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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
最終部 最終章「銀月の狼と人獣の王たち」
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最終部 最終章 第五話(終)『天地』

 古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファングの駆るサーベルタイガーは、鎧獣(ガルー)というよりその原型であるL.E.C.T.(レクト)こそが正しい呼称となる。


 それだけでなく、四騎それぞれにも特殊性があった。それは駆り手である三人の女性と一人の男性――ドグ――も同様である。


 しかし。


 ――自分は他の三人とは違う。


 そのようにドグは自覚していた。


 千年も前から生きているという事や、魂の成り立ちがどうだなどという意味ではない。

 戦士としての在り方が、根本的に違うのだ。


 ニーナ・ディンガーと彼女のセルヴィヌスは、超々遠距離から近接までが戦闘可能範囲で、更に陸海空いかなる状況下でも対応出来るだけでなく、その全ての局面で最大の戦力にもなり得る全天候型、全局面型の戦士である。

 あらゆる状況で万能に対処出来るだけに、極地戦などでは彼女が最も戦闘力を発揮するだろう。つまり戦闘において最も重要な場面を任せられる、戦闘者の完成形。


 そしてロッテ・ノミは、戦闘力こそ他の三騎に及ばないが、そもそも彼女は戦士ではなく科学者なのだ。分析などが戦地での本来の役割であり、今もエポスの思考を推し量り終戦までの対抗策を講じている事だろう。

 また航空戦力としての側面もあるため、空という限定的且つ対処の難しい局面において、ロッテと彼女のレイドーンほどの適任はいないと言える。

 戦闘での本来の立ち位置は遊軍か後方支援といったところか。


 団長のオリヴィア・〝ドゥーム〟・シュナイダーはと言えば――。

 これが何とも評し難かった。

 戦力で言えば同じアルタートゥムでも桁外れなのは間違いなく、あらゆる意味で竜そのものと完全に抗しえるのは彼女と彼女のイオルムガンドをおいて他にはあるまい。

 ただ、ドグも知らぬ事が多いというのもあるし、何より団長なのだからアルタートゥムの要で中心というだけで、それ以上の説明は不要であろう。

 四騎の指揮者、大将というわけである。


 つまり三騎ともどもそれぞれ異なる役割を持つ戦士というわけだが、同時に必要不可欠且つ最重要な位置にいるのがこの三人なのだ。


 それに比べて自分は違う。


 ニーナ=セルヴィヌスほどの全局面対応は出来ないし、戦闘力でも彼女には一歩劣るだろう。

 ロッテ=レイドーンほどの特殊性がないのは言わずもがな。

 オリヴィア=イオルムガンドと比べるに至っては、ドグが及ぶはずもない。


「俺は言わば突撃兵さ」


 笑いながら、ドグ=ジルニードルが剣を振るう。圧倒的質量差をものともしない、超常以上の剣捌き。

 怪物級の超強大な竜の槍が、六分の一以下の大きさしかない剣によって跳ね返されていた。


「だから消費も気にしないと言うつもりか?」


 潰しの効く尖兵。

 将棋チェスで言うところの歩兵。

 万が一欠ける事があっても取り替え可能な騎士。自分が扱う大剣の刃のように。


 それが自分ドグ


 一方で、他の三人は違う。取り替えの効かない、唯一無二の存在。


 だがドグは、それを悲観的に捉えているわけではなかった。


「最も効率良く、最も強い力を出せるのが俺とジルニードルなんだよな。底なし――ってわけにいかねえのは仕方ねえけど、それでも他の三人に比べりゃ、俺はある意味、一番体力のある方だと思うぜ」


 取り替えの効く存在だからこそ出来る事もあるし、残せる爪痕もある。その事を、ドグは自分自身が一番理解していた。


「ほう、ならばこれはどうだ?」


 紅い息が突風となる。

 しかもそれを突き破る形で、破壊光線・極帝破光(シリウス)が発射された。

 避けようとするドグ=ジルニードルの機先を制するように、次々に大地の壁が生えてくる。まさに竜による波状攻撃。


 底なしの力はむしろエポスの側がそうだと言わんばかりである。


 「いいぜ、受けてやるよ」と不敵に笑ったのは、ドグの虚勢なのか。それとも本当に竜を相手に余裕でいるのか。



「〝最強の牙シュテルクスト・ファング――三連牙ドライ・マール〟」



 爪で虚空を大きく裂く動き。それを三度。


 ジルニードルの目の前、何もない宙空に、巨大なサーベルタイガーのドクロがあらわれ、それが隊列をなして光線に、そして紅い風に牙をたてる。

 しかもそれを見届けもせず、すぐさまドグは己の左右に向かってそれぞれ別の牙のドクロを放った。


 巨大土壁は砕かれ、光線も紅の息吹も全て雲散霧消する。


 合わせて五連続の異能発動。


 それだけでなく――。

 一つだけ残った巨大ドクロが、トリケラトプスに牙をたてようとさえしていた。

 防御のみで手が塞がれるどころか、反撃さえもやってのけるのか。


 己の全高ほどもありそうな牙の頭蓋に、トリケラトプスの魔神は巨大な槍で二段突き。

 上顎と下顎。

 上下が力任せに砕かれ、幻の牙も消失する。


 紅玉竜王(アラム)・アズラエルが、感心した声をあげた。


「確かに底なしと言っても、驚きはせんかもな。ここまでやるとは」


 ドグもまた、密かに感心していた。

 しかしそれは敵に向けてのものではなく、味方、同じアルタートゥムのオリヴィアとロッテに対してであった。


 自分の――ジルニードルの力は、明らかにこのトリケラトプスの恐竜ドラゴンを相手にするよう、特化している。大地を創り変えるというとんでもない力のみならず、弱点を生み出す紅い息ですら、自身の獣能(フィーツァー)で防ぐ事が可能なのだ。

 原理自体はまだ出していない第二獣能(デュオ・フィーツァー)のものが影響しているのだろうが、それにしてもあまりに相性のいい――エポスにとっては最悪の相性の――力であった。


 間違いなく分かっていて、ロッテはそれぞれの能力を造ったのだろうし、それを踏まえて今の形に采配したオリヴィアも、どうしたらそんな風に〝読める〟のか――。


 自分如きでは見当すらつかないし、むしろ仲間であり師でもある存在なのに、空恐ろしいとさえ感じさせる。つまりこの上なく頼もしいとも言えた。


「お前……笑っているのか?」


 今度はクリスティオからではなく敵のアルナール・エポスが、ドグ=ジルニードルの雰囲気を察して、怪訝な声を出す。


「……悪ぃな。つい出ちまうみてえだ。何も馬鹿にしてるってわけじゃねえよ」

「余裕のつもりか。この私、〝創造と探求〟のアルナールと紅玉竜王(アラム)を前に笑っていられるとは、随分大胆不敵になったものだな。現代のアルタートゥムは」


 言葉に、どこか硬いものが滲み出していた。

 いや、それは棘のような響き。つまり苛立ちなのだろう。


 人竜の雰囲気が、俄かに変わった。

 殺気――というより、怒気のようなものか。


 悠久の時を人界で潜伏し、虎視眈々と今に至る準備を進めてきたエポス。そして遂に絶対者としての力を取り戻し、竜を駆る魔導士として復活した。

 その己を前にしながら、嘲弄し見下すだけでなくあまつさえ余裕を見せるなど、神への冒涜に等しい行為である。そのように捉えたのだろう。


 トリケラトプスの人竜の上半身が、目に見えて膨れ上がった。

 露骨なまでの〝溜め〟。


 ――こいつは。


 不味いかもしれないと判断。しかしドグの動きを予測したように、いつの間に放ったのか、大地の変化と合わせて紅い息も忍び寄らんとしてくる。


 さすがのドグも無駄撃ちは避けたいところだろう。

 受け止めるのではなく回避という選択肢を選んだが、その間に人竜は力を〝溜め〟終えていた。


 猛禽の如きクチバシのある口部を、大きく開く。


 粒子が収束していくのが視認出来た。



「〝最強の牙シュテルクスト・ファング――三連牙ドライ・マール〟!」



 再びの三連巨大牙。

 今度は直線上に並べて、迎え撃つ構え。



 アズラエルから放たれる、最大火力の極帝破光(シリウス)



 直撃と同時に、先頭の巨大ドクロが一瞬で消滅。

 勢いを軽減させたが、二つ目のドクロも既に持ち堪えられそうになかった。


 砕かれるサーベルタイガーの巨大髑髏。


 三つ目。

 かつてない威力の破壊光線と、それを呑み込まんとする牙。

 両者が拮抗する。


 だがせめぎ合う力はやがて天秤を傾かせ――。



 凄まじい光と共に宙で弾け飛んだ。



 ドグ達の後ろに見えるのは――


 灼けていない王都。


 どうにか防ぎ切ったようである。しかし互いに息は荒い。

 アルナール=アズラエルは、怪物の巨体らしい大きく荒げた息で背中を上下させ、ドグ=ジルニードルも肩で息を吐いていた。


「本当に底なしなのか」


 アルナールが、憎々しげに吐き捨てた。


「言ったろ? 俺のジルニードルは、一番消費効率がいいのさ」


 力の燃費がいい。アルタートゥムにとってそれがどれだけ重要であるか、巨大な力が連続で出せる優位性を考えれば、それ以上の説明は不要だろう。魔神に対抗するこの巨大すぎる力を何度も躊躇いなく出せるのは、アルタートゥムの中でもドグ=ジルニードルだけである。


「だがな――」


 トリケラトプスの声の調子が、再び変わる。


 ――?


 気付いた時、既にドグは敵の術中に嵌まった後だった。


 僅かずつ――ほんの少しごく微小な量の息吹が――


 まるで地下からじわりと滲み出る水のように、ジルニードルの足元へ忍び寄っていたのだ。


 跳躍をかけた時、その体にはもう竜異能(ドラクル)の刻印が刻まれた後。


 着地と同時に体が傾く。

 体が――堅牢無比な鎧獣騎士(ガルーリッター)の体が支えきれずに片膝をついていた。



 左足の筋肉――ジルニードルのものだが――が断裂していた。



「片足だけか。せめて両方共に裂いてやりたかったのだがな」


 アルナール=アズラエルが、喜色を滲ませた声で呟く。


 ほんの微量ずつ紅い息を地表に散布し、捲れ上がった大地の赤茶けた色に擬態させる事で、異能が忍び寄ってきた事を気付かなくさせる。更に激しく強力な攻撃それ自体を目眩しにして、サーベルタイガーの体を知らず知らずの内に蝕んだというのか。


「弱点を作り出す――というのは無機物に対してだけではない。むしろ有機物、生物に対してこそ、この力は本領を発揮するのだよ。貴様のL.E.C.T.(レクト)に刻んだ弱点は、筋肉だ。筋繊維の耐久性を極端に弱め、一定以上の激しい運動をするだけで、その虎の筋肉は断裂してしまう」


 一定以上といったが、跳躍だけでこの有様なら、何をしても裂けていただろう。


 だが感覚で分かった。幸い、弱点付与をされたのは左足だけだと。

 他の部位にまで及ぶ前に、何とか回避は出来たようだった。


 しかし。


「片足だけなのは不幸中の幸いとでも思ったか? だとしたら致命的な浅慮だな。サーベルタイガーのような捕食動物系の鎧獣騎士(ガルーリッター)の場合、俊敏性を生む機動力こそが戦いの要。その機動力そのものである足が奪われた以上、お前を嬲り殺すなど造作もない事。翼をもがれた鳥より哀れだよ、今のお前は。牙はあれども何も出来ない無力な猫よ」


 敵の言は正しい。それはドグも分かっていた。


 同時に、近くで角獅虎(サルクス)を相手にしながらこれを見ていたクリスティオは、当人以上に戦慄していた。


 敗北――。


 その二文字が、頭をよぎった。

 しかし竜の前ではまるで無力に等しい自分では、助けにもならないだろう。だからといって見ているだけしかないのか? クリスティオは焦る。


「ドグ!」


 思わず口にした名前。認めた相手として、一人の男として、ちゃんとドグの名前を呼んだのは、クリスティオにとってこれが初めてだったかもしれない。


 ――ああ、分かっているさ。心配すんなよ。


 声には出さず、無言で語る。

 全ては己の行動で示すべきだと――戦士ならそうであると、今のドグは分かっていた。


 だからと言うべきか。当人に焦りはなかった。


 しばし呆然となったように見えたのは、狼狽えたからではない。覚悟が必要だっただけだ。


 出来れば使わずにいたかった――。そうしたかったのを、使わざるを得なくなった事に対しての、覚悟。



 古サーベルタイガー(マカイロドゥス)が、片腕を構える。

 異能の――あの髑髏を出す時と、似たような動き。



 だが、腕に籠められた力感や膨れ上がった上腕二頭筋、背筋などからは、先ほどまでとはまるで違う気迫のようなものが、立ち昇っていた。


「何だ?お得意の獣能(フィーツァー)でどうにかしようというのか? 無駄だよ。動けぬ足で放つ技など、このアズラエルの速度でも避けるのは容易い」


 勝ちを確信した笑い。

 アズラエルでもとは言うが、竜の中では比較的速度がない方というだけで、充分以上にトリケラトプスの装竜騎神(ドラケニュート)は俊敏だった。


 アルナール・エポスは、エポスとしての真の名を明かす前は、ドン・ファン・デ・ロレンツォと名乗っていたが、その前はアンカラ帝国の陰の権力者であった錬獣術師(アルゴールン)大長官のアベティス・ジルジャンを器としていた。

 入れ替わる毎に器の方に人格が引っ張られる事もあり、それぞれ雰囲気などが異なる部分もある。

 しかしずっと変わらない、アルナールそのものの特徴のようなものもあった。

 その時も今も変わらずだが、アルナールは陰謀と策謀に長けており、搦め手こそが最も得意とするところである。だがアベティスであった時、彼は己の策謀の最後の大詰めを、マンモスの鎧獣騎士(ガルーリッター)となる事で成就させようとしたのだ。つまり、最後の最後で力押しで全てを為そうとしたのだが、その結果、彼はイーリオ達に敗北を喫する事になってしまう。


 実はそれこそがアルナールというエポスの本質的な部分と言え、彼はどこかで力に酔ってしまう傾向があったのだ。


 それを自覚しているのかいないのかは、本人にすら分かっていなかっただろう。いや、分かっていないのかもしれない。

 だがこの時のアルナールは、確かに竜の力に酔いしれ始めていた。


 それこそが、今そこにある危機に気付けなかった、最大の要因だったかもしれない――。


 サーベルタイガーが、剣を持たない片腕を大きく開く。まるで牙を剥き出しにした口部のように。

 そして拳を開き、息を整えて言い放った。




「〝天地をヒンメル・ウンド・エールデ喰らう(・フェアシュリンゲン)〟」




 声と同時だった。

 何の先触れも見せず、いきなりそれはトリケラトプスの鼻先に出現する。


 大きさはそれほどでもない。むしろ今までの髑髏に比べれば小振りな方。


 ただし色だけが――闇のような漆黒色。



 闇色をした、サーベルタイガーの髑髏。



 何だ? と思う間もない。反応さえするいとまも与えず、黒い牙は大きく上下の顎を開き、気付いた時にはトリケラトプスのカサに牙をたてていた。


 「おのれっ」という声さえ聞こえそうなアルナールの反応だったが、振り払わんとするより先に――



 ぞぶり



 鈍い音が、周囲に広がった。


 トリケラトプスを象徴するとも言えるカサと三本ヅノ。

 そのカサの一部とツノの一本が、抉られたように消えていたのだ。

 まるでごっそりと、空間ごと削り取られたかのように。


「ッ!!」


 声にならぬ声。


 何をした? 何が起きた?

 さっきまでの髑髏とは違う。

 色ではない。いや、色も違うが根本的な何かが違う。

 これは、出してはならぬモノ。出させてはいけない類いのモノではないのか。


 そんな思考がアルナールの脳裏を駆け巡った。彼なりに、瞬時に悟ったのだ。

 開けてはならぬ扉、開けば閉じる事の出来ぬ蓋を開いてしまったのだと。


「やっぱそうか」


 ドグが呟く。

 狼狽える竜など見もしないで、己の周囲に視線を向けていた。


「てめえのその紅い息。弱点を作るなんて言ってたけど、ようは紅い息そのものが弱点でマーキングってワケだ。原理まではわかんねえけど、そいつは生き物だろうがただのモノだろうが対象に浸透する事が出来る。で、対象と同化する事で、紅い息のかかった部分が本来なかった脆さを生み出すって仕組みなんだろう。その場合どうやったら気体状のものを操作し、任意の脆さを作りだしたのかっつうとこだけど……その操る司令塔が、てめえのデカいカサとツノってわけだ」

「……!」

「見ろよ。さっきまであちこちで這い回っていたてめえのクセぇ息が、跡形もなく消えちまってる。つまりただの気体になって、大気に溶けちまったって証拠だ。そのツノを音叉のようにして可聴域外の音波を出し、カサでその音波を増幅し指向性も与え、息を操ってた――んなとこか? けど、そのカサとツノがなくなれば、当然操れなくなるってわけだよなあ?」


 他の竜もそうだったように、アズラエルも周囲にいる角獅虎(サルクス)に手を伸ばそうとした。

 捕食による再生。

 だが、意図は分からずとも本能でさせてはいけないと、歴戦の勘で気付くクリスティオ。竜の動きを見逃すはずもない。


 白リン弾の火炎を放ち、近くにあった、またはトリケラトプスに近寄ろうとする角獅虎(サルクス)を、悉く灼き尽くしてしまう。


「おのれっ……この――!」


 明らかに取り乱していた。

 奸智に長け、人心を操る異界の魔導士が。


 己の強大すぎる力を過信し過ぎたがため、その力なら世界を意のままに出来ると盲信したが故の結末。


 だがまだだ。まだ終わりではない。

 それどころか追い詰めているのはむしろこちらだと、異形の魂を持つアルナールの脳細胞が、考えを巡らせる。


 さっきの黒い髑髏がどれだけ強力でも、そもそもこのドグとかいうアルタートゥムは片足が不自由になっているのだ。機動力のない虎など猫にも劣る。ならば焦る必要はない。

 ここは距離をとって体勢を立て直し、物量で相手を疲弊させるのが最良。


 アルナールが辿り着いた結論は、最も無難だが最も手堅い計算だったろう。


 しかしそれは、脆くも崩れる。


 凄まじい衝撃が、突如アルナール=アズラエルを正面から襲った。


「――?!」


 反応も出来ない。いや、それすらも油断。

 ドグ=ジルニードルは、剣を振り抜いた恰好。


 ――いつの間に?


 痛みはない。装竜騎神(ドラケニュート)だから当然だった。

 けれども違和感と、それ以上の鈍くて鋭い身体の不備が、アルナールを困惑させた。


 人竜の右足。


 鈍く、濡れた音を発してそこに一本の線が走った。


 同時に、大きく傾くトリケラトプスの魔神。



 片足が、切断されていたのだ。



 何が起きた? あの獣能(フィーツァー)なのか?


 呆気に取られたまま、必死で立ったままを維持しようとするアズラエル。

 機動力が失われたのは、むしろトリケラトプスの方。

 目にしたクリスティオが、この光景に唖然となる。彼は見ていた。何をしたのか、はっきりと。


「まさか今のは……三獣王の……」



「そうさ。獣王合技アンミッションストゥン。〝獅子風神レーヴェン・ヴェンティ〟だよ」



 鎧獣騎士(ガルーリッター)の武術、獣騎術(シュヴィンゲン)

 その中でも最高峰に位置する究極の技、それが獣王合技アンミッションストゥン

 異なる流派の奥義に近い技を三つ以上複数同時に掛け合わせる事で発生させる、超々高難度の技。

 クリスティオでさえ実戦では使った事がないし、未だ使いこなせてはいない。

 それを、かつては凡才と断じたドグが出して見せたのだ。


「言ったろ? 地獄以上のシゴきを八年間も受けてたって。しかもバケモンみたいな騎士からだぜ。それだけありゃあ、誰だって獣王合技アンミッションストゥンぐらい使えるようになるって」


 だからと言って、本当にそうなのか? そんな事はない。

 声に出そうになるが、呑み込むしかないクリスティオ。


「おのれっ! ――〝創造(オーサー)〟!」


 大地が波を起こし、地形が生き物のように蠢いた。

 さながら天変地異そのものといったところか。


「やれやれだぜ」


 大地の動きに、波乗りをするかの如く片足だけで華麗にいなす、ドグ=ジルニードル。


 そして――



「虚無の彼方に消えるんだな」



 片腕で、虚空に爪をたてる。




「〝天地をヒンメル・ウンド・エールデ喰らう(・フェアシュリンゲン)〟」




 トリケラトプスの鼻先。

 すぐ目の前に、闇色のサーベルタイガーの髑髏。


 牙が突き刺さる瞬間、アルナールはこれの正体を垣間見た。



 これは、亜空間へ呑み込む牙。



 現実と同じ空間ではなく、負の質量を持つ別空間。


 おそらくいきなり出現したのも、反応さえ出来なかったのもそのため。


 まさに最強の異能。


 竜ですら、これの前には抗いようがない。

 同時に、あまりに強大すぎるからこそ、この二つ目の異能だけは、乱発しなかったのだろう。燃費のいいジルニードルですら躊躇するほどの莫大なエネルギーがいるのだ。


 だが、それを二度も出させた――。


 己が消え去るその一瞬で、そこまで疲弊させ、追い詰めた事にほくそ笑みながら、アルナールの意識は消滅する。


 残ったのは、胸部から上を丸々失った人竜の姿。中のアルナールまで、亜空間に呑み込まれたのだろう。


 最早、蘇る事など出来るはずもなかった。


 あまりの光景に、敵味方関係なく声を失い動きを止める。


 一方で、サーベルタイガーの人獣騎士は、大きな溜め息を吐いてその場にへたりこんでいた。



 出すつもりのなかった〝とっておき〟。



 それを二度も出す事になるとは――。


 さすがは破滅の竜、エポスといったところか。


 ――まあでも、平凡な俺にしちゃあ、上出来なんじゃねえか?


 本人以外は否定するであろう感想を心の中でぼやき、彼は八年振りの勝利の余韻に、しばしの間浸っていた。




―――――――――――――――――――




挿絵(By みてみん)

☆〝紅玉竜王(アラム)〟アズラエル

 破滅の竜の一体。

 角竜類の恐竜ドラゴン、トリケラトプスの装竜騎神(ドラケニュート)

 大地を操り、物質の崩壊点を生み出す異能を持つ。






挿絵(By みてみん)

★ドグ・ヴォイト

 古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファングの一人。

 イーリオの旅の最初からの仲間であり親友。



挿絵(By みてみん)

☆ジルニードル

 ドグの鎧獣(ガルー)

 サーベルタイガー、大剣牙虎ジャイアント・サーベルタイガーことマカイロドゥス。

 またの名を〝最強の牙シュテルクスト・ファング〟。

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