第二章 幕間〈エピローグ〉
体が揺れている。
地震ではなく、何かに乗せられ、運ばれているからだ。
イーリオは全身に痛みが走り、その苦痛で、目を覚ました。
力なく瞼を開くと、目の前は薄暗い天幕。
天幕は幌のようだ。揺れているのは、どうやら馬車に乗せられているからだった。
シャルロッタが不思議とも何ともつかないような表情で、イーリオを覗き込んでいた。その傍らには、レレケと、見知らぬ騎士が二人。
「イーリオ、目を覚ました」
少し驚いたように目を広げて、シャルロッタは言った。
その言葉に、レレケは安堵の笑みを浮かべる。
「心配しましたよ、イーリオ君」
呼び捨てでいいのにと何度言っても、レレケは彼を君付けで呼ぶ。無論、ドグに対してもだ。
そのドグの事を思い出し、痛む首を動かして、左右に目を送る。
自分のすぐ側で、ドグも横たわっていた。
「よう、やっと起きたな」
彼の体にはいたる所に包帯が巻かれ、激闘の後をうかがわせるに充分であった。
そこでイーリオは思い出す。
そうだ、どうなった?
ペンダントは?
「レ、レレケ……、ペンダントは? ――痛っ!」
体を動かすたびに、痛みが走る。だが、大した外傷はない。おそらく内部からの痛みだろう。
「まだじっとしていて下さい。見た目は大丈夫でも、体力の消耗に加えて、内部に相当な痛みが残っているはずです。ドグ君ほどじゃないですがね」
「うっせえ。オレがボロボロなのは名誉の負傷だ。名誉の」
「そんな事より……ペンダントは……」
苦痛に顔をしかめながら、再度問いかける。
レレケは首を左右に振って否定を示した。
愕然とする。
夢ではなかった。
本当に黒騎士に奪われたんだ――。
その事実に全身から力が抜けていくイーリオ。
無理だ。取り戻すなんて、到底。相手はあの黒騎士。三獣王の一人だ。
そんなイーリオの思いを見透かすかのように、レレケはゆっくりと諭すように話しはじめる。
「諦めてはいけません。まだ、取り戻すのが不可能と決まった訳ではありませんよ」
「何言ってんの……。相手はあの黒騎士だよ」
「いいですか、貴方は、あのティンガル・ザ・コーネを相手取って、勝ちを得たのですよ。あの、〝氷の貴公子〟を相手に」
「――よく、覚えてないんだ……。戦ってる最中に気を失って、気付いたら鎧化が解けて倒れていた……。そしたら、オーラヴ……じゃなくて、〝氷の皇太子〟の奴も倒れているし……」
「貴方は勝ったんです。それは紛れもない事実です」
「でも、自分の力じゃない。ザイロウの力だ」
そう言って周りを見る。
「ザイロウなら、カプルスと一緒に別の馬車です。一緒に載せられる大きさではありませんから」
そう言われ、安堵する。レレケは続けた。
「……確かにその通り。ザイロウの力で貴方は勝ちました。けれど、それは裏を返せば、貴方の実力は介在していないという事。つまり、貴方がもっと力をつけ、ザイロウの力を自在に操れるようになったらどうでしょう? ザイロウの力のみで、あのティンガルに勝ったのですよ? あの、ゴート帝国の帝家鎧獣を。なら、貴方が強くなれば、黒騎士にだって、あるいは、と思うのは、私だけでしょうか?」
レレケの言葉に、大きく目を開くイーリオ。
ドグも頷いていた。
「強くなるんです。貴方が。まずはそこからです」
涙が、こぼれた。
それは次から次に溢れ、己の頬を濡らしていく。
「イーリオ、泣いてる。また痛いの?」
不思議そうに見つめるシャルロッタ。
イーリオから目を背けながら、ドグが言う。
「男泣きってやつだよ。そっとしといてやんな」
しばらく経って、イーリオは再びレレケに問いかけた。
「……ところで、この馬車、これって……」
「ああ。これは言ってた私の知り合いの馬車です。保険をかけた、って言ったでしょう?」
微笑みながら告げるレレケ。そういえば、万が一の時に……って言ってたな、と思い出す。
「こんな事態になりましたが、助かりましたよ。あのままだと、野晒しで立ち往生しちゃうところでしたからね」
「じゃあ、そっちの二人が――?」
騎士の二人を、改めて見つめる。
二人は揃いの、白地に金糸で縁取られた衣服を着ていた。肩章があり、胸にも紋章――いや、隊章がある。盾の枠に、剣を持った獅子の紋。数字の三が象られている。
「こちらのお二方は、私の知り合いの、そのお仲間です」
レレケの言葉に、恐縮する素振りを見せる二人。
「仲間だなんてとんでもない! 部下ですよ、私たちは」
「部下……?」
訝しげなイーリオに、騎士の一人が告げた。
「はい。我々は、メルヴィグ王国国家騎士団、〝覇獣騎士団〟の団員です」
「じゃあ、レレケの知り合いって……」
イーリオの発言に、レレケは何故か、げんなりとした表情になる。
「……まぁ、行けばわかりますよ。私はあんまり、いえ、出来れば会わないでおきたい人でしたがね……」
レレケをして、こんな事を言わしめる人物とは、一体どのような者なのか。
また、一波乱ありそうな気がして、それが何だかおかしくなり、イーリオは一人、小さく吹き出した。
今度はシャルロッタだけでなく、全員が不思議そうな顔をするも、イーリオは笑いを止める事はできなかった。
――いいさ。やってやろう、強くなってやる。黒騎士だろうが、覇獣騎士団だろうが、何でも来いってんだ!
笑いながら、心の中で、固く決意する。
新たな目標が、一つ生まれた――。
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