最終部 最終章 第六話(1)『牙獣王』
黄金竜王・ジブリール。
現出した場所は王都西部の辺縁。
イーリオ達が巨大人竜・金剛竜王のミカイールと交戦している隣の戦場である。
現在確認されている五体の破滅の竜――装竜――の内、最大の戦闘力を誇るのが、このジブリールであった。
駆り手は〝破壊と闘争〟を司るアンフェール・エポス。
かつては神聖黒灰騎士団の前身である灰堂騎士団の総長ゴーダン・オラルとして、その肉体に宿っていた。だが、ゴーダンは第二次クルテェトニク会戦でレオポルト王に敗れて戦死し、その後は、神聖黒灰騎士団第二使徒のロード・イゴーという禿頭無毛の巨漢として、活動をしている。
そして現在は、肉体は変わらずロードのままで、アンフェールとなっているのだ。
戦闘力が強大なのも当然。
ジブリールは最強の捕食恐竜――またはその一種と呼ばれる肉食恐竜の代表格にして、ある種、恐竜を象徴する恐竜、ティラノサウルスことT・レックスの装竜騎神であるからだ。
僅かに生えた体毛は黄金色。
表皮の鱗もそれに近い金めいた砂色。
暴君と名付けらられたそのままの、獰猛で加虐性に満ちた顔つき。
黄金色の金属部分に同色の戦斧。
体高は一三〇フィート(約四〇メートル)にもなり、その巨体から繰り出されるあらゆる破壊行為は、天変地異の領域。誇張なく、斧の一振りで大地が割れ、蹴り足の一撃で山が砕けた。
一方で、装竜が標準で持つ破壊光線・極帝破光は、五体で威力にそう変わりはなかったが、異能である竜異能は別だった。
そもそも竜異能とは、〝世界を創り変える〟異能の事である。だがジブリールの力は、他の四体とはいささか毛色が違う。いや、目的と方法が違うと言うべきか。
それは〝創る〟のではなく、〝創る〟前――その為の力。
新たな世界を創造するのにあたり、最も必要な行為は何か。
生命を生み出す事か。新たな世界秩序か。どれも違う。
世界を創り変えるために最も必要なのは、旧い世界の清算――つまり、世界の破壊。
ジブリールの力は、この世を壊す事に特化した能力であった。
その威力は、千年前と変わらず。だからこそジブリールの相手は、古獣覇王牙団でも団長のオリヴィアが担ったのだ。
ジブリールの持つ戦斧が、隕石の如き唸りをあげて襲いかかる。
歪な形状の大剣を翳し、最強のアルタートゥムがこれを弾き返した。
幼児と大男以上と言えるほど、大きさに開きのある両者。にも関わらず他のアルタートゥム同様、スケール違いな圧倒的質量の攻撃を、イオルムガンドは易々と捌ききっていた。
斧が跳ね返されたのと同時に、巨大な口腔から重粒子の破壊光線を発射するT・レックス。これほどの巨体なのに動きに緩慢さはない。それどころか滑らかで澱みない連撃。
口部の大きさに比例した、大口径の極帝破光。
避けようもなく灼かれる――かに思えたが、イオルムガンドは無造作にも思える動きで大剣を翳し、二つある奇妙な持ち手を両方掴み、それを左右反対方向に引っ張った。
重なっていた大剣の刃が、二つに分かれる。
剣に見えていたそれは、巨大な、いや――巨大すぎるハサミ。
目一杯開いた刃を、今度は凄まじい勢いで閉じた。
ここまでが刹那の出来事。
閉じた――つまりハサミで切った衝撃で、ジブリールの光線が二つに切断されて飛び散ってしまう。
光線を切る――。
およそ有り得ない行為だが、現実にそれは起こっていた。
これに動揺を一切見せず、ならばとばかりにアンフェール=ジブリールは両足を開き、上半身を屈ませて太く長い尾を振り上げた。まさにT・レックスそのものといった構え。
飛び掛からんとするのか。いや、そうではない。
体と一体化してある鈍い金色の鎧が明滅し、幾何学模様が鱗の体表を走り抜けた。
黄金竜の魔神が吠える。
「〝闘争〟」
巨大竜の全身から、不可視のいかずちが走った。
いや、見えないのは人の目で補足不可能なだけ。
鎧獣騎士、特にアルタートゥムのオリヴィア=イオルムガンドの視界には、はっきりと黄色やオレンジのいかずちが見えている。が、サーベルタイガーは動きもしない。光線を両断した位置のまま。動こうともしなかった。
いかずちがイオルムガンドの全身に降り注ぐ。それどころか人竜を中心に四方一帯全てが、いかずちによる光の触手に包まれていた。
それに触れられた瞬間、ある者は苦悶を超えた激痛と苦しみでのたうち、別の者は痛みのあまり一瞬で気絶するほど。
いや、ほとんどが地獄の激痛を味わいながら息絶えるのみ。
気を失ったり苦しんだだけで済んだ者はごく僅かだったが、それもほどなく絶命する。
巻き込まれた連合軍騎士はともかく、角獅虎らも含め敵味方関係なく、いかずちの及ぶ範囲全ての生きとし生けるものがこれの餌食となった。
しかし――
「P.E.P.――パルス・エネルギー・プロジェクタイルによる電磁パルス兵器か。阿呆みたいに強化したテーザー銃とでも言えばいいかもしれんな」
このいかずちが注がれる嵐の中、痛みを感じるどころか平然としているのがたった一人。
アルタートゥムのオリヴィア=イオルムガンドである。
大剣のような巨大ハサミを携え、小雨に打たれているかのようですらある。いや、実際にそうなのだとしか思えない。
「本来は低殺傷兵器とされるP.E.P.を範囲兵器として精度を上げた異能。まさに〝破滅〟へ導く力だ。だが残念ながら、電磁攻撃はオレには効かん」
「の……ようだな」
オリヴィアの言葉を受けたからか、T・レックスの巨大人竜が、いかずちの放射を停止した。
「俺の竜異能が効かぬなど、よもやそこまでとは思っていなかったぞ」
言葉の割に、狼狽えた様子も焦りも、人竜からは見受けられなかった。
ジブリールからすれば赤子よりも矮小な鎧獣騎士など、それでも取るに足らないと言わんばかりである。実際、今の所攻撃は防がれているが、傍から見ている分には、戦いを押しているのはエポスの側にしか見えなかった。それほどまでに、破滅の竜〝黄金竜王〟の破壊力は桁違いだった。
既に四方数マイルの範囲に生命は欠片もなく、生きているのはジブリールとイオルムガンドの二騎のみ。まさに草木も生えぬ曠野と化している。
「千年の時があったとはいえ、こちらの装竜とて千年前とそのまま同じではない。改良もしてあるというのに、そこまで完璧な対応を施すとは――どういう仕掛けだ?」
低く広がるとおりのいい声で、T・レックスの装竜騎神が問いかけた。
サーベルタイガーの顔で、オリヴィアが淡々と答える。
「仕掛けなどない。簡単な理屈だ。いくら強化をしたと言っても、貴様らが現物の装竜を手に入れたのはほんの少し前。千年もの間、全ての竜はその再生の源であるドラコナイトを封印された状態だった。千年間、貴様らは現物の竜がない状態で強化を練っていたわけだ。対してオレ達は、数こそ四人だけになったが、現物のある状態で仮想戦闘も行いながら、改良に改良を重ねた。個々の戦闘力を徹底的に凝縮・強化させ、惑星規模の殲滅兵器である装竜とも単体で渡り合えるまでになるようにな。千年だ。千年も研究すればどうなるかは、言わずもがなだろう?」
「つまり我らの考えを予測し、どのように強化するかの方向性も読んでいたと?」
「現物の竜もなく、仮想戦闘すら不可能の中でどういう方向に貴様らが強化を施すかは、千年前のデータを元にすればそれほど難しい推察ではない。こちらには惑星規模の霊子コンピューター〝星の城〟があるのだからな」
この時初めて、アンフェールは舌打ちを零した。
焦りや脅威を感じたというより、過去から続く因縁のしぶとさに、ほんの僅かだが忌々しいと感じたのだろう。
「どうあれ、星の城という〝玉〟を手にした者こそ、この世界を左右する権限も有するという事か。つまり貴様らは既得権益を貪る邪悪で、我らオプスに使える灰導天使衆こそ、気高き反逆者に他ならないな。そして並行世界など関係なく、旧態依然は刷新の革命によって滅ぼされるのが世の常よ!」
一三〇フィートの巨体とは思えぬ速度で、アンフェール=ジブリールがイオルムガンドに肉薄しかける。
即座に反応するアルタートゥムの長。
だが回避をしながら、今の発言にオリヴィアは違和感を覚えていた。
〝玉〟――エポス達の最終目的を比喩した表現。
チェスでいうキングやクイーンと同義であり、これを抑えたものこそ、この戦いと世界の覇権を握る事になる。
つまり今は、エール神とその眷属であるアルタートゥムが、その玉である星の城を握っていると語ったのだ。しかし妙ではなかろうか?
多層世界の領域を侵そうとするエポスやオプスにとって最も重要なのは、星の城もそうだが、座標の巫女たるシャルロッタもまた、最重要な存在であるはず。
しかし今アンフェールは、巫女の名前を、シエルを出さなかった。単に言うまでもない事だから口にしなかったという可能性もあるが、違和感は拭えない。
それの理由を突き止めるのも重要だと感じていたが、いくらカイゼルンの母にしてアルタートゥム団長のオリヴィアでも、心ここに在らずで捌けるほど装竜騎神は甘くなかった。
意識を敵に集中する。
迫る巨体。
質量差がここまであると、最早近付くだけで脅威でもあった。
力任せの斧に見えて、動きは洗練されている。これほどの巨体で非常に小さな対象を狙っての攻撃なのに、確実に潰して見せようという動き。隙もなければ無駄もない。
どちらかと言えば装竜の能力に頼る傾向にあった他のエポス達とは、一味も二味も違った。
まさに完成された、恐竜のための獣騎術。いや、竜なだけに竜騎術とでも言おうか。
ところがそんな高レベルな攻撃も、オリヴィア=イオルムガンドには擦りもしなかった。
踊るように舞うように躱し、すり抜け、演舞の如くいなす。
だが最前までの攻防で、アンフェールも相手の力量を理解している。己の武技を上回る練度を持った相手だと。しかし。
――鎧化での戦いとは、技、異能、その全てだ。
一瞬の隙を見定め、アンフェールがここぞとばかりに号令した。
「〝破壊〟」
T・レックスの巨大な口が上下に開き、中で鈍色の球状が浮かび上がっていた。
それは凝縮されたエネルギーの塊。万物を滅却する破滅の権化。
出現と同時に、その球体から巨大なエネルギー波が放射された。
極帝破光ではない。
重粒子エネルギーのものではなく、衝撃を起こす波動。
しかしこれを読んでいたオリヴィアは、今までにない加速を行って、衝撃波を浴びる事なく離脱していた。ところがジブリールも、イオルムガンドの動きを捉えて離さず、軌道を追って追尾する。
追いかけるせいで、衝撃波が撒き散らされる。
――!
オリヴィアがほんの少しだけ目を剥いた。
衝撃波の直撃した場所が粉塵になって砕かれ、跡形もなく消し飛んでいたからだ。
――成る程、〝破壊〟そのものか。
無機物有機物、硬軟関係ない。直撃したありとあらゆるものを破砕していく力。さすがにあれの前では、イオルムガンドの剣も砕かれる可能性があった。
だが。
――座して手をこまねくというのは、オレの性分ではないのでな。
回避の疾走を続けながら、大剣を背に担ぎ自由になった両腕を広げる。
「〝無敵の牙〟」
いくつもの光の球体が、サーベルタイガーの周囲に浮かんだ。
さながら火の玉のように、イオルムガンドと並走ならぬ並翔していく光球。それは飛びながら公転に対し自転をする惑星のようにぐるぐると回転し、発光を強めていった。
そして――
サーベルタイガーが疾走を反転。光を纏って衝撃波に頭から突っ込む。
「何?!」
驚いたのは竜の方。
光球達が一際大きな発光を起こしたかと思えば、イオルムガンドはその光に爪をたて、光そのものを爪に纏わせる。
光の爪となったそれで、衝撃波に振りかぶった。
一閃――。
形容出来ぬほど異様で巨大な音をたて、T・レックスから放たれていた破壊の波動が、その根元から――
斬り裂かれていた。
バチバチッという電磁的な音を最後に、恐竜の口にあった破壊の球体が霧消していく。その獰猛すぎる牙のいくつかも、反動で何本かが欠けていた。
首を振り、昏みそうな意識を保とうとするアンフェール=ジブリール。
移した視軸の先に立つのは、大剣を背に担ぎ、光球を守護霊のように従える光のサーベルタイガー。
その女性騎士。
アンフェールはこの時悟った。
万物を悉く粉砕する破壊の権化たる黄金竜王が砕けないものなど、この世にあるはずがない。しかしこのアルタートゥムは、いとも容易くそれを可能にしてみせた。それはつまり、こいつらは――
「我らを……この黄金竜王を、敵と認識していない……という事か」
オリヴィアが、笑いも見せずに「そうだ」と返す。
「真の破滅の竜こそ、真の相手――だからな」
それでも――とアンフェールは思う。
それであっても、まだこの黄金竜王・ジブリールが敗北したわけではない。
「調子に乗るなよ。虎風情が竜に勝利をするなど、片腹言いたいわ」
「竜虎――という言葉を知らんのか? 我らが何故サーベルタイガーを選んだのか。それは竜に相対するなら虎だからだよ」
ここで始めて、オリヴィアは笑いを含んだ声を出した。
嘘か真実かも分からぬような、アルタートゥムの存在理由。
だがそれをくだらぬと言えるような余裕は、アンフェールの何処にも、もう見当たりはしなかった。
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☆〝黄金竜王〟ジブリール
破滅の竜の一体。
大型獣脚類の恐竜、T・レックスことティラノサウルスの装竜騎神。
全高は一三〇フィート(約四〇メートル)にもなる怪獣サイズ。
★オリヴィア〝ドゥーム〟・シュナイダー
古獣覇王牙団の団長
六代目百獣王カイゼルン・ベルの母親でもあるが、見た目は二〇代の女性。
☆イオルムガンド
オリヴィアの鎧獣。
サーベルタイガーの中でも最大種、刀剣虎ことスミロドン・ポプラトル。
またの名を〝無敵の牙〟。




