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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
最終部 最終章「銀月の狼と人獣の王たち」
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最終部 最終章 第二話(2)『斬砕豹』

 メルヴィグ王都レーヴェンラントを貫く大河川、ケーニヒス川。


 そこにあらわれた水の巨竜モササウルスの装竜騎神(ドラケニュート)が、人竜の姿に変じていた。


 ワニかクジラにも似た頭部はそのまま。腕の裏側、肘の見える部分からは巨大なヒレを翼のように生やしていた。また後肢は滄竜類の尻ビレを巨大化させ、人型で筋肉質のものへ変化させている。それでいながら、巨大な尻尾を使えば自在に水中を進む事も出来るようだった。


 半水半陸の水の魔神。



 〝水晶竜王(サルコテア)〟ファラク。



 駆るのは灰導天使衆(ヘクサ・アンゲロス)の一人ヘルヴィティス・エポス。



 エポスの前はエヌ・ネスキオーと名乗るツギハギだらけの異様な容姿をした男で、かつてはウルリクという名でゴート帝国に争乱を招いた人物。


 手にする武装は巨大な銛。


 まさに〝破滅の竜〟そのものとでも言わんばかりに、口からは破壊光線〝極帝破光(シリウス)〟を放ち、王都の中から都市を火の海に変えようとしていた。



 しかし――。



 破壊の光は最初を除き、悉くが不発――いや、被弾する前に封じられていた。


 封じたのは、たった一騎の鎧獣騎士(ガルーリッター)


 滄竜モササウルスに比べれば十分の一以下の小さな存在が、全てを防いだのだ。


「ふむ……千年の間で、こちらもそちらも同じだけ進歩したという事か」


 人竜より、声がした。

 ヘルヴィティスの、抑揚のない声。


 向けられた相手は、刺突槍ランスに似た武器を構える、サーベルタイガーの人獣騎士。


 力感に満ちていながら、曲線は艶美な女性体型。

 鎧は現代のものと明らかに異なる、遠未来の形状。その事からも一目で分かる、超常的存在。



 古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファングの一人、ニーナ・ディンガー。

 彼女の駆るゼノスミルス――斬砕豹スラッシュバイトパンサー――の鎧獣騎士(ガルーリッター)



 〝セルヴィヌス〟。



 刺突槍ランスか刀身の太い刺突剣フルーレのような武器は、実は剣でも槍でもなかった。


 正しくは巨大な糸巻き棒(ノステピン)


 つまり、〝糸〟を繰り操る〝棒〟が、本来の用途の道具なのだ。


 ニーナ=セルヴィヌスが、その糸巻き棒(ノステピン)を、踊り子のステッキのような華麗な手捌きで回転させている。回転と共に発する光が巨大な盾となり、ファラクの光線が防がれているようだった。


「ねえ~いつまでも水の中にいないでさ~、早く出てきてくんないかなぁ~。ニーナ、もう飽きちゃったんだけどぉ~」


 間延びした緊張感のない声。

 ケーニヒス川から光線を放つだけのヘルヴィティス=ファラクに対しての挑発なのか。


 確かに水の中は、圧倒的にモササウルスの領域テリトリーである。破壊光線による攻撃を防げてはいても、こちらから仕掛けるとなれば、さすがのアルタートゥムでも二の足を踏むのだろう。


 それとも何か別の考えがあっての事なのか。


 しかし一方で、唯一王都内に侵入を果たしているにも関わらず水中に押し留められている状況は、ヘルヴィティスにとっても好ましくないのは間違いなかった。このまま水から陸上にも上がれず、かといって陸から水中にも手出し出来ずの膠着が延々と続くのか。それともどちらかが先に仕掛けて均衡を破るのか。


 今はまさにその駆け引きの最中といったところだろう。



 ただし、ヘルヴィティスには目算があった。



 彼は己を、力押しのアンフェールや、戯れが過ぎるディユといった他のエポスとは違うと自認している。どちらかといえば慎重に策を弄するアルナールに近い思考であると、客観視していた。

 しかしそれでいながら〝人間〟である事に執着の強いアルナールとも異なり、人であろうと何であろうと露ほどの興味もないのが自分なのだ。


 だからこそ、エポスの中で最も冷静な判断が出来ると思っていた。


 ――そろそろ来るな。


 微細な水の流れや動きを感知出来るファラクだからこそ、これが分かる。

 川を下る水影の群れ。王都の至る所に、夥しい何かが押し寄せてくるのを。


 ヘルヴィティスが竜の中で、密かにほくそ笑んだのと同時だった――。



 悲鳴。



 ニーナが戦っている位置からは、かなり距離のある川縁。そこに黒々とした巨体が数騎、地上へ這い出ていた。


 恐怖の叫びは、それを目にした住人たちが上げたものだった。


 水ヒレを持ち、魚類に似た、いや、イルカやクジラ類に似たヒレ付きの長い尾を持つ人型の怪物。巨大な一本ツノと幾度となく見た風貌の類似性から、ニーナはそれが何であるか一目で見抜く。


角獅虎(サルクス)……?」


 数騎などではない。感知可能な範囲でも、恐ろしいまでの数が川の至る所から這い出していた。




「あれらは水陸両用に特化した角獅虎(サルクス)、〝川馬角獅虎(ケルピー・サルクス)〟だ」




 モササウルスからの声。


 一瞬で状況を理解したニーナが、小さく舌打ちをする。そしてぽつりと小さく「うぜえな」と呟いた。

 もしここにイーリオやレレケがいたら、あまりの彼女らしからぬ口調に耳を疑った事だろう。


 勿論、ヘルヴィティスにも聞こえてはいなかった。


「こちらの一〇万の軍全てが地上部隊だと、誰が言った? 渡河で攻め上るのがこのファラクだけだとも。――さあ、手をこまねいていていいのか? 川馬角獅虎(ケルピー・サルクス)は、川のほぼ全域に出ているぞ。放っておけばほら――」


 今度は破壊音と共に、いくつもの悲鳴が重なった。

 先ほどの声の位置とは別の箇所。気付いた時には、次々に助けを求める声が上がっている。


 街中至る所から侵入を開始した、水陸両用の川馬角獅虎(ケルピー・サルクス)


 通常ならば気にも止めずに瞬殺していくだろうが、今はファラクを相手取らねばならず、ニーナ=セルヴィヌスも身動きが取れない。


「ああ~んもう、ニーナ困っちゃう」


 先ほど一瞬だけ覗かせた表情は既に消え、いつもの彼女になって悩ましい声を出している。

 しかし口調とは裏腹に、彼女の動きはとんでもなく早かった。


 糸巻き棒(ノステピン)を持たぬ左手を空に高く掲げ、それを舞いのような手つきで動かす。




「〝不敗の牙ウンベジークト・ファング〟」




 無数の煌めきが、サーベルタイガーの頭上で踊った。


 それは光の線となり点となり、王都の空間という空間を走る。


 次の瞬間。


 凶暴な牙や爪、武器を振おうとしていた川馬角獅虎(ケルピー・サルクス)たちが、動きを止めた。それも、川岸から地上に上がっていたかなりの数が、一斉に。


 と思う間もなく――



 ずるり。



 それら全てが真っ二つに、或いは輪切りに、或いは細切れになって崩れ落ちていく。

 一〇騎や二〇騎どころではない。おそらく一〇〇騎近いかそれ以上の数の魔獣が、同時に斬り裂かれていたのだ。



 セルヴィヌスの指が操る、目に見えぬほど極細の光。それは指を伝い、糸巻き棒(ノステピン)に絡まり、光の筋を走らせていた。


 体毛の超常変化。繊維を単分子ワイヤーとして操る――。

 それがセルヴィヌスの獣能(フィーツァー)



 〝不敗の牙ウンベジークト・ファング〟。



 単分子ワイヤーというならただの伝導素材でしかないが、セルヴィヌスの異能には、高周波振動をはじめとした切断能力が付与されている。それを変幻自在かつ遠近問わずあらゆる方向に放つのが、この異能力。


 数も何も関係ない。空も陸も無視してあらゆる状況に対応し敵勢力を殲滅するのが、ゼノスミルススラッシュバイトパンサーのセルヴィヌスなのだ。


 しかし――。


 敵の実力はヘルヴィティスも理解わかっていた。雑魚を数だけ多く群れさせても意味はないと。

 けれどもどれだけ強力な一騎がその数に対処するとしても、限界というのがある。


 視認可能な距離の魔獣を殲滅したのも束の間、ケーニヒス川の上流下流の遠くから、更なる悲鳴と絶鳴が聞こえてきた。おそらく単分子ワイヤーの届く範囲を超えた場所にも、川馬角獅虎(ケルピー・サルクス)が出現しているのだろう。


 それはニーナも充分予測していたが、問題はどちらを優先すべきか、である。



 全速力で敵を全滅させ、しかる後に再び竜を相手取れば、或いは――。



 無論、竜を相手にそんな事は不可能だろう。

 角獅虎(サルクス)に対処している間に取り返しのつかない事になるのは明白で、だからといってこの群れを放置していてもまずい。援軍を呼ぼうにも、これほどの数に対処出来る数的な余裕が連合軍にあるはずもなかった。複数騎を相手取れる強力な騎士ともなれば、それぞれの持ち場から離れるのは尚の事困難だろう。いや、仮に来てくれたとしても、一騎二騎でどうにか出来るほど王都は狭くなかった。

 最大の問題なのは、ここまで敵勢が展開するのを見過ごしてしまった事である。


 判断に迷う――。


 しかし迷えば迷うほど、事態は進んでいってしまう。

 こうなれば仕方ないと、ニーナが援軍要請の通信を行おうとした矢先だった。


 川の上流。かろうじて視えるか視えないかという距離。新たに出現した魔獣らの前に、複数の巨大な騎影があらわれたのだ。

 色彩の乏しい灰色の影。姿も何故だか朧なそれらが、群れには群れをと言わんばかりに水から上がろうとする魔獣を撃退し始めたのだ。


「何……?」


 驚きに目を細めたのは、むしろヘルヴィティスの方だった。

 ケーニヒス川の全てとはいかないが、広範囲の川馬角獅虎(ケルピー・サルクス)が、灰色の部隊によって阻止されている。しかもどの人獣も、姿形が全く同じに見えた。まるで分身が部隊となっているように。


 その中で、一騎だけ色彩豊かな武装を持った騎士が声を放つ。



「〝神の灰(バスマ)〟」



 号令と共に掲げた片腕から、灰のような粉が一直線に飛んだ。それは数体の川馬角獅虎(ケルピー・サルクス)に巻きついて圧迫していったかと思えば――血飛沫と共に首を刎ね飛ばしていた。


 あらわれたのはアンカラ帝国の帝家鎧獣ミルキ・カルバンクル



 皇帝セリムの駆る古代のキリン原種・神騎麒麟(シヴァテリウム)の〝ウルヴァン〟だった。



 術士の繋げた思念通信で、セリムがニーナに告げる。


「アルタートゥムの御方、私と我がウルヴァンの第二獣能(イスナーン・コドラ)・〝霊王軍(ブタガナス)〟が助太刀致します!」


 体毛を灰のような粒子に変化させて操る。それがウルヴァンの異能。

 第二の力は、灰化した体毛を増幅圧縮させてウルヴァンの分身体を複数作るというもの。

 ウルヴァンだけでもかなりの数の魔獣を相手に渡りあえるが、ある意味それが複数騎の数で助けに来たようなもの。ニーナとしては願ってもない援軍だった。


 だが――


 それでも、ケーニヒス川は長く大きかった。


 どうあっても、ニーナ=セルヴィヌスがこれの殲滅に当たらねば、セリム=ウルヴァンだけに全ての対処を任せるのは不可能である。


「ふん。たかが一騎の助太刀とはな。しかも以前の俺に無様な敗北をした皇帝殿一騎だけでは何も変わらんよ。実に無駄、無益、無能だ」


 状況は改善されたようで、やはり変わらないのか。

 反対に川馬角獅虎(ケルピー・サルクス)を始末するより先に、セルヴィヌスがモササウルスのファラクを倒せればいいが、これについては言うまでもないだろう。敵はまだ異能も見せていないのだ。ニーナ=セルヴィヌスにも行使出来る力の限界がある以上、安易に使うわけにもいかない。それがどうにも歯痒かった。


 しかしそんな中で、虚ろな嘲弄を浮かべる竜の魔神に、笑みで返す声があった。

 アンカラ皇帝セリムである。


「ヘルヴィティス――今はそう名乗っているか。エヌでもヘルヴィティスでもどちらでも構わんが――それだけ巨大だと、感覚は鈍るようだな」

「どういう意味だ」


 彼我の距離は離れているが、通信ではなかった。なのに、その声は届いていた。つまりファラクの五感は鋭敏なのだ。なのにあえてそれを挑発するような言葉。

 セリムは続ける。


「加勢に来たのが私一人だと、誰が言った?」


 その言葉が終わらぬうちに、ヘルヴィティス=ファラクは気付く。

 水中から半身を覗かせているモササウルスの巨体――つまり下半身は水の中という事だ――その周囲に、夥しい泡が発生している事に。


「何だ?」


 気付いた時には遅かった。

 強烈な高音が鼓膜を打ったかと思えば、人竜の体に激しい衝撃が起きた。衝撃は連鎖し、モササウルスの体を揺らす。


「これは――」


 泡が放つ爆発。キャビテーション――つまりバブルパルスによる水中爆破。


 それと共に、水に踊る影。

 鈍い感触と共に、何かが水中からファラクを斬りつけていた。が、金属のように硬い表皮には、爆破でも刃でも傷は付けられない。


 それでも不意に起きた異変に、ヘルヴィティスは竜の中で眉を顰める。


「姿を見せろ」


 手にした巨大な銛を閃かすと、それは水の中から軽やかに躍り出て竜の一撃を躱す。


 宙に踊る、白と黒の体表をした巨大な魚型。いや、鯨か。

 飛び上がった後で浅瀬に着地し、全身があらわになる。


「俺の〝聖なる泡(サント・スキューマ)〟が効かんとはな……。破滅の竜は神話の通りの化け物というわけか」


 声は壮年の男のもの。つまりは鎧獣騎士(ガルーリッター)

 だが見慣れぬ巨体に、誰もが目を奪われる。



 この世で唯一騎、鯨偶蹄目マイルカ科の海の捕食獣。



 シャチの鎧獣騎士(ガルーリッター)



 手にする武器は片刃のサーベル。


「助太刀その二、だ」

「貴様はまさか……アクティウムの――」




「アクティウム王国アルカンタラ海洋騎士団団長ヴァスコ・デ・ラ・セルダ。または海騎三傑トレ・ネプトゥヌス・頭目、聖獣〝ラーン〟のヴァスコとは、俺の事よ」




 四肢の生えたシャチ。

 人鯱の異形。


 けれども白と黒の体表のせいか、それとも異様なのに無駄のない均整のとれた姿だからか。

 〝聖獣〟の二つ名の通り、見る者に美しささえ感じさせる。


「アクティウムの海の守護神、あのラーンが川を上ってここに来るとはな……!」

「俺だけじゃねえぜ」


 ヴァスコ=ラーンが指をさした先――。


 モササウルスの周囲が、いつの間にか赤く染まっていた。

 水面の色が、そこだけ変わっていたのだ。


 ――血?


 いや、血にしては赤さが足りない。真紅というよりピンク色という方が正しいだろう。

 と、思うのも束の間。


 体の身動きが取れなくなっている事に気付くヘルヴィティス=ファラク。まるで己の周囲の水のみが硬い泥にでもなったようで、重苦しく全身を押し固めている。


「これは――」

「さすがの竜でも、これは効果があるようですね」


 川の中、ファラクの背後から姿を見せたのはまたしても巨体。



 半水性の川の支配者――カバの鎧獣騎士(ガルーリッター)



「今度はカディスか――!」




「カディス王国近衛騎士団長ペドロ・バルディと〝タウレト〟。カディス国王エンリケ陛下ならびに教皇ベネディクトⅤ世猊下の命により、霊獣王軍に加勢仕ります」




 水の王国カディスの絶対守護者と言われるタウレト。


 シャチの〝聖獣〟――ラーン。


 カバの〝守護神〟――タウレト。


 海洋国家の二大最強騎士が、水の竜の前に立ち塞がった瞬間だった。



 呆気に取られていたニーナに向かい、ペドロ=タウレトが言い放つ。


「貴女が伝説に聞いた神の騎士のお一人ですね? お目にかかれて光栄です。しかし今はそんな事よりもこの敵軍です」


 ペドロの後にヴァスコが続ける。


「ここは一旦俺達に任せて、アンタはあの水の角獅虎(サルクス)とやらを片付けてきてくれ。あの数となったら、さすがに俺達じゃあ無理だ、けれどアンタならどうにか出来る。だろう?」

「え、でも――」

「一旦、だよ。一旦。さすがに俺らじゃあちょっとの間の足止めにしかならねえ。だからそのちょっとの間で、アンカラの皇帝陛下と二人で、あの角獅虎(サルクス)どもを掃除してきてくれ。出来れば、なるたけ早いとこ戻ってきてくれると助かる」



 わずかの間だけ、ラーンとタウレトの二騎でモササウルスを食い止めるというのだ。



 確かにそれが可能なら、願ってもない話である。


 けれども――


「愚かな策だ。お前達ただの鎧獣騎士(ガルーリッター)で、このファラクを止めるだと?」


 言うや否や、竜の口ががばりと開いた。中央に、光が収束している。

 破壊光線・極帝破光(シリウス)の体勢だった。


 どのような鎧獣騎士(ガルーリッター)でも、あれを防ぐのは不可能――かに思えたが。


「ペドロ!」

「はい!」


 シャチとカバ、二騎の水棲人獣騎士アクア・ナイトが動く。



「〝赤い河(ロッホ・リオ)〟!」



 ペドロ=タウレトの全身から、濃いピンク色の汗が大量に噴き出した。それが川面に流れ、たちまち水面を赤く染める。


 カバは紫外線防御のために、汗に似たピンク色の分泌液を出す事で知られている。タウレトの異能はそれを特殊化したもので、ピンクの汗で水を自由自在に操るというもの。

 これは分泌液に似たナノマシンによるもので、先ほどファラクの身動きを取れなくさせたのも、これの力である。



「〝海神の憤怒(ネプトゥヌス・イーラ)〟!」



 更にそこへ、水中に全身を沈めたラーンが異能を放つ。


 シャチの口中から、超音波を利用した孤立波ソリトンを形成。それが重なり、川の水、それもピンク色の水が壁のように巨大に屹立した。


 ――!



 分子レベルで操作する水と、水中波による津波の掛け合わせにより、有り得ないほど巨大な水の壁が現出する。


 放たれる光線。


 しかし水の壁がこれを阻み、光線は霧となって掻き消されていた。


 水の中では、光線は粒子が拡散されて威力が減衰してしまうのだ。ラーンとタウレトの水の壁は、まさにこれを利用し、あの破壊光線を防いだのである。


「誰が愚かだって? 誰が誰に言ってんだよ」


 ヴァスコ=ラーンが不敵に言い放つ。


「さあ、お早く! 我々があれを抑えている今の内です!」


 ペドロ=タウレトが、言葉でもってニーナの背中を叩いた。


 ニーナが笑う、サーベルタイガーの中で。そして誰にも聞こえぬよう、小さく呟いた。


 ――やるじゃねえか。ガキども。


 その後で、いつものフワフワした口調に変わり、勢いよく飛び出した。


「ありがとう~! すぐ戻ってくるから、それまでお願い~! えっとぉ、ヴァスコっちとペドロっち、よろしくだよ~」


 どうにも拍子抜けする気の抜けた喋り方だが、それが反対に信頼に足る証にも思えた。


 ヴァスコとペドロ――シャチとカバが互いに頷きあう。




 王都東部域の決戦。


 太古の海中頂点捕食者に向かうは、現在の海における頂点捕食者と、川の支配者。


 まだ冷たさの強い水が、沸騰しそうなほど熱さを増していく――そんな風に思えた。

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