最終部 最終章 第一話(2)『装竜』
ラストイヤーのゴールデンウイークSP 毎日投稿8日目!
光が宙空で、はじけている。
まるで宙に浮かんだ噴水のように、輝く粒子が夥しく飛散していた。
「シャルロッタ!」
目の前に、光の盾と光の矢。
銀の聖女の力――彼女の魂の外殻・〝天の国〟の創り出した光学状の防御壁によって、竜の放った巨大な破壊光線が、かろうじて防がれていた。
けれどもシャルロッタの様子も苦しげである。
当然だろう。戦場にいる数千の味方ほぼ全員に〝神色鉄〟の加護を付与しながら、同時に竜の攻撃も防ごうとしているのだ。それも連続で。
先ほどは、何とかこれを防いだのだが――
光の盾に、稲光のような筋がいくつも走る。
竜から放たれている光線が、奔騰する水流のように、壁を破らんとしていた。
限界か――そう思われた時――
「〝無敵の牙〟」
突如、別の色をした光が、光の盾の周囲で星のように明滅すると、それが幾何学模様を描いて漏れ出した破壊光線を全て弾いていた。
全員が振り返り、視線を声の主に向ける。目にしたのはサーベルタイガーの女性騎士。
古獣覇王牙団の団長オリヴィア・シュナイダーが、刀剣虎を纏った姿で放ったものだった。
ティラノサウルスが放った光は、これで全て遮られている。
つまり、とりあえず今この瞬間におけるこれ以上の王都の破壊は防がれたという事だ。
「あまり〝天の国〟の力を使いすぎるな。文字通り、命を削っているのに等しいんだぞ、それは」
サーベルタイガーの顔で、オリヴィアがシャルロッタに助言する。
疲労に顔を青ざめさせながら、シャルロッタは頷いた。
「大丈夫、あとは僕たちが何とかするから。君はみんなの方にだけ集中して」
「うん」
イーリオの言葉に微笑みで返した後、先に鎧化していたレオポルトに守られながら、後方に退がるシャルロッタ。
「さあ、早く!」
連合軍軍師ブランドが、全員に檄を飛ばした。
人竜の放った二度の破壊光線に気を取られ動けなくなっていた一同が、弾かれたように反応する。
一斉に行う鎧化。
人獣騎士になったと同時に、ブランドの采配通りに各自が持ち場へ散っていった。
またドグなどは、それを待たずに先んじている。
イーリオもディザイロウへ一瞥を送り、視線だけで意思を伝えていた。
当然のように、ディザイロウも分かっている。
ディザイロウは生み出されて間もない存在だ。なのに両者の間には、長年の連れ合いのような呼吸があった。不思議であると共に、何故か疑問も浮かばない。それほど自然な振る舞いだった。
「白化」
声は穏やかで、気負いもない。
金粉混じりの白煙を縫ってあらわれた人狼の佇まいにも、それが見てとれた。
同時に、イーリオ=ディザイロウが開戦の時と同様の幻狼の大群を放つ。
神の異能力〝千疋狼〟。
即ち第一霊力〝率いる力〟の発動だ。
聖女の加護を与えられた霊獣王軍に、月の狼からの加護も加わる。
強き者にはより強さを。そうでない者にはかつてのザイロウ並みの戦力を――。
千を越える光の狼は、霊獣王軍全てを無比の強者へ変貌させていった。
ただし。
――これは……?
この時、千疋狼を放ったイーリオのみ気付いた異変があった。だがそれ自体は悪い変化ではなかったため、味方に言いそびれてしまう事になるのだが――。
ともあれ――
これで、布陣は整った――。
仮面の軍師ブランドは、己も古代巨大イタチの鎧獣を纏った姿になった後で、思考を巡らす。
この開戦の前、アルタートゥムの団長であるオリヴィアやロッテらと交わした会話。
――無尽蔵に生み出される敵軍、それに対しての策をお聞かせください。
ヘクサニア軍は軍勢に紛れ込ませた竜人なる人ならざる異形を用い、敵味方の区別なく魂を奪って己の軍を生み出す〝元〟にしているという。それに対して策があると言ったのがアルタートゥムのロッテだ。
それがいかなるものなのか。指揮を取るブランドが把握しておきたいと考えるのは当然だろう。
戦いの前のロッテの言葉――
「そもそも竜人というあれは、人工的に創造され、改良を施されたディノサウロイドだ」
「……ディノサウロイド?」
「さっき言ったように、破滅の竜とは古代に存在した恐竜の鎧獣――装竜なんだが、これはお前も使う古代巨大イタチなんぞと、生み出された発想そのものは変わらん。だがディノサウロイドはそもそもが違う。あれは――その恐竜という種が絶滅せずに進化を続けていたら、人間と同じような進化を遂げたかもしれない――。そんな創造と妄想の理論の上で創り出された生物だ。ようはドラゴンだのユニコーンだのエルフなどといった、お伽話を実現させたのと変わらん存在なんだよ。それがディノサウロイド――竜人だ」
もしも恐竜が絶滅せずにいれば、人類と似た知的生命体へと進化したかもしれない――。
そんな学説が異世界にはあった。それを現実に、且つ無理矢理に実現させたのが竜人だという。
つまり恐竜がヒト的、ヒト型に進化したという、可能性を形にしたもの。
霊子レベルにまで干渉出来る異世界企業をもってすれば、そんな空想も現実に出来るという事なのか。
「どうしてそんなモノを生み出したかについては、魂を吸い取るという〝作業〟に、ディノサウロイドが適していたって事と、もう一つ別の理由もあるんだが――」
それについては説明し辛いのか、ロッテの言葉は曖昧に濁る。
一言で言えば黒騎士と呼ばれたエポス。ヘル・エポスの代替ボディ、ストックとしての役割。それがディノサウロイドのもう一つ大きな存在理由だった。
「まあ、その理由は別にして、昨夜も言ったように吸い取られた魂は、その後すぐ角獅虎や竜人らの〝素材〟になるわけではない。例え神々の科学力でも、魂から生命を生み出すにはそれなりの時間が必要になるからな。……だが、だ。もしもそれが可能だとしたら?」
「え――?」
「もしも魂を吸い取った直後に、角獅虎が生み出せたとしたら?」
「何ですって?」
「即時復活、即戦力だよ。エポスは――いや、装竜はそれを可能にする」
そんな事になれば、死人の数だけ敵の軍を増やす事になる。文字通り、敵が無限に湧いて出るという事ではないか、そんなものは。
血の気の引く思いを覚えながら、ブランドが絞り出す声でそのように答えた。
「だからヘクサニア軍相手の戦いなど、それに比べればほんの前哨戦にもならんという事だ。おそらく何かの理由があって、エポスどもはまだ装竜を投入していないだけだろう。まだ調整している途中だからなのか、それとも別の理由があるのか。いずれにしても装竜どもこそ、この戦いの真の敵。何より、無限に湧いてくる敵軍を止めるには、その装竜を倒すしかないのだからな」
「無限に角獅虎を生み出せるというのは、六体ともですか。確か六体いると、仰いましたよね」
ブランドと同じく、この場でロッテとオリヴィアから話を聞いていたレレケが尋ねた。
「いや、軍勢を――角獅虎を生み出せる母体になるのは一体だけだ。ヘレ・エポスというシエルのコピー体のエポスが駆る竜だな。そいつを倒す事が、まず打つべき最初の手だろう。だが竜は六体。それぞれをボク様達アルタートゥム四騎が相手取り、一体がイーリオとしてもそれでも一体余ってしまう」
「つまりどれかの竜を、我々だけで止めねばならないという事ですね。話から察するに、その相手が、角獅虎を生み出す竜であると……」
「さすが、これだけの集まりを指揮する軍師様なだけはある。察しがいい、その通りだ。そしてそいつは千年前もそうだったが、月の狼やボク様達アルタートゥムにとって、相性の悪い相手でもある。分かるな? どうであれ、お前達だけでこの竜を何とかしてもらわねば勝機はないという事だ」
この会話の時点では、破滅の竜が如何なる存在なのか、力も規模も何も分かっていなかっただけに、素直に頷けないというのが正直なところだった。だが仮に、姿も力も目にした後では、もっと頷けないでいたかもしれない。
後になって、ブランドはそう思う事になる。
「おそらく千年前と今とでは、エポスも同じ事はしてこないはずだ。だから正直、読めない部分の方が多いんだが……まあ、それはこちらも同じなんだがな」
「千年間の変化という事ですか? もしかしてそれが、イーリオ君のディザイロウでしょうか?」
オリヴィアの答えに、レレケが問いかけた。
「そうだ。こちらにとって最大の切り札が、ディザイロウであり、お前とドグだ」
原初の三騎――
月の狼、天の山、星の城――。
三つの紋章を継承した三名の騎士が切り札になるという。
「いざとなれば、それが状況を打ち破ってくれるだろう。だがエポスも何かを仕掛けてくる事は、間違いない。少なくとも、奴らはザイロウが復活した事やシャルロッタの覚醒に気付いている。ボク様達アルタートゥムの事もそうだ。だからこそ、我らが唯一手出しの難しい竜を、お前達にどうにかしてもらわねばならん。イーリオやアルタートゥムが破滅の竜どもとの戦いでは中心になるだろうが、お前達連合の軍隊が、本当の意味で戦いの鍵を握る存在になると考えておけ。決して烏合相手の脇役ではない。今を生きるお前達にこそ、この戦いの勝敗がかかっているんだ」
果たしてどれほどの戦になるのか。
見当などまるでつかないが、それでもやらねばこの世界そのものが〝書き換え〟られてしまう。
こちらの世界に生きる人間全てが、魔獣の魂に〝書き換え〟られ、異世界からくる人間に侵略されてしまうというのだから。
そんなものは魂の庭園などではない。魂の植民地だろう。
それを認めたくないから、彼らは無謀にも思える決戦に命を賭けているのだ。
ちなみに当然だが、エポスの狙いや真意などは獣王十騎士にも詳細に伝えていないし、ブランドだからこそここまでの内容を理解出来たのである。
連合軍のほとんどは、これを侵略戦争だと捉えている。これを阻止しなければ信徒以外は蹂躙されてしまう。そのための防衛戦だと思い込んでいた。ある意味においてそれは間違いではないのだが、正確には程遠い。
けれども全てを正しく理解出来る人間など、ほんの一握りだけなのだ。
「では、具体的にどのように考えているか、無限に角獅虎を生み出す竜への対抗策、その考えを、お聞かせください」
ブランドの言葉に、当然だと言って、ロッテが説明をはじめる。そうして、連合の頭脳二人と、アルタートゥムとの策が練られていったのだが――。
それを思い出し、ブランドの思考は今に戻った。
――竜の出現場所が予想より大きく外れてしまった……。だがそれ自体は、問題ではない。
普通に考えれば、今の状況は戦略に大きな修正を打たねばならない――つまりかなり不利な状況に陥っていると捉えるべきだろう。だがブランドにとっては違っていた。
――規模こそ巨大だが、これは大局的な戦略ではない。
装竜そのものが戦力的に桁外れなためそれに目を奪われがちだが、戦いの要点は明確である。
つまりこれは、戦略ではなく戦術――しかも局所戦だと言えるのではないか。
――だったら私の領分だ。
大局的なものの見方、戦略ならばブランドよりも亡くなった〝覇獣軍師〟カイ・アレクサンドルの方が上であったろう。だが戦場での直接指揮、指揮官的なその場の動きならば、カイよりもブランドの方が得意である。
これはカイ自身が言った評でもあるし、ブランドも同じように自負していた。
分散した各地域を各部隊の戦場と捉え、それ以外も含めて総括的に指揮を取る。
そう考えれば、出現場所の読み違えにも対処出来るというもの。
自軍の鎧獣術士に、全体との通信を絶対に途絶えさせるなと命令し、彼は各所に指示を出す。
その手際は鮮やかで的確。相手が力任せに来るのなら、こちらは人智を駆使した戦いの力学で迎え打つだけ。
これを機に、竜以外の軍勢も王都の内外で激しい衝突を開始した。
まるでこの世の終わりのように、王都を包み込むような戦いの音。
怒号と悲鳴が重奏的に響き渡り、それを上回る破壊と衝撃波が大地に渦巻いた。
地表には人血と獣血が驟雨となって降り注ぎ、踏みしめる大地がひび割れたかと思えば、振り下ろした剣や斧で、ひび割れが断裂と化す。その裂け目を潤すように、地の底へ新たな血河が流れ込んでいった。
激突する金属音に激しい呼吸音。光と闇が明滅し、風と泥が混ざり合う。
叩き伏せられた亡骸を踏み越えて、更なる死を量産する両軍。やがて戦場が苛烈さを増していくと共に、徐々に地軸も震え出す。
かつてない大規模戦なのだ。
鎧獣騎士が戦えば地形が変わるの言葉通り、これで大地の形が変わらぬはずがない。
だが聖女シャルロッタの神色鉄の加護による武装の超強化、そしてイーリオ=ディザイロウによる身体強化の二つがあったからか、初手のぶつかり合いでは、連合軍が優位に見えていた。
そこにブランドの指揮が加わる。相手が尋常ならざる魔獣騎士の大軍でも、怯みさえしない。
その加護を与えた一人、連合軍こと霊獣王軍の旗頭にして霊獣王イーリオ=ディザイロウは、落ち着いた構えでサーベルタイガーの騎士、オリヴィア=イオルムガンドの横に並んでいた。
「分かるな。温存はしておけ。だが出し惜しみはするなよ」
「はい」
オリヴィアの言葉に、イーリオが返事をする。
竜はまだ四騎。あと二騎がいつ来るのか、どのような形で出現するのかは全くわからない。
それに敵のどんな狙いがあるのかは不明だが、むしろこれをこちらの好機にするのだと、オリヴィアは言っているのだ。
当初の想定では、イーリオも含めたアルタートゥムがそれぞれ各個で竜に当たるはずだったが、今の状況ならイーリオとオリヴィア二騎で一騎を相手に出来るという事になる。ならば残りの二騎が来る前に、まずは目の前の一騎を倒してしまえば、戦況はかなり有利になるはずだった。
となれば、戦いは神速こそ最良。
イーリオの返事と共に、両騎が駆け出さんとした、まさにその直前だった。
まるでその機を見計らったかのように、耳慣れぬ音が一帯に谺する。それと共に、敵軍の領域――ヘクサニア軍の中でも角獅虎や飛竜もどきではない正規の騎士達が集う辺り――その景色に、奇妙な色合いが混ざり出した。
いや、景色というのではなく、彼らの頭上、その空間が歪みはじめたのだ。
「何――?」
思わず、駆け出そうとした動きを止めるイーリオとオリヴィア。
何が起きているのか。敵の攻撃か、それとも罠か。
イーリオは判別がつかない。しかしオリヴィアはこの異変に、目を見張る。
「これは次元間ゲート? こんな地上で……? まさか――?!」
オリヴィア=イオルムガンドの空気が一変する。振り返り、彼女は叫んだ。
「皆、すぐこの場から退避しろ! 巻き込まれ――」
だが言葉は最後まで届かず、その途中で遮られてしまう。
歪みは巨大な鏡面のように変化し、それが粉々に砕けた。同時に起きる、巨大な地震と突風。
全てが吹き飛ばされ、何もかもが破壊の雪崩に呑み込まれていく――。




