第三章 第一話(1)『暴走馬車』
「あの馬車は何だ?」
遠くに立ち上る土煙を見とがめたリッキーが、供のマテューに聞いた。遠くに見えると言っても、ここの位置からでは、土煙どころか、馬車など全くわからない。問われたマテューは、呆れ気味に答える。
「よく分かりますね、馬車って」
「バーロー、騎士なら目は大事だぞ。戦ってる時とか、グッと見なきゃ行けねーだろーが」
「その目の良さと、私の言う目の良さは違いますよ」
「おんなじじゃねーか。目は目だ」
相変わらず話の通じない上司と首都を出て、はや一週間。問題という問題もなく、よくここまで辿り着けたものだと、我ながら感心する。今度こそ、別の部隊に替えてもらおうと、心の中で固く誓うマテューであったが、己の主張が通る自信はなかった。それもこれも、この上司が原因だ。
リッキーは、とかく問題児だった。
いや、真面目というなら、これほど真面目な男もいないと言える。任務には積極的。非道は許さず、卑劣さとはほど遠い、正々堂々とした騎士。それだけなら、まさに絵に描いたような人物である。
だが、問題があった。それもいくつも。
一つはその見た目。
赤い髪を逆立て、両横を刈り込んでいる。その部分には、器用に稲妻の模様で刈り込みが作られていた。両耳には十字の形をしたピアスを着け、隊服の胸元からは、炎を象った刺青が覗いていた。隊服でわかりはしないが、炎の刺青は上半身に大きく彫られている。腰には鎖をジャラジャラと着け、およそ騎士団の人間らしからぬ身なりであった。
肌は健康的な程度に浅黒く、鼻筋も通り、全体的に顔かたちは整っている方なのだが、見た目の奇抜さが勝って、どれも台無しにしている。
この見た目の異様さというか威圧感で、会った人みなが、不審がるか怖がってしまう。にも関わらず、隊長はリッキーに巡検などの任務を命じるものだから、必然的にお守役の自分が、いつも事後処理と仲介役として、矢面に立たなければならない。
二つ目は言動だ。
リッキーという人物は、とかく何を言ってるのかわからない。感覚でしゃべるものだから、よほど彼に慣れた人物であっても、何となくでしか理解出来ないのだ。それゆえ、通訳が要る。それがマテューであった。いや、マテューとて、リッキーが何を言ってるのか、わかっている訳ではない。おそらくこうだろうなというアタリをつけて、解釈しているに過ぎない。間違っている事もあって、その時は後で「俺の言ってる事がわかってねえ」と文句を言われるのだが、憶測で言った結果、揉めそうな事態を丸くおさめてしまう事が多いものだから、最終的には、マテューの通訳が役立っている事が殆どだった。
それゆえ、マテューが、リッキーとセットになって任務を受ける事が多かった。揉め事の嫌いな彼としては、全く望んでいない状況であったのだが。
「で、何なんだよ、あの馬車」
リッキーが重ねて問う。二人は馬に乗り、それぞれの鎧獣も横に並んで歩いていた。
辺りは、一般にハイデと呼ばれている荒れ地で、痩せた大地に、ヒースの花がところどころに紫色の花弁を綻ばせていた。ヒースの群生が抜けた先は、まばらな草地に林が見える。その向こうは、草もない地面が剥き出しなっている。おそらく、リッキーが言うのはそこの所であろう。だが、見通しの良い昼間であっても、メルヴィグ王国特有の薄暗い天候もあって、そんな遠くに何があるかまではよく見えない。そもそもブナの林と起伏に富んだ丘陵が邪魔をして、普通、そこまで遠くが見えるなんて事はない。
「だから見えませんって。私は次席官ほど目がよくありませんから」
次席官とは、リッキーの役職だ。
正確には、覇獣騎士団 弐号獣隊 次席官が、その役職。
彼らはここ、メルヴィグ王国にあって、その名も知られた国家騎士団〝覇獣騎士団 〟の一員であり、特にリッキーは、その中でも上位騎士にあたる有能な騎士であった。
メルヴィグ王国は、ニフィルヘム大陸の中央に位置し、北にゴート帝国、南にアクティウム王国や、カディス王国、トゥールーズ公国などといった国々に挟まれており、それでも尚、ゴート帝国に次ぐ版図を持つ強国として武勇を誇っていた。その最たる理由が、国家騎士団である〝覇獣騎士団 〟の存在である。
答えたマテューの言葉を聞いていないのか、リッキーは馬車が見えるという方向に手を翳し、覗き込むように眺めた。
「あの馬車の向かう方向……。ありゃあ、砦の方だな」
「砦って、我々の行くマクデブルクですか?」
「ああ。間違いねえ」
「だとしたら、参号獣隊の馬車じゃないですか。物資関係とかの」
マテューの言う事はもっともめいているのだが、どうもリッキーは納得していない。
「物資なぁ……。それにしちゃ、シケた数だぜ。たったの二台なんてよ。なんつーか、クセぇな。ヤな匂いがプンプンするぜ」
「またですか。やめて下さいよ。そうやってすぐ首を突っ込むの」
うんざりするマテュー。
行く先々でこうやって色々な揉め事に介入してきたので、三日で着くはずの目的地が、すでに一週間もかかってしまっているのだ。正義漢と言えば聞こえはいいが、巻き込まれるマテューは、たまったものではない。
「バーロー。オレたちゃ国家騎士団だぜ。アヤしい馬車をそのまんまでいいわけねぇだろ。それによ、馬車が来たのは、ナーストレンドの方角だぜ」
「ゴート帝国が攻めてきたとでも? あり得ませんよ、そんな話」
「攻めてきたかどうかはワカんねーけどな、砦にちょっかいだそうってんなら、ありうるだろ? あそことは小競り合いも多いしな。それか、何か揉め事で逃げてるとかよ」
「それなら余計止めてください。揉め事に関わるの、もう何度目ですか。とにかく砦に行きさえすれば、それでわかりますよ」
だが、リッキーは、まるで話を聞いていない。
「いや、ちょっと行こうぜ。どうもキナ臭ぇ。オレのアレが、ビンビンきてんだからよ」
言うが早いか、リッキーは手綱を絞り、馬を駆け出させていた。彼の鎧獣も後を追う。
マテューは、心底げんなりとしながら、それでも着いて行くため、己の馬も足を早めた。
しばらく駆けていると、果たしてリッキーの言う通り、馬車が二台、急ぎ気味に前を進んでいた。
しかし、どうも様子がおかしい。
荷台は比較的大きく、数人以上、または鎧獣数頭でも載せられそうなぐらいの規模だが、それにしては、馬の数が少ない。一台につき、二頭の馬。幌のおかげで御者の姿は見えないが、かなり操縦が上手いのか、はたまた荷が軽いのか。起伏のある荒れた大地をものともせず、わずか二頭の馬で、この大きさの荷台を速度をゆるめもせずに突き進んでいる。
速度と荷台の大きさから考えると、どうにも奇妙に感じられた。
マテューがそれをリッキーに言うと、応じてくれると考えたのだが、意外にもリッキーは否定した。
「いや、そうじゃねえ。おかしいのはそこじゃねえ」
乗馬を駆りながら、二人は話す。
「じゃあ、どこなんですか?」
それには答えず、リッキーは着いて来いと手で合図すると、馬車の前に馬を早める。
マテューがそこで見たのは、何とも奇妙な光景だった。
御者がいない。
馬達はまるで何者かの意思によって操られているかのように、自分達だけで、乱れもせずに規律正しく走っている。
しかも、この馬自体が異様すぎた。
体がうっすらと半透明で、乳白色をしている。まるで馬の亡霊か、妖怪のようだ。
「これって……!」
「オレぁ、メルヒオールに連れて行かれて、コイツを一度見た事がある。コレぁ、アレだ。……。ル……、ルー……ル、ルルー……」
「忘れたんですね」
「バッ! ちげーよ! アレだ、ルルービーストってやつだ!」
全く信じていない目つきで、マテューはそれを聞き流した。
「こいつはな、鎧獣みたいな額のアレで出来ててよ、奇術紛いの力をもってやがんだ。しかも、術者の命令通り動き、目的が果たされると、自然に消えちまうよう出来てる。……ってことは……」
リッキーは話してる途中で考え事をはじめた。
だが、この馬車と馬が奇妙なのは間違いない。リッキーの記憶力はともかく、その勘の鋭さと観察眼は信頼に足るものがある。何はともあれ、この馬車を止めなければと思うが、果たしてこの奇妙な半透明の馬は、自分の言う事を聞いてくれるのだろうかとマテューは不審に感じていた。
「マテュー。馬を止める前に、確かめるぜ」
逡巡しているマテューに、リッキーは言った。何を、と問うよりも先に、既にリッキーは、馬車の後部にまわり、幌に手をかけている。
リッキーが、走る乗馬から器用に荷台に飛び移る。マテューも、馬車馬から荷台側へとまわり、リッキーの乗馬の手綱を取った。
「次席官、いかがです?」
マテューの声に、リッキーが幌から顔を覗かせる。
「見てみろ」
短く告げた言葉には、切迫した響きが滲んでいた。
乗馬したまま、めくった幌の入口から見えたのは、積まれた木箱。
木箱の蓋の一つをリッキーが開けると、中にはガラスのようなもので出来た透明の筒が、木屑で守られるように入っていた。筒の中は液体で満たされている。短筒の下部は紐でつながれ、箱の底にあけられた穴から紐が出るようになっていた。紐は荷台の前部に向かっている。
「これは……?」
「こらぁ、爆弾だ」
思わず驚愕するマテュー。
「ば、爆弾?!」
「この筒を見ろ、筒の先端から紐が伸びてんだろ。こいつは手綱と繋がって、馬車を曳く馬に通じてる。こいつは馬車の馬が消滅すると同時に、爆破する仕掛けになってやがんだろうな。つまり、この馬車ごと目的に突っ込んで、ドカン! てワケだ。――おそらく、阻止しようとして馬を止めようとすれば、それでも馬が消えて、ドカンだ。抜かりねえって寸法だな」
珍しく理路整然とした口調の時は、良い結果の時ではない証だ。
「どうしてこれが爆弾だと?」
「だからよぉ、俺ぁ、メルヒオールに見せられた事があんだって。鎧獣のコイツを使って幽霊もどきの動物を作れば、生きた爆弾みてえなモンまで作れるって見せてもらったんだよ」
コイツと言いながら、己の額を親指で突つく。神之眼の事を言ってるのだろうと察しがついた。
揺れる馬車の中、リッキーは箱を元に戻すと、荷台から再び己の馬に飛び移る。
「どうするんですか? これ、どう見てもマクデブルクへの攻撃ですよね……?」
半目にした奇妙な表情で、リッキーは考えながら答える。
「ニセの馬を使った、自爆攻撃か……。攻撃側の手口もバレにくいし、こいつぁ、厄介だぜ。しかも、下手に止めようとすれば、それだけで馬が消えちまう。そしたらどのみち、ここで爆発だ。チッ、……めんどくせーな」
「面倒なんて言ってる場合じゃないですよ。早くどうにか止めないと」
焦るマテューをよそに、リッキーは考えている。やがておもむろに、
「しゃーねーな。ここで爆発させちまうか」
「はい? それじゃあ、我々が巻き込まれてしまいますよ?!」
「何言ってんの。俺たちゃ、ナンだ?」
片眉を跳ね上げ、不快げに問う。
「何って……騎士団の騎士ですが……」
「だぁーかぁーらぁー、コイツらがいるでしょーが。最強の相棒が」
そう言って、後方に視線を送る。
乗馬の後ろで、息を荒げながら着いてくる、二体の獣。
一匹は、梅花紋と呼ばれる紋様を全身に散らした、豹に酷似した猫科の猛獣。
ジャガーの鎧獣。
もう一体は、それより一回り小さい良く似た猛獣。
豹の鎧獣。
共に、白地に金縁の揃いの授器をその身にまとっている。ジャガーの方だけ、一部、炎を象ったオレンジ色の紋様が大きく描かれていた。
「鎧化するって言うんですか? それで一体、どうしようと……」
「おめーはいいよ。オレだけ鎧化すりゃ。そんでオレがこれから、この馬と馬車を〝潰す〟」
「潰すって……」
「まかしとけよ。俺は弐号獣隊の次席官だぜ。爆破をグシャンってしちまうなんざ、ワケねーぜ」
自信たっぷりの表情だが、こういう時のリッキーは、信頼に足るものがある。いや、進んでトラブルに首を突っ込むというのは、それを解決できる自信があるからに他ならない。つまり、自惚れるだけの実力と実績を持っているからだ。
それを知っているマテューは、やれやれという表情で、彼の言葉に従う事を決めた。
「それで、私はどうすれば?」
「オレはこれから、相棒と一緒に前に出て馬から降りっから、おめーに預ける」
「馬をですね」
「馬を持ったら、出来る限り距離をとってろ。爆破に巻き込まれねーよにな。ま、心配ねーと思うがよ」
「わかりました。勝算はあるんですね?」
「んな、ご大層なモンはいらねーよ。こんなチンケな罠なんざ、朝食前の屁みてーなモンだ」
意味が分からない。
「それによ、いくらこの、ル、ル、ルー……」
「名前はいいですよ」
「アレだ、この術がスゲーつっても、鎧獣騎士の前じゃあ、カスみてーなモンだ」
「そこは屁じゃないんですね」
「うっせえな、いちいち突っ込むな。丁寧か。……あー、つまりナンだ。鎧獣騎士こそ、最強って事なんだよ」
そう言って、己のジャガーの鎧獣に合図を送り、馬の手綱を引き絞る。
「そんで、このリッキー・トゥンダー様と、〝ジャックロック〟こそ、その中でもとびきりイカした鎧獣騎士って事だ!」




