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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
最終部 最終章「銀月の狼と人獣の王たち」
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最終部 最終章 第九話(1)『暗黒軍団』

 それは漆黒の終焉が形となったもの。


 今ある世界に終わりを齎し、新たな世界のはじまりを告げる者。


 再臨せし、破滅の竜の王にして竜の神(ヤム・ナハル)


 最上位の捕食恐竜ティラノサウルスを上回る巨大で強力な捕食恐竜・竜喰らいの王(サウロファガナクス)

 その装竜騎神(ドラケニュート)である――。

 次元竜神(カンヘル)



 再び姿をあらわしたそれは、さっきまでと同一の個体なのに、全く様相を異にしていた。



 色が違う。



 聖と邪を併せ持った黒白の二色ではなく、全身余す所なく漆黒。

 黒でないのは緑の瞳と牙の白、その他一部のみ。あとは頭の先から尻尾の先、武装に至るまでどこまでも黒。

 闇より重く、夜より濡れた暗黒で染められていた。

 また突起状の背鰭はより凶々しく巨大な形になり、両性具有に見えた肢体は完全に雄のそれへと変化し、胸板も厚さを増していた。


 そしてもう一つの大きな相違点は、大剣だろう。


 以前は盾のように幅広で巨大なものだったが、今は違う。

 大剣と呼ぶに相応しい長さはあるが、幅広さはなくどちらかと言えば細身。それに両刃でもなく片刃。湾曲した刀身は黒騎士時代に駆っていた黒豹の鎧獣騎士(ガルーリッター)〝レラジェ〟の武装を思わせる。



 竜の黒騎士――。



 そんな言葉が、誰しもの頭をよぎったに違いない。

 それは即ち、最悪が災厄となってあらわれたのと同じ意味を持つ。


 何よりも絶望的なのは、これに立ち向かう存在が、もうこの世にいないという事実だった。



 イーリオ。


 ディザイロウ。


 百獣王(カイゼルン)称号()を継ぎし若者と神の霊狼。


 即ち、霊獣王。



 大陸中の想いを託され、それに応えた唯一無二の騎士は、今や目の前の黒騎士の腹の中。その力諸共、吸収されてしまったのである。


 これを前にしながら、王都西部域の戦場では、希望をなくした瞳が並んでいた。


 シャルロッタも、レレケも、獣王十騎士も、誰もが何も言えずに呆然とするのみ。


 風は凪ぎ、日差しは雲に隠れ、乾いた空気だけが凍りついたように全員を停止させる。


 誰かが誰かに問いかけたかった。



 何か手はないのか――。


 何かイーリオとディザイロウを救い出す方法は――。



 そんなものはない。あるわけがない。

 答えずともそれは明白。


 希望の中心にして全てであったイーリオが失われたのだ。

 しかももう一つの頼みの綱である古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファングで戦場にいるのは、団長のオリヴィアだけ。そのオリヴィアもおそらくだが力の限界が迫っているのだろう。先ほどから一言も発していない。



「信じる心――口にするのは容易いが、これがなかなかどうして、続ける事が最も困難なものだろうな」



 暗澹たる沈黙の中、竜の黒騎士が誰ともなしに語りはじめる。


「信じる心とはそう――蘭の花と同じだ。繊細でとても美しい。条件さえ整えば、淑女のように清らかな花を咲かせる。だが条件が少しでも整わなければ、あっという間に枯れてしまう。だから慎重で根気強く育まねばならん。しかし大半の人間は、耐えきれずに枯らしてしまう。どれだけ信じてると言っても、ふと心が他に傾くようにな」


 ヘル=カンヘルが、剣を持っていない片腕の拳を握り、そのまま体の横に掲げた。


「俺はそれをやってのけたわけだ、九年間。千年に比べれば九年など、欠伸のように短い時間だと思うかもしらんが、俺にとってこの九年は、千年と秤にかけてもそれに等しい歳月だったぞ」


 掲げた腕から、黒い粒子のようなものが徐々に漏れていく。

 まるで人竜の巨体から、闇色の花粉が飛散しているようにも見えた。


「だがその宿願は果たされた。千年以上に長い九年を経て、俺は遂にこの力を手にしたのだ。蘭の花よりも美しく清らかで、蘭の花よりも無慈悲な黒い花の力を……!」


 握った手の平が開かれる。




霊輝花(ハイリガーブルーメ)




 その瞬間、粒子は黒い花びらとなり、吹雪のような勢いで周囲にばら撒かれていった。


 黒色の花吹雪は地上に落ちて寄り集まり、瞬く間に形を整えていく。


 それはうずたかく積もり、黒い姿を浮き彫りにさせた。


「まさか……!」

「そんな……」

「嘘だろ……」


 誰もが絶句する。

 声を失う。

 息を呑む。


 角獅虎(サルクス)が無限に産み出された時も、もう駄目かと思った。


 一度倒した破滅の竜が黒い姿で復活した時も、最早これまでかと心が折れそうになった。


 だがその比ではない。



 黒いそれは、黒騎士。


 豹頭人身の、黒き鎧獣騎士(ガルーリッター)


 黒騎士レラジェ。



 それがいくつも――幾十も――いや、もっと――

 数える気力さえ奪われるほどの絶対的絶望が、軍勢となって出現したのである。


「オプス神がやったように、装竜騎神(ドラケニュート)を再創造するのは難しい事ではない。だがそれはまやかしと同じ、ただ強力なだけの木偶人形を並べただけにすぎん。しかしこれは違うぞ。これは一体一体、俺が駆っていたレラジェと同じ。同一の能力を持ち、同一の武を再現出来る、黒騎士レラジェで作られた、黒騎士の騎士団」


 何もかもが黒で統一された漆黒の軍団。

 この世で最も無慈悲な、暗黒の最強騎士団。


「さすがに暗黒化(ドゥンケルハイト)までは再現不可能だが、それ以外なら俺そのものと全く同じ。一〇〇騎が全員、あのカイゼルンのヴィングトールを破った、三獣王。黒騎士そのものだ」


 同じ最強騎士のみで構成された軍団。



 その数、一〇〇騎。



 これほどまでの絶望があろうか。

 脅威と言うなら、五体の装竜騎神(ドラケニュート)の方がずっと上回っているかもしれない。けれども恐ろしさで言えば、こちらの方が遥かに恐怖を感じさせる。


 一騎だけで戦争を集結させる――そんな決戦武力を持つのが鎧獣騎士(ガルーリッター)の頂点・三獣王。

 その三獣王が――不敗で無双の最強騎士が、一〇〇もいるだなど――。


「イーリオが紡いだ〝物語〟。その力。俺が手にしたのはまさにそれだ。俺があいつの物語を上書きしよう。新たな物語として。俺の物語としてな」


 言葉の終わりと共に、黒騎士の軍団は散らばった。

 西部域だけでなく、各地へ向かったのだろう。


 何のために? 決まっている。


 絶望の色を濃くするためにだ。


 誰も勝てやしないこの世の武の頂点で、王都を攻め落とす。

 圧倒的などという言葉で形容出来るものではなかった。


「どうした? 抗う気すら起きぬか? どいつもこいつも腑抜けた顔をしよって。まあそれも、むべなるかな、だな。お前達が頼みの綱としたイーリオも、今や俺の腹の中。だが間違えるなよ。貴様らもオプスも、俺以外のエポスも、等しく愚かなのは同じだ。誰も彼も、最初から〝本当の〟イーリオを見抜いていた者はなかったのだからな」


 全てが最初から仕組まれ、何もかもが黒騎士の思い通りに進んだ――。


 イーリオとハーラルが一騎討ちをした九年前。


 粉雪の舞う原野での戦いに突如介入した、漆黒の騎士。


 イーリオが母の形見を奪われた、あの時。


 あの時から全てが決まっていたと言うのなら――。


 連合軍の全員が、闇の底へと沈んでいくような感覚に陥っていった。


 だが――。


「……っざけんじゃねえぞ」


 打ちひしがれた心の水面たちに、不意に波紋が起きた。

 ヘルも十騎士もオリヴィアもその他全員も、その声に目を向ける。


イーリオ(あいつ)を最初から信じていたのは自分だけだって? 出会ってからずっと信じていたのはてめえだけだって? だからてめえはこの世界の王になれるって言うのかよ。――ふざけんじゃねえ」


 紅き人馬の闘士。

 ジェジェン首長国の御曹司ジョルトだった。


「俺はあいつと出会ってからこの方、一度だってあいつを信じなかった事はねえ。あいつを親友ダチだと見込んでから、そいつを裏切る事も裏切られた事もねえ。てめえだけがイーリオ(あいつ)を信じていたって? クソみてえな事をぬかしやがる。俺だってずっとあいつを信じて、ここまで来たんだ。それにな、てめえと違ってあいつをおだてあげたり、バカみてえに祀り上げたりもしてねえ。ずっとあいつのままのあいつだけを、俺は信じたんだ」

「ジョルトさん」


 その言葉に、ハっとなったレレケが呟く。


「ましてやてめえのために、あいつを利用なんかもしてねえ。ジェジェン人はな、一度友と認めたら生涯かけてそいつを信じ、それを守り抜くんだよ。ジェジェン人は友を裏切らねえ。利用もしねえ。――いいか、てめえなんかあいつの友でも理解者でもねえ。そんなてめえが、あいつを――イーリオを語るんじゃねえよ!」


 最後の方、ジョルトの声は叫びとなっていた。

 魂からの咆哮。

 それはこの場にいる全員の心に共鳴した。


「そうだ……。確かにボク達は最初、彼を平凡な若者だと軽んじたかもしれない。だけどそれが何だって言うんだ。彼を信じた思いに偽りはない」


 レオポルト王が顔を上げる。


「余にとっては敵だった。最初は。だが、敵であればこそ分かり合えたと思っている。その事を貴様にとやかく言われる道理はない! ましてや余らが信じていないだと? 冗談ではない。今とて我らは信じている。兄を――イーリオという男を――!」


 ハーラルの叫びが、全員の心に火を灯した。しかしそんな彼らを見下して、ヘルは心底憐れみを含んだ声色で嘲笑った。

 ヘルオプスの時にはなかった、底抜けの人間の悪意そのものといった声で。


「今も信じている? 今更? 今更そんな事を口にするとは……! クックククク……。何と滑稽で愚かなのだ。もうイーリオもディザイロウもこの世にいないのだぞ。その証拠を今見せたところではないか! 黒き花として! それで尚、現実から眼を背けようとするとは……。いや実に憐れだな」


 どれほど願いを持っても、どれだけ祈りを強くしても、現実というのは揺るぎないもの。そこに情けなどあるはずもない。

 そう知らしめるような、ヘルの哄笑。


 それでも十騎士が挫けぬ思いで振るい立とうとする中、レレケだけはどうしても今の現状を客観視してしまう。だから余計に、彼女は打ちひしがれていた。皆の思いを分かっていながら、何も言えなくなっていた。


 イーリオを助ける方法――。


 いや、そもそもイーリオはもう、人竜の腹の中で一つに溶かされているのだとしたら――。


 考えたくもないが、それも含めて現実だ。だからこそ必死で冷静になろうと、歯を食いしばった。

 こんな時だからこそ、自分だけでも――自分だけは――冷静になって打開策を見出さねばならないのだと、己に言い聞かせて。


 けれどもそんな方法は――。


 そこへ、悲鳴が彼女の耳を打った。

 十騎士と、援軍で到着していた彼らの率いる部隊が、一騎の黒騎士に蹂躙されていたからだ。


 破滅の竜にさえ怯まず立ち向かったあの十騎士が。聖女の加護を受けた霊獣王軍が。


 まるで赤子のように他愛なく蹴散らされていく。たった一騎によって。後方にはまだ数十の黒騎士がいるというのに、一騎だけでこの有様とは。


「そんな……」


 思わず声が漏れた。


 しかし――

 その肩に、置かれた手。


「まだだ。まだ希望はある」


 振り返ったそこにいたのは、アルタートゥムの団長、オリヴィア=イオルムガンドだった。


「オリヴィア様」

「シャルロッタも聞け。おそらく、今ならまだ、イーリオとディザイロウを助けられるかもしれん」


 シャルロッタとレレケ=レンアーム、両者が思わず両目を見開き息を呑む。


「だがこれは賭けなどというものではない。死にもの狂いの悪足掻きのようなものだ。だが、万に一つの可能性があるのなら、オレはそれを信じたい」

「聞かせて――! 聞かせてください!」


 勢い込んで躙り寄るシャルロッタ。顔からは血の気が引き、頬には涙の跡が痛々しいが、それでも今の一言で、僅かながらも血色が戻ったように見えた。


「ああ。聞きたくなかろうが聞かせる。そのつもりだ。だがその前に、まずはオレ以外のアルタートゥムが必要になる」

「え――でも……」


 思わずドグに視線を向けるレレケ。


 両目は閉じ、肌は土色。体温がもう失われているのは一目で分かる。

 その横では、主人の亡骸を守るかのように蹲っている、大剣牙虎(マカイロドゥス)のサーベルタイガーがいた。


 オリヴィア以外と言ってもドグはもう――。


 かと言ってロッテ・ノミも先ほど、シャルロッタを守るために命を落としている。


 となると、後は王城にいるニーナなのか。


 その答え合わせでもあるかのように、突如目の前の戦場にいた黒騎士が、真っ二つに両断された。


「――!」


 敵味方双方共に唖然となる。


 あの黒騎士が、地上最強の三獣王が、一騎だけとはいえ、いきなり体を上下に斬られているのだから。


 そして戦場には、最前線に降り立つ影が一騎。

 その影が吐き捨てるように呟く。


「クソが。ゴキブリみてえにうじゃうじゃわきやがって。キメェんだよ」


 手に持つのは剣のような糸巻き棒(ノステピン)

 人獣の周囲で、光の軌跡が宝石の輝きのように、いくつも煌めきを発している。


 斬砕豹(ゼノスミルス)のサーベルタイガー。


 アルタートゥムのニーナ=セルヴィヌスだった。


「ニ……ニーナ様?!」


 思わず声に出して叫ぶレレケ。だが剣呑な目をしたセルヴィヌスは、レレケの知るニーナ=セルヴィヌスの佇まいとは全く違って見えた。駆り手であるニーナの口調も、まるで別人のようである。


「おい、〝ドゥーム〟。このクソゴキブリどもは俺が何とかする。アンタはさっさと準備しろ。俺が全部喰っちまう前にな」

「ああ。頼む」


 女性のものだが、よく通る低い声もニーナの甘ったるいそれではない。一体何がどうなってるのか理解出来ないレレケとシャルロッタに、オリヴィアは「安心しろ、あれは紛れもなくニーナだ」と告げた。


「え……でも」

「今のあいつはもう一つの人格のようなものだ。もしくは本性、と言ってもいいがな」

「本性……」


 既に黒騎士軍の中へ単騎で突っ込み、縦横無尽に暴れ回っているセルヴィヌスの姿が見てとれた。

 黒騎士達は油断をつかれてしまった恰好だが、それ自体が有り得べからざえる光景である。味方ですら、あまりの展開に呆然となって立ちすくむのみ。


「それよりさっきの続きだ。まずはオレ以外のアルタートゥムと言ったが――」


 オリヴィアがサーベルタイガーの頭部で、周囲を見回す。

 そして何かに気付いた気配を浮かべた。


「遅いぞ」


 だが、何も見えない。

 レレケやシャルロッタも同じように同じ方向を見たが、何もなかった。

 しかし。


「そう言うな。再起動までに時間がかかるんだ。事前に言っておいただろう」


 オリヴィアの発言に答える形で、聞き慣れた声がした。


 だが、どの方向からか分からない。周囲をぐるりと見ても同じ。思わず再度ドグにも目を向けるが、やはり変わってはいなかった。


 けれども確かに声はした。


 それもレレケのよく知る、〝彼女〟の声だ。


「何にせよ想定外の上、最悪の事態だな。だが、それもここまでだ。このボク様が来たからには安心しろ」

「その喋り方――」


 声の方向は――真上。


 見上げた頭上から、〝それ〟は降りてきた。


 空中を滑るように。さながら精霊のように。


 いや、精霊と言うにはあまりに異形で異質すぎる姿形であったろう。


「待たせたな、レレケ」



 〝それ〟は、四つの羽。

 いや、四基の牙と呼ぶべきだろうか。



 ロッテの駆るレイドーン。

 それの飛行器具フライトユニットである四基の部品が、ふわふわと宙に浮いて声を発しているのだ。



「は……? はぁ?!」


 四枚の羽は無機質な光沢を浮かべて、ロッテの声を出した。


「驚いてる場合じゃないぞ。さっさと頭を切り替えろ」


 訳の分からないまま、レレケもシャルロッタも声を失うばかりだった。




―――――――――――――――――――




挿絵(By みてみん)

☆〝次元竜神〟〝竜の神(ヤム・ナハル)〟カンヘル

 蘇ったヘルの装竜騎神(ドラケニュート)

 暗黒の破滅の竜。

 大型獣脚類の恐竜ドラゴン、サウロファガナクスの装竜騎神(ドラケニュート)

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