最終部 最終章 第四話(終)『天空公子』
その目に映っていたのは何だったのか。
己の主の敵である竜だったのか。それとも味方であるはずの神の騎士だったのか。
ガボールに聞いても答えられなかっただろう。
ディユの仕込んだ〝プログラム〟は完全だった。その通りに動いていたはずの彼が、どうして操縦者であるディユに剣を向けたのか。
あの瞬間、ガボールの剣はサーベルタイガーの超常騎士を襲わず、レイドーンの背後に迫るヴリトラを斬ったのだ。
しかもディユにとってもう一つ誤算だったのは、光の聖剣が間合いの外を超えて伸びた事。黒騎士ヘルとの戦いで見せた通り、アーヴァンクの光の聖剣は光学仕様のため、刀身を自在に伸び縮みさせる事が可能だった。
不意をつかれて完璧に嵌められたのは、嵌めたと思い込んでいたディユの方。
一体どうして、こんな事になったのか。
それはロッテにもディユにもレレケにも、地上で伏せているギオルにも分からなかった。勿論、最後に正気に戻るような動きを見せた、ガボール自身にも。
ただ、ミハイロだけは分かる気がした。
やっぱりガボールは、ガボールだったんだ――と。
どれだけ心を支配し操ろうとも、心よりもさらに奥、彼の魂そのものまでは、エポスにも操れなかったという事に違いない。ガボールは何よりも誰よりも、ミハイロを大切に思ってくれていた。だから彼は、操られた理知ではなく、心の本質である魂で、竜を斬ったのだと。
だがディユが、そんな精神論じみた答えで納得などするはずもない。
狼狽しながらも、必死で頭を回転させている。
この予想外には、読み取れていない裏があるはずだ――。
そもそも想いや愛情といった、気合いじみた精神論で呪縛を解く事など有り得ない。同じ技術レベル、同じ時代の同じ存在ならば、不意のバグのようなものでそんな逆転劇も起こりえるだろう。だがエポスである自分が用いたのは、この世界を遥かに超える超科学なのだ。
それを強い思いや願いなどという幼児の戯言のような言葉で否定されてたまるものか、と。
これには何か、ディユ自身ですら気付いていない遺漏というか相手の策――いや、感触からすれば落とし穴のようなものがあるのだと考えた。
しかしそれについて考えに耽る余裕が、今のディユにあるはずもなかった。
光の聖剣で受けた傷は、決して大したものではない。浅手といっていいもの。
けれども竜の体と融合している鎧部分を灼き斬り、内部を炭化させている。
さすがは〝神殺しの聖剣〟といったところか。だが感心している場合ではなかった。
治療と回復もだが、この機に畳み掛けようとするロッテやレレケの攻撃に対処するのが何よりも最優先。
「極大獣理術――〝超域震撃波〟!」
レンアームの放つ術を怪光線で相殺しつつ、変則的な飛翔で目に見えぬ角度から攻撃を仕掛けるレイドーンにも牽制を放つ。
多少の傷など、装竜騎神の力を翳らせるものではない。
更にそこへ、追撃の竜異能。
「〝混乱〟」
竜の叫びが、耳にした全員の感覚を剥奪する。
全く効かないのは、レイドーンのみ。
レレケ=レンアームの動きも鈍らざるを得ないし、ミハイロ=ジムルグは空に浮遊したまま、まんじりとも出来なくなっている。背にいるガボールなどは、この音波で廃人になってしまった事だろう。
とはいえ。
「やはり効かぬか……互いに能力が無効になったという事だが……」
レイドーンの〝頂天の牙〟は、既に見切っている。何発撃とうとも、弾く自信がディユにはあった。だがその反面、こちらの音波も通用しない。
となると――
もう〝一手〟が鍵となる。
そう、鎧獣に二つの異能があるように、装竜の異能も一つではない。
いや、そもそも獣能は二つが標準なのだ。
一つしか出せないのは未熟な証。三つ目は完全なイレギュラーでありバグ。エラーでそうなっただけで、本来、人竜であれ人獣であれ異能は一体に二種。
その基準こそ、エポスの二つ名が示していた。
ディユ・エポスが司るのは〝混乱と争乱〟。
即ち、〝混乱〟もあれば、もう一つもあるという事。
「〝争乱〟」
〝混乱〟が高音の金切り声に近いものなら、こちらは空洞から圧縮されて押し出された、空気のような音。低く重く、全身を震わせる不快な低音。
ヴリトラの放った二種目の咆哮。
周囲一帯に、重く広がっていく。
それを耳にした途端、五感を失い動けなくなっていた両軍の騎士達全員までも、動けないのを超えて完全に静まりかえっていった。
やがて全ての生きとし生けるもの、全生命が完全に沈黙する。
〝争乱〟。
その叫びは、五感どころか意識を奪うというもの。命を奪うまではいかないが、戦場においてここまで無敵の力があろうか。いや、無敵とか敵わないとか、最早そういう次元ではない。
ヴリトラがこの咆哮をあげながら空を飛ぶだけで、あらゆる場所にいるあらゆる生命が、根こそぎ機能を停止するのだから。
地形を変えるほどに激しく戦闘をするのが鎧獣騎士なら、世界そのものを改変するのが装竜騎神である。
意識を持つあらゆる生命体の、意識そのものを剥奪する異能力。まさに神の如き権能。
「耳障りながなり声だ。うるさくてかなわん」
猛獣の顔を顰めっ面にするのは、ロッテ=レイドーンのみ。
サーベルタイガーの神の騎士は、変わらずにいる。
――やはり効かぬか。
分かってはいたが、アルタートゥムのサーベルタイガーに、音波攻撃は無効のようだった。
とはいえ、体格からも見て分かる通り、地力ではヴリトラの方が遥かに勝っている。力は言うに及ばす、速度も僅かながらに風神翼竜の方が上だろう。しかもこちらには極帝破光があるし、もっと重要なのは他のサーベルタイガーに比べて、このレイドーンは直接戦闘向きではないという事だった。
千年前から変わっていない。
あの三日月刀虎は、変則的な攻防を得意にする騎獣。
他の三騎に比べると(千年前は三騎ではなかったが)物理戦闘力のあらゆる点で劣っている。とはいえ、それでも並みいるどの鎧獣騎士よりも遥かに強力なのだが。
――竜異能が効かぬならまあいい。
元よりアルタートゥムに対して放ったものではない。
既にレレケ=レンアームは地に落ちているし、不思議とミハイロ=ジムルグはまだ空を漂っているが、朦朧としているのは明らか。おそらくレンアームの術で守られたのだろう。しかしそれでも、意識はほとんど残っていないはず。ましてや巨鳥騎士の背にいるガボール=アーヴァンクに至っては、完全に廃人と化しているはずだった。
これで邪魔はいなくなった――。
一対一ならば、そして互いに異能が手詰まりな今、身体性に特化した戦いならば難しい敵ではない。
「〝頂天の牙〟」
遠距離より放たれる、異能の骨片。ディユ=ヴリトラは前に向かっていきつつ、小石ほどに小さなそれを確実に視認して全て弾き落とす。落ちた骨片は、今度は何故か巨大化しなければ牙にもならない。
――やはりな。
ディユは己の考えが当たっていると確信した。
レイドーンの武器は鞭のような長いリボン状のもの。それを振るい、刃のようにして相手を斬り裂くのだが、実は斬撃や打撃が目的のものではない。
この鞭のような武器の本来の用途は、モノサシ。
長さ――つまり距離を測るための道具がその真の利用方法なのだ。
何のために距離を測るのか? それは獣能のため。
これはディユの想像だが、頂天の牙は一定の距離があると発動出来ない遠隔操作の能力なのだろう。正確には、相手との距離によって発動条件を変えているのかもしれない。
どちらにせよ、ある程度相手と離れていなければ発動出来ない仕組みになっているのだ。
だからディユ=ヴリトラは構わずに前に突っ込んだのだ。
牙を発動させないために。
ケツァルコアトルスが鎌を旋回させる。
空を両断する、翼竜の横薙ぎ。
トンボ返りの動きでこれを避けるレイドーン。
しかしそこへ、破壊の光。ヴリトラの極帝破光。
しかも鎌の刃を利用して、乱反射させている。
レイドーンは武器であるリボンを捻り、怪光線の全てを弾く、またはいなそうとした。
だが竜の巨体はそれを許さない。
圧倒的巨大さとそれに似つかわしくない速度でサーベルタイガーに肉薄。
巨木よりも太く長い尻尾で、叩き落とそうとした。いや、直撃を受ければ即死してしまう威力さえあっただろう。
しかしこの時、突然に翼竜の動きが止まった。
尻尾が払われ、それが遂にレイドーンを捉えたかと思ったその直後に。
ピタリと。
宙で完全停止してしまう装竜騎神の一撃。
これに驚いたのは、他ならぬディユ本人。
「何――?!」
攻撃を止める気はなかった。止めるなど考えてもいなかった。むしろここでアルタートゥムを始末する気だったのだ。止める必要などあるわけがない。
けれども己の意思に反して、竜の攻撃は停止している。
まるで自分の竜が、自分ではない何かに操られているかのように――。
そこで気付く。
地上との間。己の足元、斜め下の空中。
そこに、力なく宙に浮かんだままの鎧獣騎士がいる事に。
「〝完全悪業〟」
巨鳥騎士の背に跨る、古代ハイエナの人獣。
顔は俯き、意識があるのかどうかさえ分からない。
けれども、片腕ははっきりとヴリトラに向かって突き出され、まるで何かを掴み取るような手つきをしている。
――馬鹿な!
有り得なかった。
さっきの第二竜異能〝争乱〟で、奴は完全に廃人と化したはず。
いや待て。
元より廃人同然の状態だったから、俺の異能が効かなかったという事か――?
だとしても、こうもはっきりと意思をもった動きで、こちらに向かって攻撃するのは何故だ? 何がどうして、あいつは攻撃を出来る? いや、動く事さえ出来ないはず。
そこでディユはハッとなる。
ガボールやミハイロがいる更に下。
地上で倒れているかに見えたライオンの術士。それが膝を屈したまま、杖を立てている事に。
――獣理術かっ。
意識を失ったかに見えたレレケ=レンアームだが完全にそうはなっておらず、術の力でかろうじてミハイロを〝争乱〟から守ったのだろう。そして彼を、宙に浮遊させ続ける事に成功した。加えてガボールの事も術で守り、攻撃を仕掛けるべき標的を教えていた。有り得ない事だが、そうでなくば説明がつかない。
にしても、賭けに近いやり方だった。ガボールは植物状態と言ってもいいのだから、そんな誘導術が効く可能性は博打以上の無謀でしかなかった。
だがそれ以上にもっと不可解なのは、ガボール=アーヴァンクの第二獣能〝完全悪業〟だ。
あれが思いの外強力なのは別にして、一体いつ、ヴリトラの血液を摂取した?
剣による傷は先ほどの一撃がそうだと分かる。しかし血の経口摂取はしていないはず。つまり能力の発動条件は満たしていないのだ。
それに、装竜騎神は鎧獣騎士と根本的に異なる存在。果たして条件が満たされても、同じようにこちらの動きを完全支配出来るものなのか。
「どうやら貴様も思ってもみなかった事が起きてる――予想外って感じだな」
「何?」
不意に投げかけた声は、ロッテ=レイドーンのもの。
同時に、己の肉が爆破するように弾ける。
レイドーンの頂天の牙。
人翼竜の左腕が、肘の下から吹き飛んでいた。
この隙を見逃すはずはないという事だった。
「貴様、まさか――」
「勘違いするな。ボク様がいくら天才でも、この絵図面を引いたのはボク様ではない。こいつはもっと、厄介な奴の仕業だろうな」
「何だと――」
そこでディユの脳裏に、閃光が走る。
そもそも――
最初から怪訝しかったのだ。
どうしてガボールは、自分の命令を無視してこちらに攻撃を仕掛けた?
今もそうだ。レレケは何故、術を使えている?
どちらも気合いや精神力などでは決してない。ましてや心の強さや主従の結びつきなど関係なかった。
全ては最初から――そう、この戦いのもっとずっと前から、仕組まれていたのだとしたら?
アーヴァンクが経口摂取もなしに第二獣能でこちらを操れたのは何故? ――それはつまり、もっとずっと前に、既にヴリトラの血液を与えられていたとしか考えられない。しかも装竜騎神にも効果を発揮するように、念入りに仕込ませていたのだとしたら。
とすれば、さっきガボールがロッテ=レイドーンを攻撃せずにヴリトラを斬りつけたのも、そもそもそうなるようにプログラムが上書きされていたからではないか。そうであれば辻褄は合う。いや、むしろそうでなければ絶対に怪訝しい。
では誰が一体、そんな事をした。
決まっている。
ガボールを連れてきた張本人。
ガボールとアーヴァンクを使った策略を講じ、それをディユにすすめた者。
黒騎士ヘル・エポス。
間違いない。あいつの仕業だ。
しかし何故、どうしてそんな事を?
同じエポスなのに――
そこで続けて、ディユは悟った。
同じ――いや、違う。同じではない。
今のヘルは、ヘレと合一になり、神が受肉した姿になっている。そうだ。千年前と今とで最も違う事は何か。それはエポスらの計略でも互いの数や兵装でもない。ましてやイーリオやディザイロウの存在など、微妙な差異にしかすぎなかった。
最も異なっているのは、女神オプスが顕現した事。
この異世界に、オプスが自ら乗り出している。
それこそが千年前になく、現在に存在する最大の違い。
だとすればあの時既に、ヘルはオプスの命令に従って、今の状況を仕込んだのだろう。
ここまで分かれば後の答えは考えるまでもない事だと、ディユは気付いた。
その目的も――。
そして気付く。
ディユがあのヘルオプスという女神の化身に、どこかで心を置けなかった理由。それが何なのか。かつてオプス女神は、エポスらに〝愛しき我が子ら〟と語りかけていた。しかし受肉したオプスは、そう言わなかったのだ。
ヘルオプスは言った。ただ、〝我が子ら〟とだけ。
あれは母神ではない。
あれにとって自分も含めた全てのエポスも、皆ゲームの駒でしかないのだ。
ディユ自身が人間をそのように見ていたように、ヘルオプスはエポスすらも駒のように操っていたのだ。何の愛情もなく。
巨大な破裂音が、意識を現実に引き戻す。
今度は片足が千切れ飛んでいた。
数発同時に放った、ロッテ=レイドーンの異能。骨片が被弾と同時に巨大な牙と化し、相手を食い破るというもの。
竜は悲鳴をあげる。いや、悪足掻きの竜異能。
けれども力は弱々しい。異能の効果まで弱まっている?
その時ディユは、装竜騎神ではなくディユ自身の己の左腕に目を落とした。
無論、ヴリトラの姿だから見えるはずもない。だが、纏った竜の体の中にある己の左腕を―― 一度は失い、移植された左腕を――まるで透視するかのようなつもりで。
ディユは黒母教の聖地に侵入した怪盗騎士ゼロを撃退する際、己の左腕を失っている。その時、緊急だったのもあって義手というか代用品として竜人の腕を己の腕代わりに移植していた。
竜人は、ヘル・オプスが受肉する際の代用ストックの役割もしており、全ての竜人はヘルと繋がっている。
では――
もしヘルの意思で、いやヘルオプスの意思で、竜人のみならず、その細胞にまで何らかの命令や制御が可能ならどういう事が起こる?
どうしてレレケ=レンアームに、竜異能が完全に効かなかった? ミハイロやガボールもそうだ。
そんな事は有り得ない。
装竜騎神の力は世界を変容させる力。
世界――この惑星を改造してしまうほどの力なのだ。それがこんなに容易く防がれるはずはなかった。
己で、ディユ自身で力を弱めない限りは――。
我知らず、己の意思とは無関係に――まるでそう、ディユがガボールをそうしたと思っていたように、自分も操られていたのだとしたら?
己の母神に。
――不味い。
こんなもの、ゲームでもなければ戦いでもない。
絶対に負けるよう仕組まれた、出来レースそのものではないか!
心の中で、ディユは悲鳴をあげた。
道化の振る舞いをし、世界を嘲笑い、衆愚を破滅に導くはずの自分が、何よりも誰よりも醜くみっともなく、無様にもほどがある体たらくで。
そうなるのも当然かもしれない。
ここで倒されるという意味。それは他ならぬ、ガボールに対して行おうとした事と同じ意味を持つからだ。
最後に役立ってくれて有難う、これでお仕舞いだ。
そんなヘルの声が聞こえてくる気がした。
――ふざけろっ! 俺を廃棄処分するだと?!
ディユ=ヴリトラが、翼を高速ではためかす。
飛翔。速度が上がる。まだ飛行機能は失われていないようだった。
「まさか……逃げる気……?!」
地上から見つめるレレケが、朦朧とした意識の中で呟く。
あれが本気で飛べば、この場の誰もが追いつけない。ここまで追い詰めて、ミハイロやガボールまでもが命を削ってあとちょっとというところまできたのに。
こんなところで逃してしまうなんて――。
声にならぬ心の叫びが、レンアームの全身から発されていた。
「安心しろ」
その声が聞こえたとでもいうのか。
遠く離れた頭上の空にいるはずなのに、レレケ=レンアームの耳に声が届く。
サーベルタイガーを纏い、天空までも翔ける神の騎士の声が。
「ボク様が何故、最初にあいつの翼を攻撃しなかったと思う? 地上に落ちて、そこで角獅虎を喰われでもしたら回復されてしまう。それをさせないためだ」
あの翼竜は、味方を喰らう事で肉体を再生出来る。それを先ほど、目の当たりにしていた。
しかし回復を防いでも、逃げられてしまえば意味がない。
「そしてもう一つ」
レイドーンが鞭のようにしならせて、リボンで宙を払った。
その本来の役割は、距離を測るための計測装置。
「わざとあいつを逃がすためだ」
更に意味が分からなかった。
しかしその疑念を無視するように、レイドーンは地上へと降り立つ。
その背中から飛翔器具が自動で外れ、彼女の周囲を衛星のように浮かんでクルクルと回った。まるで機械で出来た光の牙にも見える。
それが明滅し、一際大きな光を放つ。
その瞬間――
「〝闇から闇へ〟」
ロッテの号令一下――。
空へ舞い上がり、遠く離れようとしていた翼竜が――
一瞬で粉々に破砕した。
「!」
血と肉塊が爆発したようにあちこちに飛び散り、下の大地を血生臭い驟雨で濡らしていく。
まさに瞬間の出来事。あまりに呆気ない幕切れ。
あの竜が――
破滅の竜が――
「レイドーンの第二獣能だ」
レレケの側に近寄る、ロッテ=レイドーン。
彼女らと少し距離をおいた大地には、ミハイロ=ジムルグとガボール=アーヴァンクも降り立っていた。
「一つ目も二つ目も、骨芽細胞を瞬間増幅させるという意味では同じ獣能だが、威力も違えば使い方も違う。一つ目の〝頂天の牙〟は一定の範囲内で発動させるもの。遠くても近くてもいけない。設定された範囲でのみ発動するのが〝頂天の牙〟。だが二つ目の力は、ボク様と一定の距離を離れると時限爆弾のように発動するというもの。骨片の当たった相手が一定以上に離れれば、骨片が一つ目以上の牙となって一撃で食い破ってしまうのさ。問題なのは正しい距離設定をしないと威力が半減してしまうという点だ。だからこのメジャーで、常に相手との距離を測り、計算通りの位置で〝牙を出した〟という事だ」
息を呑むしかない。
何やら不確定な事態が複雑に入り混じっていたようなのは、レレケもうっすらと感じ取っていた。相手の突然の狼狽ぶり。急転直下した攻防。
だがそれでも、たった一撃であの破滅の竜の一体を倒すなど――。
「勘違いするなよ。あのヴリトラは空を飛ぶ事に特化していたから、竜の中でも防御は最も薄い。ある意味においてはだが、最弱の装竜騎神と言えなくもない。だから戦闘能力が最も低いボク様でも倒す事が出来た。他の竜はこうもいかんよ」
あれで最弱?
とてもそんな風には思えなかった。
そもそもレイドーンの力だから攻撃が効いたのだろう。何故なら、ガボール=アーヴァンクの光の剣でも、ほんの僅かにしか傷を負わせられなかったのだから。
光の聖剣。
それは聖剣の中でも伝説中の伝説の一振り。あらゆるものを両断し、斬り裂けぬものはないと言われる幻の剣なのだ。おそらくディザイロウの持つウルフガンドと同質同系のものになると思われる。だがそれをして、致命傷には至らなかった。
しかしレイドーンの牙は、あっさりそれを喰い破ったのだ。
勝利をしたという事実より、信じられないという思いの方があまりに強く、ただ呆然となるだけのレレケ。そうしていられたのは、周りの敵味方が全て倒れ、意識がある者はここにいるだけという静けさもあったからだったが。
同じく意識を失いかけ、強制解除になりつつあるミハイロとガボールもまた、戦勝の喜びを感じ取れてはいなかった。
白煙が吹き払われ、横になって倒れる少年と傷病人。
それぞれを気遣わしげに、互いの騎獣が心配そうに覗き込んでいる。
よろよろと、それでも必死に膝に力を入れ、近寄っていくレレケ=レンアーム。
ミハイロの意識は、途切れる寸前だった。けれども弱々しい声で、己の従者で兄で、彼の最初の親友の名を口にしていた。
「ガボール……」
レレケはどうにかして、ガボールにこの声を聞こえるようにしてやりたかった。
貴方がずっと探していた人――そして貴方をずっと探していた人――。
そこで名を呼ぶのは、その人なんだと。
だが――
レレケ=レンアームの指先は、ガボールに触れようとする寸前で止まる。
一体、いつからだったのか。
そんな事は有り得ないのだが、確かにそれは、はっきりと、彼の顔に浮かび上がっていた。
ガボールはもうとうの前に――
死んでいたのだと。
死んで尚、彼は鎧獣騎士として戦い、ミハイロとこの世界を、守ったのだ。
「ガボー……ル……」
ミハイロの声。
彼は気付いていない。彼の意識ももう、深い水底に沈もうとしている。
目覚めれば、きっと悲しみに打ちひしがれるだろう。
辛く苦しい後悔に苛まれるかもしれない。
だからだろうか。
レレケはそっと、二人の手を重ね合わせた。
二人ともに、すぐにこの場から運び出すと分かっていながら、ほんの少しの間だけでも、そうさせてやりたかったから……。
―――――――――――――――――――
☆〝青銀竜王〟ヴリトラ
破滅の竜の一体。
史上最大級の空を飛ぶ生物にして最大級の翼竜、ケツァルコアトルスの装竜騎神。
こちらも他と同様、本来のケツァルコアトルスより遥かに巨大。
実は装竜騎神は全騎空を飛ぶ事が可能なのだが、ヴリトラは翼竜だけあり最も飛翔能力に優れている。
★ロッテ・ノミ
古獣覇王牙団の一人。
翼竜を倒した神の騎士の一人。
☆レイドーン
ロッテの鎧獣。
サーベルタイガー、三日月刀虎ことホモテリウム・ラティデンス。
またの名を〝頂天の牙〟。
★〝魔導女公〟
★レナーテ・〝レレケ〟・フォッケンシュタイナー
通称レレケ。
☆〝覇導獣〟レンアーム
レレケの理鎧獣。
画像は鎧獣術士時のもの。
ライオンとライガーの混合種リリガー。
★〝天空公子〟
★ミハイロ・ジャルマト
☆ジムルグ
古代絶滅種にして史上最大の鳥類の一種アルゲンダヴィス。
ミハイロの鎧獣。
画像は鎧獣騎士時のもの。




