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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
最終部 最終章「銀月の狼と人獣の王たち」
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最終部 最終章 第九話(3)『無敵牙』

 時間を少しだけ巻き戻す――。


 黒騎士ヘルにイーリオとディザイロウが奪われ、絶望に打ちひしがれそうになっていたレレケとシャルロッタ。

 だがそこへ、古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファングのオリヴィアが、まだ手は残されていると告げた。そのすぐ後、突如レレケの目の前に、同じくアルタートゥムのロッテが纏っていたレイドーンの飛行装備(フライト・ユニット)が宙を浮かんであらわれたのだ。しかもロッテの声を発して。


「――つまりこの姿は、予備保存(バックアップ)されたもう一つのボク様というわけだ。理解出来たか」


 牙のような形状の四枚の羽が、レレケ=レンアームの前で喋っている。


 勿論、ロッテ本人の姿はいない。


 何故なら肉体を持った彼女そのものは、もうレイドーンと共に亡くなっているからだ。


 ロッテ――と名乗る四枚の羽はこう告げた。



 ロッテ=レイドーンは万が一に備え、事前に魂魄そのものを予備保存出来るよう、この四枚の飛行装備(フライト・ユニット)に仕込んでおいたのだと。

 魂魄そのもののバックアップとなると、異世界側の法に照らせば規定スレスレといったところだが、現状で何もないという事はどうやら違反と認定されなかったようである。無論、そうなるようにロッテがしたのだがそれはともかく、彼女は復活した翼竜の装竜騎神(ドラケニュート)と差し違えた瞬間、己の〝存在〟をこの四枚の羽に移し替えたというわけであった。


「それは……生きていると……言うのでしょうか?」


 何とも言えぬ不可思議で複雑な思いをそのままに、レレケが神妙に尋ねる。


「〝生〟というのをどう定義するかでその答えは変わるな。肉体活動こそが〝生〟の定義なら、ボク様は死人になる。だが魂魄の分解までを〝生〟と捉えるなら、ボク様は紛れもなくまだ生きている。どちらにせよ、重要なのはそこじゃない。いいか、今のボク様の姿なら、レレケ、お前の纏うレンアームのサブユニットになれるというのが一つ」

「レンアームの、サブ……? それは一体、どういう……」

「お前のレンアームに装備させた霊授器(アルーデル)には、ボク様のレイドーンと同じようにこの飛行ユニットを背面装備出来るよう設計してあるんだよ。お前はボク様を背負う事で、術を使わず空を飛べるようになるし、それだけでなく霊授器(アルーデル)にボク様が働きかける事で、より高速且つ円滑に獣理術(シュパイエン)を出せるようにもなる。それどころか術式の創造も、かなり容易になるだろう。つまり今のボク様は、お前を強力に助ける守護霊のような存在になったというわけだ。そしてこの力を使い、お前はシャルロッタ、シエルと連携をとってイーリオとディザイロウを救出するんだ」


 イーリオとディザイロウを奪い返す――。


 そもそも奪い返せるかどうかはもとより、両者は無事なのかすらも分かっていない。

 だから勢い込んで問い質した。

 無事なのか、どうやって助け出すのか、と。


「まず今の状況から察するに、おそらくイーリオとディザイロウは完全には吸収されておらず、まだカンヘルの中で生きている」

「それはどうして?」


 わかるのか――。


「もしあいつらが完全に吸収されてしまっているのなら、わざわざ黒騎士のコピーを作ったりなどせず、即座に全員の魂魄と己を繋げて服従させればいいだけだし、奴なら躊躇いなくそうするだろう。仮に何か別の意図があったにせよ、少なくとも天の山(ヒミンビョルグ)星の城(ステルンボルグ)を降下させて、最低限の目的だけはとっくに果たしているはずだ。だがそれをしていない。していないというより、出来ないと考えていい」

「例えば、ヘルが私達を侮って遊んでいる――なんて事はないでしょうか? 黒騎士時代、あのヘルはそういう行いをする気紛れさというか、行動の読めない性格だったように思いますが」

「ないとは言えん。が、やはりそれはないと考えた方が自然だ。さっきあいつは、今までの己の気紛れめいた行動は、全て計算尽くの行いであったと告白している。それだけ周到な考えを持っているんだ。ディユやアルナールといった、他のエポスに見られた自ら墓穴を掘るような合理性の欠いた行動を取るようには思えん。それに霊輝花(ハイリガーブルーメ)の使い方としても、いささか変則的であるしな」

「本来の使い方と違う、と?」


 確かに言われてみれば、それは分かる気がする。


 イーリオ、ディザイロウの吸収と、黒騎士軍の出現で圧倒されて思考が鈍っていたが、よくよく思い返せばイーリオ=ディザイロウが使っていたそれとは、感覚的に別のように見えた。しかしそれは、カンヘルに吸収された事で力の有り様が変わってしまった、副作用的なものなのかとも思っていたのだが。


「一〇〇体の黒騎士なんだが、あれはおそらくレラジェや竜人(ドラグーン)の因子を事前にカンヘルの中に大量に取り込んでおいたものを、霊子を繋げる事で生み出したのだろう。どちらかと言えば、霊輝花(ハイリガーブルーメ)と言うより千疋狼(タウゼントヴォルフ)に近い使い方だ。それを見ても分かる通り、まだイーリオとディザイロウは取り込まれはじめたばかりなのは間違いない。だから助け出すなら今しかないんだ」

「では……それはどうやって……」

「まず矢面に立つのは、今戦っているニーナと団長のオリヴィアだ」


 宙を浮く小型機器の姿でロッテが言うと、オリヴィアがサーベルタイガーの顔で大きく頷いた。


「方法は至って単純だ。古いお伽話や伝説なんぞにあるだろう? 巨人やクジラのような巨大な何かに呑み込まれた者を救う方法は、中から吐き出させると」

「吐き出させる?」

「そうだ。その方法だが――」



 ここでロッテは、イーリオとディザイロウの奪還作戦の最重要項目を二人に語った。



 説明を受けた事で、逆に疑問も不安もいくつもあがってくるし、それに対する答えを聞いてもやはり懸念材料の方が大きかったし多かった。


「……話は一応……分かりました。でも、それってあまりに無謀な賭けではないでしょうか? 予測を超える状況だったり、カンヘルそのものの仕組みというか……そういうのを少しでも読み違えてしまうと、全て最悪の結果になってしまう……。失礼ですが、そんな風に思えます。その――他に方法はないんでしょうか」

「ない」

「そんな……」


 強く断言するロッテの後で、オリヴィアが言葉を続けた。


「例えばイーリオとディザイロウの救出を諦めてヘルを倒し、それで仕舞いに出来るなら、とっくにそうしている。オレ達アルタートゥムならな。だがそれでは無意味だ。それでいいなら、そもそもエール神はディザイロウを創っていない。分かるか? イーリオ、ディザイロウ――現在の月の狼(マーナガルム)であるあいつらでなければ、ヘルを倒し切る(・・・・)事は出来ん。仮の話、〝今の〟ヘルとカンヘルを倒すだけなら、オレにも不可能ではないだろう」

「そうなんですか?」

「ああ。アルタートゥムのL.E.C.T.(レクト)とは、そういう力だからな。だがそれはあくまで一時凌ぎだ。また千年やら数百年、もっと短い期間かもしれんが、時間が経ってお前達も死んだ後になれば、再びエポス達は世に出て今度こそ悲願を達成するだろうな。そうなっては意味がない。ここで完全にその根を断ち切るためには、イーリオとディザイロウの力は絶対に必要なんだ」


 だからどれだけ危険極まりない作戦でも、それに賭けるしかないという事なのか――。


 レレケがライオンの混合種ハイブリットレンアームの瞳で、シャルロッタを見る。


 彼女の中にどういう思いが渦巻いているのか、レレケにも分からなかった。想像すら出来ない。


「やろう、レレケ」


 深い青味がかった紫の瞳は、角度によって銀色にも見える。まるでそれは、苦悶と懊悩を抱え込んだまま、それでも覚悟を固めたような、そんな不安定なのに揺るぎない力強さを持った瞳だった。


「でも――」

「あたしと一緒になった、あたしの中にいるシエルが言っている。彼女も〝やろう〟って」

「シャルロッタさん……」


 その後、ロッテから提示されたこの作戦の要について、何か思い当たるモノはあるかと問われる二人。


 作戦の要――


 それは彼女達全員の、絆。


 イーリオとシャルロッタの絆ではない。シャルロッタ、イーリオ、レレケらの絆だ。


「これ……」


 その問いに、シャルロッタは懐に忍ばせてあったものを取り出す。


「それって」

「うん」

「イーリオ君の――」


 ペンダントだった。


昨夜ゆうべ、イーリオから渡されたの。自分が無事に戦いから戻ってくるおまじない代わりに、これを預けておくって」


 それはイーリオが持っていた、母の形見のペンダント。

 後にそれが、イーリオの出自を示す証拠ともなったもの。

 このペンダントが壊れ、それを修復するためにイーリオは生まれ育った村を出たのだ。つまり全てのはじまりは、このペンダントから起こったとも言える。


 それが、イーリオ、シャルロッタ、レレケ、ドグの四人を繋げた。


「お前達の因縁の品というわけだな。いいだろう。それを〝媒介〟に術式を組むぞ、レレケ」


 ロッテの告げた言葉に、レレケはペンダントを受け取りながら頷いた。だが頷きながらも、彼女の顔は晴れない。

 不安が大きいというのもあるが、まだ疑念点があるからだ。それを口にするレレケ。


「わかりました。でも一番肝心なのは、今話した作戦をどうやって決行するか、ですよね」

「さすがに物分かりがいいな。まさにそれだ。ヘルにこちらの意図が気付かれては元も子もない」


 答えるロッテの言葉に、レレケが考えを巡らせる。

 この場合の最良の手段は何なのか。どうすればいいのか。

 それは己の知恵や知識でどうにか出来るものなのか。


 いや――。


 巡る思考が、答えを導き出す。


 最良の手段――それは、導き出すものであって、思いつくものではない。


 知恵を絞って考えつくのではなく、考える事の出来る者にそれを託すべきだと。つまり――



 まさにその時だった。



 悟ったように、レレケ=レンアームの顔を上げたのと同時に、彼女が感知する。

 察知した気配に対して視線を向けると、こちらを凝っと見つめている、漆黒の人恐竜の目があった。


 何かに気付いたのか――。


 底知れぬ深淵がこちらを見つめているようで、レレケは思わず生唾を呑み込んだ。


 だがそれを察知したのは、何もレレケだけではなかった。同じようにシャルロッタも気付き、即座にオリヴィアへ目配せする。




 そこでシャルロッタは、ヘルが何を目的にしているのか――それを直接問い質したのであった。


 彼女は何も、憤りだけで問い詰めたのではない。


 イーリオ、ディザイロウの奪還作戦。


 それはこの時、既にはじまっていたのだ。


 時間稼ぎも目的の一つだが、そもそもシャルロッタがヘルと直接会話する事こそ、〝最初の〟作戦だったのである。

 作戦の初手。


 まず、ヘルの注意をシャルロッタに向けさせる事。




 そうして、時間は現在に戻る――。




 オリヴィア=イオルムガンドが、前に出た。

 それに呼応して、ヘル=カンヘルも他より前に出る。


 大軍刀牙虎スミロドン・ポプラトル鎧獣騎士(ガルーリッター)


 竜喰らいの王(サウロファガナクス)装竜騎神(ドラケニュート)


 光の女王虎と、漆黒の竜王。


 百獣王カイゼルン・ベルの母と、そのカイゼルンを亡き者にした三獣王。


 両者の体格差は歴然で、巨大肉食恐竜の前にサーベルタイガーが対峙している絵面そのままと言えそうだった。


 果たして神の騎士団団長ならば、どうにかなるのか。皆が固唾を飲む中、オリヴィア=イオルムガンドが、巨大ハサミを大地に突き立て、片手で手招きの挑発行為をする。


「オレのガキが世話になったな。クソガキの尻拭いはガラじゃないが、貴様とは千年以上の因縁がある。千年前からの分とオレのガキの分も全部合わせて、今ここで清算してやろう」

「ガキ……?」

「百獣王なんて名乗っていたダーク・ベルの事だよ」

「ダーク……ああ、カイゼルン・ベルの事か。そうか、六代目カイゼルンはお前の子供だったんだな。成る程、それであそこまでの力を発揮出来たと。腑に落ちたよ」


 今度はカンヘルが、長大な曲刀を前に突き出す。


 装竜騎神(ドラケニュート)になってから一度たりとも自ら剣を取らなかった竜王が、初めて戦いの構えを取った。


 黒の恐竜王自らが剣を取る相手。オリヴィアをそのように認めた証でもあった。


「言っておくが、あれはオレのガキだから強かったんじゃねえ」

「ほう」

「てめえがヘボだっただけだよ」


 大地が爆散すると同時に、天地を割りそうな金属音。

 イオルムガンドが、カンヘルに斬りつけた音だった。


 黒の竜喰らいの王(サウロファガナクス)は、曲刀でこれを弾き返す。反動を利用して宙を回転するサーベルタイガー。

 すかさずそこへ、カンヘルが重力波を照射。

 墜落したかに思われたイオルムガンドだったが、そう見せかけて大剣のハサミを開く。と同時に閉じる。


 凄まじい断裂音が谺した。


 空間ごと、ヘル=カンヘルの一部が斬り取られた――ように見えて、人竜は剣を逆手に持ち替えて大地に突き刺し、これを防いでいた。


 目に見えぬ斬撃で空間を斬り裂く、巨大なハサミ。だがそれすらも、人竜の魔神は完全に封殺。


 ここで両者の周囲が、一斉に破壊と崩壊の音を轟かせた。それぞれの攻撃の余波が、かなり遅れてあらわれたのだ。

 それほどまで、他の追随を許さない戦い。


 単に超高速戦闘というだけではなかった。


 速度もさりながら、触れるだけで消し飛ばされる威力が、一挙手一投足にまで込められているのだ。だからこそ、他者が介在する余地など一片たりとも見当たらないのである。


「さすがカイゼルンの親というだけはある。俺と互角の武を持つとは」

「互角? まさか今ので本気だったのか。だったら互角どころか、随分とオレより下だな。まだ本気のホの字も出してないぞ、オレは」

「そうか、ならこれはどうだ?」


 オリヴィアの挑発に煽られる事もなく、むしろヘルは笑みさえ零しながら、巨剣を振り翳した。



「〝黙示録(アポカリプス)〟」



 次元断裂の刃。


 亜空のはてへ消し飛ばす、神の力。


 ディザイロウ以外で、これに抗いえた者はいない。

 〝最強の牙〟ドグ=ジルニードルでさえもどうする事も出来なかった、圧倒的な異能。

 しかも躱そうとしても、至近に裂け目が作られると吸い込まれてしまうという恐ろしい副作用も生じるのだ。

 だがイオルムガンドは動じなかった。



「〝無敵の牙カンコレンツロース・ファング〟」



 周囲に展開した光玉を粒子加速器にした、荷電粒子を操る異能。これを応用し、超々高速、ほぼ瞬間移動に近い強制回避を発動。完璧に躱してしまう。

 あまりの速さの故か、青白い光が残像となるほど。


「これは、チェレンコフ放射光――」


 荷電粒子が光速を超えた際に生じる発光現象。しかもカンヘルが気付いた時には、既に至近距離にまでイオルムガンドは肉薄していた。


 超光速の斬撃を、信じられない反射で受け止める黒の人竜王。


 が、次の瞬間。

 青白い光が目の前で弾けたかと思えば、花火の中に放り込まれたような眩さと共に、凄まじい衝撃が竜喰らいの王(サウロファガナクス)の全身を叩いた。


 カンヘルでなくば――いや、カンヘル以外のあらゆる人獣、人竜のどれであっても吹き飛ばされていたに違いない衝撃波。


光速衝撃波(ケレリタス・ウェーブ)……! 音速衝撃波(ソニック・ウエーブ)の光速版かっ」


 むしろそれを受けきっているヘル=カンヘルこそ、とんでもない化け物に違いなかった。


「面白い……! さすがはアルタートゥムの首領といったところか。ならば存分に力を試せるというもの」

「出し惜しみされるとは、オレも随分と舐められたものだ」


 言った直後に大剣を巧みに操り、剣閃と巨大バサミの切断を目にも止まらぬ連続で放つ。

 通常の視覚であれば一度の斬撃にしか見えはしなかっただろうが、おそらく二〇連撃は超えていたはず。

 さすがの猛攻に攻撃のいくつかは防御出来たが、全てを捌き切るのは物理的に不可能。いくつかの攻撃が、人竜に直撃。

 数箇所の深傷。

 けれども致命傷ではなく、しかも被撃した側から瞬速再生で元通りに回復してしまう。


 だがそれでも、あまりの凄まじさに周りは空いた口が塞がらなかった。


 イーリオ=ディザイロウでさえ手を焼いていたあの次元竜神(カンヘル)に、互角以上で渡り合っているのだ。

 同時に、不安もよぎる。それを口にしたのは、敵であるヘルの方であった。


「この俺に傷を負わせるとはな。だがそんなにとばして大丈夫なのか? 貴様らアルタートゥムには活動限界があるんだろう?」

「敵の心配をしてくれるとは、まだ余裕があるようだな。何、そんな事は考えなくともいい。オレは古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファング・団長のオリヴィア・シュナイダーだ。団長という肩書きは、オレだけ特別という証でもある」

「貴様こそ余裕という事か。――いいだろう。なら宣言通り、俺の新たな力で貴様を消滅させてやる」


 僅かばかりの距離を開けて、ヘル=カンヘルが竜喰らいの王(サウロファガナクス)の巨大な口を開いた。




「〝黙示録(アポカリプス)――黒霊睡蓮(ブラックロータス)〟」




 その牙を何もない虚空に突き立てて斜めに首を振ると、軌跡に沿って多層世界の裂け目が発生した。

 その亀裂から、前にもあったように黒いコールタールのような液体が、どぽり、どぽりと落ちていく。


 黒い液体は大地に落ちるたびに広がり、ヘル=カンヘルを中心にした真っ黒な沼と化していく。

 やがて黒い沼から一つ、また一つと花が浮かび上がってきた。


 それは漆黒の睡蓮。

 暗黒の水面みなもに浮かぶ、闇の花園。


「霊子を繋ぐ、ディザイロウの〝霊輝花(ハイリガーブルーメ)〟に、カンヘルの黙示録(アポカリプス)が合わさった力だ。この花園の中、舞い飛ぶ花粉は霊子結合を分解し、多層世界へ送る葬送の入り口となる」


 破壊という段階などとうに超えた力。


 それはまさに、完全な消滅を相手に与える、無慈悲な魔性そのもの。


「いいだろう。だったらオレも、団長としての本気を見せてやる」


 オリヴィア=イオルムガンドが巨大ハサミを巧みに操り、タテガミのように少し長めに伸びた己の体毛を切り取った。それを握り締めると、掴んだ拳の中から眩い光が周囲に漏れ出していく。


「オレの――いや、神の騎士にとって(・・・・・・・・)最大最高のとっておき(・・・・・)だ」


 この時一瞬だけ、サーベルタイガーの目はある方向(・・・・)へ向けられた。


 しかしそれに気付いた者が、この中に何人いただろうか。


 握り締めた拳を開き、大軍刀牙虎(スミロドン)が息を吹きかける。

 そこから出たのは体毛ではなく、無数の光の粒子。それが連なり、光の柱となって天に昇っていった。


 すると――


 イオルムガンドの全身にある幾何学模様が、かつてないほど発光する。




「〝霊神融合(コーザリア)〟」




 闇に対する光。


 まさに対となる両騎が、己の極限を解放した瞬間だった。

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