第四部 第三章 第七話(4)『破裂月光』
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「〝狼鬼・炎弾〟!」
蒼炎が渦を巻き、数多の火箭となって神魔王狼へと殺到する。
だが蒼く燃える矢弾は、ファウスト=ベリィから放出されるいかずちと炎熱によって、悉くが掻き消されてしまう。
それでも蒼炎の火矢は雨あられとなって絶え間なく注がれ続け、局所的な豪雨を浴びせられているかのように息つく暇を与えさせなかった。
しかし――これほどの量の術を放ったのは、イーリオもはじめてだった。消耗とて激しい。
一体何が狙いなのか。この時イーリオが見定めようとしていたのは、敵の異能の隙間、ある種の限界点はどの程度でどこかという事である。
さすがにこれほどの数となれば、防ぐのも限界があるだろう。ベリィの出したプラズマの炎も完全ではないはずなのだ。
果たしてその通り――
炎を突き破り、またはその合間を縫って、蒼炎の雨のいくつかが、ベリィの本体へと直撃する。
それがどの角度、どの位置、どの瞬間なのか。同じところを続けてなのか、そうでないのか。
それらを見極め、倒す糸口を見つけ出そうというのだ。
ところが――
確かに炎弾は、ベリィの本体に直撃するものもある。どころか、それは決して少なくなかった。
しかしそのどれもが被撃と同時に、目に見えぬ何かによって弾かれ、雲散霧消させられていたのだ。
よく見れば、着弾のほんの僅か手前――体表に当たる瞬間に極小のいかずちが走り、蒼炎を消滅させているではないか。
――!
先に述べた様に、ベリィは体表からガスを放出させてプラズマを生み出し、それを炎熱にしている。つまり炎を操るのが異能なのではなく、細胞からガスを発生させる獣能という方が正しい表現になるだろう。
当然ながら高熱のプラズマなどが周囲に生まれたら、発生させたベリィ本体も熱にやられてしまうはずである。
しかしそうはなってない。何故か。
ガスは複層的に生み出されており、プラズマを生み出すその下に、熱を遮断する効果のあるアルゴンガスやクリプトンガスといった断熱ガスを主成分とした層を膜のように纏わせる事で、炎を遮断しているのだ。
どういう原理かは不明だが、これがザイロウの放った炎弾にも効果を発揮し、当たったはずの火矢を悉く打ち消していたのである。
「どうした? もう仕舞いか?」
あれだけの攻撃に晒されて平然としているどころか傷も何も見当たらない、神魔王狼の人獣王。
いかずちを伴った炎は、更に猛々しさを増しているかのようにすら見えた。
イーリオは考える――。
おそらくこちらの〝炎狼魔導〟による攻撃は、全て無効にされてしまうのだろう。反対に向こうの攻撃は防ぎきれない。凌ぎ切るのがやっと。まごついていれば、力押しでやられてしうのは明らかだ。
となれば、勝機となるのは一つ。
懐に入り、直接斬る。
咬撃や爪撃はこちらが危ない。反対に灼かれてしまうおそれがあるからだ。ならば聖剣での攻撃。そして獣能を、そのための陽動に使う。
ここまでを瞬時に計算し、イーリオはザイロウの残りの体力も計算に入れ、戦い方を組み立てた。
まるでそれを待っていたかのように、ベリィから炎球が放たれる。
またもや数も威力も相当なもの。しかし彼我には距離があり、回避もそれほど難しくはなかった。となればこれは、こちらの考えを読んだ上での、陽動の可能性があると判断。
その身を僅かに焦がしながら避けると、案の定こちらへ肉迫しようとするファウスト=ベリィ。
足は迅い。
けれども速度に関して言えば、ザイロウに少し分がある様に思えた。ましてや異能を変えればその差は明瞭になろう。
イーリオ=ザイロウの背中から、蒼炎のマントがふっ――と消える。
「〝千疋狼――炎身罪狼〟」
同時に今度は全身から、白い炎が吹き出した。
力と速度を倍増させる異能の応用技。
発動するや否や、疾風の速さとなるザイロウ。それはチーターの鎧獣騎士にも匹敵する速度だ。
けれども、つい今しがた見た戦いを忘れるイーリオでもなかった。
今のザイロウよりも遥かに速度のあるゼフュロスですら、どうにもならなかったのだ。
先ほどゼフュロスはベリィを剣で斬りつけた瞬間、反射するような爆発を喰らってやられている。となればいくら直接攻撃しか方法がなくとも、斬りつければ返り討ちにあってしまうのは自分の方となってしまう。
ザイロウの異能はどうあってもエネルギーが主体であり、それ以外の物理現象のものではない。真性の炎であるベリィの火炎が熱量と威力で上回れば、消されてしまうのは先ほどから見た通りであった。
とは言っても獣能では目眩し程度の陽動にしかならないだろうし、ではどうすればいいのか。
答えは明らか。
爆発を誘発し、それを躱しつつ目にも止まらぬ連続攻撃を行う事。
――そう……!
師の教えを思い出す。
――手首と足の動きだ、そいつを忘れるんじゃねえ。
カイゼルンの言葉。果たして自分に出来るかどうか、正直自信がなかった。
だが基礎も叩き込まれているし、修練とて積んでいる。
実戦で使った事がないだけなのだが――これがまさにぶっつけ本番であった。
原理も動きも、何もかもが複雑で超高度。
レーヴェン流の妖風刃に、グライフェン流の連骨とヴェン流の螺旋闘を掛け合わせ、同時に行うというもの――。
剣捌きに目がいきがちだが、足の動きこそが最も重要だとカイゼルンは教えてくれた。
「〝愚者の鬼火〟!」
突如、イーリオ=ザイロウが白炎を剣先に乗せて、礫のように撃ち出す。
全身から噴き出る白炎の一部を飛ばし、炎の弾として相手を灼く技。
が、こんなものでは当然ながらびくともしない。ファウストも構わずに片手で掻き消す。
その時、己の持てる最高速の動きで、人狼は一気に且つ変則的な動きで神魔王狼に肉迫した。
これを読んでいたファウスト=ベリィだが、目の前で起こった相手の動きに瞠目する。
変則的な入りかと思えば、これは攻撃そのものが超高速の幻惑性をもった動きなのだ。
それどころか相手の剣が両腕ごと見えなくなっていた。
――何?
そこへいきなり――猛烈な爆発。
ベリィの左肩の辺りで起きている。先ほどゼフュロスを退けた爆破の鎧とでもいうべきもの。
どんな幻妖な攻撃であろうと、この防御がある限り全ては無効。今のでおそらくイーリオ=ザイロウも深傷を負ったはず――
かと思えたが。
今度は背中、足と次々に連続で爆破がベリィの周囲で起きる。
己を守る炎の陣のはずなのに、反対にファウスト自身が爆破による炎で視界も見えなければ、爆圧の余波で動きがとれなくなる有様だった。
――何が……起こっている?
視界の隅。剣が光る。と、剣閃がベリィの身体に傷を入れた。
爆破の陣が追いついていなかった。
おそらくあまりに疾い剣捌きによるものだろう。
しかも上下左右に前後ろ、どの方向からどういう角度で剣がくるのか全く読めない。ありとあらゆる角度で斬りつけるその技は、まるで百本の剣で一度に斬られているようにも見えた事から、こう名付けられていた。
獣王合技――百閃剣
五代目・百獣王ことカイゼルン・シェパが編み出した必殺の高速剣。
ベリィの爆破防御ですら追いつかないほどの超々高速剣技により、あの炎の獣王が圧されはじめていた。むしろ己の獣能が自身の動きの枷になってしまうほど。
――ここで獣王合技か……!
何かを仕掛ける事自体は予測していなかったわけではないが、何をどう出すかまでは読めるはずもない。
さすがに爆破の圧力でザロウの聖剣の威力は減殺されていたが、それでも傷はみるみる内に数を増す。
どんなに異能が強大でも最後は騎士の実力――。
そう言わんばかりのイーリオの必殺剣。
――だと思っているのなら、甘い。甘すぎる。
神魔王狼の中、ファウストの目に恐ろしい輝きが灯った。
ふ――
と、ファウスト=ベリィを覆っていた炎の渦が一瞬で消える。
たまらず獣能を解除したかのよう。
しかしそれはザイロウの百閃剣を直接浴びるという事。高速剣の動きは止まらず、あっという間に斬り刻まれてしまう――かに思えたが。
この須臾の一間もない、刹那よりも短い中で、灰色の人獣王は信じられない動きを見せた。
ザイロウの剣を、ベリィの剣で撃ち返したのだ。
――?!!
しかしただの一撃を弾いたくらいで、百閃剣の動きが止まるはずもない。一度当てただけでは反対に焼石に水。次から次に襲ってくる動きに追いつくはずもなく、むしろ己に隙を作るようなもの――そのはずだったのだが。
ザイロウの剣のその悉くを、余す所なく全て撃ち落としていくベリィ。
――これは!
その動きは、まるで鏡写しのようだった。
間違いなかった。
ファウスト=ベリィも百閃剣を出しているのだ。
最高剣技には最高剣技で。同じ連続剣でその全てを弾いていく。
そんな馬鹿なと言いたくなるが、信じられない事にこれは紛れもなく現実であり、事実であった。
視認不可の剣の竜巻同士がぶつかり合う。
だがこうなると不利なのはザイロウだった。
大狼であるザイロウも決して小さくないが、神魔王狼のベリィはそれを遥かに上回る巨体なのだ。備わった膂力もザイロウを凌駕するし、剣捌きが同じとなれば押し込まれるのは力と体格で劣っている側になる。
加えて、どうやら百閃剣の練度に関しては、ファウストの方に一日の長があるようだった。剣の鋭さに僅かな差異があり、それが徐々に傷の量となってあらわれていた。
「俺が騎士として、貴様より劣っているとでも思ったか」
ベリィの凶相から、悪魔の吐息のような声が漏れる。
それを受けたザイロウの黄金の瞳が、かつてないほど緊迫感に満ちていった。
互いに弾き返し合う剣技の応酬の中、やがて突如として均衡は破られた。
大きく体勢を崩されるイーリオ=ザイロウ。
百閃剣は、百閃剣によって完全に破られた。
しかし――
この一瞬。この時をイーリオは待っていたのだ。
相手がこちらの剣を破るために獣能を解き、反撃のみで防御が全く出来ないこの状況こそ、イーリオの考えた勝機。
弾かれた際、人狼騎士の上半身が仰け反る。それはいささか大仰な動きに思えなくもないが、獣王合技同士のぶつかり合いなら、むしろ踏みとどまろうとしているように見えただろう。
だがそれは反動を利用するため。
体を捻り、高速回転の要領で大地が割れんばかりの踏み込みをした。
――!
ファウストが気付く。
だが遅い。
捻った上半身は、投擲の形になって剣を投げつける。
が、最大の力で投げた剣は、投げると同時に掴み取られ、高速の勢いのまま強引に斜めがけに振り下ろされた。
父・ムスタから受け継ぎ、己で改良を加えた、ヴェクセルバルグ家二代に渡る秘技とも言うべき獣騎術の極技。
〝破裂の月光〟
かつてこの技でハーラルを破り、三ツ首の怪物騎士サーベラスを討ち取ったイーリオ渾身の必殺剣。
三日月型に剣閃が走る――。




