表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第四部 第五章「天の山と星の城」
647/743

第四部 第五章 第二話(2)『最終試練』

 そこは何もない、ただの殺風景なだけの部屋だった。

 ところがその中に足を踏み入れてほんの数秒後――。


 突如四方の壁が明滅して色を激しく変えていく。

 かと思えば、気付けばそこは部屋ではなく、広大な平野に変わっていた。


「……?! 何? これ、どういう……」


 イーリオが呆気に取られていると、彼を部屋に(いざな)ったオリヴィアが告げる。


「安心しろ。ここはさっきの部屋だ。これは、言ってみれば幻のようなものをお前に見せてるだけに過ぎない。だが現実にお前は、だだっ広い平原にいるのと全く同じだと〝体験〟しているがな」

「幻……? これもその……科学の力なんですか? 魔法か何かではなく?」

「まあ行き過ぎた科学は魔法と変わらんともいうし、お前にとっては魔法だと捉えても別に構わん。それより、ここに来た理由だな」


 対峙しているのはイーリオとオリヴィアの二人だけ。


 アルタートゥムの団長であるオリヴィアが最終試練を行うと言って、ドグを含むイーリオ達三人は、それぞれ別々の試練を受ける事になったのだ。


 イーリオは団長のオリヴィアと。


 レレケはロッテと。


 ドグはニーナと。


 三人が三様、個別の試練を受けるのだという。

 そしてイーリオは、この平野に変わった謎の空間に連れてこられたというわけだった。


「さっきも言ったが〝罪狼(ウルフ・オブ・シン)〟はロムルスの駆るL.E.C.T.(レクト)であり、新たなロムルスこそが、次の駆り手となるはずだった。だがお前は、ロムルスにはなれない。つまりロムルスを継ぐ者ではなく、〝ロムルスに代わる者〟となる。だからお前には、その〝代わる者〟に相応しいかどうかを、今から試させてもらう」

「ちょ……ちょっと待ってください。それより先に聞きたいことがあります」

「何だ」

「貴女がたはさっきからザイロウは模造品だとか元のザイロウは、その、月の狼(マーナガルム)――罪狼(ウルフ・オブ・シン)だとか言ってますが、それってつまりザイロウそのものではないんでしょう? 本当にザイロウは再生してもらえるんですか? この試練に合格すれば。――貴女はさっき、僕の考える再生とは違うって言いましたけど、それはザイロウではなく、その月の狼(マーナガルム)を蘇らせるとか、そういう意味で言ってるんじゃないんですか?」

「もしそうだとしたらどうする?」

「でしたら――でしたらお断りします。僕は力を手に入れたいんじゃない。ザイロウともう一度会いたいんです。力とか月の狼(マーナガルム)とかロムルスに代わるとか、そんなものはどうでもいいです」


 真剣な眼差しのイーリオを少々面食らったような目つきで眺めた後、オリヴィアは薄く笑って返した。


「安心しろ、ザイロウはザイロウだ。月の狼(マーナガルム)を蘇らせるなどといった、そういう話ではない。だが――お前達が想像する神之眼(プロヴィデンス)からの鎧獣(ガルー)の再生とは、根本的に異なるものになるという事だ」


 戸惑うイーリオを前に、オリヴィアがほくそ笑む。


「用意しろ」

「え?」

「身構えるんだ。どちらにしろ、この試練を通過しなければ、再生も何もない。巫女にも、永遠に会う事は出来んぞ」


 疑問は尽きなかったが、試練というのなら彼女の言う通りでもあった。何よりも、ここで引き下がるという選択肢が、イーリオにあるはずがなかった。


「頭の中で想像しろ。今からザイロウを鎧化(ガルアン)するのだと」


 どういう意味なのかまるで分からない。しかし言われた通り、今まで数限りなく行ってきた鎧化(ガルアン)の感覚を、脳裏に思い描く。


 背後にザイロウがいるのだと、固く念じて――



白化(アルベド)



 知らず内に、言葉が口をついて出ていた。

 同時に、自身の体にあの感覚が蘇る。


 全身を包み込む、柔らかなようで激しい漲る力のようなもの。体が浮かび上がったかと思えば、己の四肢に人体にはなかった迸るエネルギー(エネルゲア)を感じる。

 開いた視界は、いつものそれとは大きく異なり、遠く見渡せるようになっていた……。


 驚き、自分の全身を見るイーリオ。


「これ……!」


 白銀の体毛に、銀の鎧。頭部も触ってみるが間違いない。



 自分は今、鎧獣騎士(ガルーリッター)の〝ザイロウ〟になっている。



「驚くのも無理はないが、それは本物と全く同じではあるが本物ではない。この部屋と同じ、擬似体験している仮想の現実だ。本当の現実空間では、お前は部屋に入ってただ棒立ちになっているだけに過ぎん」

「え……?」

「まあお前の中で本物と同じだと認識していたら、それでいい」


 その後、オリヴィアもその場で白化(アルベド)と言い放つ。

 すると彼女の全身を白煙ではなく幾何学的な模様が浮かんだかと思えば、その身もイーリオ同様鎧獣騎士(ガルーリッター)になっていた。


 ただし、姿まで瓜二つの全く同じになって。


「そ、それは……」


 白銀の体毛。銀の鎧。同じ形状の剣。同じ捕食獣。

 オリヴィアがなったのもまた、鎧獣騎士(ガルーリッター)のザイロウだった。


 違うのは瞳の色だけ。

 イーリオ=ザイロウは金色の瞳だが、彼女のそれは真紅の輝きを放っていた。


「今言ったように仮想の現実だからな。管理者であるオレの意思で、こういう事は簡単に出来る。却説(さて)――試練というのは簡単な話だ。今からオレと戦い、オレに勝ってみろ。お前と同じザイロウの力を持った、このオレと」

「ザイロウになって、ザイロウと戦う……?」

「そうだ。自分自身との戦いのようなものだ。さあ、さっさと構えろ。はじめるぞ」


 オリヴィア=ザイロウが、剣を構える。


 その姿は、いつもの自分と同じもの。まるで鏡写しに己を見ているような、気味の悪さだった。

 だが、考えるのは後にするべきだと、自身の本能が告げている。

 今自分の纏っているのがザイロウの力なら、どんな相手でも、例えそれが自分自身でも――


 ――僕は怖れない。



※※※



 イーリオとドグはそれぞれ別室へ行ったが、レレケとロッテのみ、先ほどの研究室のような場所に残っていた。


 レレケと二人だけになった後、ロッテが「これを被れ」と言って装飾性のないつるりとした兜のようなものを渡し、しばらくの時間、レレケはそれを被っていたのだった。

 今は丁度、その兜――ヘルメット(・・・・・)を脱いだところ。


 被っていた間、髪はともかく、全身も汗まみれになっている事に気付く。それに身体中から信じられないほどの脱力感を覚えていた。だがそれらの不快感など、今のレレケにはどうでもいい事だった。


 脱いだ直後から、目眩を起こしたようにクラクラとなり、強烈な吐き気さえ覚える。けれども吐こうに吐けなかった。吐いてしまっては、今覚えた全部も(・・・・・・)吐き出してしまいそうだったから。


「これは……」

「知識の即席的な植え付けだ。お前がボク様と同じレベルで会話をするには、前提条件となる知識が不足しているからな。このヘルメットは催眠学習のようなものだと考えればいいが、まあ細かく言えばかなり違うものでもある」

「私の中に、これだけの知識をこんな短時間で覚えさせたと……? でも、そんな事をしたら脳が焼き切れてしまうのでは……?」


 自分で口にしながら、己の出した言葉に驚きを隠せない。

 ロッテの言っている事がすんなり分かるのもそうだが、それに違和感なく受け答え出来る事自体が信じられなかった。


「だからこれは一時的なものでもある。知識をハードディスクだとすれば、お前に与えたのは知識の外付けだ。もしくはクラウド上にある知識や処理演算へのアクセス権を与えたというべきかな。だから負荷といってもその程度で済んでるし、あくまで条件付きの拡張というわけだ。それに時がくればその知識もいずれ何もなかったように頭から消え去ってしまう」

「忘れてしまう……。仕方ないとはいえ、ちょっと残念な気もしますね」


 レレケが少しだけ、苦笑を浮かべる。

 レレケも錬獣術師(アルゴールン)という知の探究者である以上、どういう形であれ知ってしまったものを忘れてしまうというのは惜しいと思うもの。それに対し、ロッテは淡々と話した。


「お前一人が〝有り得ない〟知識を持ってしまうというのは、この時代やこの世界を崩壊させかねないからだよ。ボク様たちが人類への干渉を制限されているように、超時代的なものを有した存在は、世界のバランスブレイカーとなってしまうからだ。例えばそう、お前がその知識を持って外に出たとする。そしてその知識を利用すれば、たちまちお前は世界にいくつもの革命を起こし、神のような存在として崇められるだろう。下手をすればかつてない大国の皇帝にすらなれるかもしれん」

「そんな事には――」

「お前がならないと言っても技術革新や制度改革、意識や思想の革命とは、えてしてそういう風に人を奉り上げるものだ。だがそれはあるべき姿のこの〝世界〟ではない。だからお前が〝外付け〟にアクセス出来るのは、ボク様たちといるこの天の山(ヒミンビョルグ)の中だけだし、時が経てば主要な事実以外の全てを都合よく忘れるように出来ている」


 知識というだけでなく、知の歴史も知った今のレレケには、ロッテの言う意味が分かる気がした。


「制限付きの知識の借受というわけですね。それもこれも、貴女の言う事を私が理解するため……? もしかして、ホーラー先生もこれを?」

「いや、あいつにはしてない。あいつにはせいぜい錬獣術師(アルゴールン)として通用する知識に限定してそれを教えただけだな。才能という意味では、あいつは規格外であっただろうが、重要なのは知的レベルではなく役割だからな。お前にはあの(・・)イーリオの相棒という最重要な役目がある。だからここからの理解者として、お前に一時措置として超時代的知識を与えた、というわけだ」

「……つまり、これから伺う話を聞いた後、私がどのような感想を持ち、どう決断するか――。それこそが私に課せられた〝最終試練〟というわけですね」


 先ほどまでの疲労からくる汗だけではなく、今度は重責からくる別種に変わった汗が、レレケの頬を伝う。

 その様子を見て、ロッテが笑みを浮かべた。


「やはり理解も早いようだ。――ああ、それとな、お前はせいぜい数時間だけさっきのを被っていたと思っているだろうが、違うぞ。お前はあれを被って、もう丸二日は経っているからな」

「え……ええ?!」


 聞いた途端、猛烈な空腹と喉の渇きを、レレケは感じた。


 ――その後、ロッテはどこからともなく食事を用意し、シャワールームでシャワーまで浴びさせてくれたのだった。


 その水の出る機械がシャワーという名称で、体に万遍なく水を浴びるための装置だという事をすんなり受け容れている自分にも驚きだが、初めて実体験する超文明の利器への驚きも、同時に感じている。

 レレケらのいる大陸の何処にも、水を調整しながら自由自在に放出する機械など、存在しない。するわけがない。水道はあったが、それはレーヴェンラントなどの大都市に限るし、何より水を意のままに操るなど、先ほど得た知識がなければ魔法にしか思えなかっただろう。


 何とも言えない不思議な心持ちになるレレケだが、それもこれも全てはこの後のためなのだ。


 新たな服も用意され、それに着替えたレレケは再びロッテと対峙する。

 ロッテは何も変わらず、泰然として研究室にいた。


「お待たせして、申し訳ございません」

「構わんさ。ボク様たちは千年以上ものんびり過ごしてきたんだ。数日や数週間などお前ら人間にとっての数分程度にしか感じんよ」


 お前ら人間――アルタートゥムの団長であるオリヴィアは、自分たちを神が造った人間だと言った。不老不死に近い存在だと。

 確かに彼女らは、どこか人とは違うものを感じる――ような気もするが、やはり外見はどう見ても人間そのものだし、少女だ。

 自分たちと何が違うのか――そもそも、彼女らの目的は何なのか。


 遥かいにしえにあった超科学の文明。

 そこに起きた惑星規模の大災害と、それから人類の絶滅を防ごうとした神――。


 ロッテはそう言った。


 それを踏まえて、先ほど行った〝知識の外付け〟を用いて、レレケは推察する。



 神とはもしかして、その超古代の文明人ではないだろうか?



 そう考えれば全ての辻褄が合う。

 神の如き超科学を持った古代人。だがその古代人や古代人が生み出した不死の生命であるアルタートゥム達をもってしても、大災害は止められなかった。そして大災害を生き延びるために鎧獣(ガルー)――いや、L.E.C.T.(レクト)を創造した。


 この天の山(ヒミンビョルグ)で目にした信じられない科学技術の数々、いや、天の山(ヒミンビョルグ)すらもそうだが、それらを振り返ればそうとしか考えられないし、おそらく答えはこれで間違いないだろう。


 いや、もしかして――


 この考えが正しいとして、そうするとレレケに知識を与える必要はあったのか? という疑問も同時に起きる。この得た知識がなくとも、レレケが辿り着いた答えやこれらの説明は出来なくもないはず。

 とすると知識が必要なのはこの〝真実〟ではないという事。ひょっとしたらその大災害自体が、神にも等しくなった古代人が原因だったとか? どちらにせよ、シャルロッタが重要な鍵なのは間違いない。



 シャワーを浴びてる間もずっと考えていたこれらを、レレケは口に出して尋ねてみる。

 実際に言葉にすると、自分の考えがかなり真実に近いものだろうと、改めて確信を強くした。


「――つまり、我々のいるこの惑星、〝地球〟の覇権争いを、古代人達はまだしている……。エポス達とはその執行人でオプス女神と呼ばれる古代人の生き残りの一人が造り出した人造人間たち。反対に貴女がたはエール神側の人造人間という事でしょうか?」


 凝っと耳を傾けていたロッテだが、レレケが語り合えるのを待つと、無表情かつ無機質に一言でこれを断じた。



「〇点」



「……え?」

「まるでハズレだな。ボク様たちの事も何もかも、当たるどころかまるで見当違いだ。まあ的ハズレなのも仕方がない。お前に与えた知識から推察出来る答えとしては、そう結論づけてしまうのも尤もだろうからな」


 自分の考えが否定された事より、まるで見当違いという答えに、驚きを隠せないレレケ。完全な正解とはいかないぐらいの事は彼女も考えていたが、それでも真実の尻尾ぐらいは掴んだのだろうと思っていたのだ。


「で、でも……以前ホーラー先生は、授器(リサイバー)の原料となるアロンダイトやデュランダニウムという鉱物は、遥か昔にあった何かの結晶のようなものだと言ってました。崩落以前の超古代文明が元と考えれば、これも辻褄の合う話では……」

授器(リサイバー)のルーツの話は本当だ。何せそれをホーラーに教えたのは、ボク様だからな」

「じゃあ――」

「それとこれとは全くの別だ。いいか、考えてもみろ。地球規模の大災害で古代の人間が滅んだというのに、どうしてその神という古代人達だけが生き延びたんだ? それに汚染された環境でも生き延びる術を考えだしたり、ボク様たちのような存在までその古代人が生み出せる科学があるのだとしたら、滅ぶなんて事にはならなかったんじゃないか?」

「それは――例えば、宇宙に逃げた、とか……」


 宇宙というもの、惑星、太陽系、それらの概念も、今やレレケは理解している。

 しかしロッテはそれを鼻で笑った。


「宇宙に避難して地球の浄化を待ったというわけか? だったらもうとっくの昔に地球は綺麗になっている。今すぐ戻ってくればいいだけだろう。第一、鎧獣(ガルー)の存在はどう説明する?」

鎧獣(ガルー)の……?」

鎧獣(ガルー)とはL.E.C.T.(レクト)を遥かに劣化させたいびつなテクノロジーの産物だ。そいつを人間に教えたのも、神々によるもの。では、どうしてそんな事をする必要があった?」

「それは――」


 ここでロッテは、小さく笑みを浮かべて一旦言葉を区切った。


「何も答えを出すのが試練じゃあない。それに、お前に与えたのはコンピューターネットワークがある程度広まった時代ぐらいまでの知識だからな。それ以上先の知識までとなると、さすがに時間もかかるしそれこそお前の脳に負荷がかかってしまう。だからお前には、理解出来る最低限の知的レベルにまで引き上げたにすぎん」

「はあ……」

「知識を得た今なら、お前にもビデオゲームという存在は分かるな?」

「え? あ、はい。それは、カードゲームや賭けのすごろくといった遊戯ゲームではなく、電子映像装置を使ったゲームという未来の遊び……の方ですね。概念は分かります」


 いきなり変わった話の矛先に、レレケは戸惑いを覚える。

 勿論、ビデオゲームなどレレケは見た事も触った事もない。


「ボク様たちアルタートゥムもエポスも、こう呼ばれる事がある――〝非個性の奏者〟とな」

「……?」

「非個性――つまり魂が虚ろな存在というわけだ。別の言い方をすればこう。ノンプレイヤー・キャラクター」


 聞いた直後、言葉の意味を理解するのにしばしの時を要した。音として聞くのははじめての言葉であったし、言葉としてはかなり込み入った内容だったからである。

 しかしビデオゲームという前振りからそれを理解した時、レレケは徐々に心が波立っていくのを抑えられなかった。


「それは……ゲームの中のプログラム存在……?」

「そうだな」

「ちょ、ちょっと待ってください。貴女がたもエポスも、ゲームプログラムが正体……?! つまり、仮想存在が貴女方だというのなら、この世界の真実とはもしかして――」

「そう結論を急ぐな。何もこの世界が仮想現実で全ては虚構のプログラムの中――なんて話のオチじゃない。そんな一炊の夢のような真実なら、どれだけ説明がラクだったか。お前の知るノンプレイヤー・キャラクターも、科学が進歩して別の意味を持つようになるのさ」


 この世界が、ゲームの中の出来事だった――。


 そんな妄想が一瞬頭をよぎり混乱しそうになったが、そうではないと聞き、レレケは安堵の息をつく。


 だがレレケはこの後、知る事になる。


 ロッテの言う通り、仮想現実が真実だったという方が、まだどれだけ良かったかという事を……。




「全ては科学によって、魂が解明された事からはじまる」




「科学によって――? 魂が?」

「そうだ。魂とはいかなるものか。それは原子すらも通り越えたもっと先の微小なもの。複数に重なる世界を行き来する最も微細な粒子が結合した集合体の事。それを人は、魂と呼んだ。魂素、魄子、霊粒子――そういったものが科学の発達とともに解明されていき、人は魂すらも科学で制御可能なほどになったのだ。だが制御といっても不完全で、それを完全に意のままには出来なかった」


 レレケが得た膨大な〝未来〟の知識をもってしても、このロッテの話を呑み込むのはかなり難解だと思えた。

 成る程、コンピューターネットワークが世界に広まった程度までの知識で抑えたというのは分かる気がする。この話に至るまでの知識を得ようとするなら、一体どれだけの知識量が必要になるのか――想像もつかない。


「遺伝子の全てを解き明かし、宇宙の深淵を覗き見た後、生命すらも自在に生み出せるようになった人類は、魂の謎の全ても解明しようとした。ボク様たちアルタートゥムもエポスも、いわばその過程で生み出されたもの。そうして人類の行き着いた知的探究心は、世界の大いなる秘密を〝発見〟してしまう事になる」

「世界の……大いなる秘密?」

「お前はさっき、神が古代人だと言ったな。それ自体は間違いだが、正しい部分もある。神とは――人間だ」


 ロッテもレレケも、互いに椅子に座って会話をしていたが、ここでロッテがおもむろに立ち上がった。

 そうして指を鳴らすと部屋が一気に暗転し、四方が宇宙空間のような景色に一瞬で切り替わる。


「立体映像……ですか?」

「神とは人間だが、遥かに時代を超えた科学力を持つ人間の事だ。そう、時代も空間も何もかもを超えた人間」


 レレケの質問には答えず、ロッテは語り続ける。


 想像もしていなかった真実の列挙に、既にレレケは何をどう理解していいのやら、話の迷子にさえなりかけていた。


「いいか、この世界は一つではない」

「一つではない――?」

「そうだ。世界とは限りなく無数に広がる多層レイヤーで出来ている。魂を構成する粒子は、それらの世界を行き交い、時空に安定を齎すためにこそあった。それこそが魂をもコントロールしようとした人類が見つけだした〝世界〟。お前にも分かるように言えば、この世とは無数に異なる世界が重なった〝多層構造マルチバース〟なんだよ」



 多層世界の概念。



 つまりそれは――




「神とは、異なった別の世界――つまり、〝異世界〟の人間たちの事だ」




 マルチバースの向こう側。そこにいる人間。

 予想だにしていなかった答えに、レレケは何も言えずに呆然となるだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ