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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第三部 第一章『希望と絶望』
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第三部 第一章 第四話(終)『無法者』

 突如表れた謎の加勢に、敵味方関係なく、誰もが驚きで動きを止めた。


 しかも右手の篭手からは発光をする刃が伸び、体格は大型補食獣のもの。即ち大狼(ダイアウルフ)のザイロウとほぼ同等。そして外見はハイエナ。

 明らかに、只の騎士とは違う。


「あ、貴方は……?」


 助けてくれたし、こちらに背を向けている事から、少なくとも敵ではないのだろうという事は分かった。けれども、イーリオは彼や彼の騎獣を知るはずもないし、誰か思い当たる者とているわけがない。更に言えばシャルロッタからの拒絶にサイモンとエドガーの裏切りなど、立て続けに起きた事柄があったので、不審感を抱くのも仕方のない事だった。


「僕は、ガボール・ツァラと言います。その……〝山の牙〟の者です」

「〝山の牙〟……? 山賊の? 何で、山の牙が……?」

「どう……言っていいのか……。その、説明は後でします。今は兎に角、貴方を助けます」


 理由は後で、と言われてもそれを信じるべきか否か。それに、どんな騎士なのか、どういう人物なのかまるで分からない。

 だが、こんな逼迫した状況で、疑っている余裕などイーリオにもザイロウにも、あるわけがなかった。

 ただ、この異様な光る武器といい、民族色豊かで武骨に見えるのに、どこか気品を感じさせる授器(リサイバー)といい、相当に頼もしい実力は感じ取れた。


「お、おいおい、何だよ、これ」

「どうする……? あのう、どうします? 灰堂術士団(ヘクサー)のみなさん」


 エドガーの問いに、牛頭の術士がかんばせを険しくした。人獣の状態では、はっきりとした感情は読み取れない。ただ、不愉快に感じているのだけは伝わってくる。


「何も変わりません。標的は捕らえます。命さえあれば、後はどうなっても問題ないですし、そこの加勢に来た方など、勿論殺しても構いませんから」


 牛頭から聞こえたのは、女性の声。


 サイモンとエドガーを誘った、あのタマラという女の声だった。


 タマラの声を切っ掛けに、まずピューマの鎧獣術士(ガルーヘクス)が動く。

 回り込みながら、器用に術式を発動。

 先ほどイーリオ=ザイロウの脇腹に深傷ふかでを負わせた、超常の速さの擬似ピューマが放たれた。

 それに動きを合わせ、馬頭の鎧獣術士(ガルーヘクス)も、ピューマの側に寄って半透明の馬を放つ。


 獣理術(シュパイエン)の連携攻撃。


 しかもどんな術か分からないので、避ける以外にいい手が見つからない――かと思っていたら。

 避けるどころか、そこへ突っ込む光剣の主。


 ――!


 機敏さも雷光さながら。

 同時に光が軌跡を描いた。


 半透明のピューマと馬を連続して斬り捨てる巨大洞穴ハイエナジャイアント・ハイエナ鎧獣騎士(ガルーリッター)、ガボール=〝アーヴァンク〟。

 鎧獣騎士(ガルーリッター)の武器が効くのかどうかも分からないのに、ひと薙ぎで半実体化した術そのものを撃滅させた。

 これには、イーリオ以上に敵の方が驚きを見せる。


 ――まさか、獣理術(シュパイエン)の術そのものを〝斬れる〟なんて……!


 そんなところだろうか。

 敵の鎧獣術士(ガルーヘクス)が、予期せぬ状況に動きを硬直させてしまうと、アーヴァンクはここぞとばかりに敵の方へとその身を踊らせる。

 捕食動物でも最上級の咬合力を持つ牙が、人馬の腕をかすめた。


「チッ!」


 血の糸が宙を舞うも、駆けつけたエドガーの剣が牽制になって、ガボール=アーヴァンクを引き剥がす。


 片腕を抑える人馬の術士。


 油断もあったが、いきなりの咬撃(ビィーデ)で隙も大きかった分、回避する事も出来たというところだろうか。もし咬撃(ビィーデ)ではなく、あの光の剣で斬りつけられでもしたら、人馬の術士は命を落としていたかもしれない。


 が、それはガボールの狙いでもあった。


 アーヴァンクが、牙に付いた血を舐めとる。

 中から聞こえる朴訥な声の主に不似合いな、獰猛にも見える仕草。

 そしてポツリと――



「〝完全無法フォルコメン・バンディート〟」



 呟きと共に、両目の周囲に血管が浮かんだ。

 黒目の大きな瞳孔が狭まり、充血で赤く染まった瞳は、狂気じみている。


 サイモンとエドガーは、これが獣能(フィーツァー)だと気付く。

 だが、一体どんな異能なのか? あの目の変化は視力の変化なのか? 何がくる?


 大きく深い凶々しい息を吐き、アーヴァンクが肩を怒らせた。

 と、いきなり何もない宙に向かって、アーヴァンクが爪撃(クロゥ)を放つ。当然、擦りもしない。


 ――?


 全員が当惑したが、同時に「ぎゃっ」と悲鳴をあげて、ピューマの術士が吹き飛んだ。

 見ると、人馬の術士がピューマを片腕で殴り飛ばしていた。


「なっ?!」


 殴った当人も驚きの声を出す。

 動きも歪だ。まるで片腕が勝手に動いたかのような、無理な姿勢の打撃。

 だが何よりも、殴られたピューマの術士が非難の声をあげた。


「何をいきなり――!」


 タマラと名乗った人牛の術士も、目を奪われる。つまり、全員が気を取られたという事。


 その虚を衝いて、再びアーヴァンクが奇妙な威嚇じみた動きを見せた。

 吠え声を耳にした人馬が、今度は人牛の術士に向けて無茶な体当たりをかけた。



「う、うわっ」


 人馬から漏れる男の声で、駆り手の意志でない事は、明らかだった。

 かろうじて人牛は体当たりを躱したが、何が起こっているのか理解出来ない襲撃者側は、ただ呆気に取られるしかなかった。


「な……何やってんだよ」


 エドガーが声を漏らした瞬間だった。

 咄嗟に気付いた彼が振り返ると、血走った目の巨大洞穴ハイエナジャイアント・ハイエナが、今まさに自分に斬り掛からんとしていた。


 隙を衝いた完全な不意撃ち。


 しかし、先ほど施された獣理術(シュパイエン)のお蔭か、ぎりぎりで跳び退がる事は出来た。だが、前に翳した両手剣(バスタードソード)が光の剣と打ち合うや否や、ずるん、とものの見事に両断されてしまう。


「!!」


 真っ二つになる己の武具。


 信じられないものを見せられてエドガーは慄然とするが、今度は横にいたサイモンの悲鳴と、術士の方からも別の声が上がり、すぐさまそちらへ視線を走らせる。

 サイモンは、イーリオ=ザイロウに斬り掛かられて吹き飛ばされており、術士らも、相変わらず人馬の動きが奇妙で異常な牽制となり、混乱をきたしている。


「お、おいおい……」


 ものの数分もない内に、たちまち状況が反転した。

 人牛の中、タマラは気付く。


 ――おそらくあの巨大ハイエナの獣能(フィーツァー)は、相手を操るもの。


 最初に噛み付いた攻撃が、発動の条件なのだろう。

 詳しい原理やそれ以外の内容はまるで予測もつかないが、それにしても非常識極まりない異能である。



 獣能(フィーツァー)とは、人獣自身の肉体を異常強化するもので、このように他者に働きかけるものなど極めて異例だ。無論、強制催眠で動きを奪うなど、そういう例がないわけではないが、おそらくこの力はそういったものと近しい類いのものなのかもしれない。


 ――相手の身体の自由を奪い、意のままに操るか。となると……。


 すぐさまタマラは叫ぶ。


「ヘンリク! 〝イーガー〟を解除しなさい。今直ぐ鎧化(ガルアン)を解くのです!」


 人馬の駆り手、ヘンリクが振り向き、解除の号令〝蒸解(ディゲスティオン)〟を唱えた。

 白煙が噴き上がり、野生原馬(ターパン)禿頭(とくとう)の若い男性が、人馬から変じて表れた。


 予想通り野生原馬(ターパン)鎧獣(ガルー)は、解除と同時におかしな動きを鎮める。

 そこからタマラの判断と動きは早かった。


「マヤ、ヘンリクと共に後退です。ヘンリクは〝イーガー〟に乗って先に退がりなさい。サイモン殿、エドガー殿、我々もここは一旦退却です」

「え? ここまできて?」

「仕方ありません。おそらくあれは、二年前に滅んだトゥールーズ公国が隠していたという〝光の聖剣〟アンサラー」


 サイモンの問いに、巨大洞穴ハイエナジャイアント・ハイエナを指してタマラが言う。


「聞いたことがあります。トゥールーズが滅ぶ時、聖剣アンサラーを宿した公家鎧獣(ヘルツォークガルー)が、密かに逃がされたと。まさかその鎧獣(ガルー)に、こんなところでお目にかかるなど……。けれど今はそれどころではありません。貴方がたへの術も解けているでしょう。それにこの状態。下手をすれば共倒れになってしまいます」


 タマラの言う通り、サイモンとエドガーに施された獣理術(シュパイエン)は消えていた。

 術者であるヘンリクの鎧化(ガルアン)が解ければ、当然そうなる。そしてエドガーの方は武器が破壊され、術士もタマラのみ。


「でもなぁ」

「既に充分、目的は達せられています。報酬についてもご安心を。ですから、よろしいですね」


 報酬という言葉に、サイモンとエドガーが人獣の顔を見合わせた。そうとなれば、話は違う。そう思った事だろう。


「ま、そういうわけだから。せいぜい頑張ってな、兄ちゃん」

「ああ、今度会う時まで覚えておくんだな。この〝愛の天使(ラブ・エンジェル)〟サイモンと俺の〝パッドフット〟を。それじゃあな!」

「〝愛の天使(ラブ・エンジェル)〟って何だよ。〝愛の屍人(ラブ・デッド)〟の間違いだろ」

「誰が屍者(デッド)だよ! 人をバケモンみたいに言うんじゃねえ!」



 やかましい応酬を耳に残し、裏切りのサイモンとエドガーもその場を後にする。

 最後にタマラだけが残った。


「イーリオ・ヴェクセルバルグ。どうか精一杯生き延びてください(・・・・・・・・・)。どれだけ苦しくても、どれだけ絶望しても」


 言葉はまるで励ますようだが、滲む悪意は消しようがない。いや、消すつもりはないのだろう。

 それは希望のふりをした、呪いの囁きだった。


「待て! お前達はオグール公国だろう。何故オグールが僕を狙う?!」


 イーリオの問いには何も答えず、タマラの人牛術士は、まるで鎧獣騎士(ガルーリッター)のような俊敏な動きで、素早く後方へと去っていった。



 ――残されたのは、イーリオとガボールの二騎のみ。


 イーリオは周囲に何も気配がない事を探った後、そっとガボール=アーヴァンクの様子をうかがう。

 巨大なハイエナの騎士は、剣も剥き身であればまだ肩で息をしている。敵は去ったというのに、まるで戦闘状態を解こうとしていなかったからだ。


「その……ありがとうございます」


 背中越しに礼を述べると、荒い息の巨大洞穴ハイエナジャイアント・ハイエナの顔が、白銀の人狼騎士にゆっくりと向けられる。

 血管の浮いた両目の周囲。眼球は血走ったまま。獣能(フィーツァー)すら解いていないのか。

 イーリオの目には、今にも飛びかかってきそうなほど、殺意の衣がはためいているように見えた。

 こんな雰囲気で警戒するなと言う方が無理だろう。イーリオとて、鎧化(ガルアン)を解こうにも解けない。


 その時だった。


 喉の奥から血を吐くようなうめき声をこぼし、ガボール=アーヴァンクが上半身を痙攣させる。


 咽せ込んでいる、それとも嘔吐を堪えている――?


 どちらにせよ普通とは思えない。

 どうすべきかとイーリオが躊躇っていると、一際大きな苦悶の呻きを上げ、全身から間欠泉の勢いで白煙を放出するハイエナの騎士。


 ――強制鎧化(ガルアン)解除!


 見る間に表れたのは、黒髪の青年とライオンか虎ほどに大きな体つきのハイエナ。奇妙なのは、ハイエナの口吻部分が、口枷のような形状に覆われている事だった。


 だがそれよりも、である。


 黒髪の青年、ガボールが、その場で膝を折り、頭髪を掻きむしって苦しんでいる事だった。


 明らかな異常事態だ。

 イーリオもザイロウの鎧化(ガルアン)を解き、苦しむ彼に駆け寄った。


「どうしたんですか? 一体何が――」


 声は苦しむ嗚咽に掻き消される。涙と涎に濡れながら、ガボールはくの字に折ってその場に吐いた。

 まるでその苦しみに呼び寄せられるように――


「ガボール!」


 細身の若い女性が、叢を俊敏に掻き分け、二人のもとへと飛び寄った。

 イーリオを横に押しやり、苦しむガボールの背をさする。


「ガボール! ガボール! しっかりして!」

「あの――貴女は?」


 イーリオが声をかけると、強い眼差しでイーリオを睨みつける女性。


「アタシは……アタシはグレタ。山の牙の団長さ」

「山の牙……? じゃあ彼の……。一体、どういう事なんですか?」


 抗議をするような鋭い目だが、しばらくして下唇を噛んだ後、再度イーリオに向き直って彼女は言った。


「〝アーヴァンク〟の力の副作用さ」

「副作用?」

「前にガボールから聞かされたんだ。このアーヴァンクって鎧獣(ガルー)は、未完成のままこの世に残されたんだって」


 一旦言葉を区切ると、グレタがやってきた方向から、数人の男達がおずおずと姿を見せる。おそらく遠巻きにこちらを見ていたのだろう。

 少し前、イーリオに毒を盛った男が中にいる事も認め、やはり山の牙なんだと奇妙な納得と疑問を覚える。


「だから未完成のせいか、獣能(フィーツァー)を使うと、中のガボールに副作用が起こるって言ってたんだ」

獣能(フィーツァー)で副作用? そんな事……」


 初めて耳にする症状だ。

 だが、未完成のまま世に放たれる鎧獣(ガルー)というのも聞いた事がない。何より、未完成だと通常は駆り手と適合――つまり結印できないはずなのだが。


「普通は有り得ないだろうけど、見ての通りさ。そんでこの副作用で、ガボールは記憶を失ったんだ」

「記憶を失う?」

「そう、だから言ったんだ。力を使っちゃいけないって……。なのに……」


 言葉を途切れさせ、案じるように苦しむガボールの背をさするグレタ。

 助けてもらった以上、イーリオもどう言えばいいか分からない。


「アンタのせいだ」


 グレタが非難の目で、イーリオを睨んでいた。


「アンタのせいで、ガボールは苦しんでんだ」

「……」


 助けて欲しいといった覚えはないし、そもそも彼らの内ほとんどが初対面に近い。

 いや、前に襲われた事を差し引けば、非難される筋合いではない。勝手に助けて勝手に苦しんで、一体どうして自分が咎められなければいけないのか。

 戸惑うとともに、むしろ憤懣さえイーリオの胸中には沸き起こった。

 だが、そんなイーリオの心中を察した訳ではなかっただろうが、語気を荒げるグレタの肩を掴み、ガボールが「よすんだ」と制止をかける。


「ガボール!」

「彼は……悪く、ない」

「大丈夫? 大丈夫なの?」

「うん……。それより、彼には僕らが迷惑をかけて……今も、僕が勝手に……助けたんだ。責めるのは、違うよ」


 ガボールの言葉に、グレタは持って行き場のない感情を持て余すように、一度俯く。その後で出たのは、やはりガボールへの心配の言葉だけだった。


「そんな事より、記憶は? 大丈夫なの?!」

「うん……。ちょっと、ボンヤリしてるけど……多分、忘れたりは……してないと、思う……」


 大きな安堵の息を漏らすグレタ。

 イーリオもほっと溜め息を漏らすが、「そんな事より」と言われた事に、どこかもやもやとした気持ちも残っていた。


 とはいえ、このガボールと、彼の〝アーヴァンク〟がなければ、絶体絶命だったのは間違いない。

 その意味では、彼には感謝をすべきだろう。


 何よりこの状況を理解するため、イーリオはこのまま彼らの招きに応じ、一旦この場を離れる事にした。



 怪盗の仲間の次は、かつて自分が滅ぼし、そして数年後に襲われた山賊の生き残り達。

 終わりの見えない逃亡の旅は、更に行き先を見失いそうだった。

「面白い!」


「これからどうなるの?! 続きが気になる」


そんな風に思ってくださった方、そしてまだ評価を入れておられない方がいましたら、是非是非、下の☆☆☆☆☆から作品への応援お願い致します!


面白かったら☆を五ついただけると、創作への励みにもなります!!


ブックマークもまだな方がいましたら、こちらもいただけると更に嬉しいです!


何卒、どうかよろしくお願い致します。

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