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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第三部 第二章『想いと思い出』
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第三部 第二章 第五話(4)『死神兄弟』

 緊急で招集された騎士長会議でまず議題に上がったのは、私闘に及んだヴォルグ六騎士のヴェロニカとベルサーク騎士団団長ビョルグの処分についてであった。


 ハーラル皇帝の婚儀という大事を控えた今、重臣たる人間が軽挙も甚だしいと、マグヌス総司令官からの重い叱責を受けた後、ヴェロニカは一週間の謹慎を受けた。一方のビョルグには、許しがあるまで鎧獣(ガルー)の剥奪と団長権限の停止命令が出された。


 ヴェロニカの処分が軽いのは、事情を話したインゲボーのお蔭であるとはいえ、そのヴェロニカとて巻き込まれただけである事に変わりはない。

 また、ビョルグへの処分も許しがあるまでとはいえ、ほどなくしてそれも解けるだろうという事は、口にせずとも誰もが分かっていた。あくまで「今回限りだぞ」というお目こぼしに近い罰則にすぎない。


 さらに同じ席で、リヒャルディス総騎士長が捕虜としているジェジェン首長国のジョルトについて、虜囚を解いてはという話も出され、これを一同が承諾。

 同時に逃亡者イーリオや六騎士ソーラの捕獲について、遂にヴォルグ騎士団の主力の一つであるリヒャルディスの家軍コーアの出兵が決定された。


「後続には私も詰めよう」


 とマグヌス総司令が宣したのもむべなるかな。

 先ほどもあがったハーラル皇帝の婚儀を前に、巷を騒がす元凶を片付けておきたいというのが偽らざる本音であろう。


 しかし本来は帝都守護の要であるリヒャルディスが出兵するのは憚られもしようが、何故かマグヌスはこれを黙認。その事に一部の人間は妙な違和感を覚えもしたが、然程に事態を早く片付けてしまいたいという表れなのだろうと、一同は自らそう解釈をした。


「帝都の事、任せたぞ」


 リヒャルディス総騎士長にそう告げられ、ウルリクは恭しく首肯する。

 片付けねばならぬ事を済ませれば、全ては事もなしであると心中でほくそ笑みながら――。





 その片付けるべき事を為すため、ウルリクは会議が終わるとすぐ、僅かな手勢を連れて帝都を発った。

 古代絶滅種であり史上最大級の捕食動物であるブルドックベア(ショートフェイスベア)鎧獣(ガルー)〝ジェイロン〟を騎獣にしてるだけに、傍目に映る物々しさはかなりある。

 出立した理由について、一応、自領から呼び出しを受けたという形にはなっているが、それが名目に過ぎない事は、彼を追う人間達からすれば明らかだったろう。


 帝都を離れて半日ほどの距離。

 もう都市の影など勿論見えないし、しかも街道から外れた道なき草原。

 林や茂みもまばらに見える場所にたどり着いた時、ウルリクは引き連れた手勢に停止を命令した。


「如何されましたか?」


 鎧獣(ガルー)を連れた供の一人が怪訝な顔で尋ねる。


「ここらで良かろうか」

「は?」


 主の意図が読めない部下は、訳が分からぬまま命令に従う。一方のウルリクは、ブルドックベア(ショートフェイスベア)から降り、四方をぐるりと見渡していた。


「さ、出てこいドラ猫ども。吾輩ならここだぞ」


 不意に出された大音声に、供回りがビクリと驚く。

 一体何を言っているのか? 不審が不安に変わろうとした時、近くの茂みや林の影から、次々に人と獣が姿を見せた。


「ひっ――」


 供の者が上擦った声をあげたのも無理からぬ事だろう。

 表れた人間たちは、皆不気味な黒装束に身を固め、仮面を着けている。そして連れたつ騎獣も異様そのもの。


 全騎が北方域に棲息するアムールトラ(シベリアタイガー)であるのだが、問題はそこではない。

 身を固める鎧が、皆一様に猫科猛獣の骸骨に酷似した形状をしていたのだ。

 鈍色の輝きをしたそれらは、頭部は猫科の髑髏。胸部から腹部にかけては背骨や肋骨を模している。

 髑髏の鎧を纏うトラの騎士達――。


「あ、あれはもしかして……」


 供回りの者らも噂程度には知っていたのだろう。


 帝国第五の騎士団にして、内部粛正を専らにする暗殺専門の騎士団。



 〝不死騎隊(カスチェリス)〟。



 ウルリク以外の者らが気後れを見せる中、〝不死騎隊(カスチェリス)〟の中から背の低い男が前に出た。横に連れるアムールトラ(シベリアタイガー)は、他と異なり暗蒼色の髑髏鎧を身に着けている。


「我らが来るのを知っていたのか」


 男のみ、仮面は被らず素顔を晒している。髪色は焦げ茶に近い赤色。目つきは険しく、睨まれるだけで身震いしそうなほどで、上背の低さと相まって異様さに拍車をかけていた。


「無論だ。死んだ奴にも言ったが、この帝国で吾輩の知らぬ事など何もない。だから〝賢者(ヴェドーン)〟と呼ばれているとな」


 次の瞬間――


 言い終えると同時にウルリクが「白化(アルベド)」と叫ぶと、白煙を吹き上げながらブルドックベア(ショートフェイスベア)〝ジェイロン〟の巨体が彼に覆い被さった。


 同時に、いつ、どうやって表れたのか。


 鎧化(ガルアン)しようとするウルリクのすぐ目の前に、突然巨大な影がずるりと這い出ていた。

 影は手にした大鎌を振るい、白煙を真っ二つに斬り裂く。

 が、煙は手応えもなく、無意味に宙を裂くのみ。


鎧化(ガルアン)前を狙うとは、さすが暗殺騎士団。騎士というのもおこがましい、実に合理的な振る舞いだな」


 影が振り返った先に、影を倍する巨体が表れる。


 茶褐色の体毛に、ブルーグリーンをした刺々しい鎧と剣。


 鎧の色はトルマリンのように鮮やかだが、おそろしく巨大な全身が放つ気配は、どの人獣騎士よりも獰猛で凶悪。



 ブルドックベア(ショートフェイスベア)鎧獣騎士(ガルーリッター)



 ウルリク=ジェイロンが敵の攻撃をいち早く察知し、これを未然に躱したのだった。


 ジェイロンを不意撃ちした影は、死神鎌を持った、アムールトラ(シベリアタイガー)鎧獣騎士(ガルーリッター)


 暗紫色の髑髏を纏う、二番隊隊長ロベルト・ウルリッヒである。


「弟の仇、討たせてもらう」


 ロベルトが死神虎の凶相で、殺意を剥き出しにする。


「ん? この間手にかけた男。あれは貴様の弟か。とするとあれが三つある部隊の、隊長の一人というわけだな」


 最前ウルリクによって殺されたルーベルトという不死騎隊(カスチェリス)の騎士は、三番隊隊長にして彼ら三兄弟の末弟であった。ロベルトは次兄。長男が背の低い赤毛の男、エドヴァルドだった。


「弟の仇を討ち、君側の奸を除く。それが我らの使命。貴様を始末するついでに貴様の持つ証書とやらも手に入れる」


 背の低い男――エドヴァルドが告げた後、一帯に配置された不死騎隊(カスチェリス)ら全騎が鎧化(ガルアン)をした。

 数は四〇騎を超えるだろうか。

 ウルリクは別にして、彼に随伴した供回りの者らは腰を抜かさんばかりに震え上がっていた。


 ウルリクが途方もない実力者なのは部下たる彼らも分かっている。が、この数、そして相手はあの不死騎隊(カスチェリス)なのだ。一騎一騎がおそるべき使い手という噂があるだけに、主の無事より己らの命が風前の灯に感じた事であろう。

 しかし、ウルリクはこれほどの襲撃者、これほどの軍勢を前に、毛先一本も動揺を見せていない。


「証書か……。フッ……。証書、証書ねえ。それならこれの事だろうな。おい、荷物から書簡を出せ。茶色い筒のだ」


 言った後、供回りの騎士に向かって命令するウルリク。

 巨大な熊騎士の悪相で命じられたせいか、その騎士は条件反射のような動きで慌てて荷物から茶筒を出して渡す。

 それを指の爪で軽く砕くと、中から一枚の紙がひらひらと舞い落ちていった。

 怪訝な心持ちで、エドヴァルドは自分の足元へと落ちていった紙を拾い、目を通す。


「これは……」

「それが証書だ。お前らの弟が命懸けで知り得た情報の中身よ。どうだ? 国を揺るがす秘密がしたためてあるだろう?」


 紙を掴んだ手で、それをグシャリと握りつぶす人虎のエドヴァルド。

 その瞳には弟のロベルトでさえ後ずさりしそうなほどの怒気が宿っていた。


「兄者……? 一体それは何と書かれているので……?」

「議事録だ」

「は?」

「先の団長会議の議事録。ただの記録書にすぎん」


 しばし呆気に取られるロベルトを見て、ウルリクは無味乾燥な声で告げる。


「そんなどこにでもあるものの為に、弟は命を懸けたのだな。実に滑稽だ。分かるか? 貴様らは最初から吾輩の手の内で踊らされていたのだよ」

「我らが存在を察知し、罠に嵌めたというつもりか?」

「気付くのが遅い。遅過ぎるぞ。全く、平時に甘んじれば、どんな者でも鈍るものよ。貴様らはその典型だな」

「我らを嵌めた? 愚か者はどちらだ。いかな貴様が六騎士とて、我らを相手に生き残れるとでも思っているのか?」


 不死騎隊(カスチェリス)が一斉に身構える。


「生き残るだと? やはり鈍りきっているな。吾輩は貴様らを炙り出すためにこんな手の込んだ事をしたのではない。貴様ら全員を根こそぎ始末するため、ここに呼び込んだのよ」


 言うが早いか、ウルリク=ジェイロンの巨体が姿を消す。大地を蹴った衝撃音は、消えた後に残されただけ。


 悲鳴。


 血風がつむじを巻いて地を駆け抜け、瞬時に数騎単位で不死騎隊(カスチェリス)らの体が千切れ飛んでいた。


 ――!!


 気付いた時には後の祭り。

 連続して次々に斬り裂かれ、宙を舞い散る人獣の巨体たち。


「おのれっ!」


 ロベルトが死神鎌を地ずりで払い上げるようにして、ブルドックベア(ショートフェイスベア)の巨体へと肉迫する。

 それに即座に反応したウルリクは、棘だらけの巨剣で、撃ち落とそうとした。



「〝邪霊身ヴィイ〟!」



 ロベルトの虎口から異能が発された。

 と、暗紫色の鎧ごと、鎌を持った姿が一瞬で消え去る。


 空を斬るジェイロンの巨剣。


 ――もらった。


 人熊騎士の巨体の死角。

 影の中から滑り出るように、死神人虎が一閃を放とうとした。


「危ない!」


 叫びながら飛び込んだのは、暗蒼色の鎧を着た髑髏人虎。兄のエドヴァルドである。

 咄嗟に突き飛ばす形で二騎共に地を転がると、さっきまでロベルトがいた場所に、鋭い刺のようなものが突き出ていた。


「あれは……」


 後ろ手に片手を持っていった恰好で、ジェイロンの指が一本、螺旋を描いて伸びている。


「奴の獣能(フィーツァー)だ……!」

「避けたか。さすが不死騎隊(カスチェリス)の隊長だ」


 振り向くウルリク=ジェイロン。血に濡れた大剣を血震いした後、凝った肩を鳴らすように小首を傾げる仕草をした。

 その態度は不敵そのもの。


「が、吾輩の獣能(フィーツァー)無双突(スピラーリ)〟はそう簡単に躱せるものではないぞ――ほら」


 空いた左手を無造作に後ろに向けると、三騎の人虎騎士が鳩尾を貫かれ、その場で倒れ伏す。断末魔の呻きすらあげられぬまま。


「――!」

「この通りだ。いつどのように出されるか分からぬ、さながら銃弾――おっと、それはまだなかったか(・・・・・・・)――そうだな……矢よりも速い不可視の攻撃。それがこのジェイロンの〝無双突(スピラーリ)〟だ」


 言い直した言葉の意味が分からない兄弟だったが、目の前の敵が想像以上の怪物であると、考えを改めるのには、特に関係のないものだった。


 しかし、油断を見せずに立ち上がったエドヴァルドとロベルト兄弟の内、いきなりロベルトがうつ伏せに倒れるのを見た時、エドヴァルドは何が起きたのか、まるで理解出来ないでいた。


 人虎の口からは血。


「ロベルト!」


 振り返って抱き起こすと、心臓にあたる部分に昏い穴が空いていた。

 屹っと視線を飛ばした先には、血に濡れた指を舐めるブルドックベア(ショートフェイスベア)の姿。


 ――一体いつ?! 何の〝起こり〟も見えなかったぞ?!


 怒りと憎悪にも増して、戦慄と絶望がエドヴァルドの足元から這い上がってくる。


「今言ったばかりではないか。いつ、どうやって放たれるか分からぬと。物覚えが悪い戦士は、すぐに命を落とすといういい教訓だな」


 抱えた人虎の体からうっすらと立ち昇る白煙。弟が絶命しているのは明らかだった。


 一対の人と獣に戻りつつある体を横たえ、エドヴァルドが剣を構えた。

 例えどのような者が相手でも、不死騎隊(カスチェリス)に失敗の文字はない。恐怖など、感じるものではないのだ。恐怖は与えるもの。それが不死騎隊(カスチェリス)


「まて」


 そこへ紙をこすり合わせたような、渇いた擦れ声が聞こえた。


「わたしが、あいてを、しよう」


 擦れ声が姿を見せる。

 先ほどのロベルト同様、いつどうやって姿を表したのか。

 まるで人虎となったエドヴァルドの影から浮かび上がるような異様さで、ローブの男と新たなアムールトラ(シベリアタイガー)が出現する。


「団長……!」


 エドヴァルドが目を見張った。


「ほう……団長とな。貴様が不死騎隊(カスチェリス)の団長、不死の部隊の〝不死者〟と噂される人物か」


 全身をすっぽりと包み込んだローブで、顔かたちは分からない。だがそれをおもむろに外すと、顔中に傷だらけの容貌と、引き締まった半裸の肉体が表れた。


「さがれ、エド」

「だ、団長、しかし――!」

「さが、れ」


 喉が潰れているのか、擦れ声は途切れ途切れで耳障りが良くない。しかし有無を言わせぬ迫力は、声の不気味さと相まって場の空気を一瞬で変えるほど。


「遂に出てくれたか。不死騎隊(カスチェリス)の団長よ。さあ、本日の仕上げといこうか」


 不敵さは微塵も揺るがず、ウルリクには怯えもなければ昂った様子もなかった。

 人獣の中で薄ら笑いは浮かべていたが、それもどこか寒々しい。


 その虚無が不死身を名乗る暗殺者らを呑み込むのか。それとも死神を味方につける死の虎たちが牙をたてるのか。

 鈍色の空は日を傾けさせ、星空さえも呼んではくれなさそうであった。


夏休みSP

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