第四部 第四章 第一話(1)『大侵攻』
ヘクサニア教国の首都ゼムンにあるガムジグラード城に戻ったファウストは、まだ熱っぽさと僅かに震えの残る体を労わるように、少しの間、人払いをして自室で身体を休める事にした。
それにしても――と思い出す。
メルヴィグ王国北方のマクデブルク城から離脱した際、彼は自らの足で脱出を図らざるをえなかった。己自身の手で、手勢として引き連れた角獅虎らを灼いたのだから、それは自業自得というべきだろうし、そもそも後悔はしていない。離脱はともかく、その後の移動手段に困るのも覚悟の上だった。
にも関わらずである。
帰路の途上で、黒母教枢機卿のスヴェインが、彼を待ち構えていたようにそこに居たのだ。
己の空を飛ぶ角獅虎を伴って。
いや、真実、待ち構えていたのだろう。
そうして彼は空路を使い、己の足の何百倍もの速さで、首都へと帰還出来たのだった。
スヴェイン本人の言によれば、彼は黒騎士ヘルをゼムンに運んだ後、入れ違いになったファウストを迎えに来たのだという。
別に間違った事は言ってないし、むしろ臣下としては実に気の利いた行いだ。もし己の足だけで帰還していたなら、どれほどの日数がかかったか。
しかしだ、どこをどういう風に、どの日にファウストが通るかなど、普通は分かるはずがない。事前に示し合わせていたのならまだ理解も出来るが、無論そんな話はしていなかった。
つまりどういう方法でかは分からぬが、スヴェイン――いや、彼ら〝エポス〟達と言うべきだろうか――は何らかの手段でファウストの行動を把握しているという事になる。
考えてみれば、前のイーリオとの戦いの時もそうだった。
あの時もスヴェインは、ファウストの体に限界がくる事を予め読んで分いたかのように姿を見せた。それどころかクルテェトニク会戦でファウストが一命を取り留めたのも、スヴェインが彼を助けたからに他ならない。
まるで自分の全てを見張られているようで、薄ら寒い気味の悪さを覚える。
けれどもそれを咎めたり、問い質すつもりはない。
仮に見張られていようがいまいが、教王である今の自分に、どのみち自由らしい自由さなどあってないようなものである。
そもそもこれは、望んでそうなったようなもの。己の復讐を遂げるため、引き換えにエポス達の願いを叶えると盟約したのだ。
その約定とは、大陸全土の王となれ――という事だった。
その事自体は彼自身が何より望んでいた事だし、むしろ願ったり叶ったりでしかない。ただもう一つ、それと同時に黒母教の聖座守護主――即ち教王としてエポスらの傀儡になる事も、彼らが手を貸す条件だった。
より正確には〝エポス達の方針に従う事〟なのだが、ファウストからすれば言いなりになれと言われているように捉えている。
クルテェトニク会戦より前のファウストであったなら、そんな条件は呑まなかっただろう。彼の誇り高さは、他でもない己がよくわかっている。
だが、命を落としたに等しいほどの完全な敗北を味わった事で、彼は変わった。
イーリオへの復讐を遂げる。そして己の野望を叶える。そのためになら、もうなりふり構っていられない――。
そうしてエポスらの傀儡となる事さえ、彼は呑んだのだった。
だから四六時中見張られていようが己の行動が筒抜けだろうが、それも全て野望のためだと納得している。
何、いずれ大陸全土の王ともなれば、どのみちこの世の頂点に立つのも同じだし、その時はエポスらがいくら自分を利用しようとも、そう簡単にはいかなくなる。いや、必ずそうなるし、そうならねばならない。それまでの辛抱だと、彼は思っていた。
それに幸いというか奇妙な事に、見張られているような感覚を除けば、エポス達から直接的に自分に対して指示をしたり操ろうという動きは、今のところ全くと言っていいほどなかったというのもある。実は傀儡とは名ばかりで、自由がないどころかむしろ自由すぎると言っていいくらいであった。
だからファウストも、スヴェインをはじめとしたエポスらの行いに鷹揚になれたのだ。
何より回復したとはいえ、ベリィの高熱の能力は、自分の身体との相性が最悪だった。クルテェトニク会戦で負った重度の火傷は既に完治していると言っていいのだが、ベリィを纏う時のみ、そうはいかなくなってしまう。
ファウストの火傷は通常のものと異なり鎧獣のエネルギー由来の傷であるため、高熱を伴ったベリィの能力下での戦闘を長時間すれば、鎧獣から放射されるエネルギーで内部のファウストの肉体が後遺症を起こしてしまうのだ。
その結果、体が動かなくなるだけでなく、場合によれば発熱どころかそれが激しい痛みになり、取り返しのつかない事になってしまう可能性もあるらしい。そうなれば戦いなどおよそ不可能。
それ故にファウストは、エポスらの提供する技術力に縋らなければいけないという現実もあった。
帰城したファウストが体を休めたのもそれが理由である。
やがて数日間の休息を得た後、体の火照りもほどほどにひいてきたのを見計らうかのように、そのエポス達が彼を尋ねてきた。
「では守護座で聞こう」
守護座とはようは玉座の事である。
ご加減はよろしいので? というスヴェインの言に白々しさを覚えるも、「ああ」と無感情に返すのみ。むしろそんなファウストに、何故かスヴェインは満足げな笑みを浮かべていたのだが、それが余計に不快さを募らせる。
守護座の間に居たのは、スヴェインの他、神聖黒灰騎士団の第二から第四使徒の合わせて四名。黒騎士ヘルは、カイゼルンの戦闘で傷を負い、今は療養中という。
あの黒騎士でも、さすがに百獣王との一騎討ちはそれほどの激戦だったのだという事かもしれない。むしろそこに、ファウストはどことない感慨さえ覚えた。
「俺よりヘルの方を気遣ってやるべきだろう。見舞いなどはどうだ?」
「黒騎士殿はああいう御方ですから。見舞いなどは一切お断りされておられるご様子」
「ふん、彼奴らしいか……。で、今日は何の話だ?」
黒騎士ヘルの素顔は、ファウストも知らない。
主君に対しても顔を隠す事を許されているのが彼であり、それを許可されるだけの働きを実際にしているのは事実だった。そのため、それを不敬だと言うような騎士がこの教国にはあるはずがなく、おそらく他の国々でも同じであっただろう。
そもそもだ。彼以外でカイゼルンを倒せる者など、果たしていただろうか?
答えは聞くまでもないだろう。
「我らが望みのドラコナイトは全て揃いました。これで大陸を統べるために必要な〝破滅の竜〟復活の準備も整いましてございます」
「それはご苦労だった」
「さて、ドラコナイト収集に各国を攻めておりましたが、ある国に妙な動きがあるという報せを受けております」
「ほう」
「メルヴィグにございます」
玉座の間に入ってからは、顔中に道化師の化粧を施した男、神聖黒灰騎士団・第三使徒のドン・ファン・デ・ロレンツォが説明をしている。
見た目はこの世の全てを馬鹿にしたような道化師だが、物腰は紳士的で折目正しい。それだけに異様さが際立つ。
「今回のドラコナイト探索において、ある意味最も国力を失ったのがゴートとアンカラですが、メルヴィグはその次といったところでしょう。一方で彼の国はそれら二つの帝国に次ぐ、或いはそれらの国を凌ぐほどの力がございます。だからでしょうか、彼の国の元にジェジェンからの使者が頻繁に行き来しているだけでなく、アクティウムやアンカラ、ゴートにトクサンドリアやカディスとも、何かを密に連携を取っている様子」
「ゴートやジェジェンとは三国同盟があるからだろうし、アクティウムとあの国との繋がりは今に始まった事ではなかろう。しかしカディスやトクサンドリアまでもとなると、確かにきな臭いものがあるな」
「如何にも。そのカディスに対しても近々手の者を派遣する予定ですが、あそこの一帯はエール教が強うございますから、いささか手間取る事もありましょう。それよりも今の国々の動きですが、メルヴィグのカイ・アレクサンドルがかなり動いているようにございます」
「カイか……となると」
「四年前の再現――なのかもしれませんね」
最後の言葉だけ、スヴェインが後を継いだ。第二使徒のロードはあまり言葉を発しない性格のようであるし、第四使徒のエヌも無口ではないもののお喋りな人間ではない。大体においてこういう場では、ドン・ファンかスヴェイン、またはこの二人で場を仕切る事が多かった。
「四年前――クルテェトニクか」
「国家間の連合、でございます」
四年前のクルテェトニク会戦で、当時はオグールという国名だったヘクサニアは、アンカラ帝国と同盟を結び、メルヴィグを攻めた。それに対しメルヴィグ王国は、アクティウム、ジェジェン、トクサンドリアと連合を組んでこれを迎え撃ったのである。
それの再現という事だが、今挙げた国々の数からすれば、その時の比ではない。さらに大規模な連合を画策しようしているのかもしれないという話である。
「まるで我々の次の狙いがメルヴィグで、それを先読みして準備をしているというようなものだな」
「順当にいけばそうなるでしょう」
僅かに苦笑いを浮かべたファウストの言葉に、ドン・ファンは肯定で返した。
それに対し、ファウストの顔に剣呑なものが浮かぶ。
「メルヴィグを手に入れるのは俺の悲願でもあるが、何故次なのだ? 手当たり次第に各国を攻めている今、これ以上戦線を広げるのは得策ではあるまい。第一、ジェジェンはどうする? 下手に攻めれば挟撃に合うだろうし、他の国もそうだ。まずは疲弊したゴートかアンカラを完膚なきまでに潰すのが先決ではないか? もしくはジェジェンを完全に領土に組み込むか、だな」
「仰る事は誠にごもっとも。されどこう考えてはいかがでしょう? 奴らの連合はメルヴィグが主体。そこに各国が協力するという形でしょうが、ならば、まずはこれこそを完膚なきまでに潰せば、後に残るのはもう烏合の衆のみとなります。ゴートで最も懸念すべき〝獣王殺し〟と彼の者の部隊は滅ぼしておりますし、アンカラの主力騎士団も陛下が潰してございます。如何なる者や軍が、我らを脅かせましょうか?」
「残された脅威を、まとめて一網打尽にしようという事か?」
「御意」
「果たしてそう上手くいくものかな」
「それこそまさに、まさにでございます。敢えて彼奴らめの誘いに乗るのです。それを大きく喧伝すれば、彼奴らも手を打たざるをえません」
大仰で芝居がかった物言いのスヴェインに、ファウストが眼を向けた。
「喧伝だと?」
「ええ。陛下自ら号令をおかけあそばしてください。我が国の総力を挙げて、今より暴虐邪智なる者どもを滅ぼすと」
「宣戦布告というわけか」
「各地からの十三使徒の報告もございます。陛下からこの案のお許しを頂けましたら、その報告の場にて宣言いただくというのは如何でしょうか」
もっともらしい言葉で言いくるめているだけにも聞こえる。
だがスヴェインやドン・ファンが言う通り、ヘクサニアにはそれをなしえるだけの力があった。無敵の使徒と無双の魔獣騎士たちが。
「良かろう」
元より己は傀儡なのだから、彼らの言葉に逆らう理由はない。反対する根拠も動機も、それ以上になかった。
この後、各地の任務に着いていた十三使徒らが帰還を果たし、そのほぼ全員が揃ったところで、ファウストは宣言を発した。
「今より我がヘクサニア教国は、蒙昧にして迷える異教徒の国々を導かんがため、異教を奉し支配する、大陸各国の王朝を打ち滅ぼしていく! ここに宣言する! ヘクサニアによる聖戦の開始を!」
国政は安定していたし、それどころか国は益々充実していっていただけに、反対意見など出ようはずもなかった。それだけに十三使徒だけでなく、教王の言葉に国を挙げて強い賛意を示した。
ヘクサニア万歳! 教王万歳! オプス女神に栄光あれ!
――と。
もはやそれは熱狂に等しい熱量であっただろう。
だが急激な国の繁栄とは、信仰などで齎されるものでは決してない。
ましてや神の奇跡によるものでもないのは自明の理なのだが、その事に対し、教国は国民に何ら説明はしていなかった。いや、説明などせずとも分かってはいただろう。
異教徒を支配し、これを奴隷とする事で教国の繁栄は齎されているのだと。
けれどもそれは聖なる行い。神の導きによる浄化であり、神に仕える者に奉仕するのは奴隷身分の者らへの救いでもあると、信徒の誰もが疑っていなかった。
その欺瞞をエポス達は薄ら笑いで眺めるのみ。
またその事に薄々気付いていたファウストも、何ら意見を述べはしない。それどころか宣言の後、黒母教の巫女である神女ヘスティアに呼ばれた事で、彼は更に深い沼底へとその身を沈めていくのである。
首都ゼムンに隣接するように建つ、黒母教の聖地ヒランダル大聖院の最奥。
限られた者のみが足を踏み入れる事を許されたそこに、ファウストは入っていった。
いくつもの紗幕で視界が遮られているのはいつも通りだが、今日はいつもと空気が異なっているような気がした。
やがて紗幕を全て潜った先に、かの銀髪の神女は寝台の上で横たわる姿を見せた。
その姿を直接拝謁出来るのは、ファウストを除けばごくひと握りの人間のみ。ファウストはその〝選ばれた一人〟なのだ。
しかし、横になった神女など、思いもよらなかった。
予想だにしていなかった神女の姿に不安な思いを抱きながら、ファウストはその場に跪く。
「よいのです……教王陛下。どうかそのままこちらへ」
近くに呼び寄せる声も、以前に比べて弱々しい。
今年に入ってからも一度謁見しているが、その時には既に痛ましさが垣間見えていた。だがまさか、こんな短期間にここまで衰弱するとは、ファウストも思ってもみなかった事である。
「神女様……これは一体……」
「私も寿命がきたという事です」
「寿命だなどと、そんな――」
「いいえ。私は既に三〇〇年を超える時を生きてきました。その長い生にもいずれ終わりはくるという事です」
「神女様」
ファウストの声に悲痛な響きが混じる。
彼にとって神女は崇敬の対象であり、己が魂を捧げる唯一の女性だと思っていた。黒母教の象徴だからというのは勿論だが、彼女の導きで、今の自分はあるのだと勝手に思い込んでいる。
無論、接点などごく僅かなものである。
彼女は神に仕える神聖な巫女。不可侵にして触れ得べからざる存在なのだ。
だがそんなヘスティアから、自分は何度も声をかけられ、それどころか口付けまでもされていた。
神の巫女と、その神の巫女に選ばれた男――。
そんな誇りが、ファウストにはあったのだ。
だがそれを与えてくれた不可侵の存在が、今まさに最期の刻を迎えようとしていると言う。
そんな事は信じたくないと、ファウストは強く思った。狂おしいほどに強く。
「安心してください。既に次なる〝ヘスティア〟を継ぐ者も見つかっております。私の命が尽きれば、母神様の力はその者へと引き継がれるでしょう。我らが信徒やこの国、そして陛下の栄光には、何の翳りもございません」
「私は――私にとって神女様は……ヘスティア様は、貴女様以外にございません。そのような言葉、私は信じません。どうか、どうかそんな悲しい事を仰らないでください。貴女がいなくなるだなど、そんな……」
言いながら、ファウストは気付く。
そうか、自分は少女のようなこの銀髪の美しい女性に、焦がれていたのか。
神女とそれに仕える王ではなく、一人の女性として、目の前の彼女に恋をしていたのだと――。
「それにこの私が命尽きようとも、私は生まれ変われるのです。私の力は今言った次のヘスティアに受け継がれ、私の魂と肉体は別の〝器〟に継がれます」
「うつ……わ……?」
「陛下が倒したあの銀月狼王。あの者が守るゴートの銀の聖女。彼女は私のもう一つの魂の半身。私の写し鏡。私が死んでも、その魂と姿は銀の聖女へ引き継がれます」
ファウストがシャルロッタを見たのは、二度。一つは九年近く前の事で、その時の記憶も曖昧だ。もう一回がつい最近、彼女を攫おうとした時である。その時もイーリオとの戦いに意識が向きすぎていて、顔かたちや姿など、ちゃんと見ていなかった。
なのでヘスティアとシャルロッタが生き写しだという事を、彼は認識していなかったのだ。
もしあの時、シャルロッタがシエルと瓜二つだという事をファウストが気付いていたら、果たしてこの後の状況は変わったのであろうか――。
「ですから陛下……。陛下は異教の国を滅ぼし、この世を導く救世の王におなりください。私もこの魂を別の器に移し、貴方様をお待ち申し上げております」
「神女様」
「その時は、神女ではなくシエルとお呼びください」
「シエル……」
「ヘスティアとは、女神に仕える巫女の名……。私の本当の名前は、シエルと申します」
美しく濡れた瞳を潤ませ、ヘスティアは掠れた声で告げる。
何一つ真実のない、偽りの言葉を。
実際は、器にしているこの体に限界がきただけの事である。
次の器ももう調達してあるが、何故こんな馬鹿馬鹿しい偽りで教王となったこの男を籠絡しようとしているのか。
ようはファウストが心の底から〝今の〟ヘスティアに惚れ、その結果あの銀の聖女を娶ればいい――。
そういう事であった。
その思惑は、ものの見事に成就されつつある――。
寝台から差し伸べられた手を取り、ファウストは己の胸を掻きむしりたくなる思いを抱いたまま、ヘスティアの白魚のような指をした小さな手を、ぎゅっと握り返した。
このまま神女を抱きしめたい。
けれども黒母教に仕える身として、それは叶わぬ事。許されぬ禁忌。
けれどもだ――。
彼女の言葉によれば、神女が新たに代替わりをし、そして己が大陸を制してゴートの聖女を手に入れれば、それはヘスティア自身を手に入れるという事になる。
そんな馬鹿な理屈があるかと、普通ならば思うだろう。
だが今のファウストに、そして神女を崇拝する黒母教の信徒に、彼女の言葉を疑うなど有り得なかった。
これによりファウストに、新たな、そして何よりも強烈な〝目的〟が生まれた。
大陸を制し、聖女を手に入れる事。
何よりもそのはじめに、メルヴィグ王国を打ち滅ぼす。
こうして国内のみならず大陸各国全土に向けて、ヘクサニア教国の大侵攻開始が宣言されたのであった。
※※※
その宣言の発布と同じ頃合いに、十三使徒で未だ首都に帰還していなかった最後の一人が戻ってくる。
まだ彼は知らない。この数ヶ月で起きた数々の出来事を。
彼に同行する男もまた、同じであった。
二人は馬車に揺られながら、首都のガムジグラード城を目指す。
「ようやく着いたな」
オレンジ色の髪をした若者が、片眼鏡を着けた男に言った。
「ええ、ほんとに」
片眼鏡の男が、ここまでの道程を思い出しながら首肯する。
思えば若者の任務があるため、随分と遠回りになってしまった。だが黒母教の聖地とも言うべきゼムンに、そして敵の本拠地であるガムジグラード城に入るためには、どうしてもこの若者――グノーム・アービレに付き従うしかなかったのだ。
男は笑顔の仮面の下に隠した真実の顔で、心中密かに気を引き締める。
――さて、いよいよここからが勝負だ。
怪盗騎士ゼロの目に、かつてないほどの決意の火が灯る。
そしてその彼らには、着かず離れずで後を尾ける旅人がいた。
美しい女性騎士の姿が――。




