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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第三部 第四章『新帝と告白』
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第三部 第四章 第一話(終)『白滅』

 左右の刃にノコギリのような刺を生やした剣――棘刃の剣ソーフィッシュ・ソードを持ち直し、ウルリク=ジェイロンは再びザイロウに迫る。


 超大型のクマ類とは思えない速度。


 このブルドックベア(ショートフェイスベア)は、現生のあらゆるクマ類を大きく上回る巨体を持っているのだが、可愛らしい名前に似合わず獰猛で強力である。

 そもそもショートフェイスとは、体の大きさに比して頭部が小さ過ぎる――それだけ肉体が大きいという謂いであるだけで、決して小顔の愛らしさを表した名前ではない。そして意外にも、この種はヒグマやホッキョクグマと同系ではなく、どちらかと言えばメガネグマと呼ばれる小型の種の系統に属していた。


 そのせいか、それともジェイロンの持つ獣能(フィーツァー)によるものか、速度も敏捷性もムスタのフォルンジュートと同じかそれ以上のものがあった。それ故、こちら側が速さで撹乱しようとも、通じ難いものがある。

 とはいえ、ザイロウも炎身罪狼フェンリル・シュティルを出している以上、やはり最高速度ではこちら側に分があるようだった。


 剣や爪撃(クロゥ)に織り交ぜて出される螺旋の伸びる指――〝無双突(スピラーリ)〟も躱しきれているし、反撃も出来ている。


 だが、あの謎の攻撃。

 その名の通りまるで消滅の魔法でも出されているかのようにこちらを抉りぬく第二の異能〝滅却術(スティリッツ)〟まで出されては、回避するのが精一杯。反撃をしたくともその機がまるでうかがえない。


「〝滅却術(スティリッツ)〟」


 言葉と共に何度も放たれる、不可知の魔技。

 しかも、先ほどまでとは違い、今度は足元や下半身ばかりが狙われている。

 こちらの速度あしを狙おうというのだろうが、いくらザイロウの回復力があっても、あれほどの威力を受ければ一時的にでも速度は大幅に減衰するだろう。


 ――何か……何か反撃の糸口はないか。


 さすがは、かつて三獣王の称号を有した騎獣というところか。

 巨体とは思えぬ的確で変則的な攻撃と、駆り手の実力、いや戦いの読み筋の確かさで、いつの間にやらイーリオの方が追い込まれつつある。


 ――いや、待つんだ。


 高速戦闘の最中さなかだが、敵の攻撃に目を凝らすイーリオ=ザイロウ。

 相手のあの第二獣能(デュオ・フィーツァー)だが、どうして最初からこちらの脚部あしを狙わなかったのか。

 不意を撃ち、一撃で仕留めようと考えたからか?

 しかし頭部ならば視線が近いから回避される可能性も高くなるはず。なのに初撃では頭を狙った。躱されると思ってなかったと言ったが果たしてそうなのか? 何より、いくら足が狙い難いと言っても、至近で剣を交える事もあるのにまだ一度も致命的な一撃はもらっていない。端的に言えば最初の一撃に比べて、精度が落ちているように感じる。

 何故か。


 ジェイロンの足――


 獣騎術(シュヴィンゲン)の足捌き。グラフェン流の踏み込みだ。

 いや、踏み込みが揺れた。

 その直後――


 ザイロウの左大腿部に大きな穴が空く。


 ――!


 観察に意識が持っていかれたせいだった。


千疋狼(タウゼントヴォルフ)!」


 数匹の幻狼を放ち、ジェイロンを撹乱。その隙に大きく後退をする。

 回復はすぐにはじまった。だが治るまでに襲われたら回避出来るかどうか。

 その恐れは現実のものとなり、再び目に見えぬ衝撃と、目に見える衝撃の二種が、ザイロウの体を貫いた。


 が――片方は肩の授器(リサイバー)で、もう片方は右脇腹に浅い穴が空いただけ。イーリオの実力もあるだろうが、運も良かったと見るべきだろう。

 何より、イーリオは見た。


 ――あいつの足!


 あの一瞬の攻防で見せた、目に見えぬほどの足捌きとそこから繰り出されたもの。



 謎の第二獣能(デュオ・フィーツァー)とは――爪だった。



 おそらく第一同様、肉体の弾性を超常を超えるほどに異能化させ、それによって小刀並みに鋭く分厚いクマの爪を、礫さながらに射出しているのだろう。

 その威力と速度があまりのものであり、攻撃を受けた相手は一瞬で己の身体を消滅させられたと感じるほど。実に恐ろしい、何という異能であるか。

 最初に頭部を狙ったのは、手の指からそれを飛ばしたから。しかし戦いの最中となれば剣を振るうために手から爪を飛ばす事は難しくなり、そのため足の爪であの〝滅却術(スティリッツ)〟を出していたというわけだ。こちらの下半身ばかりが狙われたのも、単純に上半身を狙うより当て易いと判断したからだろう。

 おそらく通常であれば、右手の剣で撹乱しつつ、左手であの爪弾を出すのが必勝の形だと推察される。場合によれば、もうひとつの螺旋の指とも組み合わせるのが本来の戦闘方法に違いない。

 だがジェイロンの左腕は、先ほど放ったザイロウの〝白炎閃(ラハット)〟で失われている。


 まさに僥倖というべきだろう。

 いや、それも実力か。


 しかし正体不明、不可知と思われた異能も、カラクリが分かればイーリオにとって、もう怖いものではなかった。

 想像でしかないが、ほとんどの者にとってジェイロンを倒す事は不可能であったろう。剣や爪、牙で攻撃しようとも、異常に柔軟な身体でそれらは通用せず、対して向こうからは一瞬で命を奪う神速の能力が出されるのだ。しかも近距離においても計り知れない力と速さもあるし、あの凶々しい剣を受けでもしたら受けた傷の惨たらしさは相当なものになるはず。


 攻防共に隙はない。

泰山英傑(ヨトゥン・ヒーツ)〟のヤロヴィトとは違った意味で、不倒の騎士だと言えた。


 けれども――


 ――この僕は違う。


 かつてザイロウにとってハーラル皇帝の駆るティンガルボーグは相性最悪だと感じたが、ジェイロンにとってザイロウこそ、最も相性の悪い相手だった。


千疋狼(タウゼントヴォルフ)――騎士団リッターオルデン


 身体から青紫の霧が立ち昇る。

 数は僅か五体。

 今までと異なり、数も精度も意のままだ。とはいえ少ない。

 分身を散開させ、自身は空中に跳躍をかけるイーリオ=ザイロウ。


「愚かな。何の為の分身か」


 ウルリクが熊の凶相で吐き捨てた。

 意表を衝いた攻撃にも見えるが、空中ならば滅却術(スティリッツ)の恰好の的だ。制御し辛い足の爪先でも、さすがにこれなら狙いは定められる。


「〝滅却術(スティリッツ)〟!」


 放たれる神速の魔弾。


 ザイロウの頭部。


 灯火ともしびのように消し飛んだ。――いや、消えた。

 消失したと言っていい。

 血飛沫も何もない。煙となって消えてしまったのだ。


 ウルリクがハっとなって気付く。本体と思ったこれは偽物だと。


「小細工を!」


 ここでウルリクは考えを改めた。ザイロウの放つ分身の精度について。

 黒母教の連中から、そして彼の〝仲間〟から共有した情報だと、異能の分身は明らかにそれと分かる見た目をしているはず。だが何があったのか分からないが、かなり本体に近い見た目で分身を出せているに違いないと。


 だが先ほども述べたように、今やその精度も思いのまま(・・・・・・・・)だったのだ。


 薄闇のせいもあったろうが、高速戦闘であった事もイーリオに味方した。

 気付いた時には己の右腕を分身の(・・・)ザイロウが掴んでいる。


「おのれっ、小賢しい」


 柔軟を活かして鞭のようにしならせこれを吹き飛ばすも、それもまた分身。続けて襲ったのも分身に違いないと予測する。


 ならば本体は――


 そこに衝撃。

 己の頭部を鷲掴みにして引き倒す、白銀の人狼。


 〝賢者(ヴェドーン)〟と渾名された男が、またしても欺かれる。

 最初に頭を消し飛ばし、本体ではなく分身だと判断した一体。

 やはりあれこそが本体だったのだ。


 煙となって頭が消えたと思ったのは、ザイロウの出した白炎の幻惑。頭部の炎のみをその瞬間消してしまい、あたかも頭だけが消えたと錯覚させたのだった。

 こちらが避け辛い空中から攻撃を仕掛ければ、相手は一撃で仕留める為、必ず頭を狙ってくるとイーリオは読んだのだ。分身を散開させて襲わせたのもその伏線。周囲から高速で攻撃があるとなれば余計に致命傷の攻撃を選ぶはず。あとは放たれるタイミングさえ読めれば、回避するのは今のイーリオにとって難しいものではなかった。

 少なくともその技倆に、彼は既に達している。


「この吾輩が、駆け引きで敗れるだと」

「僕のは師匠は賭け事好きなんだ。僕も結構強いんだよね」


 ウルリク=ジェイロンが右腕を振るおうとするも、そこへ残り三体の分身が組み付き、防ぐ。

 かつての分身の強度ではない。性能を高めた五体なのだ。

 これは最前目にしたマグヌス・ロロの異能から着想を得たものだった。繊細に制御し数を絞れば、千疋狼(タウゼントヴォルフ)の性能は更に調整出来るのではないかと。



「〝白炎閃(ラハット)〟」



 ザイロウの掌から、白炎の柱が立った。

 炎は闇夜を白く照らし、人熊の頭部を舐めるように燃やし尽くしていく。


「あ……あ……」


 漏れ出るのは断末魔の声か。それとも怨嗟の呻きか。

 右腕から剣を落とし、掻きむしるように己の頭に被さる炎を消そうとする。だが、消えるはずもない。

 頭部を失えば強制的に鎧化(ガルアン)は解除されるだろう。



 つまりイーリオの完全な勝利



 ――のはずだった。


 その足掻きがぴたりと停止するまでは。


「見事だ。見事なものだ。ここまでの実力があるとはな。全く、彼奴の言う通り実に愉快な孺子こぞうである事よ」


 聞き取り辛い、くぐもった声。それもそうだろう。頭は白い炎で灼かれ、音声は体内のウルリクが直接出しているのだから。


 だが何だ、この異様さは。

 もう勝負は決したというのに敗北したはずの巨大熊が放つ妖気は。


 炎に燃える己の頭部にもう一度手を伸ばすジェイロン。

 イーリオは己の目を疑った。


 失われたはずの左腕。

 それが元に戻っている――いや、動いているのだ。


 そして両腕でもって灼かれる頭部を掴むと、ねじ切るように己の頭を引き千切ったのである。


「――!」


 あまりの事に、イーリオが声にならない。

 それを嘲るように、首なしのジェイロンから再び響く、ウルリクの声。


「まさかこうも早く出す事になるとはな……」


 ボコリ、ボコリとジェイロンだったモノの肉体が膨れ上がる。

 毛皮が裂け、筋肉が膨張し、巨大な肉塊へと変化していく。


「見せてもらおうか恐炎公子(エルド・フォース)よ! お前ならこれとどう戦うのか!」


 帝都は――シャルロッタはもう目の前だというのに、出口が遠ざかっていくようだった。


 絶望の悪魔が、奈落に引きずり込もうとしているのか。

 狂気の牙が今まさに、鋭く剥き出されようとしていた。



「面白い!」


「これからどうなるの?! 続きが気になる」


そんな風に思ってくださった方、そしてまだ評価を入れておられない方がいましたら、是非是非、下の☆☆☆☆☆から作品への応援お願い致します!


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何卒、どうかよろしくお願い致します。

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