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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第三部 第二章『想いと思い出』
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第三部 第二章 第三話(5)『王野羊』

 何か言い出そうとイーリオが口を開きかけるが、それより先に、鎧獣(ガルー)厩舎の中から白亜の閃光が彼らの頭上を掠めていった。

 同時に、屋敷を囲む木々を破って、夥しい数の人獣騎士らが姿を見せる。

 アイベックス類が多く、それとは別の塊で野生馬やオオカミ、ダマジカなど多様な人獣の混成部隊があった。

 おそらく前者がゴゥト騎士団。後者がグリーフ騎士団だろう。


 それらを押しとどめようと、四騎の人狼が立ち向かっている。警護役のクラッカ団だ。報せにきた一騎同様、こちらも全身至る所に傷が出来ており、三〇騎もの手練てだれを相手に何とかここまで踏ん張ってきたという感じだった。


 そこへ、白亜の閃光が突風のように駆け抜けていった。

 同時に数騎単位で、敵が悲鳴をあげて倒れる。



 着地と同時に明瞭となるその姿。


 全身は茶褐色と生成りに近い白の体毛で、二本のツノは上から下に伸びたあと、外側に向かって捩じれている。横向けに螺旋の渦を巻いた逞しい両角とでも言おうか。

 目を惹くのは身体を覆う防具授器(リサイバー)だ。

 陽の光で乳白色にも見えるが、よく見れば淡いピンクがかった淡水真珠のような色だと分かる。

 その手に持つは、刀身の長い細剣レイピア



 ゴゥト騎士団副団長アネッテ・ヴァトネの駆る野生羊の最大種。

 王野羊アルガリ鎧獣騎士(ガルーリッター)



 〝アウロラ〟。



 予期せぬ騎士の登場に――何より己らの副団長がいきなり表れ、自軍を攻撃した事に驚き――敵騎士たちは怯むほどの動揺を見せた。


 特にゴゥト騎士団は目に見えて浮き足立っている。

 威嚇するように細剣レイピアで空を斬り、アネッテ=アウロラが言い放つ。


「貴方達、まさかこのあたしの屋敷を襲おうとするなんて、いい度胸してるわね」


 ゴゥト騎士らを率いる隊長らしき一騎が、声を絞り出すようにして返した。


「副団長……。何で副団長が、ここに?」

「何でもじゃもないわよ。ここはあたしの屋敷よ。あたしが居て当然じゃない」


 その言葉を後ろで聞いて、ムスタが小さく呟く。


「お前の屋敷じゃなく、お前の伯母さんの屋敷だがな」


 イーリオは「父さん……」と呆れた声を漏らしたが、張り詰めた状態のアネッテらには、当然聞こえていない。


「そうじゃありません。副団長の後ろにいるのは、帝国と皇帝陛下に楯突き、自分を皇子だなどと僭称した大罪人です。そいつらを匿っているここに、何で副団長が……」

「違うわ。ここにいるのはあたしの幼馴染よ」

「まさか副団長……副団長も帝国に歯向かうんですか?」

「も? 副団長もって何?」


 アネッテの問いに答えるより先に、突如そのアネッテ=アウロラが、上体を大きく動かし、頭部のツノで何かを弾き飛ばした。


 鎧獣騎士(ガルーリッター)ならともかく、人間の肉眼では不意に王野羊アルガリの頭部に何かがぶつけられたようにしか見えない。


「アネッテ!」


 イーリオが叫ぶ。

 だが、アウロラは平然とした様子で体勢を直して、今の投げつけられたものの軌跡を目で追った。


 その先に、大中小三つの影。


 コーカサスバイソン。


 青灰牛(ニルガイ)


 シベリア(アムール)ヒョウ。


 三騎の鎧獣騎士(ガルーリッター)だ。

 それぞれ肩当てなど、一部に漆黒の意匠を施された授器(リサイバー)を身に着け、三騎とも手には斧を持っている。

 今のアウロラへの急襲も、どうやらシベリア(アムール)ヒョウの鎧獣騎士(ガルーリッター)が投げたもののようだった。

 はね返されて戻ってきた斧を受け取り、二丁斧となった女性型らしいシベリア(アムール)ヒョウが舌打ちをする。それに、コーカサスバイソンから駆り手の若い男が声をかける。


「外しましたね。つか、投げるの得意って言ってたのに全然ダメじゃないッスか」

「んあぁ?! 誰がヘタクソだって? ヘタレフニャチ○小僧の分際で馬鹿にすんじゃないよ!」

「お止しなさいな。全く、貴女は下品ねバルバラ」


 バイソンに刃先を向けて吠える雌豹の人獣に、こちらも女性型らしい青灰牛(ニルガイ)鎧獣騎士(ガルーリッター)が呆れて嗜めた。

 全員が斧を持つ、三騎の人獣――


「グリーフの〝三獣士〟……」


 アネッテの呟きを聞いたイーリオが、ムスタに「〝三獣士〟って?」と尋ねる。


「グリーフ騎士団の突撃部隊を束ねてる三人さ。グリーフは元々大所帯の傭兵集団だったからな。最近はあまり聞かなくなっていたが、古参には耳馴染みのある名前だよ。ま、その名を受け継いだ連中ってとこだろうがな」


 グリーフ騎士団は、北央四大騎士団ノルディック・フィーラ・リッダーナでも遊撃団としての扱いが色濃い。その特殊性ゆえ、機動力を重視される事がままあり、その中でも突撃部隊は先遣隊として名を馳せていた。


「ゴゥトの皆さん、貴方がたの副団長は私が止めます。なので皆さんは、滞りなく任務を遂行してください。バルバラ、カシュバル、捕獲は二人に任せますよ」


 青灰牛(ニルガイ)の女騎士が声高に告げると、硬直していた襲撃者側の空気がにわかに変わった。

 どうやら彼女が部隊の指揮官であり三獣士のまとめ役のようだ。


 手に持つ斧は三騎の中でも大振りのもの。薄い灰褐色に黒や白の斑紋が浮かぶウシ科の鎧獣騎士(ガルーリッター)

 青灰牛(ニルガイ)とは、別名〝馬羚羊ウマカモシカ〟と呼ばれるように首周りや口吻部分が馬や鹿によく似ている。しかしれっきとしたウシ科の現生生物であり、この鎧獣(ガルー)の名を〝グレイプ〟と言った。


「あたしを止められるって? 舐めないでよね」


 今の言葉を耳にしたアネッテが、不快な声をあげながらも高速の跳躍を見せる。

 向かったのは敵勢の中央。

 指揮官を相手取るより先に、幾人か減らしてしまおうという考えだ。しかし、その前に青灰牛(ニルガイ)が立ちはだかる。

 唸りをあげる大斧の斬撃を、アネッテ=アウロラは寸でのところで躱した。


「舐めてないですよ。貴女の実力を推し量って、冷静に判断しただけです」


 今の攻撃にはかなりの鋭さがあった。どうやら口だけではないらしいとアネッテも相手の力量に当たりをつける。


「お手合わせは初めてですね。私はグリーフ騎士団のゾラ・ジヴナーと申します。貴女が〝北の戦女神〟からアウロラを受け継いだ、アネッテ副団長ですね。お手合わせ出来るのは光栄ですが……しかし残念です」

「何が?」


 ゾラ=グレイプが首を左右に振る。


「出来れば貴女ではなく〝北の戦女神〟と手合わせしたかったですね。申し訳ありませんが、貴女では少々……物足りなく感じますので」


 王野羊アルガリの中で、アネッテの頬が引き攣った。


 格というならこちらが格上なのは当然の事、未熟だと言われるような自分でもないと思っている。勿論、先代には遥かに及ばない事くらい自分でも分かっていた。

 けれどもいくら何でも舐めすぎだと、彼女の自尊心と怒りの火種に火をつけたのは明らかだった。


「言ってくれるわね……!」


 怒気も露にアネッテが再び先制攻撃を仕掛けようとした間際だった。

 ゾラがほんの一瞬の挙動で仲間に指示を出すと、待ってましたとばかりに他の騎士達が素早い動きを見せる。

 アネッテが気を取られた隙を狙っての、イーリオ達への襲撃。


 ――しまった!


 瞠目するアネッテ。

 イーリオはザイロウを鎧化(ガルアン)出来ない。ムスタもこんな状況なのに己の騎獣を呼び寄せていない。

 ただの人間である以上、襲われたら為す術がないのは火を見るより明らか。

 しかもアウロラの始動を図っての動きなだけに、彼女が舞い戻ろうとしても間に合わないし、他のクラッカ団の騎士達も動きを封じられている。

 まんまと乗せられた恰好だが、悔やむ余裕すら与えてはくれない。


 が――イーリオはともかく、ムスタの表情も態度も悠然としたもの。


 それもそのはず。


 三獣士二騎を中心に殺到する六騎の混成部隊だったが、目に見えない衝撃に打たれるように、全員がその場で弾き飛ばされたのだから。


「何だァッ?」


 シベリア(アムール)ヒョウの女騎士が叫ぶ。


 イーリオも目を剝く。


 いつ、どうやって。

 気配も何も全く感じさせず、両者の前に純白の毛並みが立ちはだかっていた。


 肢体で女性騎士だと分かる曲線美。

 その姿は、オオツノヒツジの一種ドールビッグホーン。


「あらあら。そんなだから未熟者って言われるのよ、アネッテ。頭に血を上らせて周りが見えなくなっては駄目。それではまだまだね」


 ドールビッグホーンからの声。

 敵騎士はこの助太刀が誰なのかまるで分かっていないが、アネッテは当然分かっている。そして声を聞いたイーリオも。


「その声……マリオンおばさん……?!」


 頭部を少し傾けて、羊頭の口の端を笑いの形にするドールビッグホーン。


「は……? え? おばさんももしかして――」


 イーリオの呆然とした呟きに返したのはムスタだった。


「こいつらがさっきから言ってたろうが。〝北の戦女神〟って名前を。その二つ名で呼ばれた先代のゴゥト騎士団団長。それがかつてのマリオン・グライフェンだよ」

「グライフェン……?」


 ムスタの返答に、目を丸くして呆然となるイーリオ。

 自分を取り巻いていた人間達の知られざる裏の顔を次々に聞かされ、もうどういう反応をしていいか分からない。

 絵に描いたような驚きの顔をする、イーリオだった。

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