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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第三部 第二章『想いと思い出』
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第三部 第二章 第一話(2)『真母偽母』

 近頃ハーラルは、たびたびホルグソン大公の屋敷にお忍びで足を運んでいるという。国家最高錬獣術師グロース・ライヒ・アルゴールンのインゲボーにも助言を貰っているようで、それが何やらきっかけになったらしい。


 その報告を耳にするたび、エッダは心の底から幸福に包まれている心持ちだった。


 やっと全てが実る。

 自分の生きてきた意味が報われる、と。


 それは母性のようで母性でなく、忠誠心でもなければ情愛とも勿論違った。

 おそらくこの世で誰一人理解出来ない、永劫の中で歪んだ〝愛〟。

 だから、ハーラルの産みの親であるサビーニ皇太后が不満に思ったのも、無理のない事であったろう。サビーニはエッダを呼び出し、ハーラルの婚儀の進捗状況について厳しく問い質した。


「銀の聖女との婚姻はいかがかえ? つつがなく運んでおるのか?」

「まだ聖女様の体調が本復なされておりませんので、今しばしご猶予をとなっております」

「そうであるか。もしハーラルの妃として相応しくないのであれば、色々と考えねばいかんものよな、エッダ」


 〝黒衣の魔女〟は、感情を露ほども見せないで、神妙な態度をとっていた。


「何せ聖女は、かつて我が子を皇帝として認めなんだ者。何かと理由をつけて婚儀を引き延ばしておるだけかもしれん。それに、いくら伝説の聖女といえど、あのような姿で千年も生きていた人間など、妾はどうにも気味が悪い。果たして本当に皇帝の妃に相応しい女子おなごであるのやら……」

「お母君であられる皇太后陛下がご案じ召さるのはもっともですが、かつてと違い、今は聖女様も皇帝陛下をお慕いしているのは間違いございません。それに、陛下も近頃はホルグソン家に足しげく通われ、いたく聖女様を気遣われている様子。臣も拝見しており、常々微笑ましく思いますし、臣だけではなく皆も口々にそう申しております」

「ふん、色香なのか妖しげな術なのか――そんなものでハーラルを惑わしておるのかもしれん。エッダよ、くれぐれもあの聖女の同行から目を離すでないぞ」

「はい。かしこまりましてございます」


 サビーニ皇太后は、最近になってどうにも落ち着かないようだった。

 理由は明白で、ハーラルの皇帝戴冠の折りに表れた、イーリオを目にした時からである。


 スヴェインという気に喰わない者から齎された情報が切っ掛けだったが、先帝の妃である皇太后の反応を見るに、あのイーリオという若者は本当に皇帝家の血筋になるのだろう。であれば、〝シエル〟が反応したのも分かる。

 だがそれは、そんなものに反応したシエルが、まだ完全ではないという事も示していた。


 そうでなくば、ハーラルを選ぶに決まっていると、エッダは確信していたからだ。


 そしてイーリオが皇帝戴冠で名乗りを上げた事件は、別の者らに対しても小さくない波紋を広げていた。


 北央四大騎士団ノルディック・フィーラ・リッダーナ――


 中でも、ヴォルグ騎士団内での事だった。

 イーリオの事件、そしてハーラルの即位後、ヴォルグ六騎士の中でにわかに行動が目立つようになってきた者がいた。

 左翼大隊司令長官ウルリクと、第二外征獣騎総長エゼルウルフの二名である。


 特にウルリクは、皇帝の即位後、どうも無茶な軍事的提案をしだしたハーラルに対し、疑義を唱えるどころかそれとない追従をし、まるで太鼓持ちのようであった。彼は〝賢者ヴェドーン〟と渾名されるほどの軍略家であるだけに、ハーラルもその後押しを受け、無茶の上に無茶を重ねてしまうという有り様なのだ。

 しかもその結果、ハーラルも最近はエッダだけでなくウルリクを呼び出す事が増え、宮廷内の勢力もにわかに雲行きが怪しくなってきたのである。


 これを面白くないと思う筆頭が、同じヴォルグ六騎士の第一外征獣騎総長ソーラであった。

 おそらく騎士総長のリヒャルディスなども不快に感じていただろうが、年齢や立場もあって、彼はそういった言動を表に出さない。マグヌス総司令はもっと口を噤んでいるし、右翼大隊司令長官のヴェロニカも、少なくとも表面上は無関心のように見えた。


「近頃の陛下、どう思いますかね? 前から内政よりも外向きな御方でしたけど、ここんところはどうにも過激っつーか……。それに輪をかけてウルリク司令も煽りますし、俺ァどうも今の状況、気に喰わないんスけどね」


 二人になったところで、ソーラがリヒャルディスに尋ねた。

 リヒャルディスは帝国最高齢の騎士であり、騎士を束ねる総騎士長でもある。年齢に相応しい思慮深さと、国の内外を問わない尊敬を集めるほどの人物だ。

 騎士団一の跳ねっ返りとも言われるソーラ・クラッカですら、リヒャルディスには総司令のマグヌスとは違った意味で一目も二目も置いていた。


「陛下の気が逸るのは、若さゆえであろう。それを支えるのが我ら六騎の役目。貴様が反対を唱えるように、ウルリクには彼奴の考えがあって賛成しているだけだ。少なくとも陛下にも帝国にも害するような行いには見えんよ」


 とは言え、ソーラの申し様はリヒャルディスも分かっていた。

 目に余るとまではいかぬものの、北の部族をほぼ殲滅し、今度は海を挟んだカレドニア王国にも攻撃的な行動をとっただけでなく、南にも軍備増強を進めるハーラルの性急な行いは、いかにも若さというには言葉が足りないように思えた。


 それもこれも皇帝となったからなのか。

 それとも即位の場に突如表れ、現在逃亡中のあの若者が表れたからなのか。


 まるで一刻も早く、主君としての〝結果〟を残したいと焦っているようにさえ思える。


 それが考え過ぎかどうかは、二人にも分からなかった。


「閣下ァ……俺ァちょっと、自分の領土(シロンスク)に戻りますぜ」

「ん? 今戻ると言うのか。何故だ」

「話をね、聞きたい人がいるんスよ。言わんでも分かるでしょ? 一連の出来事の発端を考えれば、尋ねる先が何処になるかって事は。つーわけで、マグヌスの叔父貴には言っといてください」


 黒に髑髏を印した眼帯。

 ソーラはきわめて稀な、隻眼の騎士である。


「待て。事がもしそうであったら、お前はどうするつもりだ?」

「……どうしますかね。分かんねえッス。今んトコは。ま、出たとこ勝負でしょ。俺らクラッカ団は」


 例え格も実力も自分より上な総騎士長が相手でも、ソーラは不敵な笑みで返す。彼は貴族出身ではなく、義賊ハイドゥク紛いの出である。その根っこにあるものは、今も昔も変わっていなかった。


 去って行く隻眼の男を、老宿将は止めようとせずに見つめていた。

 ハーラル即位の混乱も、結果的には新皇帝の武名を轟かせるに至り、安堵と感銘を覚えたものだったが、ここにきてどうにも胸騒ぎが抑えられない。この胸のつかえの正体が何なのか。

 沈黙を守っているマグヌス総司令の考えも分からず、ただの老婆心であってくれと密かに願う、リヒャルディスであった。

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