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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
最終部 最終章「銀月の狼と人獣の王たち」
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最終部 最終章 第一話(1)『四凶竜』

ラストイヤーのゴールデンウイークSP 毎日投稿7日目!



 風は凪いでいる。

 なのに嵐の前にいるような恐怖に、人々は包まれていた。


 陽は空に昇っている。

 けれども暗黒に閉ざされたような暗澹とした思いを、人々は抱いていた。


 ここは、メルヴィグ王国王都レーヴェンラントの外縁部。大都市を囲む平地。


 先ほどまでこの地では、強大な二つの軍勢が争っていた。


 片や大陸中の国々が集いし大連合の軍。


 もう一方は侵略者の大軍。その名はヘクサニア教国軍。


 この大陸の覇権を握ろうとする巨大宗教国家と、それを阻止せんとする諸国家の集まり。それが歴史に刻まれるこの戦いの事跡であり、これまではその通りだった。


 しかし今は違う。


 大軍同士のぶつかり合いは、ファウストという一人の王の死をきっかけに、その様相を一変させたのだ。





 まずは広大な王都外縁の内、その南西部。


 大陸連合軍、または霊獣王軍と呼ばれる彼らの前に突如出現したのは、神話に出てくる破壊の権化。



 破滅の竜――。



 その正体は超古代に存在した、実在するドラゴン(・・・・・・・・)



 恐竜ダイナソー



 王都南西部にあらわれた恐竜は、その内の一体。



 角竜類――トリケラトプス。



 巨大な三本ヅノと、装飾的ですらあるとても大きなカサが特徴的な、どこかサイや牛科を連想させる〝竜〟。どう見ても巷間に呼ばれるドラゴンとは似ても似つかない外見だが、体毛はあるものの全身の大半を覆う鱗状の表皮に、クチバシのように鋭角な口吻などとも相まって、これを〝竜〟だと本能的に感じさせるものがあった。


 何よりもその大きさだ。

 上下の大きさ、つまり体高だけでアフリカゾウの鎧獣騎士(ガルーリッター)ほどはゆうにあった。つまり高さだけで二六フィート(約八メートル)近いという事だ。

 全体の大きさ、体長はその四倍にはなるかもしれない。

 これは本来のトリケラトプスに比べれば、三倍ほどの大きさである。

 ただし、そもそも恐竜という種、その概念すら知らない数多の人々からすれば、それはただただ巨大な怪物であるという認識でしかなかったのだが。


 この小山の如き巨大トリケラトプスの頭上に、人影がいた。


 神聖黒灰騎士団(ヘキサ・エクェス)・第三使徒のドン・ファン・デ・ロレンツォである。


 顔に道化化粧をしたその男は、己をアルナール・エポスと名乗った後、こう言った。


 黒化(ニグレド)――と。


 直後、怪竜から巨大な黒煙の柱が噴出したかと思いきや、それを割って、姿を見せたのは――

 巨大なトリケラトプスの人獣――いや、人竜だった。


 九〇フィート(約二七メートル半)はある竜の頭部を持つ巨人。


 全身を覆う真紅の鎧。しかしそれは、体と融合しているようにしか見えない異様さ。



「〝紅玉竜王(アラム)〟の竜天使――〝アズラエル〟」



 トリケラトプスから、アルナール・エポスの声が響いた。


 手に持っているのは、背丈よりも大きな槍。


 武装も何も、あまりに巨大であまりに異質、あまりに桁違いすぎる存在である。

 人々はただ呆然と、魂が消し飛んだかのようにこれを見上げるだけだった――。





 また一方で王都北部の外縁部では、無数の竜巻を従えるように、巨翼の竜が空に浮かんでいた。


 角獅虎(サルクス)が変異した飛竜(ワイバーン)もどきではない。かといって、いわゆる翼をもった竜とは似ても似つかない。


 けれどこの竜も、どこかであれがドラゴンなのだと見る人間に認識させている。



 それは史上最大級の翼竜。



 ケツァルコアトルス。



 鳥の如きクチバシを持った、巨大すぎる頭部。何よりも、史上最大級の鳥類の鎧獣(ガルー)であるアルゲンタヴィス〝ジムルグ〟の三倍はあるかという、あまりに巨大すぎる翼。

 こちらもトリケラトプス同様、本来の大きさの数倍はあるだろう。


 ただし翼竜は、正確に言えば恐竜とは別種の生物であった。

 だが古代に実在した〝竜〟という意味では、他の恐竜と似たような存在だとも言える。


 その翼竜の背に、ヘクサニアの司祭枢機卿にして灰堂術士団(ヘクサー)の団長スヴェイン・ブクが乗っていた。


 そして出現して間もなく、彼も竜を纏い、人竜となった。

 空中に浮かんだままの鎧化(ガルアン)


 巨体はそのまま、翼長は更に大きさを増し、左右でおよそ一三〇フィート(約四〇メートル)にもなる巨大さ。


 翼以外にも、体格からすれば細身になる両腕が生えている。つまり最初から、腕が四本も有しているようなもの。その華奢にも見える細い手には巨大な死神鎌を携え、全身は青味がかった紫の鎧と融合していた。



「さあ、知るがいい。破滅と希望を齎す竜の天使を。私はエポスの一人、灰導天使衆(ヘクサ・アンゲロス)・第四総長ディユ・エポス」



 人翼竜から、スヴェインだった者の声が響く。



「そしてこれこそが破滅の竜が一翼。〝青銀竜王(アルジンツァン)〟の竜天使――〝ヴリトラ〟」



 北部域で対空の陣を張っていたミハイロとギオル、それに銀月獣士団のドリーらは、息をするのも忘れるほどの恐怖を覚えそうになっていた。





 更に戦闘区域とは考えられてなかった王都東部のケーニヒス川でも、〝竜〟は出現していた。


 太古の海を支配した、いにしえの頂点捕食者。



 滄竜類モササウルス。



 水上から姿を見せたまさに怪物の如き威容は、全長にして一六〇フィート(約五〇メートル)にもなろうか。

 三三〇フィート(約一〇〇メートル)以上、最大幅で四九〇フィート(約一五〇メートル)以上にもなる川幅の大半を埋める巨体は、まさに海の怪物(リバイアサン)そのもの。


 ワニというかクジラのようにも見えるその身を水面に持ち上げたのは、王都の人々を恐怖せしめるためではないようだった。


 いつの間にいたのか――。川に架かる橋の一つから男が無造作に飛び降りると、モササウルスの頭頂に降り立つ。


 長煙管で煙草をくゆらせる男は、全身に縫合跡が見られる異様な風貌をしていた。



「俺は灰導天使衆(ヘクサ・アンゲロス)・第六総長ヘルヴィティス・エポス」



 以前はエヌ・ネスキオーと、そしてその前はゴート帝国で騒乱を起こしたウルリクと名乗っていた人物。


黒化(ニグレド)


 ヘルヴィティスの声と共に水中が黒く泡立ち、まるで石の油でも漏れ出したように川面が黒く染まる。


 あらわれる、水の人竜。



「〝水晶竜王(サルコテア)〟の竜天使。〝ファラク〟。今から貴様らに、虚しい死を与えてやろう」



 片手に持つ銛は、体と融合した鎧と同じ、水晶の蒼をしている。





 そして戦場の中心地、王都西部。

 最初に姿を見せたティラノサウルスの巨竜こと〝黄金竜王(アウラール)〟の竜天使〝ジブリール〟。


 これも人型へ姿を変え、竜頭の巨人となっている。


 手にあるのは鎧のような体表と同じ、黄金色をした斧。



 これで四体――。



 南西部のトリケラトプス――アズラエル。



 北部のケツァルコアトルス――ヴリトラ。



 東部のモササウルス――ファラク。



 西部のティラノサウルス――ジブリール。



 王都を取り囲むように出現した破滅の竜達に、連合軍のみならず同じ陣営に属するはずのヘクサニア軍ですら、戦慄を覚えていた。正確には、一〇万騎の角獅虎(サルクス)らを除く、ヘクサニア軍の一般騎士や生き残っている十三使徒らだけであったが。


 しかも人竜の出現と共に、もう一つ大きな動きも生じはじめていた。


 その角獅虎(サルクス)らである。


 膨大な数の魔獣兵器らも、破滅の竜があらわれた事に反応したというのか。

 気迫というか活気付くというかは分からぬが、黒の大軍がにわかに蠢き出し、それが波のように振動となって戦場を包み込んでいたのだ。


 連合軍は、思わずたじろぎ後退る。


 先ほど、王都西部で敢然と立ち向かおうとするイーリオ達の姿に鼓舞されたばかりだというのに、それが一瞬で消し飛びそうになるほどの威圧的な状況。ましてやイーリオ達の勇姿を見ていない西部域以外の場所では、この世の終わりといわんばかりの絶望が、味方を支配していたのは仕方がない事。

 が、イーリオをはじめとした獣王十騎士と呼ばれる事になる騎士達も、破滅の竜がどうであれ味方が怖気付く事も含め、今の状況を予測していないわけではなかった。

 あの時彼らが戦場の前に出たのも、ただ無謀に勇を奮ったわけではない。

 言葉だけでなく、己らの行動で示す必要があったから――。

 そう考えたからこそ、彼らは陣頭の更に前へ立ったのだ。


 それだけではない。目の届かぬ地域も含め、全体がどういう状況なのかを冷静に推し量ろうとする――そんな者もいる。


「イーリオ様、あの目の前の竜は、貴方がたに任せてもよろしいでしょうか?」


 連合軍の頭脳、軍師ブランドであった。


 仮面の軍師が尋ねたのは、イーリオと古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファングのオリヴィアの二人に対してである。

 この世の全てを脅かすとでも言えそうなほどのこの脅威に対し、たった二騎で何とかしろというのはいくらなんでも無茶を通り越えて愚かすぎる指示にも聞こえたかもしれない。けれどもイーリオは躊躇いもせず、むしろ当然と言わんばかりに首を縦に振る。


「ええ。構いません」


 ブランドもそれに、頷きで返した。継いで、すぐさま指揮を振るう。


「言った通りです。目の前のあのジブリールという竜については、イーリオ様とオリヴィア様に任せます。皆さんは今から出す指示通りに各地へ向かってください!」


 連合軍の総指揮であるレオポルトをはじめとした諸王も、これを躊躇いなく受け容れた。


 南西部にはクリスティオ。


 北部にはレレケ。


 東部にはセリム。


 残りのレオポルトをはじめとした全員は、敵の大軍に向かう事。それがブランドの出した指示だった。


「たった一騎だけで、それぞれの竜に当たれというのではないのだろう?」


 ハーラルが言ったのは、むしろ皆を安堵させるためである。


「はい。今の方々はあくまで支援。特に空を飛ぶという翼竜なる破滅の竜には、レレケ様の獣理術(シュパイエン)が欠かせません。しかしどうであれ、元より我らだけであの竜たちを止められる策もなければ、そんな力も皆無でしょう。あれらは世界を破滅させるような存在だと聞いていますから」

「では――」

「だから俺達がいる」


 言葉を継いだのは、アルタートゥムのドグ。そしてオリヴィア。


「対・破滅の竜の騎士団。それが古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファングだ」


 サーベルタイガーのみで構成された、四人だけの騎士団。

 千年前も、あの破滅の竜と渡り合ったという神話のような存在。


「いけるな、ドグ」

「待ってた、ってとこだよ」


 ドグが不敵に笑う。あの圧倒的怪竜を前にして、一片の怖れも抱いてないというのか。


「それぞれ、古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファングの方々を中心にしてあの竜に対処してもらいます。我らはその手助けと、彼らの戦いの負担にならぬよう、敵の大軍を我々だけで何としても止める事。それが今出来る、最良の策です」


 仮面で表情は分からなくとも、ブランドの決意の強さと血潮の熱さなら、十二分に伝わってきた。


「では皆さん!」


 ブランドが片手を振るう。

 最後の防衛戦、開始の合図。


 全員が頷きと共に鎧化(ガルアン)をし、散らばろうとした――その直後。



 凄まじい轟音と共に、眩い光が王都を照らし出した。


 次いで起こる、爆破の嵐。


「――!!」


 あまりの急な事に、思考が追いつかない。

 天地を揺るがすような爆風に身を固めながら、何が起きたのだと全員が目を見張った。


 その彼らの目に映るのは、キノコ状の噴煙を天に昇らせながら、真っ赤に灼けて崩壊した広大な王都の姿。


 それも一つではない。複数の煙が背後の大都市から噴き上がり、天を破壊の色に染めていた。


「な……何が――」


 ティラノサウルスの巨人。それが人竜となる前に放ったあの光線。

 その破壊の光が、他地域にいる人竜となった三体の竜から、同時かつ一斉に放たれたのだった。



「〝極帝破光シリウス〟か……」



 オリヴィアの呟きに、ブランドが震える声で「……あれが」と反応する。


「そうだ、破滅の竜――さっきも言ったように、ようは恐竜の鎧獣(ガルー)だな。〝装竜(ドラーケ)〟と言うんだが――」

「はい」

「あの極帝破光シリウスこそ、竜の竜たる所以。破滅の竜どもに標準装備されている(・・・・・・・・・)光学兵器だ。光学兵器だからプルートイオンさえあれば無尽蔵に発射出来る分、広域戦ではタチが悪い。まあ、オレ達も対処してないわけではないが、如何せん、的が外れた」

「と言うと?」

「奴らはこの、王都の西部域に固まって出現すると踏んでいた。唯一、モササウルスだけ背後をつく形でな。――装竜(ドラーケ)を使う際、最も有効な戦術はそれだからだ。だからかつても、奴らはそういう戦い方をした。こちらに布陣を見抜かれていようと関係ない。それが最強で、最も効率的な戦法なのは、間違いないからだ。だからオレ達も、ニーナをケーニヒス川に送った以外、ロッテもドグもこちらに待機させた。それが裏目に出たというわけだ」


 大質量の兵器をなるべく固め、それで相手を圧倒する。単純だし安直すぎるかもしれないが、質量差も戦力差も桁外れならば、馬鹿馬鹿しい位に正攻法であるほど強力になるものである。

 相手にとって防ぎようのない大質量なのに、それをわざわざ分散して弱める道理などないという事だ。


「だが、こちらの裏をかいたというか……どういう目論見なのかは分からんが、今回はまるでバラバラの場所に奴らは出てきた。川に出た竜以外、あの極帝破光シリウスを防げなかったって事になる」


 事実そうだった。


 そしてこちらの動揺など意に介する素振りもなく、再びティラノサウルスは、光線発射を身構えようとする。


「いけません! 皆さん、今すぐに!」


 ブランドが叫ぶ。

 同時に、重なるように放たれる「白化(アルベド)」の声。


 けれども間に合わない。


 光線が、再び破滅の輝きを齎す。

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