。鎧ごと吹き飛ばして。
しかし寸でのところで、致命傷には至らなかった。
それどころか人竜は、ジルニードルの一撃を回避しながら、口を開けて光の矢を放つ。
こちらもかろうじて、反撃を躱すサーベルタイガー。
「っと?! 何だ?! 今のは」
叫ぶドグの耳に、通話音声でロッテの声が届いた。
「今のは装竜騎神が装備している重粒子破壊光線〝極帝破光〟だ。獣能じゃないぞ。装竜騎神の標準武装だ」
「マジかよ……!」
「言っておくが今の光線も――」
「マジの破滅の竜と比べたら大した事ない威力とか、そういうんだろ。だからって喰らっちまったらヤバいだろ、あれ」
「分かってるじゃないか。ようは、当たらなければどうという事はないって話だ。ヘナチョコな攻撃なんざしてないで、もっと集中しろ、ガキンちょ」
「好きに言いやがって……!」
傷を負わされた事で、ヴェロキラプトルの攻撃が激しさを増した。
ロッテの言うように当たらなければ――ではあるし、今のドグならそれほど難しくなく回避出来ている。しかし、それでも隙がない。
「おい! クソガキ!」
離れた位置からのカイゼルンの声を、ドグはサーベルタイガーの聴力で聞き取った。
「何で獣能を出さねえ?」
んな事は分かってるとぼやきつつ、叫び声でドグは言い返す。
「出せねえんだよ!」
「あ? もしかしてまだそこまでですらねえのかよ」
「違ぇ! 出せるけど、一発だけなんだ。力の制約もあるしな!」
ああ、とカイゼルンは納得した。
アルタートゥムは拠点である天の山を離れての行動があまり出来ない。使える力にも限度が発生してしまう。でなければ肉体と魂が滅んでしまうからだ。
「だからあれか、獣王合技を出そうとしたのか」
うっせえな――と戦いつつぼやくドグ。
三獣王級の騎士だけが扱える最高武術・獣王合技。
アルタートゥムの地獄のしごきを受け、ドグもかなりの腕にはなっていたが、それでもまだまだ未熟であった。
この最高奥義も教え込まれたが、まだ完璧な習熟には程遠い。何回かに一回は成功するが、それでも本番で放つのは初めての事。
さっきはそれをあの人竜に放とうとしたのだが、威力も精度も中途半端となってしまい、結果、仕留め損なったというわけである。
「おい! クソガキ!」
呼びかけるカイゼルンの声に、「いい加減うるさいなあ」とドグがジルニードルの中で苦虫を噛み潰す。
「特別にこのオレ様が教えてやる!」
「はあ?! 何を?」
「獣王合技だ。いいか、お前ぇの出そうとした〝覇王旋壊牙〟はな、動きや体の使い方も重要だが、一番は軸だ。体の軸、それに目の軸。何より自分の目の軸をブレさせるな。そこにあのアホみてえな無茶な動きを乗せろ! いいか、お前ぇに出来てねえのは軸の安定だ。自分の軸で見ようとするな! ジルニードルの視点の軸で見ろ!」
目の軸――。
その言葉にハっとなる。
単純な教えだが、今のドグにはそれだけで全てを読み取るだけの力があった。カイゼルンもそれが分かっていたから、言葉だけで伝えたのだ。
お前なら出来るだろう――と。
ヴェロキラプトルの口から、再び怪光線が放たれた。
都市が燃える。建物が四散する。
けれどもそれは、この竜にとっての大技である。最早戦いの理性がとんでしまった敵には、それが分からなくなっているようだった。
そこを見逃すドグではない。
カイゼルンの教えを噛み締め、己の動きを限界以上に研ぎ澄ませる。
大地が爆散した。
地を蹴ったジルニードルの残滓。
サーベルタイガーの全身が、螺旋を描く破壊の突貫と化し、全てを貫く。
――覇王旋壊牙。
最高奥義の一つが直撃。
死神鎌を持つ人竜の腕を、胸元からごっそりと千切り飛ばした。
「やるじゃねえか」
カイゼルンがほくそ笑む。
この世の終わりのような咆哮をあげるヴェロキラプトルの人竜。それでもまだ、仕留められてはいない。
もうヤケクソとばかりに、滅多矢鱈に光線を吐き散らしはじめた。
「そこまでにしとけ」
ドグ=ジルニードルが、構えを取った。
腰だめになり、両足に力をいれる。
突き出した片腕。
それが、何かを掴むような――獣の顎のような形に見えた。
そして。
「〝最強の牙〟」
高エネルギー体の巨大なサーベルタイガーの髑髏が、出現した。
大きさの故か、動きは速くない。それはドグがまだ未熟だからであろう。
けれども瀕死となった人竜には、その速度でも充分だった。
まるでひと呑みで喰らうように、巨大すぎる髑髏の、巨大すぎる牙が――竜に突き立てられる。
まさに刹那――。
断末魔さえ呑み込んで、この世ならざる神の牙が、邪悪の魔竜を完全に消滅させた。
※※※
夜が明けると、大規模な災害でもあったかのような無惨な光景が、都市中に広がっていた。
だが昨夜起きた謀反は、突如出現したという怪物によって謀反側が勢いを削がれてしまい、その影響でたった一晩で鎮めらてしまった。結果として、呂羽の思惑は裏目に出てしまう形となったようである。
それでも、あらゆるところで酸鼻な有様が見受けられる様子は、世の無常すら感じさせてしまう。決してこれで良かったなんてなるはずがない。
にも関わらず、人々の目には絶望しきったような暗さはなかった。
その理由を、被災した子供が口にする。
「僕、見たんだ」
幼い子供の声が、ルジルの耳にも入ってきた。
「でっかい化け物、竜みたいな化け物をね、大きな牙の虎の戦士が、一人でやっつけたんだよ。僕見たもん。ほんとだよ。すっごい強かったんだ!」
子供の声に、自分も見たと重なる声。
こんな絶望的な状況でも、人の光となるのは英雄の姿――。
そう言わんばかりに、人々の目にはあの超常の勇姿が焼き付いていたのだろう。
――それはね、きっと傷だらけの顔をした、オレンジ色の髪の騎士さんなんだよ。
声には出さず、ルジルは心の中で呟く。
それがどこか誇らしくて、嬉しくて――。
「姉貴」
呼び止められた声に、驚きながらルジルは振り返った。
朝日を背にして、瓦礫の上に足をかけるオレンジ色の髪の若者。
「ドグ……!」
今度は顔を隠していない。
逆光でも、はっきりと分かる。
弟だ。
生き別れになった、弟。
もう会えないと思っていた。でも会えた。
会って、それで――。
ドグは姉のすぐ前にまで近付き、革袋を差し出した。
「これ……?」
戸惑いながら受け取り袋を開けると、そこには沢山の金貨が詰まっていた。見た事もないほどの大金。背負わされた借金を全部返しても、お釣りがくるほどの。
「これ! これって――!」
しかし顔を上げると、そこにはもうドグの姿はいない。
周囲をぐるりと見渡しても、影も形もいなくなっていた。
かさり。
袋の中からの音に、それが金貨と一緒に入っていた紙切れだと気付く。
折り畳まれた紙に書かれた、下手な文字。
誰の字かなんて調べなくても分かる。
それよりも、あいつも字が書けるようになったんだという事の方が、驚きだし嬉しかった。
そして書かれていた内容は、もっとだった。
――これからの足しにしてくれ。
涙と嗚咽が、とめどなくこぼれ出す。
お礼も言えなかった。
そんな事より、もっと話したかった。
なのにこんな事だけして、いなくなるなんて――。
周りからは、昨夜の被害にあった悲しみで泣いているのだろうと思われたに違いない。
けれども彼女の胸を満たしていたのは、感じた事のない暖かな思いだった。
※※※
「こいつはお前ぇへの貸しだからな。耳を揃えて返せよ、いいな」
オアシス都市の外を歩く、長身の男と身長の低い男。そして二体の巨大な獣。
「てか、俺の姉貴のために金を貸してくれるなんて、おっさんも案外優しいんだな。見直したぜ」
ドグがにやにやしながらカイゼルンへ視線を向けると、鼻を鳴らして金髪の大男は答えた。
「案外じゃねえ。オレ様はいついかなる時でも、どんな年齢、どこの国でも、全てのオンナに優しいんだ。顔も体型も関係ねえぞ。全部の女性にだ。あ、アルタートゥムのババアどもは別だぞ。あれは妖怪だ。オレ様の守備範囲じゃねえ」
「おいダーク、また言ったな。お前、今度天の山に来たら五体無事で済むと思うなよ」
「ケっ、誰がもう行くもんかよ。ババアどもの寝床になんざ、二度と行かねえっつってんだろうが」
「ほー、いいのか、そんな事を言って。ドグへ貸した金を返すのは誰だと思ってるんだ? ん? 返してもらわなくてもいいのかなぁ?」
思わずカイゼルンが立ち止まり、ドグの胸ぐらを掴む。
「おいこら待て。どういう事だ」
「いや、どうもこうもねえよ。俺が金を持ってるように見えるか? 俺にかかる費用とか諸々は姐さん達が出してくれてるに決まってんだろ。そもそも俺は姐さん達の下男みたいなもんだし」
「何……だと……?」
顔面を蒼白にして、掴んだ胸ぐらを力なく離すカイゼルン。
「そういう事だ。お前が金を受け取りにくるのを楽しみに待っているぞ♡」
荒野の真ん中、カイゼルンが呆然と立ち尽くしていた。
「これだから……」
「ちょ、おっさん?」
「これだからアルタートゥムは嫌いなんだよぉぉぉぉ!」
荒野の中心で、虚しく叫ぶカイゼルン。
――
これから五年後。
東のニフィルヘム大陸で大陸全土を揺るがす巨大な戦争があった。
その戦いの中で、オアシス都市に出たものとはくらべものにならない竜の怪物が出現したという。
それを打ち倒したのが世界中に名を残す、あの霊獣王イーリオだが、彼と共に最後まで戦い一緒に竜を倒したのは、サーベルタイガーの騎士であったと言われていた。
だがその話は、どこの公式記録にも残されていない。
記録がない以上、事実かどうかは怪しかった。
しかしそれは、吟遊詩人の唄として、書物の物語として、各地の伝承として大陸中に広まっていったという。
その噂――伝説を広めた一人が、もとは娼婦あがりの一人の女性であったと言われているが、これも真偽は定かではなかった――。
〈終幕〉
お読みいただきありがとうございます!
現在、新たな連載作品として
『僕は聖女候補』
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という新作長編を掲載しています。
作者的にはめっちゃ面白い作品だと自負しておりますので、よければこちらもお読みいただけると嬉しいです!!
あと、新作も含めて、感想や評価ポイントなどもいただけると執筆の励みになります。
特に新作へ入れていただけるともうほんとマジの励みになります!
よろしくお願いいたします!!




