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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第三部 第四章『新帝と告白』
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第三部 第四章 第一話(3)『怪神騎』

 イーリオは、ザイロウを全速力にして駆けていた。

 速度を強化する炎身罪狼フェンリル・シュティルを出せばもっと速くなっただろうが、無駄な消費はなるべく避けたいので、今は通常のままだ。


 追いすがる敵もなければ、並ぶ者や後を追う味方も今はいない。たった一人で己のみが先に帝都へ向かっている。

 つまり副案の通り、イーリオだけが帝城への潜入を果たそうという状況になっているのだ。




 先ほど――

 突如加勢に表れたヴォルグ六騎士のヴェロニカとベルサーク騎士団のビョルグ団長の加勢もあり、何とかイーリオだけは灰堂騎士団(ヘクサニア)・十三使徒の障害を突破する事が出来たのである。とはいえそれも「かろうじて」ではあった。


 彼ら灰堂騎士団(ヘクサニア)の猛威は凄まじく、何と言っても怪物ベート――いや、角獅虎サルクスと名付けられた混合生物キメラ鎧獣騎士(ガルーリッター)は、あまりにも桁外れなうえ、非常識な破壊力でイーリオ達を苦しめた。


 角獅虎サルクスは巨体というだけでなく、全ての性能が通常の鎧獣騎士(ガルーリッター)とあまりにかけ離れており、軍勢に紛れさえすればどうにか脱け出れるだろうというこちらの考えも、まるで通用しなかったのだ。


 そしてもう一騎、夜叉(ヤクシャ)という名の巨大虎を駆る呂羽(ルゥユー)も恐るべき使い手であり、更に残りの三騎も相当な厄ネタであった。

 特に第五使徒の呂羽(ルゥユー)は、実力もさりながら奇怪で強力な獣能(フィーツァー)も使い、ヴェロニカだけでなくビョルグが共闘しても余裕で互角以上に渡り合ったほど。


 しかしさすがにゴート帝国の団長級が五騎も揃っているのだ。そこにムスタらもいるとあれば、方途みちが出来ぬはずもない。

 激闘を繰り広げる中、何とか敵の勢いを抑えた一瞬の隙を衝く事に成功。イーリオだけはかろうじて戦闘から脱出出来た――そういうわけだった。


 ここまで来れば後は最奥の帝城アケルススを目指すだけ。

 既に遠くからでも、巨大な尖塔の影がうっすらと視えている。

 とはいえ、あと一、二時間もすればも昇ってしまうだろう。そうなっては隠れた行動も出来なくなる。それまでに何とかして身を隠せる上、なるべく城に近い都合の良いところにまで向かわねばならなかった。


 だがそれも事前に打ち合わせた通り。

 ステンボック大公家の屋敷――そここそ、今の目的地であった。


 以前、皇帝戴冠式の折、イーリオを担ぎ上げたあの三皇家トルステン大公の帝都屋敷である。

 城の外門に最も近いだけでなく大公家が取り潰しとなった今、住まう者もおらずほぼ無人となっており、身を隠すにはもってこいの場所だった。

 体力もまだ有り余っている。

 ゼロから貰った回復薬を飲まずとも、全速で駆ければ間に合うはずだった。


 しかし――


 帝都まであと僅かというところ

 街の入口の目の前で全てを予期していたかのように、巨大な影がのそりと、だが優雅なまでの仕草で行く手を阻んだのだ。


 迂回は――

 駄目だと判断する。


 こちらが気付いている以上、おそらく向こうも気付いている。いや、こちらの動きを読んでいたというべきか。ザイロウの感知が気付かぬという事からも、それが窺えた。


 仕方なく手前で停止するイーリオ。

 待ち伏せる巨大な影から、襟に毛皮の付いた外套マントの男が降り立った。

 撫で付けられた黒髪に口元のチョビ髭。

 聞いていた容姿に加え、あの巨大なクマ類の影と符合するのはただ一人――。


 ヴォルグ騎士団六騎士・ゴート帝国左翼大隊司令長官ウルリク・ブーゲンハーゲンと、彼の騎獣〝ジェイロン〟だろう。


「スヴェイン自慢の灰堂騎士団(ヘクサニア)どもから抜け出てきたと思ったが、お前一人か。成る程成る程」


 目を薄くして、値踏みするようにこちらを見ている。

 ここにきて騒動の首魁の一人がいきなり出てくるとは――。

 父やリヒャルディスがいたら気炎を上げて向かっていっただろうが、今のイーリオにとっては構っていられる相手ではない。むしろこのまま何事もなく通してもらいたいほどだが、そうさせてもらえない事は剣呑な雰囲気と今の台詞だけでも充分わかってしまう。


「悪いけど、貴方に構っているヒマはないんだ。力尽くでも通してもらうよ」

「ほほう! さすがはオーラヴ殿下を僭称するだけはある。その気概は大したものだと言いたいが――」


 言葉の最後を紛れさせるように「白化(アルベド)」とウルリクが告げた。


 大型、それもゾウやサイなど巨大な部類に属すると言っていい大きさの白煙が渦を上げた後、中から武神ウェルーンと並ぶ帝国最大の人獣騎士がその姿を見せる。


 史上最大のクマ類ブルドックベア(ショートフェイスベア)鎧獣騎士(ガルーリッター)。帝国きっての強者つわもの揃いと言われた暗殺騎士団〝不死騎隊(カスチェリス)〟をたった一騎で全滅させた恐るべき騎士。



 〝怪神騎(ファントム)〟ジェイロン。



 両刃にノコギリ状の巨大な刺が目立つ異様な剣・棘刃の剣ソーフィッシュ・ソードを手にした姿はまさに人熊の魔王といったところか。帝都に入る最後の難関としては、最も出会いたくない相手の一人が最後の最後で立ち塞がったのだ。


 こうなってはもう、実力でここを通るしかない。

 そう思ってイーリオ=ザイロウが身構えた瞬間だった。


 ザイロウの危機感知が何かを告げ、咄嗟に剣を構えた事でその一撃をかろうじて防ぐ。

 己の目の前、数インチ先で弾ける火花。


 通り過ぎた後に焦げ臭い匂いだけが残されたが、それは剣と〝何か〟がぶつかりあった匂いだと気付く。

 あまりの速さで予測がつかなかったが、その正体をイーリオは確かに見た。

 きりもみを描いて放たれた漆黒の指。その先端の爪が、螺旋状にザイロウを襲ったのだ。

 だが防ぎきった後には、もうその軌跡すら消え去っていた。


 帝都の前から響く、巨大熊からの声。


「口先だけではないようだな。吾輩の〝無双突(スピラーリ)〟を弾くとは」


 今のがジェイロンの異能だと、イーリオは気付く。距離をものともしない攻撃である事よりも、あの巨体でありながら的確すぎるほどに繊細な攻撃を放ってきた事の方が驚きだった。


「どうやら吾輩も本気でいかせてもらわねばならんようだ。ヴォルグ六騎士の名に賭けてな」


 ゴート帝国最強の六人。その一角が大きく両手を広げた。


 本来であればザイロウの力はまだ温存しておきたいところだった。ここで無駄な消費をする事は、後を想定すれば避けておくべきだったからだ。だが、そんな事を言える相手でないのは間違いなかった。


千疋狼(タウゼント ヴォルフ)――炎身罪狼フェンリル・シュティル


 白銀の全身、鎧を纏っていない部分から白い炎が噴き上がる。

 速度と力を数倍に跳ね上げるザイロウの高速戦闘形態。

 だがかつての炎身罪狼フェンリル・シュティルとは、少し様子が違った。全体的に火勢が抑え込まれ、炎が小さく見えるのだ。

 しかし発動した本人の方は、以前とまるで違う力の充足感に、今にも飛び出していきたくなるような漲りを感じていた。

 これは額に嵌められた神之眼(プロヴィデンス)飾りの器具、トレモロ・ユニットによるものである。

 無駄なエネルギー(エネルゲア)浪費を大幅に防ぎ、体内に循環させる事でより莫大な力が出せるようにしたザイロウだけの新たな装備。

 対ヤロヴィト戦でも炎身罪狼フェンリル・シュティルは発動したが、あの時から更に変化しているようだった。おそらくここにきて、やっとトレモロ・ユニットがザイロウ本体に馴染んできたのだろう。皮肉な事に先ほどの灰堂騎士団(ヘクサニア)らとの戦いも、それに一役買ったのかもしれない。


 溢れ出す勢いのまま、一気に駆け出すイーリオ=ザイロウ。


 いや、正確には駆けるというより、ただの一蹴りでジェイロンの眼前にまで肉迫してみせていた。

 刮目するウルリク=ジェイロン。狼種とは思えない、およそ信じられない速度だった。

 いかにかの怪神騎ファントムが強大で強力でも、懐に潜り込んでしまえばザイロウの敏捷性があれば完全に追い付くのは困難なはず。


 相手が螺旋ならこちらも螺旋で――


 直上に向けて体を旋回させるように、相手を斬り刻みながら跳躍する白銀の人狼騎士。

 以前、アクティウムのミケーラから教わったヴァン流の技〝螺旋闘パッソヴォルタ〟の応用だ。


 無数に斬り刻まれるはずのジェイロン――のはずだったが――


 手応えがなさすぎる。剣が通り抜けていくような、空を斬る感触。

 着地して距離を置いた時、今度は反対に悪魔の牙さながらに棘刃の剣ソーフィッシュ・ソードがこちらを襲ってきた。


 制動からの急発進。

 レーヴェン流〝瞬転ストリッヒ〟の足さばきで躱そうとするも、巨体の猛襲はこれを許さず追いすがってくる。


 ――だったら!


 先ほど手応えがなかったのは、敵の異能だろう。

 あれほどの巨体でありながら高速で体がゴムのように伸縮し、こちらの刃のほとんどを受け流していたのだ。つまり剣や爪、牙による直接攻撃が効き辛いという事になる。最初に出した謎の一撃も、そうやって放たれたものだと推察された。

 しかし新たな力を施されたザイロウなら、戦う術はいくらでもあった。


 迫りかけたジェイロンに、再度の瞬転ストリッヒ

 けれども今度は避けるためではなく、逆に敵へ向かっての急発進である。


「!」


 ウルリクの驚きが、こちらにも目に見えて感じる。

 高速での交差。

 戦闘による昂りが、イーリオの集中力を極限にまで高めてくれていた。

 防ぐなどおよそ不可能な一瞬。その瞬間、ザイロウは剣ではなく片方の掌で相手の片腕を捕まえていたのだ。


 吹き上がる白い炎。


 そのまま爪を立てるように駆け抜け、距離を取って地に足を着けた両騎。

 睨み合った後、ウルリクは今の片腕に違和感を覚えた。

 一見すればただの爪撃(クロゥ)に過ぎない。白い炎が上がっていたくらいで傷も大したものではない。というより無傷に近いと感じた。


 ところが、である――


 掴まれていた片腕にその白い炎がまとわりついて消えないのだ。しかもエネルギー(エネルゲア)の余波などではなく、物理的な熱を伴っている。


「何だ、これは」


 はたいてみるも火は消えない。己の肉が灼ける臭気が、鼻孔をつく。


 まずい――


 だが、気付いた時には遅かった。



「〝白炎閃(ラハット)〟――ザイロウの、新しい技だよ」



 イーリオが己の左掌を胸元で掲げると、そこだけ明々と白炎が篝火のように火勢を強くしていた。


 ザイロウには炎狼剣(リットゥ)という必殺剣がある。

 炎身罪狼フェンリル・シュティルで噴き出している己のエネルギー(エネルゲア)を剣に集約させ、鎧獣騎士(ガルーリッター)ではなく中の人間のみを灼き尽くしてしまう恐るべき技だ。

 白炎閃(ラハット)とはこれの簡易版。高エネルギー(エネルゲア)化した白い炎を拳に集め、相手を燃やす技。この場合、炎は中の駆り手に対してではなくとも良いため、外側からでも灼く事が出来る。しかも一度燃え移された炎は、相手のエネルギー(エネルゲア)を吸い上げながら燃え続ける為、なかなか消えない。


 結果、灼かれ続けた部分はどうなるか――。


 ウルリクもさすがにこのままではいけないと判断する。が、消し方が分からない。いや、消せない。

 火勢は強まりもしない分、弱まる気配もなかった。しかし既に左の二の腕は肉が焦げ付き、脂も溶けて落ちつつある。感覚も消失していた。


「とんでもない技だな」

「左腕はもう使えないだろうね。このまま続けてもいいけど、次はまた別の部分を失うよ。それでもいい?」


 この技は、原理で言えば炎狼剣(リットゥ)を編み出した時に、既にイーリオは考えついていた。あの強力な一撃を調節して出す事は出来ないかというのが発想の大元だ。

 しかし以前のザイロウでは放出されるエネルギー(エネルゲア)の調整が難しく、それに白炎閃(ラハット)は非常に繊細な力加減を必要とするため、発想止まりでそれを技にして実現するのは、およそ不可能だというのが今までの結論だった。


 ――だがトレモロ・ユニットを装備した今なら、この幻に思えた技も出せるのではないか。


 まさに己の考え通り。


「大したものと褒めてやろう。ほんの少し前、ハーラル陛下に手も足も出なかった者と同じ人物とは思えぬほどの成長ぶりだ。その鎧獣ガルーもそうだが、貴様自身の錬度も上がっている。これはこちらも気を引き締めねばな」


 白炎がまとわりつくのを止めた時、ジェイロンの二の腕は炭化し、ぼろぼろと剥離をはじめつつあった。

 どう見てもイーリオの圧倒的有利。

 しかし片腕を失ったこの状況で、まだウルリクは余裕の姿勢を崩していない。

 それが何よりも不気味であり、イーリオも警戒を解くどころかむしろ更に厳しいものにした。

 おもむろに、ジェイロンが棘刃の剣ソーフィッシュ・ソードを大地に突き刺し、何かを呟く。



「〝滅却術(スティリッツ)〟」



 瞬間――回避出来たのは炎身罪狼フェンリル・シュティルを出していたから。

 そうでなくば、ザイロウの頭部に空洞が出来ていたであろう。


 が、それでも――右の首筋。首回りの授器(リサイバー)ごと、ぽっかりと肉体が抉りとられ、光粉混じりの血流が噴き出す。


 避けきれてはいなかったのだ。

 左手で噴き出す血を抑えながら、驚愕に目を見開く。


 ――今のは……?!


 距離は離れている。間合いにもほど遠い。

 何が起きたのか、まるで理解出来ていなかった。


「これは驚いた。吾輩の第二獣能(デュオ・フィーツァー)を初見で避けるとは。いや、本当に大したものだ」


 〝無双突(スピラーリ)〟と言う第一の獣能(フィーツァー)は、肉体の柔軟性と弾性を超常の域にまで高めるというものだと、察しは着いていた。昔、イーリオは父のムスタから熊が見た目以上に柔らかな体を持っていると教えてもらった事がある。そこからの推測だった。

 その柔軟性を活かし、己の指を螺旋状のバネにして放ったのが最初の急襲だろう。


 では今のは何なのか――?


 何かが飛来したのだけは分かる。しかし何を飛ばしたというのか。

 そして何を飛ばせばこんな風に、一瞬で鎧ごと貫通してしまうというのか。


 片腕を失っても、敵の恐ろしさはまるで変わらない。

 イーリオは、己の読みを今一度改め直すべきだと考えた。

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