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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第三部 第二章『想いと思い出』
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第三部 第二章 第五話(終)『不死者』

 曇天は曇天のまま、闇だけが急速に濃さを増し、辺りを夜へといざなっていく。


 翳りが色彩の乏しい景色を更に無味なものへと変えていく中、それでも武装だけは彩りのあるブルドックベア(ショートフェイスベア)の〝ジェイロン〟は、最後に出てきた不死騎隊(カスチェリス)の団長を値踏みするように眺めていた。


 年齢は四十代半ばか後半だろうか。青灰色の長髪は無造作で、顔の造作はきっと悪くなかったのだろう。しかし大から小までいくつも刻まれた傷痕が相貌を気味の悪いものにしており、初見であれば見た側がたじろいでしまうのは間違いなかった。

 傷痕は顔だけでなく体中に刻まれており、上半身が裸の半裸に近い恰好なだけに、その数々が否応なしに目に飛び込んできた。


「名を聞こうか」


 ウルリクの問いに、何故か本人ではなく横のエドヴァルドが答える。


「我ら不死騎隊(カスチェリス)の団長ハルデゴン・ガムレだ。そしてこの鎧獣(ガルー)の名は〝トゥガーリン〟。あの名工ホーラー・ブク様の手によるもの。いかな六騎士、元・三獣王の騎獣といえど、ハルデゴン様とトゥガーリンが相手なら敵いはすまい」

「ほう」


 アムールトラ(シベリアタイガー)としては大振りな体格をしている。

 身に着けた鎧は他と同様猫科の骨格に似た形状だが、色は白と灰色のまだら模様。ホーラーらしい意匠も見て取れ、相当な鎧獣(ガルー)である事は明瞭だった。


白化(アルベド)


 紙を握りつぶすような擦れた声で、ハルデゴンがアムールトラ(シベリアタイガー)鎧化(ガルアン)する。


 手に持つは虎縞模様の両刃剣。


 〝不死の部隊の不死者〟と渾名される人獣騎士が、その姿を露にした。




 不死騎隊(カスチェリス)とは、暗殺専門の特殊部隊であるが、単騎それぞれの実力は、他の騎士団員をゆうに凌ぐ。騎士本人も異能者集団に近い実力者たちだが、鎧獣騎士(ガルーリッター)となれば、個々の戦力はメルヴィグ王国・覇獣騎士団(ジークビースツ)最強の部隊壱号獣隊(ビースツアイン)にも匹敵するだろう。


 それを率いるのがこのハルデゴンであるが、表舞台に出た事はほぼなかった。

 実力もどういう人間かも、知っているのは配下の不死騎隊(カスチェリス)のみ。

 そして彼を最も知る一番隊隊長エドヴァルドのみ、ハルデゴンとトゥガーリンが、先ほど自分で口にした以上の騎士である事を知っていた。


 ――ヴォルグ六騎士といえど足元にも及ぶまい。


 エドヴァルドからすれば団長は三獣王にも匹敵する――いや、下手をすればあのマグヌス・ロロ大将軍すら凌駕するのではないかと思えるほどだった。

 事実、これはエドヴァルドすら知らない事であったが、ハルデゴンは若き日、五代目百獣王の弟子であったのだ。六代目、つまり当代のカイゼルン・ベルと〝カイゼルン〟の名をかけて争い、敗れた過去がある。


 ――ハルデゴン様こそ真の不死騎隊(カスチェリス)不死騎隊(カスチェリス)とはハルデゴン様こそをば指す名よ!


 尊崇する団長の戦いを久々に見れるとあって、エドヴァルドの血は踊った。





 戦闘の気配が水位を急速にあげたのをきっかけに、ウルリク=ジェイロンが無造作な仕草で螺旋の指を放つ。

 地に穿たれる鋭い痕。

 既にまだら鎧のアムールトラ(シベリアタイガー)はいない。


 気配――消失した。


 熊の嗅覚は犬の数百倍にも相当するというが、その感知にも長けたジェイロンにも関わらず、トゥガーリンの動きが察知出来なかった。

 後ろ手に振るった剣が空を裂き、読み外れを露にされる。

 熊頭の耳元に風圧。

 ウルリクが咄嗟に号令を出す。


「〝無双突(スピラーリ)〟」


 剣が頭部を掠めた瞬間、ジェイロンの耳の上から全体が、グニャリと歪に湾曲した。


 ――!


 手応えを感じさせない剣に驚きを覚えながら、ハルデゴン=トゥガーリンは素早く体を一回転。攻撃後の反撃を避け切る。


 対峙する人熊と人虎。


 ブルドックベア(ショートフェイスベア)の頭部は、歪な形状から既に元の形に戻りつつあった。


「ジェイロンの獣能(フィーツァー)無双突(スピラーリ)〟とは、指で相手を射殺す技ではない。あれは〝無双突(スピラーリ)〟の応用。本来はこの通り――」


 言いながら、己の左腕を有り得ぬ角度に捩じ曲げるウルリク=ジェイロン。


「体を自由に操るのが吾輩の異能よ」


 熊類は丸っこい見た目で意外と知られていないが、体はとても柔らかく出来ている。猫科動物もかくやといわんばかりの柔軟性を異能化した獣能(フィーツァー)。それがジェイロンの無双突(スピラーリ)だった。


 さながらゴムのように伸縮さえも自在にした体構造は、剣で斬ろうにも斬り得ず、指を螺旋状にして放つなど攻撃に転じれば予測不能の技となるのだ。


 ――怪神騎ファントム……!


 エドヴァルドがその二つ名を思い出していた。


 遥か百年以上も昔。

 三獣王〝天頂騎(クーイ・ソルダット)〟と呼ばれた〝イアリロ〟を倒した動乱の三獣王。

 ウルリクの駆るジェイロンはその騎獣である。

 後にクヌート帝の駆るティンガルボーグに倒されはするものの、操る力はそれまで無敵不敗を誇ったという。


 ――まさかウルリク(あの男)は、かつての三獣王時代にも迫る実力者だというのか。


 もしそうであるなら、いや、そうでなくばハルデゴンと互角には渡れないとエドヴァルドは思う。



 次に仕掛けたのは、ウルリクの側であった。

 刀身に余すところなく巨大な刺のついた奇妙な剣。通常の人間用であればノコギリエイの口吻部分を用いて作られるというその剣を棘刃の剣ソーフィッシュ・ソードといった。


 不格好な見た目の通り、斬れ味はないに等しい。だが、ブルドックベア(ショートフェイスベア)の膂力と合わされば、一撃で致命傷を負わせる破壊力になる恐るべき剣。

 それを軽々と振り回し、幻惑的な動きでトゥガーリンの動きを捉えようとする。

 しかしハルデゴン=トゥガーリンの動きはそれを超える。躱すと同時に剣と爪撃(クロゥ)で反撃を与えるほど。

 流れた光粉混じりの血を見て、ウルリクはジェイロンの目を細めた。視線の先。意味する所に気付いたハルデゴンが、己の腹部を見れば、深く貫かれた痕があった。


 またしてもだ。いつどうやったのか。


 ジェイロンの無双突(スピラーリ)によって抉り抜かれていたのである。


 まさに実力伯仲。あのヴォルグ六騎士の中でも、屈指の騎士であるウルリクを相手に圧倒するハルデゴンを讃えるべきか。それとも百獣王の高弟でもあった、最強の暗殺騎士であるハルデゴンを相手に一歩も譲らないウルリクにこそ賛辞を贈るべきか。

 どちらであれ戦いがどこに着地するのか、この段階ではまだ見えてこなかった。

 おもむろに、ハルデゴンが虎頭の口で深い呼吸をする。



「〝魔死霊(ケレメト)〟」



 擦れ潰れた声。

 だがそれが異能の号令である事は、誰の目にも明らか。

 人虎の全身から、靄のようなものが漂い出る。煙のようで、霧のようで、トゥガーリンの周囲にもわもわと滞留していった。

 やがて靄は濃密に人虎騎士の姿を覆い隠すと、不意に雲散霧消していく。

 いや、そうではない。靄が周囲の色と同化したのだ。

 完全に姿が見えなくなるハルデゴン=トゥガーリン。

 視界にだけではない。嗅覚、聴覚、超常の知覚を有する鎧獣騎士(ガルーリッター)のあらゆる五感の内から、完全に消え去ってしまった。


「ぐ!」


 唐突に衝撃。

 ジェイロンの背中に鋭い一撃が加えられていた。咄嗟に剣で返すも、それは何もない空間を通るのみ。次いで受けたのは右足への一撃。飛び散った血が草地を濡らしていく。



 虎の中でもアムールトラ(シベリアタイガー)は、最大級の亜種であり猫科動物の現世生物では最大にして最強と呼ばれている。その捕食対象は大型草食動物のみならず、クマ、更にはヒグマすらも時に獲物にしてしまうほどの獰猛さ。


 目の前の相手はヒグマすら遥かに超える巨体の、ブルドックベア(ショートフェイスベア)であり、正に最強の虎と最大の熊が、血で血を洗う激闘を展開していると言えようか。


「なるほど。ネクタルを気体にして周囲に溶け込み、完全に隠れる獣能(フィーツァー)か。ホーラー・ブクの作らしい獣能(フィーツァー)だ。そして暗殺者に相応しい能力とも言える。戦場では使い勝手も悪かろうが、一対一ならこれほど有利な能力ちからもあるまい。だがな――」


 値踏みするように言った後、ウルリクはジェイロンの全身を脱力させるように構えを解いた。


「それは吾輩以外が相手ならば、だ。貴様が気侭に斬れたのはここまでよ。ここから先、貴様はひと太刀たりとも吾輩に入れられん。さあ、斬れるものなら(・・・・・・・)斬ってみろ(・・・・・)


 この時、ハルデゴンは迂闊にも誤った判断をしてしまう。ウルリクの挑発通り斬撃を出すのではなく突きによる攻撃を放っていれば、少しは違う結果になっていただろう。無論、ウルリクはその可能性も考慮に入れて、第二第三の手段を講じてはいたが、少なくともこの時点でハルデゴンが遅れを取る事はなかったかもしれない。


 気配も何も完全に読まれていない事を確信し、ハルデゴン=トゥガーリンは再度背後から袈裟切りの一刀を放つ。

 ジェイロンに挙動の素振りはない。例えいくら柔軟な体で避けようとも、この角度ならば斬撃を逃し切るのは不可能。確実に深手を負わせられるだろう。


 が、しかし――


 虎縞模様の刃が敵の体を斬りつけた途端、それはぐにゃりと被撃箇所を歪ませ、人虎の膂力ごと押し包むように、剣を体にうずめてしまった。


 刃が敵に喰い込んだからではない。


 事実、血も裂かれた傷もない。奇妙な事に剣が敵の体に埋め込まれて(・・・・・・)しまったのだ。


 ――!


 思わず柄から手を離して飛び退がると、自分のいた場所に、無双突(スピラーリ)で伸びた螺旋の指。見れば片方の太腿から血が出ていた。即座に特殊な止血法で血を止めるが、ハルデゴンの動揺は隠しきれない。


「吾輩の無双突(スピラーリ)を甘く見たな、不死者と嘯く者よ」


 ジェイロンが肩に埋め込む恰好になった剣を引き抜くと、棘刃の剣ソーフィッシュ・ソードと並び双剣持ちの構えを取った。

 そのまま凄まじい勢いで縦横に剣を振るうウルリク。まるで最初から双剣使いであったかのような手練である。

 しかし剣を奪われたとはいえ、トゥガーリンの動きが封じられたわけではない。姿を消し、巧みに攻撃を避けるハルデゴン=トゥガーリン。同時に誰にも気付かれぬ符牒で、配下のエドヴァルドに合図も送った。


「そこか」


 唸りをあげる棘刃の剣ソーフィッシュ・ソード

 だが躱す。虎の素早さは熊では追えない。




 人虎同士の合図が走った。



「〝創剣舞曲ターネツ・ス・サブラミャ〟」



 一対一に割り込むエドヴァルドの号令。

 礫のような何かがいくつも放たれ、人熊騎士の巨体に突き刺さる。

 思わず止まる動き。そこを過たず、トゥガーリンが必殺必死の爪をたてた。

 今度は埋め込まれたのではない。爪撃(クロゥ)が深々とした傷を抉り抜いていた。


 よろけるブルドックベア(ショートフェイスベア)

 地に片膝が落ち、トゥガーリンの剣を取り落とす。己の肉に突き刺さった礫をひとつ引き抜くと、それが鉱物のようなものに覆われた骨片だと分かった。


「骨の銃弾か……。丁寧にアロンダイトでコーティングしているとはな」


 また意味の分からない、ウルリクの呟く単語。

 銃弾? コーティング? 

 訝しむハルデゴンとエドヴァルドであったが、そんな事より勝敗は明白だった。

 落ちた己の剣を拾い上げ、それを跪く恰好になったウルリクに突きつける。


「騎士同士の戦いに割り込むとは、随分と無粋な真似をしてくれる」

「我らはもとより裏の騎士団。卑怯と誹りを受けようが、一向に構わん」


 この状況でまだ余裕の声を出すウルリクに、団長の横に並んだエドヴァルドが答えた。


「おわり、だ」


 ハルデゴンの潰れた声。かすれる響きが死神の宣告にさえ聞こえた。


 一閃。


 岩のように巨大な古代熊の首が、音をたててその場に落ちた。


「手強い相手でした……。さすがヴォルグ六騎士というところでしょうか。しかしハルデゴン団長に勝てるはずもありません」


 勝利の喜びと共に、失った命への悔しさもこみ上げるエドヴァルド。

 ぎり、と歯を食いしばり足元を転げる熊頭を睨みつけていたが、そこへ嗄れた声が待ったをかけた。


「おかしい」

「はい?」


 顔を上げる人虎のエドヴァルド。



 団長が目を落とす先には、強制鎧化(ガルアン)解除されたウルリク=ジェイロンの姿が――なかった。



 いや、それどころか首を落とされたにも関わらず、人熊の傷口から血が吹き出ていない。赤々とした気味の悪い傷口が覗くのみで、一滴たりとも血は零れていなかった。


「何だ……? これは一体?」


 エドヴァルドの背中に生理的不快感と悪寒が走ったそのときだった。


 のそり――と動き出す、首なしの人熊。


 ――!!


 無造作に落ちた首を拾い上げると、崩れた積木を積み直すように、生気の失せた頭部を己の首に押し付ける。傷口から血がピュピュッと吹きこぼれると、ブルドックベア(ショートフェイスベア)の両目に理知の光が復活した。


 エドヴァルドは唖然となりながら、不快感で胃液が逆流しそうになるのを堪えた。


 彼は裏の汚れ仕事を数限りなく手掛けている。惨い尋問も無惨な殺し方ですら、眉一つ動かす事なく行える精神も持っていた。そんな彼が、訳の分からぬおぞましさに襲われているのだ。


 それは既に、人の既知にある範囲のモノゴトではない。およそ人界を逸脱した魔物のような存在。


 そうとしか思えなかった。


「やれやれ、ジェイロンの首を落とされるとは――。さすがヴォルグ騎士団以上の使い手などと評されるだけはあるな」


 ジェイロンの中から、くぐもったウルリクの声が響く。通常であれば鎧獣(ガルー)が命を落とした時点で中の人間にもかなりの負担があるし、そもそも無事で済む事すらない。だが、聞こえる声はまるでそれとは真逆のもの。息切れひとつ起こしていなかった。


「さて、ウルリク・ブーゲンハーゲンとしてはここまでだ」

「な……何を一体……。何がどうなっている……?」

ウルリクのままで(・・・・・・・・)片をつける事が出来れば最良だったのだが――そう都合良くはいかぬものだ」


 エドヴァルドは絶句すると共に驚きで足を竦ませていたが、ハルデゴンの動きと判断は早かった。

 すぐさま獣能(フィーツァー)を発動させて姿を消し、今度こそと攻撃を仕掛けようとする。


 しかし――


 有り得ぬ方向に伸びたジェイロンの腕が、完全消失させたはずのハルデゴン=トゥガーリンの腕を捕まえてしまう。


 しかも手の平が巨大化していた。


「っつ!」


 声にならない苦悶。ならばとばかりに発する第二の号令。



「〝魔霊力(クスダ・シラ)〟」



 目に見えぬ化学反応。

 トゥガーリンの掴まれた右腕が、掴んだ手ごと爆発を起こす。


 爛れて焦げた右の二の腕。濛々とあがる煙の中、手首から先を吹き飛ばされたジェイロン。


「己の細胞を燃焼物質に変化させる異能とは……。まるで自爆用の獣能(フィーツァー)ではないか」


 片手を失くしながら、それでもウルリクの声に冷静さは失われていない。

 それどころではない。ハルデゴンとエドヴァルドは驚愕で声を失う。


 今目の前で吹き飛ばされた右手首から先より、うねうねと肉片が伸び、筋繊維が触手のように伸びて形を成そうとしているではないか。


「余興はここで仕舞いだ」


 ウルリクの言葉と共に、巨大熊の全身からせり出されるいくつもの神之眼(プロヴィデンス)


 次の瞬間、ジェイロンの巨体から何かが弾け(・・)、両騎だけでなく周囲の不死騎隊(カスチェリス)も全て、黒い津波が呑み込んでいった。


 エドヴァルドが目にした光景も、ハルデゴンの記憶も、覚えているのはここまでだった。





 時間にしてどれほどの刻が過ぎたろう……。

 今見た状景が悪夢以上の何かのようで、失禁をしたまま腰を抜かしている男らがいた。


 ウルリクが供に連れて来た人間たちである。


 人間だけではない。鎧獣(ガルー)ですらも怯えのあまり足をすくませてその場にへたり込んでいた。

 さながら蛇に睨まれた蛙――いや、悪魔を前にした子羊の如き狼狽えぶりだ。


「趣味がいいとは言えぬが、お前達もついでだ」


 断末魔の叫びが谺し、追加の肉片と血飛沫が巻き散らされる。



 少しの刻が経ち……


 闇夜の中、今やここで息をしているのは鎧化ガルアンを解いたウルリクとジェイロンだけになっていた。



「まずまずの出来か……。とはいえ、相性もあるらしい。まあしばらくは調整といこうか、なあジェイロン」


 ブルドックベア(ショートフェイスベア)の頭を撫でるウルリク。しかし駆り手同様、古代熊の瞳に感情らしい揺らめきは欠片もなかった。

 浮かぶのは漆黒の闇のみ。



 この後、ウルリクの命を受けた灰堂術士団(ヘクサー)らが屍体を片付けた事により、歴史の闇にいた彼らは、そのまま暗闇の中で誰一人知られる事なく消え去っていく事となった。

 それが彼らの本望でない事だけは、確かであったろう。





 同時刻――

 ゴート帝国帝都のノルディックハーゲンで、一人の若者が戒めを解かれた喜びを噛み締めていた。


「ったく……あんな部屋に閉じ込めやがってよぉ」


 固くなった身体をほぐすように背筋を伸ばすジョルト・ジャルマト。


 星明かりのないはずの夜空を見上げ、青黒い雲間から覗くたったひとつの輝きを見つけてにんまりと笑う。


「幸先のいい兆しだぜ」


 そんなジョルトを睨みながら、監視の兵は警告を発する。


「おい、分かっているだろうな」

「へいへい。勝手な真似はしませんよ、と……」


 ジョルトは肩をすくめながら、口振りはともかく、態度だけは神妙な素振り見せていた。


 懐に仕舞った一通の書状を確かに感じながら――。


夏休みSP

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