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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第四部 第三章「最強と最凶」
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第四部 第三章 第五話(1)『放蕩王』

 ここで話の舞台が、少し変わる――。


 大陸北部でゴート帝国の帝都が、ヘクサニア教国からの襲撃を受けた前後の事。

 そこより遥か南の内洋海に面した所に、メルヴィグ連合王国の友好国であるアクティウム王国がある。


 アクティウムは過ぐる年、さらに南の大帝国アンカラよりの侵略を受けたのだが、その復興に目処がたち、国内的にもようやっと好転の兆しが見えつつあった。目下のところは、樹立した新王朝と新たな王のもとで、国力を充実させる事こそがこの国の最大の課題であったのだが――。


 王国首都である花の都(トレント)で、その会談は行われていた。


 そこは王宮のとある一室。

 仮面を被った男が、隣国のメルヴィグ王国から齎された情報に、驚きのあまりしばし言葉を失っていた。


「ヘクサニアがゴートの帝都を襲ったと? それで、状況は」

「詳細は不明です。ただ、こちらの術士が飛ばした擬獣(ルーガビースト)によれば、ヘクサニアは黒騎士まで出している様子。しかもあのマグヌス総司令が不在の機を狙ってのようでして。嫌な予感がしてなりません」


 仮面の男――アクティウム王国軍監にして総騎士長のブランド・ヴァンの前では、半透明のオウムがしゃべっている。

 声の主は男のもの。メルヴィグ王国の司令の一人であるカイとの通話であった。


 会話に使っている場所は、王宮であるパラティーナ宮に新設された専用の通信室。普段は術士を介して会話をするのが通例だが、今や獣使術(クンスト)にも精通しているブランドは、一人でこれを行えるまでになっていた。


「こちらでもつい先頃、突如、内洋海に島が浮上した、という信じられないような異変が起きています」

「島が? 海からいきなり、なのでしょうか」

「そう聞いています。それの影響でいくつかの港町に津波や地震の大きな被害も出ており、早急に対応せねばならないほどの事態になっているのですが、それに関して、今のお話にも繋がる問題があります。その浮かび上がった島に近い場所で、黒母教の信徒らしき連中がうろついているのを見たという報告が上がっているのです。何もかもを奴らと関連づけるのもどうかと思いますが――」

「間違いなくあるでしょうね」

「おそらくは。島を浮上させた事そのものがの国の引き起こしたものなのかは分かりませんが――いえ、そのような天変地異まがいの事まで為せるなど、考えたくもありませんが、とはいえこれに関連した何かをしようと目論んでいるのは、間違いないでしょう」


 自然災害といえど、国土に被害を齎したような自国の益を損なう事情を、友好国とはいえおいそれと他国の者、それも国の運営を預かる一人に喋るなど、通常ではあり得なかっただろう。しかし今はそういう状況ではないと二人は理解している。

 互いに智者としても評されている二人だけに、むしろ腹の探り合いなど、ここに至っては不要だろうという判断も大きかっただろうが。


「どうあれ、まずはその島に行って調査を行う予定です。それも早急に」

「でしたら、我らからも人を遣わしましょうか? 幸い、適任の者がアクティウムの近くにいます。こちらの擬獣(ルーガビースト)を使えば、その者らへの連絡も含め、それほど日にちを要さずに済むでしょうし」


 ブランドは仮面の奥で、暫し考え込んだ。

 果たして助けを借りるほどの事なのだろうか、と。

 だが、あのカイが自らそのように提案するぐらいだから、甘く見積もるべきでないのは間違いない。事実、アクティウム王国は、現状建て直しつつあるとはいえ、目下アンカラ帝国に蹂躙された国土の回復と騎士団の復興にこそ国力の大部分を注いでおり、不確定な調査にまで割ける余裕はなかった。それに事情に通じている彼らと合同で調べる事は、悪くない選択だと結論づける。


 彼がそれを了承しようとした時、背後から被さるような声があった。


「メルヴィグからの協力ねえ。誰を派遣される予定かな?」


 座席に座るブランドの後ろに、入り口の扉をいつの間にか開けて、彼の王が立っていた。


「陛下」

「何だ、俺がいては邪魔な密談でもしているのか?」


 浅黒い肌に非常に整った容姿。身長もあれば手足も長い。

 アクティウム現国王クリスティオがそこにいた。


「ではなく、こんな所にいらっしゃるのが珍しい。今日はジョルジャ様の所へは行かれないので?」

「う……それは、アレだ。今日はその、会えんかったのだ」

「さては、毎日毎日足繁く通うヒマがあったら、もっと国政に精を出しなさいとか言われたのでしょう。相変わらずあのお方と相談役様には、やりこめられますなぁ」

「う、うるさい。そんな事はどうでもいい。それよりカイ殿の話だ」


 まだ二八歳という若き王が、アクティウム王国フェルディナンド王朝の初代国王に就いて、四年が経っていた。


 何故初代なのか? それは彼が王朝交替を宣言したからである。


 クリスティオは前政権であるカスティリーヤ王家の直系になるのだが、彼は母方の家になるフェルディナンド家での王朝新設を唱えたのであった。


 これには大きく二つの理由がある。

 まず、アンカラ帝国によって事実上の崩壊をした王国を、ただそのまま取り返しただけでは国の内外への心証がよろしくなかろうという考えが一つ。自国を中心にして取り戻したのならそうでもないだろうが、アンカラをくだしたのは実質メルヴィグ王国の覇獣騎士団(ジークビースツ)であり、クリスティオらはそれに乗じただけ――と言えなくもないからである。

 それならばいっそ、前王権の正統後継者であるクリスティオ自身が新王朝を樹立すれば、内外に対しての印象も変わるだろうし、何より建て直しをするにあたって色々と動きやすいところもあるからだった。

 そしてもう一つは、大陸最大の銀行であるフェルディナンド家とより強固な結びつきを作る事で、アクティウムが金融の多くを支配する、という目論見もあった。

 むしろ目的としては、こちらの方が大きいと言えよう。

 現在、そのフェルディナンド家は先代当主アルベルティを喪い、また次期当主のはずだったロレンツォが行方知れずとなっていたため、クリスティオの従姉妹にあたるウィルマ・フェルディナンドの夫、ブルーノが当主となっていた。

 そのブルーノは、元よりクリスティオとも昵懇のため、クリスティオやブランドの狙い通り、フェルディナンド銀行はほぼ国庫に近い形として運用出来ていた。これにより復興資金などについても融通を通せるようになり、壊滅状態にあった王国は、四年の間にかなりの再建を果たせていたのだった。


「クリスティオ陛下、これはご無沙汰しております」


 クリスティオの声を聞き、カイが恭しい響きで挨拶を述べる。


「挨拶はいいさ。貴公と俺との仲でもあるし、気楽に続けてくれ」

「恐れ入ります。――それで、こちらから派遣を考えている者ですが、その、さっき言った貴国の近くにいる者らというのは、我が騎士団の女性席官二名です」

「ほう」


 クリスティオの顔に、興味の色が浮かぶ。それを察したブランドが、やれやれといった目で己の主人を見つめながら言った。


「陛下、また悪い癖が出てますよ。ジョルジャ様のお耳に入っても私は知りませんから」

「な――違う、そういうアレではない。というか、何でそこでジョルジャが出てくる。あれはフランカのただの侍女だ。俺とはその、何も関係なかろうが。いや、第一、お前が何も喋らなければジョルジャが知る事もないんだからな」

「さて、壁に耳ありとはよく聞きますからね。何処からともなく漏れ伝わっても、私は知りませんよ。クリスティオ陛下が他国の女性騎士に色目を使ったとか何とか言われても」

「おま――そういう事を臣下が言うかな、普通」

「陛下はただでさえ目立つんですから、どうもそこのところの自覚が、最近は抜けておられるようですね」


 仮面の男、ブランド・ヴァンは、先ほども述べたようにアクティウム王国の総騎士長を勤めている。

 つまり王国では軍事の頂点にいる人間で、だからこそ国王に対してこのような発言が出来るとも言えるが、この主従に関してはそれだけではない事情があった。


 ただ事情がどうであれ、ブランドにとってクリスティオは大恩人でもあり、その恩ある人間にここまでの事を言えるというのは、それだけ二者の間にはほどけ難い絆が結ばれているからとも言えた。


「お前も最近は、フランカの奴に似てきたな……」

「陛下に隙が多すぎるんですよ。今までさんざん浮名を流しておきながら、脇が甘いというか。しかしそれでいながら、ジョルジャ様に関してはてんで駄目になりますからなぁ」

「お前なぁ……カイ殿の聞いてる前で俺のことをあけすけに言うんじゃないの」


 二人のやりとりに忍び笑いを漏らしていたカイだったが、貴重な通信時間を談笑めいた時間で潰すのも如何なものかと思い、先ほどの質問への答えを返す事にした。


「一人はお二人もご存知の者です。こういう任務には打ってつけの彼女ですよ。それでもう一人は――」



※※※



 ウミネコの鳴く声を背に、港の桟橋から踵を返したマルガは、訝しさを隠そうともせずに歩いていった。

 彼女の横に並ぶ黒い体毛の猛獣が、そんな主人の雰囲気を察してか、いささか案ずる風に寄り添っている。


 彼女の行手にいたのは男女の二人。


 ともにマルガは知っている――というか、女性の方は彼女の同僚で今回の同行者だ。

 だがもう一人はこの国に着いてから合流した者で、そもそも彼女らがここにいるのは、その男の国に協力するため、派遣されたのである。



 二人に近付くと、マルガは盛大に溜め息を漏らした。わざとと言わんばかりだが、そうなるのも仕方ない事だろう。


「そのォ……目の前にして言うのもアレなんスけど、どういう理由でここに来られたんですかね?」

「それは私がマルガさんと一緒の任務を言い渡されたからで――ハッ、もしかして私みたいな頼りない人間なんて、ここにいるべきではないという意味なんでしょうか……! ど、どうしましょう、すみません、ほんと、頼りなくってすみません――」

「あ、いや、アンタに言ったんじゃなくってさ、その、何で国王陛下がたった一人でいるの? って本人に言っただけなんだけどね」


 身を縮ませながら謝る女性に苦笑いを浮かべながら、マルガは長身の男の方を見る。

 波打つ黒髪を風になびかせたクリスティオは、フッ、と微笑みを浮かべながらマルガの問いに答えた。クリスティオが天然でキザなのはもう仕方のない事なのだが、そういうのに興味がないというか、むしろ真逆の嗜好であるマルガだったので、内心ではおええっとなりながらも表情は崩さずにいた。


「ブランド――いや、貴国のカイ殿から聞いてないか? この俺が、我が国からの調査員だよ」

「いや、ですから何でそんな仕事に、クリスティオ陛下自らが来てるんですか? って意味なんスけど」

「突如出現した謎の島の調査に、ヘクサニアどもとの関連。荒事になる可能性は充分あるだろう。であれば我が国から調査に赴く人間は、何よりも腕の立つ者でなければならん。ところがだ。生憎と我が国で優秀な騎士は、現在、皆多忙を極めていてなぁ」


 聞いていたマルガが、思わず呆れた声をあげる。


「ヒマなのが陛下だけだったと? よくそんな事を、あのブランド閣下がお許しになられましたね」

「いや、許されてないよ」


 けろりとして答えるクリスティオ。


「はぁ?」

「ブランドには書き置きを残して黙って来た。俺が行くなんてあいつに言えば、小言を貰うどころか絶対に駄目と言われるのは目に見えているからなぁ。だが悠長に待っているわけにもいかんだろう? こういう事は拙速に限る。なぁ、イヴリン殿」


 南方地域出身らしい焦茶の肌をした女性騎士は、恐縮しながらおずおずとしている。一方でマルガは、呆れたのを通り越し、頭を抱えるようにして首を横に振った。


 マルガことマルガリータ・アイゼナハは、メルヴィグ王国の国家騎士団、覇獣騎士団(ジークビースツ)陸号獣隊(ビースツゼクス)次席官(ツヴァイター)である。


 派手な金髪を高く結い上げ、整った風貌も含めて見た目が賑やかに見える女性なのだが、こう見えて隠密斥候部隊を率いる副官の地位にあるのだ。容姿が派手なのでまるでそれに向いていないと思われがちだが、その実力に疑問を挟む者はいない。それほどの騎士である。


 もう一人の名は、イヴリン・ヴァルマ。


 同じく覇獣騎士団(ジークビースツ)であり、現在、諸事情で隊を離れているユキヒメに変わって、肆号獣隊(ビースツフィーア)次席官(ツヴァイター)を任されている女性であった。

 そうなる以前は副官の下に就く騎兵長の一人だったのだが、ユキヒメに代わる人材として、隊長のギルベルトが彼女を抜擢したのだった。


 彫りの深い顔で、鼻筋が高く通っている。また肌は焦茶ほどに浅黒く、一目で大陸の外の人間だと分かった。

 事実その通りで、彼女はユムンでもなければ南の大陸(ムスペル)でもない、遥か東、ユムンと般華(ハンカ)の中間にある亜大陸の出身者であった。


 連れる鎧獣(ガルー)も豹なのは確かなのだが、体毛の模様といい、明らかに見慣れぬ種類の猫科猛獣が素体となっている。


「いや、ヒマなのはどうでもいいんですけど、この国の王が出られて万が一があったらどうするんですか。そんな、陛下の護衛までしながらなんて聞いてませんし出来ませんよ」

「ハハ、万が一などこの俺にあるわけがない。マルガリータ嬢、君も覚えているだろう? クルテェトニク会戦で、この俺が敵将一騎とアンカラの大将軍の一人を討ち取るという大戦果をあげた事を。そんな俺に限って、護衛などは無用どころか邪魔だよ。むしろ俺が君たち美女二人を守ってあげなきゃあいけないくらいさ」

「いや、そういう話じゃなくって……」


 腕の立つ立たないという話ではないのだが、呑気というか鷹揚がすぎるとでも言えるクリスティオの言動に、マルガは返す言葉が見つからない。

 もっと普通の、それなりな騎士達が数名で来るものかと思えば、目的の島を臨むこの港町に着いて待っていたのが、このクリスティオだったのである。


 ここは速やかに引き取ってもらいたいのがマルガの本音だったが、同盟国の王なだけにあまり強くも出られないし、かといってこの三人というのは問題しかないと言えるだろう。


「そんな、国王陛下にお守りいただくなんて……私ごときが恐れ多すぎます」

「ハッハッハ、何を言うイヴリン嬢。名にしおう覇獣騎士団(ジークビースツ)の騎士と言えど、淑女シニョーラである事に変わりはない。ならば紳士シニョーレが身を挺するのは当然の義務ではないか」

「いえ、そんな、滅相もございません。女性にばかりうつつを抜かして飛び跳ねてばかりと専ら評判の陛下にお守りいただくほど、私なんて淑女ではございません……」

「ん? うん?」

「それに陛下は騎士としては一流かもしれませんが、前線を離れて久しいのでしょうからむしろお守りするのは我々の方で、そんな事態になる前にとっととお帰りいただかなくては、私たち、いえ、私のような半人前もいいところの半端な騎士(スプリンガー)では、陛下に助けていただくどころかご迷惑をおかけしかねません」

「え? その……何だ? これ、俺はどう受け取ればいいのかな?」


 顔をひくつかせながらマルガの方を見るクリスティオ。

 マルガは慌てて「ちょ、ちょぉっと、イヴリン」と苦笑気味に嗜めるが、イヴリン自身は分かってるのか分かってないのか、ひたすら恐縮して申し訳ございませんを連呼するのみ。先に謝られてる形だし、女性に甘い事を信条としているクリスティオからすれば、こうなってはどうにも咎められない。

 特に美女となれば余計であるのだが……。


「その……もしかしてマルガさん、イヴリン嬢って……」

「……ええ。まあ、こういう人間です」

「ああ……」


 自分をひたすら卑下してびくびくしているが、口から出るのはとんでもない毒舌という面倒な性格。


 それが新任の肆号獣隊(ビースツフィーア)次席官(ツヴァイター)であった。




 さて、何やかんやとありながら、結局クリスティオが向かうのを止める事が出来ず、半ばなし崩し的にこの三人でかの島へと出立する事になった。


 発進地である港街は、小規模ながらも商船も寄港する規模はあるため、足である船を見繕うには困らなかった。しかし船を出して貰うにせよ、さすがに王の命令だなどと言えば騒ぎになるのは言うまでもなかったので、そこは伏せて信頼のおけそうな商船船長に協力を取り付けたのである。


 しかし見た目も目立つクリスティオなうえに、彼の鎧獣(ガルー)〝ヴァナルガンド〟は、どう見てもそこらの貴族程度で持てる騎獣ではない。

 船長も彼らがとんでもない身分の者達である事は気付いていたのだろう。イヴリン並みに恐縮しながら、三人は程よい中型の商船に乗って、離れ小島へと向かったのであった。

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