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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第四部 第五章「天の山と星の城」
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第四部 第五章 第五話(3)『接吻』

ラストイヤー! 年末年始特別企画 毎日投稿週間 2日目!




 白い髪、白い肌をした男女不明、中性的な若者――即ちエール教の最高神エールの案内により、星の城(ステルンボルグ)の中枢ソロモンの中にある祭壇へと足を踏み入れるイーリオ達。


 外から眺めていた分には巨大な祭壇だと思えたが、近付けばそうではない事が分かった。

 祭壇のように見えたモノ自体が、この建物同様あまりの巨大さに遠近法が狂っていただけで、実際は未知の技術で作られた研究室ラボのような別室になっていたのだ。


 その中に入ると、そこは白い光で満たされた無機的にも思える空間が広がっていた。

 部屋の中央に、青白くゆらめく楕円形の光。


 目にした瞬間、イーリオが駆け出した。


 他の二人も後になって気付く。


 楕円形に見えたのは、巨大なカプセルの中。カプセルというものが分からないイーリオからすれば、巨大な未来の水槽に入れられているようにしか見えない。

 中は液体で満たされているのが分かる。



「シャルロッタ……」



 カプセルに縋り付くように体を張り付けるイーリオ。


 見慣れぬ形状の、体のラインが露わになっているような衣服を纏い、白銀の髪をした乙女が液体に浮かんでいた。


「彼女のスリープコードは既に解析済みだ。元々、彼女の外殻であるシエルを創り出したのはオプスではなく我々だからな。多少の時間を要したが、いつでも目覚めさせる事は出来る」


 エール神の言葉に、イーリオの顔色が変わった。


「じゃ、じゃあ、彼女は――シャルロッタは目を覚ますんですか?!」

「そう言っているよ」

「じゃあ――」

「ただし」


 語気を強め、エール神が片手を動かした。

 手の上で、再び映像が投影された。


「彼女の目覚めは、エポス達にも伝わる。そうすればもう時はない。ザイロウを蘇らせ、君達はエポス達との最終決戦に臨まねばならない。それは分かっているね?」


 最終決戦。


 それは文字通りの意味でそうだった。


 イーリオ達が勝たねばシャルロッタは奪われ、この世界は異世界人の好きなようにされてしまう。けれどもイーリオ達が勝利すれば、いずれこの世から鎧獣(ガルー)は消滅してしまう。

 勝っても負けても最後――。


 イーリオ、レレケ、ドグの三人は、互いに視線を合わせ、共に頷く。


「いいだろう」


 エール神が頷き、オリヴィアに指示を出す。どうやら彼女も手伝うようだ。


 カプセルに近付き、どこからどうやって出したのか、光るボタンを浮かび上がらせるとそれを操作し始めるエール神。鍵盤を叩くように押していきながら、神は話しはじめた。


「座標の巫女とは、異なる世界同士で全く同じ霊子構造を持つ存在の事。それを座標特異点、つまり異世界同士を繋ぐゲートにするのだが、彼女だけでは我々の望むゲートには出来なかった。座標の巫女であるシャルロッタの力では、ゲートとして不完全だったのだ」

「不完全?」


 レレケが尋ねる。


「簡単に言えば魂を行き来するには、不安定だという事だ。だからより強固なゲートを発生させ、それを完全に固定させる事こそ、魂の庭園という計画の最終段階に当たる。つまり〝R.O.M.L.U.S.〟とコードを付けた個体と巫女を結ばせ、子を成す事がそれだ」


 水槽の中の液体が、僅かに光を放つ。一方でオリヴィアは、別の機械を操作していた。


「子供……その子供を、世界を繋ぐゲートとやらにするという事ですか」

「そうだ。〝R.O.M.L.U.S.〟とは、我々の創り出した特殊霊子を魂魄の構成要素の中に取り入れた存在。そしてもう一つ重要なのが、特殊霊子を除く残り全ての霊子が、こちらの世界で生み出された霊子のみで出来ている事。平たく言えば、他の世界の霊子が混ざっていない、こちらの世界のみの魂である者だ」

「それが以前に言っていた、エポス達によって〝選ばれた者〟という事ですね。その〝R.O.M.L.U.S.〟との間に出来た子供なら、完全なゲートになると……」

「本来、生き物の魂が一つの世界の霊子だけで構成される事は非常に少ない。全てとは言わないが、ほとんどが複数世界の霊子の集合体なのだ。私だってそうだ」


 この場合の私とは、おそらくエール神を分身体アバターとして媒介にし会話をしている、異世界の代表者の事だろう。



「イーリオ、君がまさにそれだ」



 イーリオの両目が、大きく開かれる。


「君はどこにでもある、ごくありふれた霊子構造を持つ魂の持ち主だ。だからエポス達は、君を出来損ない呼ばわりした。彼らにとっては、座標の巫女のつがいになるのに相応しくない魂であるという意味で」

「その、イーリオ君とシャルロッタさん――いいえ、〝R.O.M.L.U.S.〟じゃない魂の持ち主と巫女が結ばれた場合、どうなるのですか?」

「どうもならない。外殻のシエルが消えない限り、巫女の座標は固定されたままだ。しかし結びつきの強さ次第では、座標が転移してしまう可能性もある」

「転移?」

「巫女ではなくなるという意味だ。生き物がつがいと強く深い結びつきを持ち、子孫を成せば、その者の魂も揺らぎ、他の霊子を取り込む場合がある。そうなればこの計画は何もかも水泡に帰す。だからエポス達はシャルロッタを強制的に眠らせたのだ。仮にイーリオが眠ってる彼女に手を出しても、座標が揺るがないように」


 純粋――という言葉が相応しいかは不明だが――な魂でない、混ざりものの魂。


 それが自分。


 これをどう受け止めればいいのか、イーリオには分からなかった。


「つまりはアレだ。どいつもこいつもシャーリー目当てで恋の鞘当てをしてるって事だろう? んで、イーリオがその本命になったもんだから、邪魔してるってだけじゃねぇの。ようは惚れた腫れたで世界の命運を決めるって事じゃんか。笑っちまうな、そんなのよ」


 相変わらずの砕け過ぎた物言いだが、ドグの言葉は正鵠を射ているように思えた。


 そうだ。

 何をもやもやする事があるんだろう。

 僕はシャルロッタを守ると誓い、彼女は僕を選んでくれた。他の誰かに〝選ばれた〟存在になる事より、自分はシャルロッタの、シャルロッタだけに〝選ばれた〟人になりたい。それがあれば、後は何もいらない――イーリオにはそう思えた。


「それにオリヴィアもエールさんも、さっきから何度も俺達に聞いてきてるけどよ、世界から鎧獣(ガルー)をなくしちまうかどうかを俺達で決めていいかどうかってのも、正直どうでもいい話だと俺は思ってるぜ」

「ドグ……」

「魂がどうたら聞かされても、ぶっちゃけ俺には分かんねえ。けどよ、これだけは分かるぜ。この世界も鎧獣(ガルー)も、エールさんたち神さんが、てめえの都合で俺らの世界をいじくった結果って事なんだろ? そもそもよ、みんなてめえの都合で世界を変えようとするもんじゃねえか。俺だってそうだ。前の自分を全部ひっくり返したくって、今の俺になった。で、それを周りの連中が受け容れるか気に食わねえかどうかってだけだろ。少なくともエポスのクソにイジくりまわされる世界は、どう考えても願い下げだっつう事だ。それでいいじゃねえか」


 その言葉に、イーリオとレレケの二人が、共に胸を衝かれる思いだった。


「そう……ですね。私もドグ君の言う通りだと思います。それにエポスを倒したからといっても、すぐに鎧獣(ガルー)が消えるわけではないですから。我々のいた証、鎧獣(ガルー)の証は残ります。それは絶対に、無駄になんかなりません」


 エール神が、彼らのやりとりを見つめながら、微笑んだ。


「そうだね。何十年、何百年かは分からないが、鎧獣(ガルー)は緩やかになくなっていくだろう。神之眼(プロヴィデンス)の発生が完全に途絶えるまでの間はそうだ。けれどもこの世界の未来は――君達の未来は君達で紡ぐべき、それが我がエール社の考えで、今まで干渉してきた事への謝罪であり償いだ」


 そしてシャルロッタとザイロウこそ、その最後の干渉にして、最後の助力であるという。


「目覚めるよ」


 エール神が告げると、液体の抜かれたカプセルが開いていく。透明の、ガラスのような部分が片方へスライドしたのだ。



 全身を濡らしたシャルロッタが、静かに息をしていた。



 おそるおそるイーリオが顔を寄せる。


 息をしているのは分かる。


 それだけでも、胸が痛く苦しくなった。



 良かった。本当に良かった――と。



 また会えた事。こうして無事を確かめられた事。



 ゴートの帝城地下で姿を消してより、この時をどれだけ待ち侘びたか。


 けれどもそれ以上に――



「シャルロッタ」



 イーリオが呼びかける。


 優しく、激しく、狂おしい静かさをたたえた声で。


 目覚めるのか。四年間、ずっと待ち続けた彼女が。


 一緒に笑い合いたい、一緒にご飯を食べたい、一緒に過ごしたい。それだけの事を、どれだけ想い続けたか。



「シャルロッタ」



 長い睫毛。微かに動く。


 瞼が、震えていた。



「シャルロッタ……!」



 彼女の頬に、手を伸ばす。

 閉じていた両の目が、ゆっくりと弱々しく、開いていった。



「イー……リオ……?」


「そうだよ。僕だよ」


「イーリオ……」


「うん」


「会いに……来て……くれたんだね……」


「ああ。君に会いに、ここまで来た。だって約束したじゃないか。僕が君を、ずっと守るって」


「嬉しい」


 彼女の目が、細められた。


 涙を零しながら、これ以上ない喜びの笑顔で。




「大好きだよ、シャルロッタ」


「あたしも。大好き」




 そう言ってどちらともなく、二人は唇を重ねた。


 周りなど何も見えていない。


 ここが宇宙空間の衛生基地だろうと関係ない。今この瞬間、この一時だけは、世界は二人だけのものだった。



 長いのか短いのか本人達には分からないが、口付けを離した後で固く抱き合う二人を見ながら、ドグがおもむろに「あ~ゴホンゴホン」とわざとらしすぎる咳払いを出す。


 それが聞こえた二人が、思わず互いの体を離した。


「気持ちは分かる。分かるぜ。まあでも、先に色々としなくちゃいけねえんじゃないのかなぁ?」


 半目にした顔でドグが睨むと、イーリオ達二人は、顔を真っ赤にして俯いた。その様子がどうにも初々しく、思わずレレケなどは「やだ可愛い」と呟いていた。


「そうだね。感動のところ悪いが、すぐにザイロウの復活を行わなければならないね」


 エールがにこやかな顔のまま告げた。


「正しくは復活でもなければ再生でもない。少々、複雑な話でね。シャルロッタを先に目覚めさせたのも、それが理由だ」

「どういう事ですか? オリヴィアさんも同じような事を言ってましたが……」

「通常の鎧獣(ガルー)は、神之眼(プロヴィデンス)を核として同じ生体情報を呼び出す事で新たに再生させるものだろう? けれども罪狼(ウルフ・オブ・シン)のデッドコピーであるザイロウは、同じ再生工程が取れない。そもそもあれは、コピー体である以上、罪狼(ウルフ・オブ・シン)そのものではないからだ」


 そこまでは、イーリオも既に説明を受けている。


 だとしたらどうするのか。新たに別のザイロウを生み出すというのか。そうイーリオが問うと、エールは複雑な顔をした。


「新たに――と言えば新たにだが、本当の意味で新たにかどうかは難しくてね」

「……?」

「ザイロウではあるがザイロウではないザイロウと言えばいいか」

「よく……分からないのですが」

「この場合、再生を不可能にしているのは、ザイロウの魂魄が消失している事にある」

「え……」

「ザイロウの神之眼(プロヴィデンス)は、魂魄をストックしておくようには出来ていない。だから肉体を再生出来ても、そもそも魂魄が霊子単位に分解されている以上、どうにもならないのだ」

「じゃあ――」

「だからシャルロッタ、座標の巫女に協力してもらうんだよ」


 ずっと眠りの中にいたから、話がまるで分からないはずの彼女なのに、何故だか全てを把握しているかのような表情で頷いた。



「彼女の力を使い、多層世界マルチバースを横断した霊子の収集を行う」



「霊子の、収集?」

多層世界マルチバースのありとあらゆるザイロウから、その霊子を少しづつ集めるんだ。多層世界マルチバースとは、無限に膨れ上がる世界だ。ザイロウが生きている平行世界もあれば、同じように死んでいる世界もある。だがそのどれもが様々で少しづつ、または大きく異なっている。それらの平行世界からほんの少しづつザイロウの霊子をかき集めれば、理論上、ザイロウの記憶と経験、その力も持った、同じでありながら新しいザイロウを生み出せるというわけだ」

「同じ……だけど違う……?」

「構成する全ては完全にザイロウそのもの。何せザイロウそのものからザイロウそのものを生み出すのだからな。けれどもイーリオ君、君の知っているザイロウとは全く異なるザイロウでもある。君の知っているザイロウそのものでもあり、君の知っているザイロウとは違う、というわけだ」


 どうにも理解し難かった。

 レレケですら、話が呑み込めたとは言い難いと思えた。


「それにもう一つ」

「まだ――他に何か」

「同じ構成霊子で魂魄は作っても、そのままのザイロウではエポスと破滅の竜は止められない」

「勝てない……という意味ですか?」

「そうだ。だから新たなザイロウは、罪狼(ウルフ・オブ・シン)のデッドコピーではなく、全くの別種の存在になってもらう」

「新たな……別種?」

罪狼(ウルフ・オブ・シン)の能力を完全に受け継ぎながら、それを超える存在という事だ」

「神の力を超える、ですか?」

「まあ色々と考えるのは、復活した後でいいだろう。まずは復活をさせる事、それからだ」


 確かにその通りだが、いまいち状況が掴めないでいた。


 果たしてこれからあらわれるザイロウを、どう迎えればいいのだろう。

 やっと会えた、なのか。それとも初めまして、なのか――。


 エール神がシャルロッタに指示を出すと、彼女は心得たとばかりに祈るような仕草をした。


 すると、彼女の額に七色プリズムの光――神之眼(プロヴィデンス)が輝き出す。


 やがて部屋の壁が突如静かな音と共に開かれると、そこにはシャルロッタが眠っていたものの三倍はありそうな容積の水槽があった。


「復活はそのものは鎧獣(ガルー)の再生と違い、すぐに終わる。お膳立ては、全て整えていたからな」


 すぐに再生されるというのも、あまりに現実味がなさすぎてイーリオにはピンときていない。


 シャルロッタの光が巨大水槽に注がれると、水槽の液体が大きく、そして激しく泡立ちはじめていった。

 無数の気泡と共に、液体の色が明滅を繰り返す。


 激しい泡立ちは液体を気化させるように泡だけとなっていき、水槽の中を混沌とさせていく。


 それはまるで生命の揺り籠のようで――


 激しさと静けさと、清らかさと混濁と、聖なるものと俗なるもの、その相反するそれらが一つに融け合おうとしているように思えた。


 やがてシャルロッタが、苦しげに体を前のめりに折っていく。


「シャルロッタ――」


 すぐさま駆け寄るイーリオ。

 「大丈夫」と告げる彼女の額からは、既に光は消えていた。



神之眼(プロヴィデンス)星の城(ステルンボルグ)に情報を送るための端末であるが、魂魄を閉じ込める装置でもある。だがシャルロッタのそれは、通常の神之眼(プロヴィデンス)とは異なり、情報収集端末としての機能はない。その代わりに魂の外殻〝シエル〟をその中に封じ込めている。言わば彼女の神之眼(プロヴィデンス)は、シエルそのものでもある」


 エール神の言葉に、イーリオはシャルロッタの額を改めて見つめた。

 ザイロウに力を与え、自分に奇跡を引き起こしてきた彼女の光。

 それは彼女の魂を閉じ込めるもう一つの魂そのもの――。


「それが星の城(ステルンボルグ)と繋がり、彼女の力となる、ましてやここはその星の城(ステルンボルグ)の中。中継を介さずに起こす座標の力があれば、霊子収束も難しくはない」


 泡が吹きこぼれていった。


 しかし外に出ると同時に、泡は蒸発して消えていく。


 何かの気配が、した。



 遂にこの時が――



 ザイロウと再び会えるのか。

 それともそこにいるのはザイロウなのか。


 不安と期待で身を強張らせるイーリオ。


 水槽から、輪郭シルエットが浮かび上がる――。

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