第三部 第三章 第四話(3)『獣王合技』
歴史に名を残す決闘。
それは間違いなく、目の前の頂上決戦の事であろう。
獣能など、所詮は有効な手札の一つにすぎないと嘯くカイゼルンとマグヌスだったが、互いの異能はそんな程度で括れるものではなかった。
ウェルーンの第二獣能
〝軍神〟
全身から白煙を吹き上げ、それに触れれば相手の活動が停止するのは第一の〝氷座〟と同じ。驚くべきは煙自体が質量を持ち、巨大な拳のような形を取って攻撃や防御もするという点にある。
白煙を自在に操る――
気体である白煙が質量のある攻防をする――
そんなものがあるはずはない。
気体はどこまでも気体。魔法でなくばそんなもの、有り得なかった。
しかし目の前にはそれが現実となっていた。
これを創り出したホーラー・ブクは、この異能の原理原則を全て把握していたわけではない。ただ、若き日に帝国の地下で診たザイロウからこの発想を思いつき、それを形にしたら鎧獣や神之眼の本質にまでたまたま迫ってしまったというのだ。
ある意味偶然の産物とも呼べるものだが、偶然が真理に到達出来るからこそ、天才の天才たる所以であるとも言えるだろう。
そして〝軍神〟の煙の正体。
詳しい事は述べられないが、一言でいうならこれは煙ではなかった。
煙――いや、気体とは別種のモノ。
だから質量を伴った攻撃が出来るのだ。
それはまた〝氷座〟も同系統なのだが、〝氷座〟よりも格段に質が違っているのが〝軍神〟である。
マグヌス=ウェルーンが空で手刀を斬るように、己から出ている煙霧の巨腕を振るった。
大地を抉り飛ばしながら、直径二〇フィート(約六メートル)はあろうかという拳が黄金の獅子騎士のいた場所を爆砕させる。
一撃だけで隕石落下のような痕跡が出来上がった。
だがそこにヴィングトールはいない。潰されたわけでもない。
黄金の巨体は遥か上空。
ライオン種では有り得ぬ跳躍力。
イーリオは見ていた。跳ぶ瞬間の動き、それはヴァン流の舞闘と同じものだったと。
跳躍が最高到達点に達した瞬間、カイゼルンが号令し、ヴィングトールが左右の腕を前に翳した。
よく見れば全身を包んでいた鎧が今はない。事前に上半身部分だけ、解除してあるようだった。
「〝創大――百刃〟」
両の腕をはじめとして、体中のいたるところからいくつもの剣が吐き出される。
それらは驟雨となり、ウェルーンの巨体目掛けて殺到した。
ひと振りひと振りが、かのアンカラ帝国のゾウやサイすら倒した殺傷力を持つ剣だ。当たればタダでは済まないうえに、上空からだから――例え元々が生物の細胞で創られたものだったとしても――煙に触れても制止する事はない。
「〝軍神〟!」
マグヌスが吠えると、白煙の両腕が唸りをあげて次々と剣をはたき落とす。
しかし百刃という名の通り、剣の雨は止む事を知らない。ウェルーンの異能がいくら質量を持とうとも、やはり煙状である事は事実だ。
かいくぐった、或いは突き抜けたいくつかの剣雨が白亜の巨体に傷を刻む。
そのままカイゼルン=ヴングトールは、直上からの斬り下ろしを放った。
回避不能。立て続けの波状追撃。
が、マグヌス=ウェルーンはこの時カイゼルンすら驚かせる動きを見せる。
比喩ではなく、本当に大地を割ったおそるべき踏み込み。上半身は捻っている。
――!
いち早くカイゼルンが気付くが、ウェルーンの動きは速かった。
降り注ぐ剣の雨を受けながら、矢など追い付く事すら出来ぬ速度で、跳躍をかける。
それはもはや空に放たれた破壊の権化。
ヴィングトールの黄金大剣がこれにぶつかるも、凄まじい勢いで巨体ごと吹き飛ばされてしまう。
地に降り立つ両者。
その姿は互いに凄絶だった。
古代北極羆の全身には幾本もの剣が刺さっており、黄金のバーバリーライオンも、腹部と腰の一部がなくなっていた。
互角――と言えるのか。
イーリオが言葉も失い息を呑んでいると、横からムスタが、押されているな、カイゼルン、と言った。
「五分のように見えるけど……?」
「マグヌスの今の技、見てなかったか?」
見ていた。踏み込みはグライフェン流独特のものだがそこからはレーヴェン流のようでもあり、また違うようにも見えた。イーリオが頷きながら、
「あれも、さっき言ってた〝獣合技〟?」
「いや、あれは獣合技ではない。獣合技すら超えた、三獣王の出せる究極の武技。〝獣王合技〟だ」
「究極の――技?」
「獣合技は他流派同士の技を同時に繰り出して一つの動きにしてしまう事だが、〝獣王合技〟は違う。あれは、他流派同士の技を三つ同時に放ち、あまつさえそれで物理限界を超えた動き、威力を出すという、究極の技だ」
三獣王しか使う事は出来ないのではないかとさえ言われる、獣騎術の最高峰。
それが〝獣王合技〟。
「三獣王しか使えないわけではないが、三獣王ぐらいでないと、あんな動きは出来ん。儂の〝破裂の流星〟も、ある意味あれに対抗するために編み出したようなもんだ」
それぞれの流派は、それぞれの種別に対応した体の用い方をすると言われている。
グライフェン流はその中でも種別関係なく使えるという事で幅広く学ぶ者が多いが、レーヴェン流などは捕食動物を中心にした狩猟騎に特化しているし、同じ四大流派のオレンボー流は駆動騎である事が前提とも言われている。
だからそれらを同時に三つも組み合わせるという事は、ないはずのツノで相手を貫くのに等しい、常軌を逸した攻撃方法だと言えるだろう。
「そして今、マグヌスが放った技。あれは初代カイゼルンが編み出したとされる最初の獣王合技――〝覇王旋壊牙〟だ」
ムスタの声が心なしか震えている。それはイーリオとて分かる。
獣帝ドゥルガの戦いでもヴィングトールは傷を負ったが、あれはあまりに攻撃能力が高過ぎる異能によるものでしかない。獣能とて技や実力の内だが、純粋に中の人間の技術で上回られたわけではなかったが、今のは違った。
カイゼルン=ヴィングトールが出した必殺必死の攻撃を受けながら、それを半ば上回り、凌駕する形で強大な技を出し、当てたのだから――。
それこそこのマグヌスとウェルーンは、あの獣帝をも上回っているという証左ではなかろうか。
「極大の破壊とまで呼ばれた技だよ。まさかそいつをカイゼルン相手に出して弾き跳ばしちまうとはな……」
しばしの間、無音の時が流れる。
周囲のしばらくの静寂は、皆が息を呑むしかなかったから。
やがて誰ともなく、堰を切ったように歓声の爆発が巻き起こった。特にロロ家軍の方に。
割れるような興奮の渦は、「マグヌス! マグヌス!」と総司令官の名を讃えている。
カイゼルンはと言えば、既に失われた体の箇所を、獣能で創造し修復していた。
が、どことなく師匠らしくない雰囲気だとイーリオは感じる。
カイゼルンはあまり戦わない。戦えば勝つのが決まっているから、というのが本人の談だがそれは確かにその通りだった。
だから戦っても、どこか相手を侮っているような素振りになるし、獅子は兎にも全力を出すなんて例え、カイゼルンなら鼻で笑うほどに実力差がありすぎるのが常だからだ。
だが、今は違う。
「オレ様相手に〝覇王旋壊牙〟をキメやがるとはな。……ふぅ、大したオッサンだ。面倒くせえが間違いねえよ」
「何がだ、カイゼルン?」
「マグヌス・ロロ、あんたは今までオレ様が出会った中でも、最強の相手って事さ」
師の言葉に、イーリオはぞっとなる。
あのカイゼルンが自ら最強と認めた相手。そこまでの実力があるというのか。
そうか――。
いつもの師匠とどこか違う、何か違うと思っていてずっと言葉にならなかったものが、今やっとイーリオに分かった。
一度も言ってないのだ。
この戦いがはじまってから、カイゼルンは一度も「自分の方が強い」と口にしていない。
それはつまり、そこまで己と拮抗する相手だと分かっていたからではないのか。
「それは光栄な事だな。何なら今直ぐ貴様の看板を貰ってやってもいいんだぞ」
「ったく、調子に乗んじゃねえぞ。今言った〝相手〟ってのはこういう〝普通の戦場で出会った相手の中で〟って事だ。自惚れんのもそこまでにしといた方がいいぜ」
「過不足ない自己評価だと思っとるがな、俺は」
「そうか。なら、こいつはどうだ?」
ヴングトールが大地に黄金の大剣を突き刺した。
柄頭に両手を置き、静かに息を吸い込む。
「赤化!」
黄金の全身から、竜巻のように吹き上がる真紅の噴煙。
突如巻き起こった真っ赤な渦に、マグヌスは瞠目し、イーリオを除く全員が驚愕に目を見開いた。
――そうだ。師匠にはこれがある。
呑み込まれた全身が、やがて霧散する赤煙と共に露となる時、この見た事のない光景を上回るヴィングトールの姿が現れた。
「これは……?!」
ムスタが漏らした言葉に、今度はイーリオが説明をした。
「真性鎧化。歴代の百獣王のみが会得したっていう鎧化を超えた鎧化。ヴィングトールの本当の戦闘形態だよ」
赤煙が晴れた中から出て来たのは、黄金の毛先を紅い光に変えた獅子の人獣。
全身の至る所に文字に似た紋様が現れ、そのどれもが光を放って明滅している。まるで光る刺青のようだ。
そして胸に輝く、〝L.E.C.T.〟と読める文字列。
異形にして異質。
誰もがヴィングトールの変容に、声を失うばかり。
それは、マグヌスとて同じだった。
「何だと……」
カイゼルン=ヴィングトールが、突き刺した剣を引き抜く。
ムスタが己の息子に、更なる説明を求めた。
「鎧化を超えた鎧化……真性鎧化だと? 何だあれは。あんな姿、儂は知らんぞ」
「僕だって目にするのはこれが二回目なんだ。一度目だってつい最近、獣帝を倒した時。二度目が今だよ」
そうだ。だからこの姿が具体的にどういうものでどうやって成るものなのか、イーリオも知らない。
ただ、防御も運動性も力も、五感ですら含むおよそ身体能力の全てが跳ね上がった状態になるのは確かだった。それどころかこの姿になったヴィングトールは、異能である獣能すらも息をするよりも自在に操る事さえ出来た。
身体性能の強化と言えばザイロウの出す炎身罪狼も似たように思えるかもしれないが、これは全くの別物。
どちらかと言えばヴィングトールという個体を進化させたに等しいと言えよう。
「その姿……」
ウェルーンが絞り出すように声を出す。
呆気にとられるのも無理からぬ事だろう。
カイゼルンが答える。
「真性鎧化。ヴィングトールの――いや、鎧獣騎士の真の姿、ってヤツだ」
「まさか、お前もなのか」
「あ?」
「そうか、お前も――百獣王もそれになれたんだな。だからか。だから無敗でいられたと――」
「――何だと?」
返しておきながら、言葉の意味に気付いたカイゼルンは獅子の両目を見開く。
今度はウェルーンが、三叉戟を大地に突き刺し、言い放つ。
「赤化」
噴煙が渦を巻いて上昇し、古代北極羆の巨体を紅く包み込む。
「まさか!」
イーリオが我知らず絞るように叫んだ。
それは対峙するカイゼルンでさえも同じだった。
やがて紅き竜巻が、なかったもののように大気に消え去っていく。
中から表れる、白亜の体毛の一部を真紅に光らせた熊頭人身の武神。
全身がヴィングトールと同じ、明滅する文字列で埋め尽くされている。
そして胸に大きく見える文字のような刻印も同じ。
〝L.E.C.T.〟の並び。
ホッキョククヒグマの口吻から、声が低く響いた。
「……そうか。これは真性鎧化というんだな。よもや俺以外に、この姿になれる者がいたとは……。フフフ、こんなに嬉しい事はないぞ、カイゼルン。初めてだよ。俺は初めて、本気を出して戦える」
「てめえ……」
獅子の目が細められた。
見守る全員は、何が起きているのか分からず、ただ呆気に取られるのみ。
イーリオとて、驚愕に身を震わせずにはおれない。
まさかあのカイゼルンと同じ、真の鎧化に至れる人物と鎧獣がもう一人いたなんて――!
あの獣帝ですら、この姿にはなれなかったのだ。おそらく、歴代の他の三獣王だった者達とて同じであったろう。
だから百獣王のみ別格とも言える存在だったのだから。
しかしそれも今や過去形。
目の前のマグヌス・ロロとウェルーンは、カイゼルンと同じ領域に立っている。
あの、無敵無敗の力を持っているのだ。
「さあ、カイゼルンよ。ここからは俺と貴様だけの世界だ。俺はもう遠慮も手加減もせん。本当の意味で本気になれるぞ。そうだろう? なあ?!」
ウェルーンの全身から白煙が噴き出される。
号令もない第二獣能の発動。
今や超常の全てが彼の意識の内。
愕然となるのはイーリオ。
彼の目から見て、カイゼルンの――いや、ヴィングトールの顔も険しいように見えた。
「面白い!」
「これからどうなるの?! 続きが気になる」
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