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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第四部 第六章「破滅の竜と竜の魔導士」
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第四部 第六章 第三話(5)『相棒論争』

 その後の作戦会議も、円滑に進んでいった。


 まず大きな点として挙げられたのが、カディス王国からの援軍と援助だった。これは教皇代理として、七代目百獣王と霊獣王の称号をイーリオに授与したシーザーから、齎された報せである。


「王都を横断するケーニヒス川は遥か先まで降れば海に繋がっております。この水路を使って物資や人員の補充をしていただけるとの事」


 カディスは宗教国家であるがアクティウム以上の海洋国家でもあり、その後ろ盾にはエール教があった。つまり大陸中の全教会勢力までが、王都のために協力を惜しまないと言っているのである。


 それに続き、新たにして強力な味方となった古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファングについても、当然ながら運用方法を決めていく事となった。


 しかしその戦力についてだが、どれほどのものなのかと尋ねても、力があまりに未来的すぎて聞いてる側が規模を理解出来ないでいた。

 結局、戦力としては未知数とするしかなく、ただそれでも一〇万の敵軍に抗しきれるのが事実である事は理解出来た。それだけでも充分以上であるのは間違いない。

 また、シャルロッタによる加護の力についても、覇賢術士団(ジークヴァイゼ)をはじめとした各国の術者との協力体制が整えられていった。より障害なく、より広範囲に〝力〟が行き渡るように、である。


 まさに万事全てが上手くいっているように見えたが――。


 ただし、不安要素もないわけではなかった。


 その中で最も全員が戦慄したのは、ロッテとレレケが見た、味方の死体から読み取ったもの。


「竜牙病……?」

「彼らヘクサニア軍の中――おそらく角獅虎(サルクス)に紛れて竜人(ドラグーン)たちも工作員的にいたのでしょう。我が軍の死体の多くから、その竜人(ドラグーン)の手によると思われる、魂が吸い取られた痕跡を見つけております」

「何のために……?」

竜人(ドラグーン)灰化人(ヘクサノイド)角獅虎(サルクス)。これらを生み出す新たな魂とするためだ。これらの異形を産み出している〝核〟は、エポスによる人造魂魄技術の応用だからな。まあ、問題は技術がどうのこうのではなく、奴らの生産能力だろう」


 レレケの後を継いで、アルタートゥムのロッテが説明する。


「エポスらは、角獅虎(サルクス)をはじめとした異形を大量かつ短期間で〝生産〟する方法を持っている。それは間違いない。つまり明日以降の戦いで敵軍を殲滅出来たとしても、すぐさま同規模かそれ以上の軍勢でまた攻めて来られる可能性があるという事だ。何せ敵は、こちらの魂を糧として軍団を増やしているのだからな。武器を奪うより容易い補充というわけだ」


 会議の席に重苦しい沈黙が流れた。


 いくら戦っても、敵の数は無尽蔵に湧き、こちらは数を減らすだけ――。

 そんな屍鬼のような敵に、どう対抗すればいいというのか。


「これについては、ボク様達アルタートゥムに考えがある。さっきのように、その手段なんぞを話したところで分かるような奴もおらんだろうから説明は省かせてもらうが、まあ何とかしてみせよう」


 神の使いともいうべき神秘的な女性騎士にそう告げられれば、誰もが黙ってしまうしかない。ただこの時、ブランドやレレケなどは、ロッテの言葉に何か含みがある事に気付いていた。

 ブランドは本日の戦の最後、敵軍の後退の不自然さからそれを推理したのであり、レレケは彼女だけが知り得る情報から、その事を察したのであった。

 この後、翌日の戦闘開始までの間に二人はその事をロッテに問い質し、彼女の口から真相を聞く事となる。


 そして会議の最後に、旗頭でもあるイーリオについての方針も定められた。

 イーリオは、自ら銀月獣士団と共に先陣に立つと言った。

 しかし総大将とも言うべき連合の旗頭が前線に立つのは如何なものかと皆が思案をしたのも当然。だがこれについては、軍師のブランドがイーリオの考えに賛意を示した事で、本人の意向通りとなる。

 立ち位置としては遊撃隊的なものとなり、これは霊獣王となったイーリオがアルタートゥム同様、その戦力が計り知れないから、という側面が一番大きかったからである。


 ところがここで、これについて意見を述べる声があがった。


 ジェジェンの代表、ジョルト・ジャルマトである。


「だったらイーリオの相棒である俺も、一緒に行動させてもらうぜ」

「……お前は話を聞いてなかったのか。ジェジェン部隊は南西部に陣を展開しろとさっき言っただろう。これだから野蛮な男は頭が悪くて困る。大体、どこの誰がイーリオの相棒だ」

「ああ?! てめえ、俺に喧嘩売ってんのか?」


 ジョルトの発言をくさしたのは、ハーラルだった。

 いついかなる時でも、この二人はいがみあってばかりなのだが、実は戦いになれば抜群の連携を取るのだから、不思議ではある。


「イーリオの相棒となれば、この余をおいて他にあるまい。何せ我々は兄弟だ。隣にいる者は余でなくてはな」

「はあ? 何ぬかしてんだ? そういうのに兄弟は関係ねえだろう」

「ん、待て待て。布陣はともかくイーリオの相棒というなら、それは俺こそ相応しいだろう。なあ、イーリオ?」


 そこに今度は、アクティウムのクリスティオ王まで割って入ってきた。


 これはまさかとイーリオが冷や汗をかきそうになった直後だった。

 ごほん、と大きな咳払いが響く。

 まとめ役であるレオポルト王だった。

 その仕草に、思わずイーリオがほっと胸を撫で下ろした。

 比較的年長者でもあり最も分別のあるこの王なら、収拾のつかなくなったこの話題を上手くまとめてくれるだろうと。


「みんな、イーリオ君が困ってるじゃないか。誰が彼の相棒かはまああれだ。それはさして重要じゃああるまい」


 ジョルトもハーラルもクリスティオも、思わずぐっと口を噤む。


「――強いて言うなら、それはやっぱりボクじゃないかな」


 しばしの沈黙の後――


「はあ?!」


 と皆が声に出したのは言うまでもなかった。


 結果、セリムやヤンに銀月団の面々や他の騎士団も含めて、自分こそがイーリオの相棒に相応しいと言い出した事で、会議はわちゃわちゃになってしまう。


 自分こそが相棒だ。何故なら自分は――と、イーリオに所縁ゆかりのある誰もが口々に言い募る。というか、ある意味ほとんど全員がそうであったが。


「こうなれば本人に決めてもらおう」


 誰が言ったかは分からないが、最終的にそういう結論となり、全てはイーリオに矛先が向けられてしまった。


「ええ……」


 イーリオからすれば心底どうでもいい事だったし、本当にそうだった。


「いやもう、別に誰でもいいんだけど……」


 ただ、どこか真剣味を帯びた視線の数々を浴びて、困ったなあと言いつつもイーリオはそんな事はもう決まっているとばかりにすんなりと答える。


「僕が自分の背中を預けられるのは、今までもこれから先も、ずっと、彼しかいないよ」


 〝イーリオの相棒〟論争に加わらなかった彼を、指す。


 オレンジの髪を乱暴に束ねた青年。

 傷だらけの顔に剽悍さが滲むだけでなく、無言の迫力を纏っている若者。


 全員が彼を見る。


 ドグ・ヴォイト。


 イーリオの最初の仲間の一人。彼の初めての相棒。そして永遠の、相棒。


 本人が言っただけではない。

 けれども、そうか彼ならばと、よく知らぬ者達まで何故か納得したのは、二人の放つ目に見えぬ絆のようなものがあったからかもしれない。




 却説(さて)――。


 会議は終われど、イーリオと話をしたい、話を聞きたいし聞いてもらいたい、そういう声は後を絶たなかった。

 けれども決戦はまだ続いているのだから、休ませてあげようとレオポルトがとりなした事で、全員が渋々ながらも己の寝所に戻っていく事となる。


 イーリオにはレオポルトの計らいで彼専用の寝室を。

 ただ、当然の様にシャルロッタも同室だよと言われて顔を真っ赤にするが、ちょっと待っての声も聞いてもらえず、ほぼ無理矢理に二人っきりにされてしまったのであった。


 いつの間にやら相棒のドグもいない。


 どうしようと途方に暮れる二人――。



 しかしそんな二人とは別に、三々五々と散っていった人の中、意を決した声を出す者もいた。


「その――ちょっといいか?」


 弟子のドリーと談笑しながら広間を後にしようとするレレケに、ジョルトが待ったと声をかけたのだ。


 自分から言いながら、何故か視線を合わそうとしないジョルトに、訝しげな顔をするレレケ。


 はっ、もしかしてこれは――と瞬時に気付いたのは年下でまだ少女とも言える年齢のドリーの方で、レレケはまるで察していない。


 あれだけ明晰で人の機微が分かるのに、いわゆる自分の事になると……という人なんですね、などとドリーが密かに呆れるのはも無理はない。

 すぐさま「あ、私ミハイロのところに行かないと」と言ってドリーが去ろうとした。そんな彼女に、レレケがそれなら私もと続こうとするが、


「大丈夫! 大丈夫ですから! ミハイロも私も!」


 と強引に師匠を置いてけぼりにする。


「何でしょう……あれ」


 きょとんとしながら、レレケがジョルトに同意を求めようとするが、その彼は表情を固く――というかどこか照れくさそうにするだけ。


「どうしましたか? 何かお話があるのでは……」

「あ、ああ……」


 再び黙った後、息を吸ってジョルトが真っ直ぐに彼女を見る。


「そのさ……四年前は悪かったよ」

「四年前? ああ、イーリオ君を助けたあの時ですか。また懐かしいですね」


 ゴート帝国の帝都で三つ首の怪物人獣と戦うイーリオの助太刀に行った時の事である。ジョルトが彼女を強引に連れ出し、一緒にイーリオと戦ったのだ。


「あの時もヤバかったけど、今度はそれ以上にヤバいよな。いや、イーリオも見違えたし、あんただって前とは違うから、そうとも限らねえか」

「違うのはジョルトさんもでしょう? お聞きしましたよ、ジェジェンで多くの民を助けた事。さすが次の大首長ジュラですね」

「いや、俺が大首長ジュラってのはないかな。そのつもりはねえよ」


 意外すぎる言葉を聞いた事で、レレケは少し驚く。彼は現・大首長(ジュラ)であるアールパードの息子だし、人を率いる能力にも秀でている。彼女から見ても、上に立つ者の器としては並々ならぬものがあったし、てっきり本人もそのつもりだと思っていたからだ。


「俺は大首長(ジュラ)ってガラじゃねえ。その事は、仲間にもずっと言ってるんだけどよ」

「そんな事……貴方ほど次の大首長(ジュラ)に相応しい人はないと思いますよ。私が保証しますから安心してくださいな」

「……その、俺にはしてえ事があるんだ」

「やりたい事、ですか?」

「俺は今まで、ずっと次の大首長(ジュラ)だなんて言われて、ロクにジェジェンから離れられなかった。けどさ、四年前、イーリオとゴートに行ってつくづく思ったんだよ。ああ、俺はもっと世界が見たいってな。俺の知らない色んな場所を、馬に乗って見てみたいって」

「旅をしたい……それがジョルトさんの願い、ですか」

「そんなところかな。で、旅の最後には見知らぬ土地で自分の居場所を一から作って、そこで暮らす。今度の事が全部終わったら、それをするつもりさ」


 思わぬ〝夢〟に多少驚きはしたものの、やがてレレケは目を細めて微笑んだ。

 まるで彼の思いに理解を示したように、仰々しい仕掛けメガネを外し、素顔で彼の剥き出しの言葉を受け止める。


「いいですね。私は好きですよ、そういうの」


 自分もずっと旅をしてきたレレケには、ジョルトの気持ちが分かる様な気がした。


 そんな彼女の言葉に、ジョルトは理解をしてくれた嬉しさもあれば、素顔の彼女を見た事もあって、思わずどぎまぎとしてしまう。


 長い睫毛。整った鼻筋。小ぶりな唇に旅慣れしてるようには見えないほど白い肌。

 芝居がかった言動と奇妙な服装がなければ、彼女は充分以上に美しいのだ。


 そして思う。


 この彼女(ひと)が白と青に宝石を散りばめたドレス(コイレク)を着れば、きっと世界一美しいんだろうな、と。


「その、さ――」


 ジョルトの頬が赤くなる。



「その俺の旅に、あんたも一緒に来てくれないか」



 周囲の物音が、不意に静まりかえったような気がした。

 実際はそうではなかったのだが、レレケですらもそんな風に思えた。


「旅のお誘い、ですか――?」


 大きく頷くジョルト。

 さすがにそこでレレケも気付いた。自分の事にはどこまでも鈍感な彼女でも。


「俺の旅って言っても、その、多分それはすげえ長い旅になると思うんだ。多分、年寄りになって足腰が立たなくなるくらいまでずっと続きそうな、そんな長い旅にさ。それを、あんたと一緒にしたいんだ。ずっと、一緒に」


 想像もしてなかった告白に、照れるも何も鳩が豆鉄砲を食らったような顔になるレレケ。


 え、いや、どうしよう。どう言えばいいの。


 そんな言葉が頭の中をぐるぐると回る。どんな時でも弁舌豊かな彼女が、何も言えなくなってしまう。


「――突然だよな。分かってる、あんたにだって都合があるしよ。……ただ、でも考えておいてくれないか。俺の話。俺はさ、冗談なんかじゃない、本気で言ってんだ。あんたとずっと、二人で旅をしたいって」


 何かを言おうとする前に被せられて、段々とレレケも気付いてくる。

 自分の心臓が脈打ってる事に。

 まるで口から飛び出しかねないほど、心音が大きくなっている事に。



「あんたを好きだから」



 あまりに真っ直ぐすぎる言葉に、レレケは顔が赤くなるのを止められなかった。


 どう言えばいいんだろう。どうすればいいんだろう。

 頭の中が真っ白になっていた。


「返事は、この戦いの後でいい。それまで、俺は待ってるよ。だからどんな事があっても、お互い生き延びようぜ」


 そう言って、拳を突き出すジョルト。

 呆然となりながら、レレケはまるで機械仕掛けのような動きで己の拳をそこに合わせた。

 触れ合う肌が、とても熱く感じられる。


「伝えたかったのは、それだけだ。じゃあな、時間を取らせちまった」


 気恥ずかしい面持ちで去っていくジョルトを、レレケは最後まで無言のまま、凝っと見つめるだけだった。


 こういう気持ちも感情も、ついぞ忘れていたし捨て去ったと思っていたのに――。


 一人ぽつねんと立ち竦むレレケ。

 やがて「ああああ……」と呻きながら、真っ赤になった己の顔を両手で押さえ、レレケは眠れぬ夜を過ごす事になってしまうのであった。



 ちなみに立ち去ったジョルトはどこか晴れ晴れとした顔をしていたのだが、実はこれをこっそり見ていたハーラルと出くわした事で、どうにもならないほど身悶えをする事になる。


 そんなニヤニヤ顔のハーラルを別の意味で見つめる視線もあったのだが、誰も彼も自分の事になると分からぬものらしい。

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