第四部 第三章 第七話(1)『城砦風炎』
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ホルテと言えば、シャルロッタとザイロウに出会ったばかりのイーリオが、旅の最初に立ち寄った街である。鎧獣を預かる獣屋もないような、何の特徴もない田舎の宿場町だ。
とはいえ昨今はゴート帝国とメルヴィグ王国との獣理術による通信網が整備された事により、街道筋である事から中継地点の一つとして通信塔が設置されている。それにより、整備点検などを兼ねて帝国術士団の者らが足を運ぶこともあり、人の訪れが増えてきているという。
イーリオ達一行は数週間の移動を経て、この街にまで辿り着いていた。
つまりメルヴィグの国境までは、そう遠くないという事になる。
だが、この間に彼らが交わした言葉は、実に少なかった。団長であるイーリオ、司祭騎士のシーザー、三獣士の一人カシュバルの三名に、会話らしい会話はない。あるとしても必要最低限で言葉を交わすのみだったが、仲違いしているのではなく、話す気力さえおきないといったところだろう。
未だに信じられない思いが、三人の中に強くあったからだ。
イーリオの師であり、ほぼ全ての騎士にとって、いや、大陸中の人々にとっての憧れの存在、最強無敗の騎士の頂点〝百獣王〟カイゼルン・ベルが、亡くなったのである――。
あれは悪い夢だった――叶うならそうであって欲しい。タチの悪い悪夢なんだと。
ふとした事で目を覚まし、自分はまだどこかの旅の途中でしかないんじゃないか。
そんな風に目を覚ます朝が、幾度となくイーリオにはあった。
だが目覚めると、否応なく気付かされる。あれが否定しようのない現実だという事を。
その事実を突きつけられる度に、愕然とする。
何度も何度も。
しかし、それでも体は動いていた。本来であれば気力も何も根こそぎ失い、その場から動けなくなってしまうほどの衝撃であったろう。けれどもメルヴィグ王国に行かなければならないという思いだけが、イーリオの体を無言で突き動かしているのだった。
その生存本能とも言うべき力こそが、イーリオが奥底に持つ〝力〟なのかもしれない。
彼に従い共に進むシーザーとカシュバルも打ちひしがれていたが、そんな風に自分たちの団長を見ていた。
ともすればおよそ傭兵団を率いるにはそれらしくない、優しげで人当たりの柔らかな彼らの団長ではあるが、芯の部分には百戦錬磨の戦士でも太刀打ちできない強さを持っている。
一見しても分からないし、気付く人間も少ないだろう。実力としての強さや戦歴などではない。無論それも華々しく持っているのだが、どちらかと言えば心の強さの様なもの。それが、分かる人間には分かる。
銀月団の団員らは、それを感じ取っているからこそ、皆イーリオに付き従っているのだとも言える。
そんな思いが目に見えぬ絆となって、彼らを導き、引き寄せたのかもしれない。
ホルテの街に着いて早々、イーリオは離れ離れにはぐれていた団員らと再会する。
「三人とも、無事だったんだ……!」
街の入り口にいたのは、副団長代理のリュウ・ユンテと、レレケの弟子にあたる理術師のドリー、それに三獣士ゾラの三名だった。
ここのところずっと笑顔をなくしたままだったイーリオ達が、思わず笑みをこぼす。
「良かった。無事だと思ってたけど、ほんとに良かった……!」
「団長こそご無事で。こちらには、団長を合わせて三人だけで?」
「ああ。帝都を出る直前までは、ミハイロも一緒だったんだけど、囮を買って出てくれて……。でもそのお陰で、僕らは何とか敵陣を抜ける事が出来たんだ。そっちは? バルバラがいないみたいだけど……」
イーリオの問いに、返事を詰まらせるユンテ。ドリーも俯いている。
バルバラとはここにいるカシュバル、ゾラと同じく三獣士と呼ばれる内の一名である。
「まさか――」
「いや、この目ではっきり見たわけじゃないんです。でも、敵の包囲網が厚くなって、それに呑み込まれる形ではぐれてしまったんです。申し訳ないです……」
「いや、バルバラならきっと大丈夫だよ。彼女は銀月団の〝三獣士〟なんだ。そんなに簡単にやられるなんてないよ。きっとね」
「そう……だといいんですが」
「大丈夫、信じよう。それよりもまずは体を休めたいんだ。三人はもう、宿を取ってるの?」
「ええ。今なら団長たちの部屋も空いてますよ。行きましょう」
「空いてるって、何だか人もいつもより少ないみたいだけど、今日は何かあった? それとも帝都の事が、もうこんな辺境にまで影響してるとか?」
街の中を見渡せば、人の気配がほとんどない。いるのはイーリオ達だけで、閑散というより無人にでもなったような物悲しささえ漂っている。
どういう風に言うべきか、ユンテが言葉に迷う。
彼がゾラやドリーの方に目をやると、この中で一番歳の若い理術師のドリー・ポリーがユンテの後を繋げた。
「竜牙病です」
「え?」
「ここにも出たんです、あの竜人が。私たちが着いた時はもうその襲われた後で……。それで街の人々は、怖がって家から出ないようにしてるんです」
ヘクサニアが使役する謎の怪人・竜人。
それが各地に出没しているのは知っていたが、まさかこんな風に次から次にあちこちで人々を襲っているとは思ってもいなかった。この分となると、一体帝国だけでもどれほどの被害が出ているか、まるで想像がつかない。
「それに……」
「まだ何かあるの?」
「その……竜牙病を招いているのは、私達じゃないかっていう噂まで一部で流れてるみたいで……」
「僕らが?」
イーリオだけでなく、シーザーやカシュバルまで目を丸くしたのは当然だろう。
「ここはクナヴァリに続く街道の街ですよね。前にクナヴァリで起きた襲撃事件の噂がここにも伝わっているみたいで、それが変な風に広まっているようなんです」
クナヴァリとはイーリオの生家がある田舎町であり、彼ら銀月獣士団の本拠地としている場所でもある。
少し前、彼らが帝都に旅立つ前にそのクナヴァリの街を竜人や角獅虎たちが襲い、件の竜牙病を齎したという事件があった。その時の事が、まさか今になってこういう形で尾を引くとは……。
よく見れば屋台の出店も、客引きの声もない。それどころか母親たちの話し声や旅人の喧騒もないし、子供達のはしゃぐ姿すらなかった。
異様な雰囲気は、イーリオ達を忌避しているからという事か――。
まるで死の街と化したかの様な苦しさが、乾いた風となって吹き抜けている。
「とにかく、今は腰を落ち着けましょう」
ユンテの勧めに従う事が、今は唯一の救いだった。
幸い、宿の主人は話の分かる人間で、こちらの事情なども全て理解してくれていた。そのところは彼らにとって何にも得難い救いであっただろう。
やがて宿に着いた一行は、今までの経緯をそれぞれに説明する。
当然、カイゼルンの死についても触れなければならず、ユンテ以外の二人は、声を失うという言葉が相応しい驚愕ぶりだった。
ユンテがカイゼルンの死にそれほど動揺していないのは、彼が元々この大陸の出身ではないからである。そのため百獣王にもそこまでの畏敬の念を覚えてはおらず、〝かなり驚いた〟程度の反応となっていたのであった。
「とりあえず、この事を一刻も早く伝えなきゃいけないと思う」
イーリオの発言に、ユンテやシーザーが同意するも、カシュバルは不思議そうに首を傾げた。とはいえ、今の一言がイーリオ自身から出た事に、シーザーなどは少なからず安堵を覚えている。
ユンテらに再会するまで、イーリオは本当に抜け殻のようになっていた事は、さっきも述べた。どんな風に声をかけても気力を感じさせない返事しか出てこず、このまま立ち直る事があるのかと、不安になるほどの落ち込みようだったのである。
だが、仲間の生存と再会が、再びいつもの団長らしさを呼び覚ます切っ掛けになってくれたのだろう。
実際、イーリオが抱えていた胸の内の重さや悲嘆の深さがどれほどのものだったかなど、同じ団員であっても計り知る事など出来るはずがない。せめてここにレレケがいてくれたらとシーザーは思うが、いない人間を頼りには出来るはずもなかった。
「つまりこういうわけですね。公の死は軍事的や政治的にもとんでもない影響があるとは思いますが、それよりもこの事をヘクサニア側から発信される方が問題であると。ヘクサニアからすればあのカイゼルン公を倒した事を喧伝すれば、今よりもっと勢いづくだろうし、この街みたいな場所を増やす口実にもなりかねません。こうなりたくなくば、教国に従えとか何とか言って。で、従わなければ竜人を放つ。でもそれを止める最大の希望である公がいない」
シーザーが、イーリオの言葉を補足する形で説明した。
カイゼルンの死、という部分には一瞬暗い目を浮かべたが、イーリオはシーザーが語り終わった後で噛み締める様に頷く。
状況を理解した一同は、体を休めるより先に、ドリーに彼女の騎獣の〝フリッカ〟を纏ってもらい、この事をメルヴィグへ報せた。
当然の事ながら、報告を受けたレレケも、驚愕のあまり何も言えなくなっているようだった。それ以外の数々の出来事にもかなりの衝撃を受けたようだが、カイゼルンの死亡はそれらのどれよりも重かった。
偶然横にいたというカイもまた、絶句しているようである。
王国の知恵袋とも言うべき彼が、返す言葉も見つからないほどの衝撃。彼からしてもカイゼルンは己の武術の師であり、不敗を信じて疑わない存在でもあったからだ。
取り急ぎレオポルト王には知らせておくから、イーリオらは出来る限り早くレーヴェンラントへ来る様にとかろうじてそれだけはレレケも絞り出したが、それ以上は会話も出来なくなり、通信は終了した。
この一報が齎した波紋の大きさを考えれば、暗澹たる心持ちになりそうではあったが、今はとにかく前に進むしかない。
そう心を切り替えて、一同はしばらくぶりの休息らしい休息を摂ったのであった……。
※※※
その後の道程は、何事もなく順調に進んだ。
敵の追跡もパタリと止み、追手の気配すらない。待ち伏せされているわけでもなく、一行はメルヴィグの領内へすんなりと入っていけたのだ。
ここまで来ればもう安心――とまではいかないものの、それでもひと息つけたのは間違いない。北の関所であるダルムシュタット公領のマクデブルク城を抜ければ、より一層その思いは強くなるだろう。
そのマクデブルク城へも、それほどの日数をかけずに目の前にしている。
そこは覇獣騎士団の北方守護、参号獣隊が守る北の砦。
イーリオはかつてここでリッキーと出会い、当時の仲間であったドグ、レレケ、シャルロッタとちょっとした悶着を起こしている。今となればそれも懐かしい。
それ以来、城にいるイェルク主席官やメルヒオール次席官とは長年の知己であり、何も問題なく通り抜けられる――はずだったのだが。
「団長、あれ……」
カシュバルの声に不穏すぎるものを覚えるイーリオ。
盛り上がった丘陵地にあるマクデブルクの城から、煙があがっていたのだ。
ただの煙とは明らかに違う。
炊き出しや小火などでは決して出ない、破壊によってのみ引き起こされる明らかな火災。
それが目の前の城砦から、立ち昇っていた。
全員が目を合わせる。
今、優先すべきは王都に向かう事。
具体的に何をどう為すかなどの詳細は分かっていないが、ヘクサニア教国の次の標的がメルヴィグ王都であり、そこを死守するのがシャルロッタからイーリオらに託された願いなのだ。ならば余計な事に関わっている場合ではない。ここは見て見ぬ振りをし、このまま立ち寄らずに迂回すべきであろう――。
冷静に考えれば、答えは明白である。
だが彼ら全員の選択肢に、目の前のこれを見過ごすなどあるはずがなかった。
「急ごう!」
全員が足を早める。場合によればすぐさま鎧化出来る様に準備もしていた。
そして城へと徐々に近付いていった矢先――
爆発が起きた。
堅固な砦にもなっているマクデブルク城の塔の一部が吹き飛ばされ、破片がイーリオ達のいるところにまで飛び散ってくる。
もう、躊躇っている時ではなかった。
全員、己の鎧獣を纏い、何が起きても対処出来る構えでマクデブルク城に入る。
幸いというべきか当然と表現すべきか。北の城門は扉ごと吹き飛ばされており、中には自由に出入り出来る状況だった。
城の中へ足を踏み入れる直前にも、何度かの爆発音を耳にする。その度に不安が膨れ上がる。一体、何が起きているのかと。誰かが困った問題でも引き起こして、その挙句火事を引き起こした――そうであったらどれだけ良かっただろうか。
しかし目の前に広がる光景は、そんな楽観的希望を容赦なく否定してくる。
「これは――」
瓦礫が城内を埋め尽くし、煙で目の前がはっきりとしないものの、累々と屍が折り重なっているのは分かった。或いは鎧獣たちの死体も。
「団長っ」
先頭にいるのはイーリオだ。
その後ろから、叫び声。瞬間的に反応する。
身を翻して跳躍。
破砕音を耳にしながら、イーリオ=ザイロウは聖剣〝炎風剣〟レヴァディンを振るった。
この状況。向けられた殺意。直感で勘付いた気配。
それらはまさに予測通りだった。
刃先が触れた瞬間。その一瞬だけ火花のように発動させた強化の異能。白い炎。
〝千疋狼――炎身罪狼〟
例えサイより硬い装甲でも、瞬間的に威力を高めたザイロウの聖剣と、余人では到底及ばないほどの練磨を重ねたイーリオの剣技があれば、斬れないものなどそうそうにない。
倒れたのは合成魔獣の鎧獣騎士・角獅虎。
巨体が地に沈むのとザイロウが着地するのが同時だった。
ザイロウの白い炎は消えている。というより、出した事すら全く感じさせなかった。
まるで明かりを灯したその直後、その火をすぐ吹き消したように、あの一瞬にだけ発動させた獣能の変則版。
ある種、曲芸的な使い方だとも言えた。
炎身罪狼を瞬間的に発動させる――その事自体は額にある宝石飾りのような神之眼の補助器具トレモロ・ユニットを装着してから、何度も行っている。
だが今のそれは瞬間的というにはあまりに刹那すぎた。それでいながら威力は最大時のまま。
この、ザイロウが放った剣技というか異能の技は、ここ数週間の激闘の中で体得した新たな技術だった。
帝都を脱出する時や追手から逃れる際、次々に襲い来る魔獣やドラゴンもどきらに対し、何とかザイロウの消費をもっと抑えながら確実に倒せる――いや、倒せなくとも対抗しうる方法はないかと模索し、イーリオが編み出したものなのだ。
結果としては見ての通り。それ以上の成果を得ている。
たったの一刀であの角獅虎を仕留めた事に、団員たちは――特に合流したユンテ達は――驚きを隠せない。
しかしそれを賞賛している余裕などなかった。
立ちこめる煙と崩落音の向こうに、まだ巨大人獣の気配がうかがえたからだ。
どうやら予想を遥かに超える、異常且つ緊急事態であるのだけは間違いないようだった。
そこへ、一陣の疾風があらわれた――。
風は目に見えぬ突風となり、光を操作しながら、己を襲おうとする巨体に対し、目に見えぬ操りの術で制止をかけようとしていた。
いや、目に見えぬのではない。視認が困難なほどに細い鋼糸を操っているのだ。戦いの場にいながら、まるで手品のような技で以って、魔獣騎士を縛り上げている。
「メルヒオールさん!」
鋼糸を操る色素変種のチーターの騎士を見て、イーリオが名前を呼んだ。中の駆り手の事である。
通常のチーターよりも斑点模様が広がったその亜種は、キングチーターと呼ばれるもの。
キングチーターこと〝ノトス〟が声に反応して振り返り、驚愕に目を丸くした。
「――イーリオ君! どうして? 何故ここに?」
だがそれに返すより先に、バイソンを遥かに超える無遠慮な膂力で、ノトスの放った鋼糸を無理矢理に引き千切ってしまう角獅虎。
イーリオの出現に気を取られてしまった事もあり、反応が一歩出遅れるメルヒオール=ノトス。
しかし彼の狼狽を尻目に、白い炎の模様を剣と鎧に刻んだ白銀の人狼騎士が、キングチーターの脇をすり抜け、そのまま必殺の突きを放った。
三獣王〝神豹騎〟が創り出した獣王合技。
〝心臓抜き〟。
巨大魔獣が肉体中央を貫かれながら、後方に吹き飛ばされる。
咄嗟の事で反応に遅れたキングチーターを、イーリオが助けた恰好になっていた。思わず唖然となりながらも、すぐに意識を戻しイーリオに礼を述べるメルヒオール。
「いえ、お礼なんてそんな……。それよりこれは一体――。ヘクサニアの襲撃とはいえ、参号獣隊の守護するこの城が、ここまでされてしまうなんて――」
どれほどの大軍が攻めてきたのか。
その事をイーリオが問うと、メルヒオールはキングチーターの顔を苦しそうに歪ませて左右に振った。
「大軍ではありません」
メルヒオールは学者肌のせいか、誰に対しても丁寧な口調で話す。だが声の響きには、かつてないほど緊迫したものが滲んでいた。
「確かに今ここを襲ってる角獅虎の数は、二〇騎以上になるでしょうか。正直、我々、参号獣隊の隊員だけでは手に負えないかもしれません。でもここにはあのイェルク閣下がいます。大陸最速の〝疾風ゼフュロス〟が」
「それじゃあ――」
「一騎だけでも手に余る角獅虎ですが、イェルク閣下がいればそれが二〇騎になろうともどうにか出来たはず――。いえ、どうにか出来ていたんです。敵が角獅虎だけであったなら、城がこんな風にはならなかったでしょう」
そこへ、今まで起きた中でも最大規模の爆破が、城ごと周囲を吹き飛ばした。
いかな鎧獣騎士であれど、立っていられないほどの爆風が全員を叩く。或いは銀月団のドリー=フリッカなどは、仲間のカシュバルに掴んでもらえてなければ本当に吹き飛んでいたかもしれない。
やがて目を開けるも、目の前に広がる光景に、全員が声を失った。
城の大半がなくなっていたのだ。
あるのは瓦礫の山だけ。焦げ臭い異臭が辺りに充満し、今までそこにあったはずのあらゆるものが、消し飛ばされてしまっている。
「これは――」
イーリオ達が絶句するのも無理からぬ事。
こんな破壊行為は、あの角獅虎や角獅虎が変異した飛竜でも出来ない。いや、鎧獣騎士でこんな事が行えるとは到底思えなかった。
やがて爆風の後の煙が薄れ、かつては城だった一部であり今は更地になってしまったそこに立つ人型の姿が見えた。
両手に短剣を持つその姿は、チーターのものだが一回り以上巨大である。
古代絶滅種の巨大チーター。
ジャイアント・チーターの鎧獣騎士にして参号獣隊を率いる主席官。
イェルク・レットウ=フォルベックの駆る〝ゼフュロス〟だった。
その背に向かって声を出そうとするも、一瞬でこの場にいる全員の喉が凍りつく。
イェルク=ゼフュロスの更に向こう側から、キングチーターを超えた上背の巨人が、輪郭を露にしたからだった。
その姿。その佇まい。
イーリオには見覚えがある。
黒灰色の全身。黒と灰色の鎧に、タテガミのように伸びた真紅の襟元。
自身の背丈近くありそうな、長大な処刑人の剣。
周囲には、人魂のようにいくつもの怪火が浮かんでいた。
まるでその手にかけた者らの魂を、付き従えているかのようである。
現生の捕食動物にはない、原始の巨大捕食生物の人獣騎士。
ヘクサニア教国教王ファウストの駆る神魔王狼の鎧獣騎士。
〝赤熱の鬣〟ベリィが、破壊の炎の向こうから、あらわれたのだった。




