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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
最終部 最終章「銀月の狼と人獣の王たち」
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最終部 最終章 第六話(2)『生餌』

 アルタートゥムのオリヴィアと灰導天使衆(ヘクサ・アンゲロス)・アンフェール・エポスとの戦いが佳境に迫りつつあったのと同じくして、二つの大きな異変が起きていた。


 その一つが通信としてオリヴィアに届くと、彼女は報告を耳にして眉を顰めた。


 告げたのは、同じアルタートゥムのロッテ。

 彼女が翼竜の装竜騎神(ドラケニュート)・ヴリトラに勝利した後の事だ。


竜の結石(ドラコナイト)が持ち去られただと?」

「そうだ。油断はしていなかったが一瞬の隙をつかれた。すまん。取り戻す事は出来なかったが、追跡はしている。どうやら通常の角獅虎(サルクス)とは異なる、小型の角獅虎(サルクス)の仕業のようだ」

「小型の?」


 アルタートゥム達の思念通話は、鎧獣術士(ガルーヘクス)が使う獣理術(シュパイエン)と原理的には同じものである。ただし彼女らのそれは術士によるものでなく標準で備わっている機能のようなもので、四騎だけの閉じた回線で通話する事も出来れば、連合軍全体に告げたり任意の相手だけに繋ぐなど自在に通信を変更出来た。ようは通話だけなら上級術士のそれと同等の能力を持っているという事だ。


「ああ。大きさはそうだな……チーターかダマガゼルの鎧獣騎士(ガルーリッター)ほどで、ようは人間大というところだ。ツノは小ぶりだが外見的には角獅虎(サルクス)そのもので、おそらく通常の大きさのものに紛れて潜伏していたんだろう。……今更だが、灰色の体表というのは群れに紛れられると視覚からは完全に擬態されてしまうから、まるで気付けなかった」


 少し前に、同じアルタートゥムのニーナから水陸両戦用の川馬角獅虎(ケルピー・サルクス)というものが大量に出現したという報告も受けている。

 さすがに一〇万も数があれば、種類も様々に備えているという事だろう。

 あとどれだけ別種の角獅虎(サルクス)を用意しているのやらと考えると、エポスらとて千年の間に為すべき準備は行ってきたのだと思い直した。


「目的は、次の復活のため――なのか?」

「普通に考えればそうなるが、どうにもキナ臭いと思ってな。団長への報告の前に、ニーナにも何か起きていないか聞いたんだ。するとだ、ニーナのアホは気付いてなかったが、アンカラのセリム皇帝が同じような小型の角獅虎(サルクス)を見たと言っていたそうだ。しかも、何かを持ち去っているようだとも言っていた。ただ……こちらと同じようにドラコナイトを奪ったのなら、まだ問題はなかったのだが」

「違うんだな」

「ああ。モササウルスのドラコナイトは残されたままだと、ニーナが発見している。一体何を奪い、何を目的にした行為なのか、まだ見当がつかんが……」


 ドラコナイトとは、装竜(ドラーケ)神之眼(プロヴィデンス)に当たるもの。

 鎧獣騎士(ガルーリッター)神之眼(プロヴィデンス)とは、サイズが桁違いな巨大結石の事である。

 するとそこへ、二人の通信に横から加わる形で、ドグが割り込んでくる。


「話してるとこ悪ぃ。けどよ、ちょっといいか」

「何だ」

「今の話を俺も聞いてだけど、さっき俺の倒した竜に、気付かれねえように死体に近寄り、その竜のツノを持ち去ろうとしていたヤツらがいてさ、見付けたんでそいつらを始末したんだ。で、それが――」

「小型の角獅虎(サルクス)だったんだな」


 そうだと答えたドグの後で、ツノという内容から、ロッテが一つの考えを閃く。


「もしかしてだ、ドグ、お前の相手をした竜は、ツノの竜異能(ドラクル)――いや、ツノを利用した竜異能(ドラクル)だったんじゃないか?」

「え? あ、ああ……。確かにそうだ。あいつはツノの破片をバラ撒いて地面を操ってたな」

「どういう事だ? ロッテ」


 オリヴィアが問う。


「ボク様が倒したケツァルコアトルスの装竜騎神(ドラケニュート)は、喉とドラコナイトが竜異能(ドラクル)の源だった。そしてニーナが倒したモササウルスは、それとは反対にドラコナイトが竜異能(ドラクル)の発生源ではなく、異能は別の部位によるものだと推察される。つまりだ、再生復活が目的ではなく、竜異能(ドラクル)の元となった器官や肉体の部位を奪うのが、そいつらの目的なんだろう」

「どういう事だ……? 一体何のためにそんな事をする?」

「残念だがそこまでは分からん。――が、まだ出ていない六体目……ヘル・エポスの駆るヤム・ナハルを考えると、それと何か関係しているのかもしれん。いや、間違いなくそこに答えがあるだろうな」


 離れた位置でバラバラに出現したのも、今の事に関係しているのだろうと、ロッテが続ける。


 事実は事実として、あくまでロッテの話は予測の範囲でしかない。それでも、キナ臭いと感じた彼女の勘に間違いはないと、オリヴィアも思った。


 いくら互いに、敵の戦力増強の方向性が千年間不明であったとしても、相手側が何の対処もしなかった――などと楽観的に考える事などあり得ない。ましてやそれが古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファング灰導天使衆(ヘクサ・アンゲロス)ならば余計にだ。

 当然、竜に対してこちらが相応の対処をすると踏まえるなら、装竜(ドラーケ)の入手がつい最近まで果たせなかったエポスの側が不利になるのは自明の理。

 それを見越して考えれば、そもそも装竜(ドラーケ)を各個バラバラに出現させた事自体が悪手すぎるというもの。

 巨大だからこそその規模を活かし、質量の意味でも圧倒する事が最も効果的な運用だからだ。

 加えて、まとまって出現すれば、当然ながら六体の竜で連携も図る事が出来るだろう。そうなれば、如何なアルタートゥムとてこうも容易く倒せはしなかったはず。なのにそれをしなかった。


 結果、やはりというか当然のように、アルタートゥムの手で次々に装竜騎神(ドラケニュート)が倒されている。

 むしろアルタートゥム側の計算では、どうやってそれぞれの竜を個別に叩いていくかが戦いの肝だと考えていたというのに。

 こちらの奮闘がないとは決して言わないが、それでもあまりに事が上手く進みすぎていると、オリヴィアは感じていた。


 何かとんでもない見落としがあるのではないか――。


 そこで気付く、もう一つの異変――。


 報告ではなく、オリヴィアが直接それを感知したのだ。


 遠く離れているものの、イオルムガンドの視力なら目に見えぬほどではない距離。

 それはドレッドノータスという巨大恐竜に勝利した、イーリオのいる付近。


 沸き立つ勝利の余韻に、連合軍が奮起を倍増させていると思いきや、どこか様子が怪訝(おか)しかった。

 空気が冷たいというかどことなく熱気がなく、戦場なのに静けさが漂っていたのだ。


 何より、感知に引っ掛かった最大の要因は、そのイーリオだった。


 人狼騎士ディザイロウとなっているイーリオが、戦場の真ん中で微動だにせず立ち尽くしている。


 ――何をやっている?


 こちらへ向かっている途中、何かの理由で立ち止まってしまった――そんな風に見える光景。

 振り返った恰好のイーリオ=ディザイロウが向ける、視線の先。

 それに気付いた時、オリヴィアの直感は電流となって思考を裂いた。


「ロッテ! すぐにこちら――いや、イーリオの方に来い! ロッテだけじゃない。ドグもだ! ニーナは次の場所へ、ロッテとドグはすぐにこちらの戦場に全速力で集結しろ!」


 突然のオリヴィアの命令に、アルタートゥム三人の戸惑いが伝わってくる。真っ先に尋ねたのは勿論ロッテである。


「どうした? 何かあったのか?」

竜異能(ドラクル)の発生源を奪い取る……そうか、奴らの対処は我々と違い、一極集中型――いや、竜の運用そのものを変えたのか」

「おい、何を言っている」

「すまん、オレもまだ考えがまとまっていないが、六体目があらわれた。それだけは確かだ」


 何だって、と全員が驚きの反応を示す。

 来るとは分かっていても、いつ、どのタイミングかが不明だった最後の竜。それだけにまさに今というのは、完全に予想外だった。


「オレは――オレ達は、何かとんでもない勘違いをしていたのかもしれん。ヤム・ナハルは装竜(ドラーケ)の中核で最も手強い竜。それがオレ達の認識だった、だがそれそのものを、あいつらは変えたのかも」

「待て。奪った竜異能(ドラクル)とそれの……まさかこいつらは……いや、五体の竜そのものが、生け贄だとでも……?」

「これ以上の答えはまだ出んだろう。まずは考えるより先に、ここへ集結しろ。おそらく全アルタートゥムの力が必要になるはずだ。オレもこのデカブツを、今すぐ始末する」


 三人は一斉に「了解」と即答した。


 だが三騎が三騎とも、かなり疲弊をしているはずだった。想定よりも短い時間で倒せたとはいえ、倒したという事はそれなりに消費をしたという事であり、戦闘を直接見ていなかったオリヴィアでもそれは容易に想像出来る。

 何故ならそのオリヴィア自身、激しい消耗を控え、様子を伺うような戦い方をしてきたからこそ、まだ継戦中でいるのだから。


 何かはわからないが、言い知れぬ予感――。


 それがあったからこそ、オリヴィアは全力を出さずに力を温存してきたのである。


 だがそれも含めて――いいや、こちらがどれだけ警戒しようが関係なく、エポス達は盤面そのものを引っ繰り返すような何かを仕掛けたのだろうと気付いたのだ。


 それの起きている現場こそが、イーリオのいる場所であると。


 目の前を掠める破壊光線・極帝破光(シリウス)を躱し、振るわれる黄金の巨大斧を弾き返して距離を取るオリヴィア=イオルムガンド。


 装竜騎神(ドラケニュート)ジブリールの異能を二つ共に無効にはしたが、それでもこの黄金のティラノサウルスの基本戦闘力は、他の竜よりも頭抜けているため油断は出来ない。先ほどからの通話の最中も、思念で会話しながら一寸たりとも気は抜いていなかった。


 しかし――だ。


 ここまではともかく、最早出し惜しみをするつもりなどオリヴィアにあろうはずがなかった。


 奇妙な形状の大剣を構えるサーベルタイガー。


 大剣というのは大きさでそう見えるだけで、これの本当の姿は巨大すぎるハサミ。


 その体毛は黄金に近い琥珀色をしていて、一際目立つのは、全身に浮かぶ光の幾何学模様。サーベルタイガーと呼ばれるだけにいわゆる虎縞模様かと思われるかもしれないがそれとは全く違い、まるで人工工芸のようなくっきりとした線形をしている。それらが鎧で覆われてない箇所に、光を伴い浮かびあがっていた。

 サーベルタイガーの中でも、ジルニードルの大剣牙虎(マカイロドゥス)と同等かそれ以上の巨体を誇る、最大級の種族。



 大軍刀牙虎スミロドン・ポプラトル



 または



 〝刀剣虎(セイバータイガー)〟とも呼ばれる、最後期のサーベルタイガー。



 その名を〝無敵の牙〟イオルムガンドと言う。



 古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファング団長の騎獣。

 それを駆るのもただの騎士ではなく、アルタートゥムの中でも最強の実力者。

 あの六代目百獣王カイゼルン・ベルの産みの母でもある、オリヴィア〝ドゥーム〟・シュナイダー。


 〝死の運命(ドゥーム)〟の二つ名は、畏怖の意味を込めて付けられたものである。

 まさに桁違いの戦士。


 それが今、闘気の質を変えて構えを取る。


「やる気になった――というわけか」


 ティラノサウルス――T・レックスの装竜騎神(ドラケニュート)

 黄金竜王(アウラール)・ジブリールから言い放つ、アンフェール・エポス。


「どうだろうな。少なくとも、退屈してきたのは確かだ。そしてオレは、退屈が好きじゃない」

「なら、もっと退屈せぬようにもてなしてやろう」

「貴様にそれが可能だとは思えんがな」


 黄金色のT・レックスの巨体が、山津波のような踏み込みで突進をかけた。


 規模が違いすぎてそのようにすら見えないが、これはオレンボー流の獣騎術(シュヴィンゲン)突弾駆インメルシオーネを軸にした獣合技ミッションだった。

 突撃そのものが破壊を伴う殲滅技。

 これに対しどの流派とも異なるも、激しく洗練された動きで真っ向から迎え撃つ大軍刀牙虎スミロドン・ポプラトル


 衝突。

 からの衝撃波。


 大気が全身を痺れさせる勢いで、空気の波紋となって広がった。

 矮小な体躯のイオルムガンドが、何倍もの巨体を持つジブリールを受け止めていたのだ。最早それは、子猫が獅子と互角の力比べをしているかのよう。

 何度見ようと信じられなかったが、膂力でさえもこの大小比で互角を張るというのか。


 だがアンフェールは驚きもせず、冷静に次の手を打つ。


「喰らえっ」


 大きく開かれる、ティラノサウルスの巨大すぎる口部。

 咬み千切らんとするのではない。口部の中から破壊の力を集約させた異能を放とうというのだ。



「〝破壊(デストロイ)〟!」



 万物を砕く波動が放射される。


 それは物質を原子レベルで粉砕する、超未来の科学兵器と同じもの。

 いわゆる、原子分解衝撃波ディスインテグレーターと呼ばれる力だった。


 口部に発生させた球状と自身の巨躯を力場とし、向いた方向にある一定距離の全てを確実に破壊するというもの。


 まさに世界を創り変えるための力を持つ竜の中で、破壊のみに特化した黄金竜王(アウラール)ならではの能力。


 しかし。


 サーベルタイガーの周囲に浮く光球が盾となり、この衝撃波を余す所なく相殺していた。これこそがイオルムガンドの獣能(フィーツァー)



 〝無敵の牙カンコレンツロース・ファング〟。



 それはナノマシンを集合させて創り出した発光体で、これそのものが球体の中で粒子加速器となり、荷電粒子を発生させるというもの。


 それは光線ともなれば盾ともなり、剣や牙、爪ともなってあらゆる脅威に抗しうる武器であると共に防具ともなる。


 光が破壊の矢を完全に遮断。同時に拮抗した力で、竜と虎の動きが止まった。


 両騎に発生した膠着。だがほんの僅かだけ、イオルムガンドの無敵の牙カンコレンツロース・ファングの威力が勝っていた。力の均衡の僅かな崩れによって、イオルムガンドの小さな体が山のような巨体のジブリールを押し返してしまう。


 次の刹那――。


 刀剣虎(セイバータイガー)の従える光球が消えたかと思えば――


 その背後に、途轍もなく巨大な皿状の円形が広がった。


 暗い虹色のそれは、まるで虚無へと誘う扉のように、ジブリールへと真っ直ぐ向けられていた。


 これは――

 危険だと判断したアンフェール=ジブリールだが、時既に遅し。




「〝光あれエス・ヴェルデ・リヒト〟」




 虹色の円形から、眩い光がT・レックスの巨体に注がれる。


 回避は――出来なかった。

 いや、させてもらえなかったのだ。


 何せ逃げようとする人竜の片足は、その直前、イオルムガンドのハサミによる目にも止まらぬ神速の斬撃で、切断されていたのだから。



 光に灼かれる黄金の肉食恐竜。

 消滅の間際、破壊と闘争のエポスは、どんな景色を見たのだろうか。


 光の導く地獄か、暗黒に堕ちる楽園か。


 やがて光は収束されて消えていく。そこに残されていたのは――


 ジブリールの下半身。


 上半身全てが、今の光で失われたのだ。



 イオルムガンドの第二獣能(デュオ・フィーツァー)光あれエス・ヴェルデ・リヒト〟。

 粒子加速器を応用した力で、反物質粒子光線を発射するというもの。

 原子レベルで破壊する力を超える、物質を対消滅させるまさに〝無敵〟の力。


 当然これにはイオルムガンドにも多大な負荷がかかるが、こうなればそれもやむなしとオリヴィアは判断したのだった。何故なら、ここまで徹底的に消滅させれば、奪うべき竜異能(ドラクル)も消え去るのは明らかだったからだ。


 それでも――。


 と、オリヴィアは思う。


 最大の戦闘力を持つ竜を倒したというのに、その心にあるのは安心でも喜びでもなく、べっとりと張り付いた不安以上の凶々しい予感だけ。


 その中心地たるイーリオのいる場に視線を向け、サーベルタイガーは駆け出した。


 浸るべき勝利の余韻よりも、為せねばならぬもののために。




―――――――――――――――――――




挿絵(By みてみん)

☆〝黄金竜王(アウラール)〟ジブリール

 破滅の竜の一体。

 大型獣脚類の恐竜ドラゴン、T・レックスことティラノサウルスの装竜騎神(ドラケニュート)

 完全攻撃特化の竜。






挿絵(By みてみん)

★オリヴィア〝ドゥーム〟・シュナイダー

古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファングの団長。

アルタートゥム最強の騎士であり、一騎で惑星を掌握可能なほどの力を持っている。



挿絵(By みてみん)

☆イオルムガンド

オリヴィアの鎧獣(ガルー)

サーベルタイガーの中でも最大種、刀剣虎(セイバータイガー)ことスミロドン・ポプラトル。

またの名を〝無敵の牙カンコレンツロース・ファング〟。

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