序幕〈プロローグ〉
ラストイヤー! 年末年始特別企画 毎日投稿週間 5日目!
もう打つ手がなかった。
敗軍を率いて戦場から撤退するクラウス。
彼にあるのは、傷跡より痛々しい無力感と悔しさだけ。
二万の角獅虎に攻め込まれた際にも、それと似たような悲壮感を覚えたりもした。
けれどもそれから一ヶ月半。
たったそれだけしか経っていないのに、今とは何もかもが違っていた。
敵の規模も、絶望的な状況も。
あの時敵を撃退出来たのは、連合の軍師であるブランドの奇策に加え、セリム、ヤン、クリスティオら他国からの助力があったからだ。だから奇跡とも呼べる逆転劇を実現出来た。
その彼らがいなくなったわけではない。
いや、援軍となる味方は、むしろ増えてさえいるのだ。数だけでなく戦力そのもので考えても、桁違いになっているのはむしろ自分達の方である。当然ながらその全員が、今も協力してくれていた。彼らはここにいるクラウスと同じように、一軍を率いて別の場所で戦っているはずだ。――今でも生きていれば、だが。
メルヴィグ王国最強部隊、覇獣騎士団・壱号獣隊。
その壱号獣隊の主席官にして王国筆頭騎士、総騎士長であるクラウス・フォッケンシュタイナーとこの部隊でも、為す術がなかった。
敵軍が強い、数が多い―― 一言で言えばそれだけの事。
ただし、次元が違う。
クラウスの部隊が、起伏の激しい原野を退がっていく。
そこへやおら、けたたましい咆哮が、彼らの頭上から降り注いできた。
空に翳りを齎す、飛竜三騎。
功を先走った愚か者達だろうか。
いや、あの者らに戦功を競うという思考があるのかどうか。ただ本能の赴くまま、殺戮に走っているだけだろう。
脱兎に牙を向ける猛獣の如く、こちらを狩りよい獲物だと言わんばかりに、魔獣たちが飛来からの急降下をかけてくる。
クラウスが空を睨む。
彼の纏うレオポンの鎧獣騎士〝覇雷獣〟ガルグリムが、異能の号令を発した。
「〝雷神電撃〟」
ライオンとヒョウの混合種レオポン。
そのライオンのタテガミがにわかに逆立ち、発光した。激しい明滅。
同時に、魔獣に向かって高く跳躍をかけた。
ガルグリムそのものが、光の弾丸と化す。
それは秒もない刹那。
魔獣たちに、体当たりじみた衝撃が起こった――と思った直後、彼らの視界が暗転した。
破裂する人竜たち。
何が起きたのか――。
それすら分からぬまま、飛竜たちは空中で爆散し、血肉の屑切れとなった。
ガルグリムの第二獣能。
全身の毛先から発光現象を伴う猛毒を発生させ、それを敵の体表に刺す事で相手を内部破壊させる恐るべき能力。
今のは跳躍をして体当たりをしただけだが、雷神電撃発動時には、それだけで死に至る。
角獅虎の変じた飛竜ですら、これの前には為す術もないという事。それほどまでの威力。光が雷光のようにも見え、それ故の二つ名が〝覇雷獣〟。
けれどもその覇雷獣ガルグリムですら、こうやって追い縋る敵を払い退けるのが精一杯だった。
ただ逃げるしか、方途はないのだ。
クラウス=ガルグリムが後方を振り返る。
背後に見えるのは、黒々とした壁。
地平を埋め尽くすそれは、大地に連なる長城ではない。
あの全てが敵。
かつての二万を遥かに超える大軍。倍どころの数ではない魔獣の群れが、メルヴィグ王国に侵攻をかけていた。
さすがの仮面軍師ブランドですら、出来る限りの采配をするのが精一杯。何をどう引っ繰り返しても、これを打ち破る策も手段も、皆無にしか思えなかった。
――神よ! 願わくば我らに奇跡を……!
あのクラウスをして、そう願わずにはおれないほどの圧倒的な敵の物量。
王国そのものが落とされてしまうのも、時間の問題でしかないように思えた――。




