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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第四部 第六章「破滅の竜と竜の魔導士」
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第四部 第六章 第五話(3)『怨嗟呪死』

ラストイヤーのゴールデンウイークSP 毎日投稿3日目!



 まだ朝まだきの中なのに、中天を遥かに超える凄まじい光が、王都の空を覆い尽くした。


 ファウスト=ベリィの放った、第三の異能による、太陽の如き超巨大な炎球。


 まともに落ちれば連合軍は半壊しただろうし、それどころか王都がなくなっていたかもしれない。

 最早あれは、破滅の竜に等しい厄災攻撃であっただろう。

 だがそれは、王都にも連合軍にも、永久に落とされる事はなかった。



 イーリオ=ディザイロウ。



 霊獣王にして七代目百獣王が、六代目から受け継いだ獣王合技アンミッションストゥン百獣剣アレス・ティア〟でこれを迎撃。


 眩しすぎる光と爆発によって、擬似太陽は空中で爆散したのだった。


 やがて熱波が和らぎ、徐々に光も消えていくと、そこには晴れ間を見せる青い空だけがあった。



 太陽を消した――。



 まさに破滅から一国が――世界が救われた瞬間だった。



 ファウストの放った獣能(フィーツァー)もとんでもないものだったが、それを一撃で粉砕したイーリオこそ、信じられないと言うべきだろう。


 しかしそのイーリオはどうなったのか?

 ファウストは?


 皆が一騎打ちの場に目を向けると、そこには光の剣を掲げて立ち竦む人狼騎士と、両腕を失い、上半身を斜めに裂かれて膝をつく、神魔王狼(シンバクブワ)の人獣騎士があった。


 神魔王狼(シンバクブワ)からは、白煙が漏れ出ている。


 おそらく中のファウストも瀕死に近い状態だろう。誰がどう見ても、決着したのは一目瞭然。

 けれどもこの場において、勝利の歓喜を上げる者も、敗北の悲鳴を叫ぶ者も、誰一人としていなかった。


 しわぶき一つ起きず、風の音だけが耳朶に残る。

 静寂に息を呑む。

 耳に痛いほど、それだけが戦場を包み込んでいた。



 皆が見つめる中、宿命の二人は黙したまま。


 己とは正反対に、傷一つないディザイロウ。見上げるファウスト=ベリィの目は虚ろ。

 荒い息も、やがて小さく断続的に力をなくしていく。


 ここにおいて、何か言い残す事は? などとイーリオも尋ねない。


 思い返せば――はじまりはまさにこのメルヴィグ王都レーヴェンラントだった。


 攫われたレレケを救出するため、イーリオが貴族の屋敷へ忍び込み、そこでファウストと初めて遭遇した。それから幾度となく、剣を交えた。


 会う度に戦い、やがて両者の戦いは決着したかに思われたが、その後も幾度となく再戦している。


 だがそれも、遂に終わりを迎える時だった。


 ファウストの脳裏には、何が浮かんでいるのであろうか。


 野望という名の魔物が見せる、彼の望んだ王としての幻だろうか。それとも微かに残った在りし日の温もりの欠片だろうか。そんな安らぎが、彼にあればの話だが。

 しかし彼が見ていた幻想は、そのどれでもなかった――


「……よ。ヘ、ク……サー……よ……。オ……俺に……じゅ、術を……。まだ……だ……まだ……」


 自分が敗北した事さえ、気付いていない。

 限度を遥かに超えた獣理術(シュパイエン)の影響で、既に戦いの最中に、彼の脳は焼き切れていたのだった。


「ファウスト」


 イーリオが語りかける。


「貴方は多分、僕よりもずっと強かった。才能も技も、騎士としての何もかもが、僕は貴方に敵わなかったと思う。でも僕が勝てたのは、シャルロッタやドグ、沢山の友達や仲間達、それにディザイロウがいてくれたから。みんなが僕を支えてくれて、僕を強くしてくれたからだ」


 声は届いていない。もう、聴覚どころか目も見えていないだろう。


「でも貴方はそうじゃない。その鎧獣(ガルー)すらも、きっとどこかで信じきってなかったんだろう。誰も何も本当の意味で必要とせず、たった一人で全てを上回ろうとした。たった一人だけで、あの太陽のような力すら、手にした。凄いと思う。本当に、貴方は僕の出会った中で、最強の騎士だった。でも……だからこそ、僕は貴方に勝てたんだと思う。たった一人の孤高の天才と、大勢に支えられた僕。みんな一人で生まれて一人で死ぬのかもしれないけど、僕らは一人じゃあ駄目なんだよ。きっとそれが、僕と貴方の結末なんだ」


 白煙が強さを増す中、何に気付いたかも不明なファウスト=ベリィが、声にならぬ声を漏らしながら、首を僅かにもたげる。


 人狼の気配を察知したか。


 まるで呪いの言葉を繰り返すように、呻きながら神魔王狼(シンバクブワ)がボロボロになった牙を向けた。

 しかし鳩尾みぞおちの下まで斬り裂かれているせいで、上体を崩しその場に倒れ込んでしまう。


 喘ぎ、血を吹きこぼしながら白煙が勢いを強めた。


 そこに残ったのは、一人と一騎。

 前肢を失い体を両断されかけて事切れるヒアエノドン科の神魔王狼(シンバクブワ)と、体を斜めに裂かれ、美しかった顔を醜く歪ませたファウストの死体が、ちぐはぐに横たわるのみ。


 どこまでも孤高――。


 彼を理解し、本当の意味で彼を愛してくれた者も、きっといただろう。


 だがそれに気付かず、己の内なる魔物だけを愛でた果てに、今の彼があった。


 イーリオにとっては憎むべき相手だし、決して同じ道を歩むことのない相容れぬ存在だったのは間違いない。けれども九年前に初めて相対した時からずっと、イーリオにとっては合わせ鏡のような存在だったのだろう。


 宿命の二人とは、まさに彼らの事だった。


 その宿命が、ここに幕を閉じたのだ。


 しばし瞑目した後、イーリオは踵を返して自陣に向かい始める。


 それと同時に、ヘクサニア軍から二騎の飛竜(ワイバーン)もどきがこちらに向かって飛来してきた。


 すわ、敵討ちか? もしくは不意をついた奇襲か? と連合軍が色めき立つも、イーリオ=ディザイロウは片手を上げてこれを制する。


 事実、飛竜(ワイバーン)もどきらには敵意も攻撃の意思もなかった。

 ファウストとベリィの亡骸を抱えあげるだけで、自陣へと戻っていく。


 それを振り返りもせず、自陣へ戻ったイーリオはディザイロウの鎧化(ガルアン)を解除した。


 その瞬間――


 ここでやっと、連合の陣営から歓喜の声が轟いた。



 勝った!


 あの傷王に! 灰の王に! 


 敵の王を打ち倒した! と――。



 喜びは爆発するように、王都の中にまで広がっていく。


 イーリオは仲間に囲まれ、今すぐにでも胴上げをされそうな勢いに包まれる。

 そんな様子に謙遜の笑みを浮かべはするものの、イーリオの目の奥は、笑っていなかった。


 連合の指揮をとる軍師のブランドも同じであり、武装を解除もせず、難しい顔で何かを考えている。それに気付いたレオポルト王がブランドと共にイーリオに歩みを寄せると、一応その場で鎧化(ガルアン)は解き、その後で彼を労った。


「見事でした」

「ありがとうございます」

「……勝った、と言っていいのでしょうか」


 ブランドが言ったのは、イーリオとファウストの一騎打ちに対してではない。


 この戦争そのもの、敵の総大将である王の死で、戦いは幕引きとなったのか――。


 それをブランドは問いかけていた。


「まだでしょう」


 即答するイーリオに、ほんの少し息を呑むブランドとレオポルト。

 やはり――と考えていたが、そうでなければ良かったと思っていたのも事実だったからだ。


「ここにいるみんなをこのまま喜びで安心させてあげたい。そう思います。でも、戦いはまだはじまってもいません」

「はじまっても、いない……?」

「その気配は、もうはっきり出ています。出来ればみんなに、まだ油断しないようにと指示を出しておいてください。僕も、今の内に少しでもディザイロウを休ませますから」


 その理由は、本当の戦いがすぐそこにまで迫ってきているから――。


 そしてイーリオの言った通り、ヘクサニア軍は王が死んだにも関わらず、撤退をするどころか、大して動揺も起こしていないように静まりかえるのみ。


 最初は、それがファウストの死により打ち沈んでいるようにも見えた。

 しかしそれにしてはあまりにも静かすぎるというか、やがて連合軍にもその不気味さが伝わっていく事になる……。



 ※※※



 その光景を最初に目にしたのは、十三使徒のサイモンとエドガーだった。

 彼らが目にしたのは、主君であるファウストの亡骸であった。


 彼ら二人は、かつてイーリオに協力し旅をした事もあったのだが、それを裏切りヘクサニア側についた過去がある。軽薄な悪党そのものであり、それを何の臆面もなく自覚している。以降、ヘクサニアの十三使徒となってはや四年も経つが、未だに国へも教義へも忠義や忠誠などというものは皆無に近く、使徒の中でも最もはぐれ者な存在だと自認していた。


 そんな二人でさえ、主君である王が死んだとなれば、神妙にもなろうというもの。

 王の死体が連れ帰られた中でも、一番近い位置に彼らがいたのもあり、早々に亡骸の元へ駆け寄ったのだが――。


「何だよ……これ……」


 サイモンが絶句する。

 エドガーも声にならない。


 どんな時にも軽口を絶やさない二人なのに、吐き気を堪えるのがやっと。


 死体となった王の無惨さに声を失ったのではない。



 王と王の騎獣。


 そこに群がり音をたてる異形の姿に、二人はぞっとしたのである。



 異形とは、角獅虎(サルクス)の駆り手である爬虫類人間――竜人(ドラグーン)の事。


 その竜人(ドラグーン)が、ファウストの、そしてベリィの死骸に群がり、まるで屍肉をあさる屍肉喰らい(スカベンジャー)の如く、人と獣の死体を貪り食っていたからだった。


「何を……何をしてんだ……! このバケモノども!」


 吐き気を怒りで無理矢理抑え込み、エドガーが声を荒げて追い払おうとする。

 しかし竜人(ドラグーン)らに言葉は通じない。それをあらわすかのように、エドガーを無機的な目で一瞥した後、再び怪人達は死体へと興味を戻した。


 既にファウストの死体は多くが解体され、何故か頭部だけが、無傷なまま残された状態になっている。

 あまりにおぞましく、異様。

 誰が命じての行いなのか、それとも命じられてではなく、本能の行いなのか。


 いずれにしても王への――いや、死者への冒涜。

 ましてや王の尊厳をここまで陰惨に蹂躙する行為を前に、看過出来るはずもなかった。


 今にも鎧化(ガルアン)をして飛び掛からんとしそうな二人の剣幕に、ここでやっと竜人(ドラグーン)らは気付く。


「今すぐ退けっ! 王から離れろ!」


 が、そこに予想もせぬ方向から声がかけられる。

 エドガー、サイモン、両名の後ろから、男の声がした。


「やめておけ、二人とも」


 まさかの制止の言葉に、何より気配すら感じさせなかった声の主に、二人がびくりとなって背後を振り返った。


「あんたは……!」


 そこにいたのは、禿頭とくとうの巨漢。

 髪の毛どころか眉も何もない。体毛が全て抜け落ちたつるりとした容姿に、まるで一度も日光を浴びた事のないかのような生気の失せた皮膚はだ

 しかし体格はそれとは真逆の、筋骨逞しい隆々としたもの。


 不気味さを絵に描いたような、怪人物。



 神聖黒灰騎士団(ヘキサ・エクェス)・十三使徒の第二使徒。

 ロード・イゴーであった。



「あれを止めようとすれば、お前らも食われるぞ」


 二人の身を気遣ってのように聞こえるが、感情のない目と抑揚の失せた声からは、そうでない事がありありと浮かんでいた。


「あんた、一体今まで何処で何を……!」


 サイモンが声に怒気を滲ませた。

 当然だろう。王都攻防戦が開始されてよりずっと、ロードをはじめとした使徒の上位階者は、一度も戦線に姿を見せていなかったのだから。


 それを今更のこのこあらわれるなど、ふざけているにもほどがあると思うのは当然。ましてや王の死体を食らう化け物を放置しておけなど、決して許す事の出来ない発言だった。


 しかしここで二人は、異様なものを目にする事になる。


 ロードの出現に伴い、それに気付いた竜人(ドラグーン)灰化人(ヘクサノイド)から順に、やがて角獅虎(サルクス)ら魔獣達までもが、一斉にこうべを垂れ、恭しく跪くような恰好を取ったからである。


 それはまるで、王にかしずく家臣。


 神に対する信徒のようであった。


 使徒の上位とはいえ、こんな光景は今まで一度もなかった。サイモンとエドガーも、初めて目にする。


 そのロードは、跪く異形の群れにも興味を示さず、サイモンとエドガーの言葉にも顧みるどころか反応すらせず、淡々としたまま。


「今までご苦労だった。お前達も、王も」

「……は?」

「時間稼ぎとして、実に見事だったと言っている。アルタートゥムや月の狼(マーナガルム)まで出てきたというのに、我々が来るまでの間、素晴らしい働きをしてくれた。礼を言うぞ」

「何を……何を言ってんだ?」

「ああ、構わんさ。理解などせずとも良い。――分かる必要もない」


 発言のあまりな内容にサイモンとエドガーが激昂しかけるも、言葉の途中で変わったロードの雰囲気に、思わず反論が出来なくなってしまう。


「お前達もエポスの名前は耳にしているだろう。我々がそれだという事も。――俺ももう、ロード・イゴーではない。その必要はなくなった」


 何か、違和感があった。

 それが何かは分からない。

 しかし体と本能が告げている。もう遅いのだと――。


「俺の事はこう呼ぶがいい」


 違和感が大きくなる。

 はっきりと感じ取れるほど。


 それは違和感ではなかった。


「〝灰導天使衆(ヘクサ・アンゲロス)〟第三総長アンフェール・エポスとな」

「ヘクサ……何だって……?」


 違和感――それは、振動だった。


 二人の体が、いやこの一帯全ての大地が、徐々に揺れを大きくしているのだ。


「それともう一度言う。これは忠告だ」

「――?」

「命じられて肉ごと魂を食うのがあれの用途だが、下手に刺激をすれば、命令になくともお前らも魂を食われてしまうぞ。だから手出しなどせぬ方が良い」

「たま……しい?」

「その竜人(ドラグーン)にだ」


 後ろにあった怪人の群れに、サイモンとエドガーは視線を向ける。

 すると口周りを赤黒く血で染めた爬虫類のような人型が、二人を凝っと見つめていた。


 あまりの不気味さに、思わず声をあげそうになる二人。



「いや――ディノサウロイドに、か」



 ロードが訂正した言葉の意味。

 それが何かを問うより先に、地揺れが巨大なものへと変わっていった。


 やがて大地が裂け、激しい土砂の雨と共に、それは姿を見せる事になる。


 いくつかの場所で、同時に起きていたそれこそが――


 破滅の到来だった。

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