最終部 最終章 第六話(終)『次元竜神』
大きさは五一フィート(約一五メートル半)。
黒と白がくっきりと分かれた、神秘の姿。
今までのどの竜よりも小ぶりなのに、どの竜よりも威圧感に満ちていた。
それは最も人の形に近い体型だからか。
それとも己の背丈に等しい巨大な剣を持っているからか。
その剣もまた、ただの大剣ではない。
この世で最高の硬度を持つ、トゥールーズの五聖剣の四本を鋳潰して創り出した、聖剣を超えた聖剣。尚、一本はイーリオ=ディザイロウの持つウルフガンドに引き継がれている。
つまりはディザイロウの武器と同格以上という事。
銘を〝世界剣・ロストレジェンド〟。
竜を喰らう王を人型にしたそのものの姿なのに、他の装竜騎神よりも神々しく、異形なのに美しささえあった。
「破滅の竜……」
正真正銘、本物の、そして紛れもなく神話から出てきた破壊の権化。
嵐の神と互角に戦い、神と狼に敗れはしたものの、この世に厄災の限りを齎した伝説と神話そのもの。
「これこそが破滅の竜。竜の神」
男でもない、女でもない。けれども男でもあり、女でもある声。
ふっ――と、イーリオ達を圧し続けていた重力が消え去る。
解放されたと同時に、全員が素早く身構えた。
「我が名は――〝次元竜神〟」
両性具有の黒き母神ヘルオプスが鎧化した、最後にして最強、至高にして究極の装竜騎神。
外見的にもヘルオプスを受け継いでいるかのように、胸には人間の女性の様な膨らみがあった。しかし男性的な腕や足腰まわりなど、雌雄が同居した両性具有の人竜。
黒の創世と白の終焉を齎す、聖なる破壊神。
まだ戦いはじめてもいないのに、既にイーリオ達は圧倒されはじめていた。
鎧化をする前、つまり人竜の姿になる前の恐竜だった時でさえ、竜異能を発動させたという規格外の化け物。
しかもカンヘルというこの竜の異能ではなく、他から奪った竜異能を使ったのだ。
奪った異能だから装竜でも使えたのか、それとも奪ったものでも使えたのか。
どちらにせよ、今までの竜とは何もかもが違うと思えた。
「その――千年前は、この竜の神……カンヘルなる装竜騎神と戦って、勝たれたんですよね……?」
視線はサウロファガナクスに釘付けのまま、レレケ=レンアームが誰ともなしに問いかける。
「ああ」
答えたのはロッテ。
「その時と今とでどう違うか……何か分かりますか」
「分からん」
「え――」
「恐竜の種類は同じ、千年前と変わっていない。あれはサウロファガナクスという最大級の肉食恐竜。だが同じなのはそれだけのようだ。見た目も何もかもがまるで違う。名前も、カンヘルなどと自称していなかったしな」
千年前とはまるで違う姿形。
違いは見た目だけだと思いたいが、外見が異なるのだからそれ以外も同様だろう。何より、駆り手が違う。
エポス最後の一人、黒騎士ヘル・エポスではなく、それらを生み出した全ての元凶。
異世界存在ヘルオプス神自らが、竜の神を纏っているのだから。
「で、では、ヘルオプスと……神と名乗るあの者はどうなのでしょう。騎士としても、人間を超えているのでしょうか」
「それも分からん。異世界から受肉した事なんぞ今まで一度もなかったし、さっきも言ったようにあれの中は人間ではなく機械仕掛けの究極形のようなもの。AIの騎士などそれこそ未知数だし予想すらつかん。あれはそう……本当の意味で怪物なんだと認識しておけ」
恐怖が行き着くと、呼吸さえも苦しくなるのだろう。
レレケはこの時、初めてその事を知った。
しかし圧倒される空気の中、それを笑い飛ばす無頼で不敵な声が、全員の横っ面を張るように割り込んでくる。
「怪物ってんならよ、どの程度まで怪物なのか――まずはそいつを見極めなきゃあ、はじまんねよな」
把持する大剣を掲げるのは、大剣牙虎の人獣騎士。
ドグ=ジルニードル。
先ほどは不意打ち狙いの急襲をかけたにも関わらず、それを簡単に防がれてしまったのに、臆する影など微塵もない。
「ドグ」
「心配すんなよ、イーリオ。こう見えて無謀と無茶は分かってるつもりだぜ。あと、ビビるってのが一番てめえの力を弱くさせるって事もよ」
蛮勇ではなく勇気。
過信ではなく不敵。
神の不死を与えられぬ人の身でありながら、神の騎士に列せられた現在唯一人の人間。
しかしイーリオが口にしかけたのは、それではなかった。
なかったが、言えなかった。
「油断はするな」
「わぁーってるよ」
オリヴィアの助言に、凄惨な笑みで答える若き猛虎。
その返事と同時に、大地が弾けた。
消える人虎騎士。
初手からの最速。
感知不能な速度で迫る、大剣牙虎の牙と剣。
いきなりの突撃に加え、異能の牙――〝最強の牙〟も同時に出していた。
躱しようも防ぎようもないはず。それほどの攻撃。
そう思えた。
が、黒白の人竜は、流れるような、それでいて俊敏という言葉では形容し難い動きで、大剣を旋回させた。
剣風がイーリオ=ディザイロウの体を叩いたのは、数瞬後の事。
剣撃音と破砕音までも、動きの後に届いてくる。まさに音速を超えた攻防。
カンヘルの大剣は巨大なサーベルタイガーの髑髏を容易く薙ぎ払い、更に剣も弾いていたのだ。
しかしそれを折り込んだ動きで、ジルニードルが剣を防がれたのと同時に、その勢いを利用して空中で錐揉み状に跳躍。着地が先か攻撃が先か。そんな速度で激しい刺突を繰り出した。
獣騎術における究極到達点。
獣王合技〝心臓抜き〟。
彼我の大きさは、子供と大人ほどの開きがある。つまり竜からすれば小さくて当てにくい標的だが、ドグからすれば当てやすい大きな的であるという事。更に威力は言わずもがな。仮に通じなくとも、擦り傷は確実のはずだった。
ところが。
まるで狙いも動きも何もかを理解していたかのように、いきなり大剣を地に突き立てるカンヘル。
最高峰の獣騎術と竜の剣が火花を散らす。
カンヘルの巨大な剣が厚みのある壁となって、いとも容易くジルニードルの獣王合技を弾き返したのだ。
勢いを相殺する形で、ジルニードルは跳ね返された衝撃をいなしながら、後方に跳ぶ。
しかしそれで終わりではなかった。
息を継ぐ間もなく、再度攻撃を仕掛けるドグ=ジルニードル。
そこに並走する、二つの影。
「合わせてやる。ドグ、お前が好きに動け」
右にアルタートゥム団長オリヴィア=イオルムガンド。
「ボク様も合わせてやる。ヘマはするなよ」
左にロッテ=レイドーン。
「わぁーってるよ」
中央にドグ=ジルニードル。
神の三騎士による連携攻撃。
「〝最強の牙〟」
巨大なサーベルタイガーの髑髏が放たれる。
片手を振り下ろし、見えざる手でそれを圧し潰す次元竜神。
重力操作の力。
が、光が走る。
「〝頂天の牙〟」
飛ばした骨片が巨大な牙に膨張して、人竜を突き破らんとした。
しかしヘルオプス=カンヘルは狼狽えもしない。
竜の口を開き、息を吐き出すように体内から鱗粉に似た粉を吐き散らす。それは一瞬で膨れ上がり、いくつもの小さな飛竜へと変化した。
「なっ――」
飛竜が骨片を受け止め、或いは千切れ飛びまたは吹き飛ばされるも、文字通り肉の壁となって竜の神には傷一つ付けさせない。
その間隙を縫って――。
下から突き上げる形の究極技。
ジルニードルの〝覇王旋壊牙〟。
イオルムガンドの〝女神の神罰〟
同時に放つ獣王合技。
だがカンヘルはそれすらも後の先の読みの如く、しかも桁外れの破壊力なのに実に易々と大剣で防ぎ切ってしまう。
が、その瞬間――
「〝無敵の牙〟」
完全な死角。
全てを布石にした角度で放つ、イオルムガンドの荷電粒子光線。
無敵の牙にして光の牙。
それが遂に、竜の神を捉えた――かに思えたが。
ぐにゃり。
と音がするように、光線が強引に曲げられてしまう。
まるで水面に照らされて光が屈折するかのよう。
「超極小の重力レンズ――なのか?」
いや――という声。それと共に、曲げられた光線が空間ごと吸い込まれてしまう。
「あれはまさか……次元断層……!」
ロッテが呟いた。
「何だと」
「多層世界を強引にこじ開け、次元と次元、世界と世界の狭間を簡易的に呼び出し、あらゆるものを消滅させる力。あれの前では光であれ重力であれ、この世のありとあらゆるものが全て消し去られてしまう」
三騎が共に、距離を置いて着地した。
「それに、さっき出した飛竜の群れ――あれはおそらく、巨大カミナリ竜・金剛竜王の力。竜異能の発生器官を奪ったのは間違いなくこのためだろう。つまりあのカンヘルという装竜騎神は、他の個体の力も使えるという事が確定した」
ロッテの分析に、誰もが声すら出なかった。
多層世界とこちらの世界を繋ぎ、この世界そのものに亀裂を起こす――。
そんな理解を超えた力な上に、他の竜の力も使えるなど――。
あの古獣覇王牙団が。
竜すらも倒した、神の騎士団の神の騎士達が。
まるで通用しないなど。
そこへ――。
「でも、まだ負けたわけじゃない」
アルタートゥム達の前に、〝彼〟が出てくる。
白銀の体毛。白金の毛先。
銀と金に黒の色をした鎧を身に付け、光が迸る無二の剣を持つ、この世ならざる霊狼の人狼騎士。
七代目百獣王にして霊獣王。
もしくは銀月狼王の名を持つ、竜を討つ人狼騎士。
イーリオ〝カイゼルン〟・ヴェクセルバルグ。
ディザイロウ。
その霊狼騎士が、いよいよ戦いの最前に立つ。
「今度は僕が行きます」
竜を討つため。この時のために今の自分とディザイロウがいるのだと、イーリオは分かっている。
「レレケ、力を貸してくれるかな」
「勿論です」
ディザイロウの背後で、大術士レレケ=レンアームが術式発動の構えを取った。
「おいおい、おめえ一人でいいとこ取りすんなよ。俺らこそ、まだ負けたわけじゃねーんだからな」
苦笑いの滲んだ声で、ドグがそこに並んだ。オリヴィアとロッテも、まだまだこれからといった様子。
しかしそれを、黒白の竜神が嘲笑う。
「神たる我に、愚かな事よ」
文字通り全員を見下ろしていたが、見下すどころか視線を上に外して息を大きく吸い込む動きを見せた。
そして一言。
「〝再創世〟」
ヘルオプス=カンヘルが首を大きく動かし、何かに咬みつく動きをする。
ただの空間に突き立てる、竜王の牙。
すると何もないはずの虚空に、黒の線が一筋。まるで空間そのものに傷を付けたような異形の咬み痕が走った。
それは傷口となってばっくりと開き、中から黒色の粒子を落としていく。さながら空から降り注ぐコールタールのよう。
地上にびたりびたりと落ちていく中、いつの間に置かれていたのか――おそらく小型の角獅虎が運んだのだろう――コールタールの注がれた場所に、生き物の肉塊のようなものがあった。
それの上に落下してすぐ、黒い粒子が歪に蠢き出していく。かと思えば、瞬く間にそれは膨れ上がって形を成していった。
巨大に。
恐ろしく巨大に。
「まさか……あれは……」
ロッテが絶句したのも当然だろう。
それは真っ黒に塗り潰されているものの、この世に破滅を齎さんとした、あの姿だったのだから。
ティラノサウルス。
トリケラトプス。
ケツァルコアトルス。
モササウルス。
ドレッドノータス。
そう――
五体の装竜騎神。
つい先ほど葬ったはずのあの魔神が、暗黒の異形と化して再びあらわれたのだ。
「小煩いアルタートゥムどもは、我の再創世せし〝暗黒竜〟の相手でもしているがいい」
五体の竜が、同時に光線を放つ。
三騎のアルタートゥムが個々でそれをはね返すも、当然ながら手が回らない。
灼かれる戦場。燃えたつ王都。
災厄の炎が、一瞬にして終末の地獄絵図を生み出した。
「さあ、かかってくるがいい、イーリオ・ヴェクセルバルグ」
破壊の安寧と楽土の煉獄を齎す両性具有の竜神が、はじめて剣を構えた。
イーリオ=ディザイロウも、対になった剣で構えを取る。
膨れ上がる闘気。
はじまりの鐘の音はなく、開始の合図もない。
けれども必然のように、両者が同時に動いた。
破滅の竜と月の狼。
最後の戦いが、遂に幕を開ける――。
―――――――――――――――――――
☆〝次元竜神〟〝竜の神〟カンヘル
真の破滅の竜。
最強にして最悪、最凶にして災厄の神の化身。
大型獣脚類の恐竜、サウロファガナクスの装竜騎神。
2024年夏休み毎日投稿スペシャル
これにて最終投稿となります。
次回からは通常通り毎週金曜夕方の更新です。




