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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
最終部 最終章「銀月の狼と人獣の王たち」
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最終部 最終章 第二話(3)『刀鹿戦姫』

 破滅の竜の出現。

 迎え討つディザイロウやアルタートゥム、それに連合の騎士達。


 戦場は混乱に混乱を極め、既にヘクサニア軍はエポスのための群れとなっていた。

 攻守主客の立ち位置は変わらねど、最早それは戦争とも言い難い。言うならば、災害とそれを食い止めんとする者らの抵抗のようにさえ感じられた。


 少なくとも、ヘクサニア軍の指揮系統は既に失われている。十三使徒と呼ばれていた指揮者達も、生きているのか死んでいるのかさえ、不明な有り様と成り果てていた。




 その混乱の坩堝の中、王都レーヴェンラントの街中奥深くを走る影。


 喧騒と悲鳴が四方から響き、遠い城壁の向こうからは、それに倍する怒号と剣戟が轟いている。まるでそれらの音で自分と騎獣の足音を掻き消すかのように、慎重に、だが野生の素早さで路地から路地を進む一人と一騎。

 目的地まではまだ遠かったが、既に広大な王都を半分近くも進んでいた。


 街の様子、特に避難をして人がいなくなった区画などをうかがいながら、この様子ならいけるだろうと判断する男。

 見た目は四〇代前半といったところか。大男というほどではないが、偉丈夫そのものの大柄な体格をしており、風貌は西方人そのもの。薄く切れ長の双眸からは酷薄さが滲み出ており、ノミで削ったような頬は彼の来歴を物語っているようだった。


 傍らの古代虎の一種・万県虎(ワンシェンタイガー)鎧獣(ガルー)に目をやり、そろそろ大胆に移動をしてもいいかと考える男。


 そこへ彼の背後を打つ、誰何すいかの声。


「見つけました!」


 振り返る。

 声は女性のもの。


 馬鹿な、俺が気配に気付かぬだと? この俺がそんな失態を犯すなど有り得ない――などと思うも、見つかったのは事実。男は瞬時に思考を切り替えた。


 女は背の低い、自分と同じ西方人だった。

 その顔と彼女の連れる鎧獣(ガルー)に見覚えがあり、男は納得と同時に不快感をあらわにした。


「お前は……」


 だがその声は、別の若い男のものに被せられる。

 今度は進行方向から。つまり挟まれた恰好になったという事だ。


「見つけたぞ、呂羽(ルゥユー)!」


 王都の街を隠密裏に駆けていた壮年の男――神聖黒灰騎士団(ヘキサ・エクェス)十三使徒の第五使徒・呂羽(ルゥユー)は、前と後ろの男女へ交互に視線を走らせる。


「クク……環の国(アスガル)の小娘と般華(ハンカ)の坊主か。しつこい連中だよ、全く」

「ほざけ! この混乱に乗じて更なる災いを巻き起こそうとする奸物め。今度こそ、貴様の思い通りにはさせぬと知れ」

「知れ、だと? 貴様ら如きが何を教えてくれるというのだ? 二人がかりなら俺の相手が務まるとでも? 面白い。やってみるがいい」


 男の方から歯軋りがした。

 そこへ、石畳を叩く蹄の音。更に姿を見せたのは、巨大な角を生やした大きな鹿に跨る、西方女性。


「見つけてくれたか、ユンテにハナ」


 まるで乗馬のように巨大鹿を操る西方貴族然とした女性。

 いや、異国とはいえ実際に彼女は貴族というか、遥か極西にある国の王家に連なる歴とした姫だった。



「ユキヒメ・ウエスギ……!」



 かつての覇獣騎士団(ジークビースツ)肆号獣隊(ビースツフィーア)次席官(ツヴァイター)


 今は団を離脱し、遠き環の国(アスガル)からの加勢として連合に加わる西方の女武者。


 切れ長の目は静かな闘気に満ち、眼前の仇敵を捉えて離さない。


「貴様なら、この機に乗じ己の野望を果たさんとするはずだと思うたが――まさに私の読み通りだったというわけだ。しかしあれだな。貴様は今までそうやって主家を裏切り、各国を渡り歩いてきたというわけか」


 まるで刃の様な、ユキヒメからの鋭い声。

 だが黒衣の偉丈夫は、悪徳の笑みで返す余裕。


「俺の事ならお見通しというわけか。さすがこんな極東の果てまで追いかけてきただけの事はある。最早愛だな。感動で泣けてくるぞ」

「ほざけ……っ!」

「止せ、ユンテ」


 呂羽(ルゥユー)の挑発に、ユキヒメの仲間にして銀月団団員の一人、リュウ・ユンテが激しかけた。それを押し留めるユキヒメ。彼も、そして最初に呂羽(ルゥユー)を見つけたユキヒメの妹ハナヒメも共に、呂羽(ルゥユー)は憎むべき怨敵であるのだ。挑発に乗るなという方が無理に近い相談かもしれない。


「一太刀なりとも浴びせたいお前やハナの気持ちも分かるが、言っただろう。ここは私に任せろ」

「……はい」


 年上だからというわけでも、異国の姫だからでもない。

 ユキヒメの放つ気が、静かな迫力をもってこの場を圧した。


 しばしの瞑目の後、怒気を鎮めるユンテ。己の中の怒りが再び再燃せぬ内にと言うべきか、ユンテとハナがユキヒメの言葉に従い、騎獣を伴ってこの場を後にしていく。


「おや? てっきり三対一でくるかと思っていたが」


 冷笑を浮かべた呂羽(ルゥユー)が、挑発の視線を送る。

 それを微風のように受け流し、ユキヒメは騎乗から降り立った。


「何、その必要はない」

「ほう」

「私一人の方が良いという側面もあるが、何より貴様を倒すなど、今や私一人で充分という事だ」


 安っぽい挑発――ではない事を、呂羽(ルゥユー)は見抜いていた。

 しかしどれほど騎獣を新たにし武技を磨いたところで、そう易々と彼我の戦力差が埋まるとは思えない。何より、その事に気付けぬユキヒメとも思えなかった。


 思考を巡らせる呂羽(ルゥユー)


 彼の戦士としての実力は、あまりにずば抜けている。三獣王級と言っても差し支えなく、下手をすればそれすら超えるかも知れなかった。

 しかし彼が真に恐ろしいのは、それだけの武力を持ちながら、如何なる場合でも常に策を巡らせる労を厭わないところであった。


 だからこそ彼は、今まで東西様々な国々を渡り、幾度となく平地に乱を起こすような危険を犯しながらも、生き抜いてこれたのだろう。



 最強の武力を持ちながら、最凶の頭脳も持つ。



 それが呂羽(ルゥユー)という男なのだ。



 その彼の直感が告げている。


 ここは以前にも増して慎重を期すべきだと――。


 一瞬だけ、視線を別の方向に走らせる呂羽(ルゥユー)


 気付かれていない。誰にも――。


 確認した先に満足し、不敵な笑みを浮かべる。

 その呂羽(ルゥユー)の意図を既に見抜いているのか、はたまた理解せずとも覚悟が上回っているのか。ユキヒメは背後の大角鹿に臨戦体制を取らせた。


城西じょうせいに戦い、郭東かくとうに死す。野死して葬らず、烏(くろ)し――それが貴様への引導だ」

「見逃してくれまいか――と言ったところで無駄か。ユキヒメ、お前なら俺が獣を纏わずとも斬り捨てるであろうな」


「益体もない」


 二人が鎧化(ガルアン)をしたのは、同時だった。


吾琉別当(アルベド)


阿尔贝头(アルベド)


 白煙が晴れ、極東の大陸に似つかわしくない極西の戦士が二騎、姿を見せる。


 共に古代の絶滅種。



 最大級のシカ類であるヤベオオツノジカの鎧獣武士(ガルーサムライ)



 〝神樹の創者〟軍荼利(グンダリ)



 シベリアトラすら超える巨大虎、万県虎(ワンシェンタイガー)鎧獣骑士(カイショウチシ)



 〝渾沌(カオス)夜叉(ヤクシャ)



 故国・環の国(アスガル)にて、皇太子殺害の汚名を被せて父を死に追いやり、生家であるウエスギ家を滅ぼした怨敵と、それを追って遥か東の果てまで来た姫武士。

 また同時に、一度は想い合った間の二人。


 いや、それはユキヒメだけの幻想だったのだろう――。今となってはそう確信している。



 長年に渡る復讐の最終章。今まさに、その幕が上がる。

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