第四部 第五章 第五話(1)『星城』
それは遠い記憶?
それともいつか見た幻?
イーリオは今まで、様々な夢を見てきた。
シャルロッタと会って、ザイロウの騎士となって。それから幾度となく、夢を見た事があった。
どこか遠い世界のような出来事。
シャルロッタそっくりの少女が二人いて、その一人は眠り、もう一人と約束を交わす夢。
遥か過去、自分は古代超帝国皇帝のロムルスになったような夢。
そしてどこか遠い世界、遠い国のひと時。幸せな両親に囲まれて、笑いながら食事をしている少年の自分。
――どうしてそんなものを思い出したのだろう。
夢から醒めた、その直後からずっと忘れていたはずなのに。今更どうしてそんな記憶が蘇ったのか。
古獣覇王牙団のオリヴィアは言った。
「体を作り変えたと言ったな。今のお前には異世界からの超科学の技術が、僅かばかりだが反映されている。おそらくその副作用だろう。お前の魂が、様々な世界の記憶の欠片を、お前に見せているんだ」
とするとこの夢は全部、自分が生まれる前の色々な前世の記憶というものなのか。そう思うと、何故だかイーリオの胸は熱くなった。
苦しさや激しさに満ちた記憶もあれば、暖かで優しい記憶もある。
そのどれもが、異世界からの介入などを望んでない事ぐらい、イーリオにだって分かった。
正直、まだ迷いはあった。
固く決意したし、それは揺るぎないものだけど、やはりこの世界が鎧獣と共にあったのは事実なのだ。だから鎧獣がこの世からいなくなるとなれば、心に重荷を背負うような気持ちにならざるを得ない。
そんな迷いを感じていたのは、レレケとドグも同じであろう。言葉にはしなくとも、イーリオには分かった。
だが時は戻らないし、もう引き返せない道に踏み出している。いや、道ではなく引き返せない空を飛んでいるというべきだろうか。
人工の超巨大鳥〝天の山〟で運ばれるイーリオ達三人とアルタートゥムのオリヴィアは、既に宇宙空間に来ていた。
この世界の人間としては、初めて宇宙へ来た人類となるであろう。ただしこの〝事実〟が、歴史書に記される事はなかったが。
それもそうだろう。まだ飛行機すらもない未開時代なのに、異世界の超技術で宇宙に行ったなどと記しても、誰がそれを信じるというのか。あまりに突拍子がなさすぎて、絵空事と笑われるのがオチだ。
だが現に彼らは来ている。
地球の軌道上に浮かぶ七二基の衛星軌道基地〝星の城〟に向かうため、広大な宇宙空間に。
今、彼らは、天の山の制御室に集まっていた。
前面には巨大な映像が映し出され、深い暗闇の中で砂子のように輝く星屑が瞬いている。
「これが、宇宙……。あの空の向こうは、こんな風に夜空だけになってるのか……」
地球が丸い事、宇宙とはどういうものであるかなど、説明をしていたら理解をしてもらうだけでどれだけの日数がいるか分からない。だから詳細は省き、端的にレレケが説明をする。とはいえ、レレケとて〝借り受け〟た知識で喋っているにすぎず、口にしながらも驚きは隠せなかった。
やがて宇宙空間に、いく筋もの光の線が見えた。
あれは特殊な物質で出来たワイヤー状の係留器具だそうで、それが七二基の衛星を繋いでいるらしい。
「元々、エポスもオレ達アルタートゥムも、敵対していたわけではなかった。まだエール神とオプス神が道を違えていなかった頃、オレ達も互いに協力してこの軌道衛星を建築したんだ。技術や資材、建築方法そのものは、煉獄の崩落の直前にこの世界にあった科学施設などを利用させてもらってな」
更に言えば、エポスやアルタートゥムら人造魂魄も、もっと多くの数がこちらの世界に投入されていたという。しかしオプス神がエール神と袂を分かった際に大きな争いがあり、大半の人造魂魄が消失したのだという。
そもそも人造魂魄の原理を大雑把に言えば、魂の核となる部分のみを異世界に送り、それに周囲の霊子を結合させて創るものである。だから多層世界を渡っても霊子の均衡を崩す事にはならない。
そして僅かに生き残った人造魂魄が今のアルタートゥムとエポスで、この膠着とも呼べる状態が千年も続いているというわけであった。
「あれが星の城の中央基地ソロモンだ」
最初は、他の星屑よりも大きいだけの光に見えた。だが近づくたびに分かってくる巨大さに、段々と三人は口数が少なくなっていく。
周囲が真っ暗闇の宇宙空間なだけに彼我の距離は分からない。だが説明によれば、まだまだかなりの距離があるらしい。にも関わらず、それは今まで目にしたどの建築物、いや、山よりも大きな〝かたまり〟に見えた。
全体を形容するなら、底がすり鉢状に曲線を描いた上に、いくつもの尖塔が軒を連ねる巨城とでも言うべきだろうか。
全体の下三分の一が巨岩で、その上に城が建てられていると言われると、そのように見えなくもない。そんな外観。
その巨城から、いくつものワイヤーが伸びている。それらは全て、眼下に広がる地上――つまりは地球を覆う形で浮遊している七二基の軌道衛星と接続しているのだという。
やがて山よりも巨大な天の山という巨鳥すら豆粒になるほど超巨大な城――ソロモンが間近に迫り、遂にその中へと入っていった。
それはさながら、光の奔流の中へと飛び込んでいくかのようで、美しくも信じられないような奇景に、三人は目を奪われて声も出なかった。
イーリオ達三人からすれば、どれだけこれが科学の行き着く先の姿だと教えられても、そんな風に呑み込んで納得など出来ない。目の前の景色を形容する言葉さえ浮かばず、ただただ神々の世界に足を踏み入れたとしか思えなかった。
「着いたぞ」
着地した際の振動すら感じず、オリヴィアの言葉で到着を教えられる。
だが天の山を降りる前に、イーリオはある事が気になって彼女に質問をした。
「ところでその……アルアートゥムのもうお二方はどうされたんですか? ずっと姿が見えないんですけど……」
イーリオが尋ねたのはアルタートゥムの二人、ロッテとニーナの事だった。
確かに最終試練の後から、彼女らの姿は一度も目にしていない。
「あの二人には別行動を取ってもらった」
「別行動?」
「地上の動きが活発になっているからな。ザイロウの復活も重要だが、その前にエポスらの手でこのソロモンに繋がる〝回廊〟が抑えられたら意味がなくなってしまう。だからその牽制に向かってもらったのさ」
ようはイーリオ達に先んじて、地上に降りたというのだ。
空を飛ぶ巨鳥からどうやって降りたのかは分からなかったが、おそらく説明を聞いたところで自分では分かりもしないだろうと思い、イーリオはなるほどと頷いて返事をするだけ。
そんな会話もそこそこに、オリヴィアの案内で天の山から降り、いよいよ神々の聖地に足を踏み入れる一同。しかしイーリオ達の緊張などまるで一顧だにせず、オリヴィアは黙々と順路に沿って先導していく。
天の山でも驚いたが、この星の城・ソロモンの内観は、尚一層形容し難い神秘的なものだった。
無機的でありながら有機的にも感じられる景色に、レレケはもとよりイーリオとてその全ての説明を聞いてみたくなる。けれどもオリヴィアは内部の説明など一切行わず、そもそもそれを尋ねていい雰囲気すら一切感じさせなかった。途中、レレケがたまらず道行きの景色を指してこれは何の施設なのかと尋ねるも、そんな事を一々聞いている暇はないぞと、にべもない言葉が返ってくるだけだった。
だが何も尋ねる事が出来ないまま黙って着いていった矢先、不意にオリヴィアが聞いてもいないのに説明をはじめた。
「ここはそもそも、人間が住むための居住施設などではない。この巨大な建造物全体が、大掛かりな量子コンピューティングを超えた多次元コンピューティングシステム、霊子コンピューターの集合体だ」
「霊子コンピューター?」
「それの大規模集合機器だ。もっと小型化出来てもいいのだが、多層世界との折り合いでここまで大掛かりなものになってしまった。だからどの場所がどうというわけではなく、ここにあるどれもこれも、全部がコンピューター。オレ達は今、その回路の中を歩いているというわけさ」
コンピューターというものについては、レレケだけしか分からない概念だったが、とにかく凄い機械なんだという事だけは、イーリオにも何となく伝わってきた。
「じゃあ、ここは人間が住むようには出来てないという事ですか……?」
「そうなるな。少なくともこんな所で十年二十年と住みたいとは思わん」
「では、ここに住まうエール神は、やはり人間離れした存在という事でしょうか?」
神と呼ばれる存在が、こことは別の世界――異世界の人間だという事は、既に聞いている。
異世界ならば同じ人間でも違う〝人間〟になっているのか。そう聞けば、そこは全く同じ〝人間〟らしい。だが同じ人間であるにも関わらず、人の住めぬような場所に住み続けているのは、やはり何か根本的に異なるのではないのかと勘繰ってしまう。
確かに途方もない科学技術を有し、知識も含めた全てが、文字通り別世界にいる存在ではあるのは分かっている。けれども根本的な何かが違うのならば、果たして話が通じる相手なのか。理解も共感も得られるものか、どうしても不安が膨らむのは当然かもしれなかった。
「人間離れというか、神は人間ではあるがエール神をはじめとした神々は、人間とは違う。いや、神々自体が人間であり人間でないモノだ」
「どういう意味でしょうか……?」
「それも会えば分かる。――着いたぞ」
いくつかの回廊を過ぎ、光と闇が乱舞する、幻想的な輪の中を潜り抜けた先。
目の前に突如広がるのは、遠く高い、果ての見えない天井。そこから光の柱が伸び、未知の神殿のような、それとも光が物質化したような荘厳な祭壇に見える何かが広がっていた。
広さ、面積はいかほどだろうか。星の城自体が桁外れの巨大さなだけに、規模がまるで掴めなかったが、少なくとも目の前の祭壇は今まで目にしたどの城、どの宗教施設、どの建築物の内装よりも、広大で壮大で雄大だった。
その祭壇の中央に、人がいる。
祭壇があまりに巨大なため、遠近法が狂って距離感が掴めないが、景色の中で馴染まないシミのように、確かにその人はいた。
近付くと容姿がはっきりとしてくる。
男性のようだがどこか女性的と言おうか、中性的な見た目をしている。
年齢は若い。二十代か多く見積もっても三十代前半がいいところに見えた。
白い髪、白い肌。華奢だが長身で、イーリオよりも大きい。おそらくカイゼルンぐらいの背丈はあるだろう。
目を引いたのは衣服だった。
純白の貫頭衣を纏っているが、何やら幾何学模様が明滅していた。光を放つ衣服など見た事もないが、何故だかそれが、とても馴染んでいる。
顔つきは柔和で、穏やかそうな瞳をしていた。その色彩は金色。瞳と同じような表情で、優しげな笑みを浮かべている。
同時に、三人ともが口に出さずにこう思う。
――これが、神……?
「こちらの……方は……?」
イーリオが怪訝な声で尋ねる。
目の前の人物には、確かに浮世離れした高貴さはあったし、遥か未来や異世界の住人だと言われたらそうだろうと納得をさせる雰囲気があった。けれども外見上の若さだけではなく、その優しげな面差しもあってか、どう見ても〝神〟には見えない。少なくともそういった神々しさとは真逆の存在に思えた。
「ようこそ、皆さん。私はこのソロモンを統べる、エールです」
若者から見た目通りの声がした。
爽やかで清涼感のある響き。耳障りよく、聞く者に安心を与える。
だからこそ余計に、神らしさは微塵もなかった。
「貴方が……最高神エール……?」
一言で言えば好青年、または感じの良い淑女、だろうか。
ありきたり――と言えばそうだが、せめて腰まで届きそうな長く白い髭をした威厳溢れる老人の姿であれば、それらしいと感じたに違いない。
「おや? その反応は想像と違った、といったところかな? やはり老魔術師のような姿の方が良かったかなぁ」
言うや否や、目の前のエール神の姿が、一瞬で白髭の老人のものに変わっていた。
あまりの突然の事に、イーリオ達は呆気に取られて言葉も出ない。
「それともヴィクトリア女王のような方がいいかな?」
今度は絢爛豪奢なドレスを翻す、絵に描いたような女王へと身を変じる。
これは幻なのか? 手品なのようなもの?
それともこれもまた超科学の一端とでも言うのか。
「エール様、姿形はあまり関係ないでしょう」
とりとめないような七変化に、オリヴィアが無感情な声で待ったをかける。
「そうだね。ちょっと戯れが過ぎたようだ」
その呟きと共に、再び元の若者の姿に戻るエール神。
会った直後にその力の片鱗を見せ付けられた形となり、完全に気勢を削がれるイーリオ達三人。
間違いない。
威厳を感じさせない風貌だろうが柔らかな物腰だろうが、この人間離れしすぎた感覚。不思議な力で姿を変じた事ではない。それもそうだが、そんな己の行いをただの戯れと言い切れるこの存在は、紛れもなく人間とは異なる。
この人こそ、〝神〟だと確信した。
「――却説、遂にここまで辿り着いたね、イーリオ・ヴェクセルバルグ君」
柔和な笑みを、エール神はイーリオに向けた。
「ここに――ここに彼女は――シャルロッタはいるんですね」
「ああ。眠っている」
「会わせていただけないでしょうか」
「勿論――と言いたいところだけど、先に私から、君やそこの二人に尋ねたい事がある」
神からの質問。意識せずとも、体が強張る。
「……何でしょうか」
「オリヴィア達からの最終試練で既に聞いていると思うが、あえてもう一度尋ねたい。君達は本当に、鎧獣のいなくなる世界でいいんだね? 鎧獣と共にこの世界のあらゆる文明は築かれてきた。だがそれを、君達は君達の信念と決意で、消してしまう。それがどれだけ純粋な思いであっても、世界にとって君達は破壊者となってしまうだろう。それでもいいんだね?」
やはりそうきたか――。
エール神からの問いかけに、イーリオの心は分かっていても揺さぶれてしまう。
ここに来るまでの間に、覚悟はとうに出来ている。
いや、出来ているつもりだった。出来てはいても、後悔しないわけではないし、むしろ後悔しかしていない。
「僕は――」
改めて突きつけられると、尚の事心にのしかかるものがあった。
世界を破壊する者――。
そうだ。自分達こそ世界を壊す者なのだ。
己に都合良く、他のあらゆる生命の尊厳を踏み躙るものであっても、エポス達は今の世界を進めて〝創り出す〟創造者。対して自分達の為さんとしている事は、今の世界を否定する行為なのだ。
「僕の覚悟は――」
善悪で言えば自分達こそ悪なのかもしれない。
けれども。
「覚悟なんて、出来てないです」
ここにきて何を――そう言わんばかりに、レレケとドグの二人が思わずイーリオを見つめた。
「でも、僕は言ったんです。彼女に。僕が君を守るって。絶対に守るって。それにはザイロウが必要だし、ザイロウなしで守る事なんて出来ない。だから僕には、何があっても彼女とザイロウがなくちゃ駄目なんです」
「成る程。よく分かったよ。オリヴィア達がどうして君らを選んだのか。君がどうして、ザイロウに選ばれて、神からは選ばれなかったのかが」
どうやら納得してもらえる返事だったと、イーリオは胸を撫で下ろす。
ただレレケだけは、今のエール神の発言に強い違和感を覚えていた。
彼女だけが気付いた、無視出来ぬ一言。
神だろうと何であろうと、己の意思のまま、レレケは躊躇わずに問いかけた。
「少し――よろしいですか? 今、エール様は〝神からは選ばれなかった〟と仰いました。貴方はこの世界を創造した神々の頂点、最高神であるのに、まるでご自身では関与出来ない神がいるかのような言い方です。いえ、ご自身が神ではない――とも聞こえます。それにオリヴィア様もここに来る前に仰いました。エール様は神ではあるが神ではない、人であるが人ではない、と。――エール様、一体、貴方はどういう存在なのでしょうか? 私達はオリヴィア様やエール様を信じ、全てを委ねようとここに来ています。けれども本当に信じられると思って、よろしいのでしょうか?」
不遜だし不敬。
いや、神に対してあるまじき発言だろう。
だが正体を知ろうと知るまいと、レレケの探究する思いは、そんな事にひれ伏したりはしない。神であろうとも己と相手は対等だ、などと思っているわけでもない。ただ違和感を違和感のまま見過ごす真似は出来ない。それだけだった。
「ふむ。さすがはここに来るのに相応しい一人だ。察しがいい」
エール神は笑顔のまま、踵を返した。
「みんな、こちらに来なさい」
導かれるまま、より祭壇の近くへと歩み寄っていく。
そこでエール神が、宙に向かって片手を動かした。空中に、後ろが透けた四角い窓が浮かび上がる。
窓の中には、映像が映っていた。映像にあるのは、文字。
YELL
その文字の一つが急激に拡大されると、建造物のような絵に変わっていく。
「これが、私だ」
「建物……何かの施設、ですか……?」
レレケの脳裏に、ある閃きが浮かび上がる。
「この星の城は、地球を全周する巨大なコンピューターだと聞いています。もしかしてエール様、貴方はこの星の城と同じコンピューターのような存在……? いえ、AIやプログラムのようなもの……ですか?」
だから先ほど、一瞬で己の姿を老人にも女性にも変化出来たのか。
けれどもエール神は、微笑みながら「違うよ」と否定する。
「私はコンピューターではないしプログラムでもない。ちゃんとした人間だ」
「一体……どういう……」
「正しくは、人間〝たち〟だ」
「――?」
「エールとは個人の名前ではない。先ほど見せたYELLの文字はロゴタイプ。私は一人ではなく数万人規模の人間の集合体なんだよ」
映像の文字がもう一度浮かぶ。ただし今度は、文字の後ろに三文字を増やして。
YELL Inc.
「エールとは、エール・インコーポレイティッドの事。つまりは世界規模の超巨大企業。それがエールだ」
「企業……? 会社……? で、では巨大企業そのものが、エール神だと――?」
「そうだ。今話している〝私〟は、その内のワンセクションの取締役をしている人間だ。だから対話相手の〝私〟は個人だが、エールそのものは夥しい数の人間が運営する巨大組織そのものだと捉えてくれていい。そして〝私〟には、この事業における全権限を任されているから、私の発言はエールの総意だと判断して構わないよ」
まだ完全には理解が追いついてないが、それでもレレケの中で思考が結びつく。
「そうか……異世界の人間をこちらの世界に転生させる〝魂の庭園〟計画……。アルタートゥムのロッテ様はそれを事業だと言ってましたが、そういう事だったんですね。エールという巨大企業が運営する世界規模の事業……」
「ああ。神話に出るバールやアナトという神々も、エール・グループ傘下の子会社の名称だ。そしてオプスもその一つだったが、独立しライバルグループとなって我が社と敵対している、というわけだよ」
オリヴィアが神とは人間ではあるが人間ではないと言ったのは、そういう訳だったかとレレケはやっと理解する。
ちなみに先ほど姿形を変えたのもそうだが、今目の前にいる姿は分身であり、本人そのものではないとの事だった。
だから老若男女を自在に変化出来たし、逆に言えば会う時期がずれると、中の人間が異なる可能性もあったのだという。
却説、レレケだけが理解出来た状態でイーリオとドグは何を言っているのやら置いてけぼりだったが、ここでレレケが二人にも分かるように、要点をかいつまんで説明をする。
「ようは商人のでけえ集まりが最高神サマってわけだ。で、俺達この世界の人間は、その商売道具にされてたって事だろう」
身も蓋もないドグのまとめ方だが、的は射ている。というより、あけすけとはいえ正解そのものだった。
「それについては、自分達を弁護する気はない。君達からすれば、私もオプス同様に憎むべき存在と言ってもいいだろう。もし謝罪を求めるのなら、謝りもする」
慇懃無礼というか、物腰は柔らかいのに人間的な思いやりのないところは、まさに天上の神々のようだとイーリオは思ったが、レレケからすればこれは典型的な企業の対応そのものだなと感じられた。
「では、聞かせてもらってもよろしいでしょうか? どうしてエール様は、貴方がた神々が尽力されてきた魂の庭園を放棄し、私達に協力なされようとするのか。それは単に、オプスという敵対企業に対する攻撃だけが理由なのでしょうか」
「いや、そうではないよ。その順番は逆で、我々が計画そのものの見直しを決定したから、オプスは袂をわかったんだ。その理由は我々の世界にある」
「異世界の?」
「そうだ。我々の世界――君達からすれば異世界だが――そこで霊子理論が普及し、異世界観測も世界中にかなり広まった結果、我々の計画も外部に漏れてしまってね。それで世論の反発に会い、我々は計画を見直し――というより計画破棄せざるを得なくなったというのが真実なんだよ」
世界が異なるなど関係ない!
生命以上の存在である魂を弄ぶべきではない!
そういった声に圧され、異世界をあるべき姿に戻そうとした。
だがそれを、計画の大きな部分を占めていたオプスが良しとせずに反発。独自に、そして密かに計画を続行をしたのだ。
エール神はそれを止めるために、今こうしているのだという。
「よく分かんねえけどさ、その魂なんちゃらの計画ってのは、はい止めた、って出来ねえもんなの? シャーリーがその中心だってんなら、シャーリーからその力みてえなもんを奪っちまえばいいだけなんじゃないの? あんたら神様なら、それぐらいは出来そうだと思うけどな」
噛み砕いた、というより砕きすぎた言い方だが、ドグの疑問はまさにというべきだろう。
エール神は苦笑を口の端に浮かべつつ、口を開く。
「座標特異点である彼女から力を奪えないのは、そのキーをオプス側が持っているからだ。それだけじゃなく、そもそもイーリオ君とシャルロッタ、どうしてこの二人なのか。これはそういう話でもあるんだよ」
最後の謎。
イーリオ。
シャルロッタ。
ザイロウ。
この運命の繋がりが、神の口からいよいよ語られようとしていた。




