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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第四部 第三章「最強と最凶」
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第四部 第三章 第六話(2)『訃報』

 街路を埋め尽くす死体と、倒壊した家屋の山。

 朝靄がけぶる街中にあって、いつもの清廉さと活気が溢れ出す姿はなく、苦悶と助けを呼ぶ声だけがそこにはあった。

 四方八方から聞こえてくるのは、苦しさに満ちた悲鳴や怨嗟のみ。それは四年前の帝城半壊の時を遥かに上回る規模の、壊滅的状況だった。


 あまりの惨状に、しばしハーラルは声をなくして立ち尽くす。


「陛下。どうやら本当にヘクサニアは、ここから完全に立ち去った模様です。帝都中からの報せを纏めましたが間違いございません」


 ヴォルグ六騎士の一人、ヴェロニカが跪いてハーラルに告げた。

 その言葉に、ハーラルは一瞬安堵を覚えそうになった。だがそんな自分に対して彼は沸々と憤りが湧いてくる。


 自分は今の報告で何を思った? 安心したのではないか? 安心だと?


 思わず、冷静さなどかなぐり捨てたような怒りを、辺りにぶつけはじめる。


「ふざ……ふざけるなっ! クソッ! クソッ! あいつらは――あいつらはただ蹂躙しただけというのかっ! おのれっ! 馬鹿にするな! そんな、ただ帝都中を破壊しただけだと――?! ふざけるなっ!」


 周囲に転がる瓦礫を蹴り、踏みつけ、何度も何度も暴言を吐き続けるハーラル。


 彼らがいるのはゴート帝国帝都ノルディックハーゲンの東のはずれ。

 ここに、一度は街から離脱を余儀なくされた皇帝ハーラルが、再度戻ってきていた。だが起きた出来事とその結果に対し、彼はただ喚き散らす事しか出来なかった。皇太子時代の彼を知る人間からすれば、まるでその時のハーラルを見ているかのようないたたまれなさである。

 見つめるヴェロニカも何も言えない。

 彼女も、敬愛していた同じ六騎士の一人にして宿将のマリオンを、喪ったのだから。それも皇帝や己らを逃すためにその身を犠牲にして――。


 ヘクサニア軍が去った後の帝都で、マリオンと彼女の騎獣〝リンド〟の惨たらしい死体を見つけたヴェロニカは、悔しさに嗚咽を漏らした。しばらくしてから何とか気持ちを切り替えた彼女は、指揮を執って帝都の状況を整理すると、こうしてハーラルに報告をしていたのだった。


 まだ荒れ狂う白髪はくはつの皇帝に対し、宥めるような口調でヴェロニカは言葉を継いだ。


「我々も悔しさは同じにござります。帝国軍が、むざむざ蹂躙されてしまうなど……。しかし陛下、我々にはまだ偉大な牙が残っております」

「……」

「先ほど私の元に届いたところによれば、南に出向いた総司令閣下と閣下の家軍コーアが、急ぎ帝都へ戻っているとの報せが入ってございます」


 まだ当たり散らしていたハーラルが、帝国総司令の名を耳にした途端、ぴたりと動きを止めた。


「マグヌスが……」


 ぜいぜいと息を荒くしながらも、表情に別の色が混じったように見える。

 当然だろう。総司令官マグヌス・ロロは帝国の武の化身。敗北は四年前の百獣王カイゼルンとの一戦のみで、後は生涯無敗。そのマグヌスが急いで帰投していると聞かされれば、気持ちも変わろうというものだ。


「とはいえ、帝都もこの惨状なので通信の術が途切れてしまい、今どの辺りかなどの詳細は不明となっております。ただ、帰還中なのは間違いないとの事。遠からぬ内に帝都に帰着される見通しです。ですから陛下、総司令がお戻りになられましたら、今度は我々が奴等を攻める番です」


 見れば、〝妖精女侯爵フェーヤ・マルキース〟と讃えられるヴェロニカの整った顔が、血の涙を流しそうなほどの怒りに染まっていた。

 言葉は冷静そのものだが、それは彼女が必死でそう努めていたからに他ならない。


「……分かった。みなまで言うな、ヴェロニカ。こちらから攻める? 当然だ。我々ゴート帝国がただされるがままに弄ばれて終わるなどあり得ん。――だがな、だが待て。復讐は当然だし怒りを抑えろとも言わん。だがまずは苦しみに喘ぐ民に対しせねばならん事があるだろう。助けを求める民達を放って我欲のままに戦端を開けば、いずれ余も暗君に列せられる」

「陛下……!」

「総司令が戻るまでに、まずは帝都を少しでも建て直す。救護の人員を増やして助けられる者は一人でも助けろ。動ける鎧獣騎士(ガルーリッター)はヴォルグの家軍コーアだろうが何だろうが構わん。貴賤も何も問うな。皆で破壊された街を少しでも復旧させろ。しかる後、マグヌスの帰投と共に会議を開く。可能ならエゼルウルフやデモナズ、ギオルらも呼び戻せ。北央四大騎士団ノルディック・フィーラ・リッダーナ全軍でこれにあたるぞ」


 部下の怒りを目の当たりにした事で、反対にハーラルの憤怒の方が僅かに沈静化したようだった。感情の炎が鎮まれば、若き皇帝の持つ怜悧さも戻ってくる。


 続けてハーラルは、必要な対処を次々に打ち出していった。

 その姿は、まさに暗君などとは真反対そのものと言うべきだろう。


 そんな姿にあてられ、ヴェロニカも怒り以上の闘気が全身に満ちるのを感じてくる。


 ――この陛下となら、地獄の底にでも一緒にお供出来る。


 だが、彼らはまだ知らなかったのだ。


 この時既に、そのマグヌス総司令がこの世にいない事を。


 彼を破った唯一にして最強の存在〝百獣王〟と共に、黒騎士によって殺されていた事を。


 後日その事を知った帝国軍は、見るも哀れなほどの衝撃で国全体が深い喪失感と悲しみに潰されてしまう。


 ハーラルはと言えば――後の年代記にこう記されている。


 ――偉大なる氷界の覇王の死に、陽光は四散しヴォルガの河は流れを止めた。されど氷虎帝の深き悲しみ、いずれも之には及ばず。


 氷界の覇王とは、〝獣王殺し〟マグヌスの別名である。

 彼にとっては最強最大の部下というだけでなく、己の実の父でもあるのがマグヌスなのだ。失った悲哀の深さがどれほどであるかなど、誰にも分かろうはずがなかった。


 結局、当初は復讐の炎を燃やしていた帝国軍だったが、彼らの反攻作戦は形になる事なく空中分解してしまう。

 そしてこれをきっかけに、ヘクサニア教国の勢いは益々止められないものへと変わっていった。何せ大陸最大の軍事力を誇る大帝国を相手に、反攻さえ起こさせないほどの完全な勝利を果たしたのだ。

 もう誰も、どの国であっても、彼の国の侵略を止める事など出来はしない――そんな無力感が、大陸の全国家を侵食しはじめていった。


 果たしてこうなってしまった責めは、一体誰が負うべきだったのだろうか。


 心折れてしまったハーラルなのか。

 彼を支えきれなかった帝国の諸将や官吏たちなのか。

 それとも言う通りにしたとは言え、共に戦わず帝都から離脱してしまったイーリオ達なのか。


 後世の歴史家も、それについての答えは出していない――。



※※※



 ディーベンガは、メルヴィグ王国南方域にあるオルペ公領の公都、つまり王国南方域における首都とも言うべき都市だ。


 古くからオルペの地は豊かであり、そのため多くの国々がこの地を我が物にせんとし、戦火に巻き込まれてきた。しかしロートリンカス家がここを治めてからは、以後一度たりとも他の者に支配権が移った事はなく、長きに渡り同家によって守られてきた歴史がある。


 今のオルペ領はメルヴィグ王国の傘下に入っているが、国家騎士団の覇獣騎士団(ジークビースツ)の内、この地に常駐している伍号獣隊(ビースツフュンフ)は代々ロートリンカスの一族が主席や次席、または両方を勤めていた。

 つまり連合王国傘下であっても、任地との結びつきは他のどの隊よりも強い。加えて伍号獣隊(ビースツフュンフ)は、覇獣騎士団(ジークビースツ)の中でも最も防衛戦に長けた部隊である。

 そのため、公都を囲む城壁の堅牢さも相まって、メルヴィグ一の難攻不落と呼ばれているのがこのオルペ公領とロートリンカス城――またはロートリンカスの双子城と呼ばれる城塞都市ディーベンガなのであった。


 当然ながら、この地におけるロートリンカス家と伍号獣隊(ビースツフュンフ)への信頼は、他にはないものがある。


 だがその公都ディーベンガの空に、今は凶々しい灰色が飛び交っていた。

 異形の巨翼。鳥などでは決してない。

 同時に、公都を囲む外壁からは巨石をぶつけるような轟音が響き、街を不穏に揺るがしていた。


「をーっほっほっほ! さあもう一息よ。さっさと壁ごとぶち破っておあげなさぁい!」


 街の外から耳障りな笑い声を発するのは、肥満という言葉さえ控えめな表現になってしまうような巨体を揺らす、中年の女性。そんな丸々とした巨体が跨っているのは、インドヤギュウ(ガウル)鎧獣(ガルー)

 いくら巨牛といえど、よくもあれほど重そうな体を乗せていられると感心するが、見ればその鎧を着けたインドヤギュウ(ガウル)も相当に大きい。ある意味実にしっくりとくる絵面をしている。

 巨女は毒々しい厚化粧の下で嬌声をあげながら、配下の角獅虎(サルクス)に唾を飛ばして命令をしていた。

 だが、はっきり言えばただ叫んでいるだけにしか見えない。


 元より神聖黒灰騎士団(ヘキサ・エクェス)・第九使徒オリンピア・デュ・ピュイゼに指揮能力などあるはずがなかった。


 それは四年前のクルテェトニク会戦でも知られている事である。

 それでも彼女がここでの指揮を任されたのは、彼女の戦闘力の高さもあったが、ただ単に頭数の問題でしかなかった。


 現在、ヘクサニア教国は十三使徒の多くをゴート帝国に向かわせている。その他の、特に上級位階の者達もほとんど出払っており、本国には十三使徒の半数もいないのだ。

 ならばこれ以上本国を空にするわけにもいかず、では誰がメルヴィグに向かうかとなった時、お鉢が回ってきたのがオリンピアというわけだった。



 街の外壁に衝撃を与えているのは、彼女の率いる角獅虎(サルクス)たち。

 どの生物にも類似性のない、異常に巨大化したツノを振るい、何度も壁に突進からの頭突きを加えている。いくら火山灰製コンクリートオプス・カエメンティキウムの堅固な外壁であっても、魔獣の前では藁束で槍を防ごうとするようなもの。


 既に穴は穿たれており、完全に崩れ落ちる一歩手前なのは言うまでもなかった。


 当然ながら公領所属のオルペ騎士団や伍号獣隊(ビースツフュンフ)らが迎撃を試みているが、壁を襲っている角獅虎(サルクス)らの前に他の魔獣騎士が行手を阻み、これに手も足も出ていない。


 オルペ騎士団団長であるヨーロッパスイギュウの騎士のみがかろうじて奮闘しているものの、一騎では多勢に無勢。どうにもならないようだった。反対に攻勢側が不利と言われる攻城戦にも関わらず、迎撃側の方が全滅しかけているところだろうか。


 ヘクサニア軍が突如姿をあらわして襲ってきたのは、ほんの半刻前だ。


 壁を揺るがしはじめたのも数分前。


 こんな僅かの間で、既に都市の防衛戦は限界を迎えようとしていた。

 が、これで終われば他の諸都市と何ら変わらないだろうが、ここはオルペの公都ディーベンガ。数百年の長きにわたって、一度たりとも他国の侵略を許しはしなかった不落の城塞都市なのだ。


 劣勢にオルペ側が限界を迎えそうになった矢先――



 墨色混じりの白亜の閃光が、大地を走った。



 同時に、いいように攻めていた角獅虎(サルクス)の一騎が吹き飛ばされる。

 たたらを踏み、鳩尾を押さえながら地面に尻餅をつく魔獣騎士。


 何が起きたのか他の魔獣騎士らが理解するより前に、その白亜の正体に気付いた飛竜(ワイバーン)の人竜が、空から滑空して襲い掛かろうとした。



 だが今度は別の純白が巨弾となって、ドラゴンもどきの魔獣を横殴りに大地に叩きつける。

 巨大な魔獣の騎士二騎が地面に転がされた衝撃で、土煙が霧のように舞い上がる。

 その中で、二騎の白が並び立っていた。



 角獅虎(サルクス)を吹き飛ばした一騎は、白亜の体毛に黒の斑点模様をした人獣騎士。中型猫科猛獣の中ではきわめて小振りな部類になるが、戦闘力の高さは見ての通りである。


 覇獣騎士団(ジークビースツ)伍号獣隊(ビースツフュンフ)次席官(ツヴァイター)


 カレル・フォン・ロートリンカスの駆る雪豹騎士〝ベルヴェルグ〟。



 飛竜(ワイバーン)を大地に叩きつけたもう一騎の方は、純白のタテガミがたなびく、白の百獣の王。カレルの兄にして不屈の守護神。


 覇獣騎士団ジークビースツ伍号獣隊(ビースツフュンフ)主席官(エアスター)


 ルドルフ・フォン・ロートリンカスの駆るホワイトライオンの守護騎士〝ガグンラーズ〟。



 二騎の登場に、防衛側が「おおっ」と一気に沸き立った。


「ルドルフ様! カレル様!」


 ヨーロッパスイギュウのオルペ騎士団団長も、満身創痍の姿ながら二人の勇姿を目にした途端、精気を取り戻したように喜びの声をあげる。


「ヘルムート殿、住民の避難は済みました。ここからは我ら兄弟も加勢し、一気に奴等を打ち払いましょうぞ」


 雪豹騎士のカレルが、オルペの団長に向かって叫んだ。

 彼らはオルペ大公の実子にして、覇獣騎士団ジークビースツで最も防衛戦闘に長けた者たちでもある。

 彼らがいればこそ、オルペとディーベンガの守りは約束されてきたのだ。


「もうですか? それはいささか――」


 カレルの言葉に、オルペ騎士団ヘルムート団長は驚いていた。当然だろう。敵の襲撃も急ならば、対処とて簡単に出来るものではない。いくらここがディーベンガであってもだ。

 だがこれには理由がある。返答をしたのは、兄のルドルフの方であった。


「少し前だったが、レーヴェンラントのレナーテ殿から報せを受けたのだ。ヘクサニアがここに攻めてくるかもしれない。用心をしてください――と」

「何と」

「これはレオポルト陛下から直々のお言葉でもあった。それ故、我らは先んじて住民の避難を滞りなく済ます事が出来たのだ」


 ヘクサニア軍が襲撃してから今まで、ルドルフとカレルがすぐに戦線に立たなかったのは、住民の避難指揮を執っていたからだった。防衛に長けた騎士団とは、ただ戦闘巧者という意味だけではないのだ。守るべきものを守りきってきたからこそ、彼ら伍号獣隊(ビースツフュンフ)は南方の守護者たりえたのである。


「ここから先は我ら兄弟があ奴らを撃滅する。邪教の尖兵どもよ、我が剣と拳の錆となるがいい」

「うむ。見上げた意気だぞ、カレル」

「有難うございます! 兄上!」


 駆り手の顔が直接見えていたなら、頬を上気させて覇気を漲らせるカレルの表情が見えたであろう。だが今のカレルは雪豹の顔。それでも彼に微塵も恐れがない事だけは、はっきりと分かった。

 雪豹の琥珀色の瞳に映るのは、魔獣騎士の群れ。それがどれほどの強敵で、どれだけ数があろうとも、彼が兄と共に戦場にある限り、何も恐れはしない。


 数騎の角獅虎(サルクス)が、兄弟騎士に殺到する。


 まず前に出たのは、小柄なカレル=ベルヴェルグだった。


 角獅虎(サルクス)は巨体であっても鈍重ではない。高速戦闘も可能な脚力と速度を有している。

 それでも雪豹であるベルヴェルグの俊敏さには、追いつけなかった。


 一撃であろうとも一刀を受ければそれだけで体が分断されるであろう凶剣をいくつも掻い潜り、雪豹騎士は角獅虎(サルクス)の一騎に剣を叩き込む。

 だが反応が鈍い。手応えどころか鎧獣騎士(ガルーリッター)の剣ですらまるで通さないほどの硬さ。まるで分厚いゴムに斬りつけたような感触しかなかった。

 当然、傷などない。


「やはり剣は通用せぬか」


 通用せぬのは分かっていたが、改めて確かめたといったところだった。だがこれは、己が剣の腕を磨いてきたその成果を見たかっただけに過ぎない。

 真に振るうのは刃ではなく別のもの。


 だがその隙を狙って、他の魔獣騎士がいい標的マトを見つけたとばかりにベルヴェルグへと殺到する。

 四方八方からの包囲攻撃。躱せる余裕は――ない。



「〝鉄骨(アイゼンクノッヘン)〟」



 雪豹騎士の口から発せられた号令。白と黒の全身から、硬質性の音が響く。


 角獅虎(サルクス)たちの剣が、カレル=ベルヴェルグの全身を斬り刻んだ。血の糸が宙を舞う。が、攻撃を当てたはずの角獅虎(サルクス)らの様子の方が怪訝おかしかった。


 雪豹騎士から血は流れている。

 牙のような大剣で斬られたのだから当然だ。しかし斬りつけた側の感じた手応えが、異常だったのだ。魔獣騎士たちの手の方が、痺れている。

 彼らからすれば子供のように小柄でしかない雪豹なのに、岩に剣を当てたような感触しかない。何より、バラバラに千切れ飛び、噴水のように血流を迸らせるはずの相手から流れているのは、かすり傷程度の血の糸のみ。


 ガキンッ


 硬い音。それにも増して耳を打つ、金属同士をぶつけたような響き。


 次の瞬間――


 角獅虎(サルクス)の内、一騎の持つ大剣に大きな亀裂が走っていた。



「〝鉄骨(アイゼンクノッヘン)――鉄壁(アイゼンヴァント)〟」



 言葉と同時に、白亜色が矢となって直撃。

 サイの如き硬皮を持つ角獅虎(サルクス)の腹部に、ベルヴェルグの左拳が突き刺さる。

 息を大きく吐き、深々と吸い込むカレル=ベルヴェルグ。

 いつの間にか剣は腰に吊るし、両拳で連続突きを繰り出す。

 一撃ごとに腹が突き破られ、やがて魔獣の巨体は仰向けに倒れていった。


 〝鉄骨(アイゼンクノッヘン)〟とは、ベルヴェルグの獣能(フィーツァー)


 全身の骨を異常硬化させ、鉄より硬い、破壊不能な体へと変異させるというもの。


 鎧獣騎士(ガルーリッター)が動物の姿から人型になる時、体内に人間を入れる事になる以上、全身の骨がそのまま人型の骨格のようにはならない。鎧獣騎士(ガルーリッター)となった際、鎧獣(ガルー)の骨のほとんどは全身にプレートのように広がって、皮下組織を覆う外骨格と変異する。


 ベルヴェルグが硬化したのはまさにこの骨で、それ故に魔獣の刃は雪豹騎士の体を斬り裂けなかったのであった。斬ったのは正真正銘の薄皮一枚。体毛とその下の皮膚表面のみ。

 それだけに、傷といえどもすぐに自己治癒出来る程度だった。さらに硬化した骨の硬度は、噂によれば金剛石ダイヤモンド並であるとさえ言われている。


 文字通り、肉を斬らせて骨を断つ――。


 破壊不能の白と黒。


「さあ、どうした? 〝火傷をした猫は冷たい水すら怖がる〟と言うが、怖気付いたか、ヘクサニアども。来ぬのなら私から行くまでだ」


 再びベルヴェルグが駆けた。



 一方でホワイトライオンの人獣騎士、カレルの兄であるルドルフの方はといえば――

 これも一騎で複数の敵を相手取っている。

 だがこちらはカレル=ベルヴェルグと異なり、泰然として微動だにしていない。


 腕を組むような恰好で直立したまま。角獅虎(サルクス)たちが次々に襲うのを涼しい風でも浴びているようにビクともしていなかった。


 ルドルフの駆る〝ガグンラーズ〟の獣能(フィーツァー)



 〝鉄筋(アイゼンマハト)〟である。



 ガグンラーズのそれは、骨ではなく皮膚から筋繊維に至る細胞組織の防御性能を異常に高めるというもの。加えてベルヴェルグのような骨の硬化ではないため、運動能力は失われておらず、むしろ弾性を上昇した事で速度が上がるというオマケ付き。


 こちらは肉を斬らせて骨を断つのではなく、薄皮一枚斬る事すら出来ない、絶対防御。


 しかも二人は、クルテェトニク会戦やそれ以前のアンカラ帝国との戦において舐めた辛酸を活かし、己の技を鍛え、鎧獣(ガルー)の能力や性能に磨きをかけてきたのだ。

 最早四年前の兄弟ではない。

 例え角獅虎(サルクス)がアンカラの二大騎士団以上であっても、この二騎が相手ではそうそう簡単に打ち破れない域にまで達していたのであった。


「フンッ」


 ルドルフが吠えると、白獅子の腕が閃いた。弾き飛ばされる魔獣の群れ。

 彼ら覇獣騎士団(ジークビースツ)の使う獣騎術(シュヴィンゲン)・レーヴェン流の技、〝不動ジーラー〟で相手を吹き飛ばしたのだ。


 だが敵を退けたかに見えたその直後だった。


 凄まじい勢いを持った横薙ぎの刃が、ルドルフ=ガグンラーズに急襲をかける。


 今まで異能の防御力さえあれば回避などするまでもないと言ったようなホワイトライオンに、咄嗟に両腕の盾で防御体勢を取らせてしまうほどの鋭さが、その刃先にはあった。

 それどころか刃を受け止めた瞬間、ガグンラーズの体が少しばかり宙に浮いたほど。


「をーっほっほっほ! 角獅虎(サルクス)ちゃんたち、退がってなさぁい。素顔がどんな殿方か見れないのは残念だけど、それも仕方ありませんわね。アナタはアタクシが、おブッタ斬ってさしあげますわ」


 突如不意打ちをかけたのは、十三使徒のオリンピア。

 インドヤギュウ(ガウル)を纏った人牛騎士となり、武器授器(リサイバー)大鉾クーゼで奇襲をかけたのだった。


「……」

「さあ、おくたばりなさいな!」


 ルドルフ=ガグンラーズを襲う、人牛の刃。


 果たしてディーベンガ攻防戦はメルヴィグとヘクサニアのどちらに軍配があがるのだろうか――。

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