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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第二章『白虎と銀狼』
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第二章 第六話(終)『遊戯』

「貴様……! 今、何と言った?!」


 左腕は折れ、全身打撲で動く事もままならないはずだが、それでも彼は立ち上がる。

 鎧獣ガルーである虎の姿に戻ったティンガルも、彼の側で息も絶え絶えにしているが、主の無謀な勇につられたのか、四肢を動かし、ついていこうとしていた。


「で……殿下……!」

「我が帝国が脆いだと……! ふざけるなっ」


 ギオルは声を失う。

 いけない。

 黒騎士かれに立ち向かっては。

 黒騎士かれにはいかなる権力や権威も通じない。黒騎士かれは生きた武の象徴。理の外にある存在。立ち向かおうものなら、皇太子だろうと皇帝だろうと、躊躇なくその手にかけるに違いない。


「殿下……! お止しください! こ奴は――」

「黒騎士だろう。見ればわかる。だが、それがどうした。例え黒騎士だろうが百獣王だろうが、余と余の国家を侮辱する輩は、何人であろうと許す訳にはいかん!」


 ハーラルは、苦痛に顔を歪め、呼吸を荒々しくしながらも、なお力強く言い放った。


 その言葉に、ギオルは己の不明を恥じた。

 そう。いかな〝力〟であろうと、そこに屈した瞬間、己の誇りは失われてしまう。それは、己自身を失くすという事。それをハーラルはわかっていたのだ。若干十五歳のこの少年は。


「殿下……」


 だが、ギオルの感銘とは別に、黒騎士はハーラルの言葉を一笑に付した。


「少年よ。お前はこの国の皇太子であろう? その言葉、よくぞ天晴れと誉めてやりたいところだが、それでも貴様の行いは、怯懦に等しい振る舞いよ」

「何っ!」

「ティンガル・ザ・コーネという強大な力を用いながら、たかが素人の子供相手にその有様。至尊の地位に着くべき者とは思えぬ姿よな。これを惰弱と言わずして何と言う。よもや、同じ子供だなどと言い訳はすまいな? 貴様とそこな狼の子とでは、立場も違えば、何もかも違う」

「ぐっ……!」


 黒騎士の言葉は痛い所を突いていた。確かにその通りだった。自分たちは、素人同然の子供相手に、為す術なくやられてしまったのだ。そこに、反論の余地はない。


「青臭く息巻くのも良いが、今、その子供に手をかければ、恥の上塗りだぞ? の国の皇太子は、手出し出来ぬ相手でないと立ち向かえぬ、臆病者であるとな」

「つまりそれは、見逃せという事か、黒騎士卿?」


 ギオルが横から口を挟む。挟まざるをえない。


「不服か?」


 これが黒騎士の狙いか――。

 ギオルは理解するも、理由がわからない。何故、黒騎士が、見ず知らずの少年に肩入れする?


「何故だ? どうして貴公は、この少年らの味方を?」


 黒騎士は、くぐもった声で嘲笑った。


「味方だと? 何か勘違いをしているな? 俺は貴公らのやり口が気に入らんだけよ。そこな少年や娘に興味はない。たまたま通りがかったら、貴公らが面白くもない事をやっている。だから横槍を入れてやった。それだけだ」


 それだけ? それだけの理由で、我々は目的を達成出来ぬというのか――。

 だとすれば、何とも不運極まりない。まさに天災に遭ったようなものだ。



 だが、ハーラルはというと、その言葉にまるで承服できていない。


「先ほどから聞いていれば、言いたい放題言いよって……! ならば、貴様とも立ち合えば、臆病者の誹りは受けまい!」

「な、何を?! 殿下!」

「うるさい! ――ティンガルよ、参れ!」


 ギオルの制止も振り払い、ハーラルは、白虎に命令する。

 まずい。このままでは、ハーラル殿下が殺されてしまう。

 黒騎士の表情は、豹に覆われて分からないが、彼が手加減などするはずがない。ギオルは焦る。

 だがそこで――。



 パンッ。



 乾いた音をたてて、ハーラルは頬を打たれた。


 その場に居た全員が固まる。

 ハーラルは、打たれた頬に手をあて、打った相手を驚きの目で見つめる。



 エッダであった。



「頭を冷やしなさい。殿下」


 敬称ではあるが、それは君主に対する言葉遣いではなかった。

 ギオルは驚愕のあまり、何も言い出せない。

 エッダが。

 あの、殿下にひたすら忠実であるエッダが。

 殿下を諌めるなどと。それも、己の手を使って。


 エッダは、黒騎士の方を向くと、敢然と言い放った。


「貴方の仰ること、至極もっともです。ならば、これ以上の争いは無用。我々は退きます――。ですので、貴方も剣を納めていただけませんか?」


 睨み合う両者。

 無言の時が続く。

 誰の息も詰まりそうになっていた。



「よかろう」



 そう言って、黒騎士は「蒸解ディゲスティオン」を言った。

 黒煙をあげ、元の黒仮面の騎士と、黒豹に戻る。

 思わず息をつくギオル。

 まさか、こんな成り行きになろうとは……。安堵に胸を撫で下ろす彼に向かっても、エッダは言う。


「ギオル殿。貴方もですよ」


 そう言われて、己もまだ鎧化ガルアンしていた事実に気付き、急いでこれを解いた。

 頬をはたかれた事に、今だ呆然としているハーラルに対し、エッダは元の恭しい態度に戻ってこう告げた。


「申し訳ございませんでした、殿下。私めへの処罰は、如何様にもなさってくださいませ。なれど、今はこの場を退くのが何よりも肝要かと存じます。よろしいでしょうか」

「ああ……」


 壊れた人形のように、おうむ返しで答えるハーラル。


 辺りの騎士団と、その鎧獣ガルー達の遺体もそのままに、三名はゆるゆるとその場を立ち去っていった。

 最後、エッダは黒騎士に向かい、軽く目線を送る。その眼差しは敵意のような、そうでないようなものであった。

 だが黒騎士は、仮面の下で、何も応じない。

 誰も彼の考えを読む事は出来ない。

 




 予想外すぎる展開に、イーリオ達四人は、何も言葉を発せずにいた。

 だが、ぼうっとしてばかりもいられない。レレケは、騎士団員が全滅させられた事で、その身を解放されたシャルロッタを片腕で支えると、その後、地に横たわるイーリオとザイロウの側に寄る。


「大丈夫ですか?」


 ザイロウは、気を失っているように両目を閉じているが、腹部が上下しているので、死んではいない。むしろ、見るからにボロボロのイーリオの方が、重症に見えた。

 ザイロウの治癒能力で、目立った外傷はないものの、度重なる負荷により、肉体の内部は疲弊しきっているはずだ。か細く「うん……」とだけ答える彼の姿が、それを何よりも物語っていた。


「僕は大丈夫……。それより、ドグは?」

「彼も大丈夫ですよ。貴方よりはひどくありません」


 こんなになっても、人の心配をするなんて、本当に面倒見のいい子ね――と、レレケは微笑ましく思う。続いて、そこに立っている漆黒の騎士を改めて見ると、彼女は感謝を述べた。


「助けていただいてありがとうございます。貴方のお蔭です、黒騎士様」


 だが、レレケの言葉が届いていないのか、黒騎士は何も答えず、すたすたと、こちらに近寄ってくる。


「ふむ……」


 そう言って、じっとイーリオとザイロウを見つめる黒騎士。


「黒騎士様……?」


 レレケの問いかけを完全に無視し、しばらく見つめていた黒騎士は、やがておもむろにこう告げた。


「助けてやったつもりはない」


 その言葉に、レレケは嫌な予感を覚える。


「え……?」

「さっきも言った通り、俺は面白くないから首を突っ込んだだけの事。いらぬお世話と言えばそうだが、これが俺のやり方でな」

「と、おっしゃいますと……?」


「報酬だ。貴様らから、報酬を貰おう」


 嫌な予感が的中した――心中でそう思うレレケ。


「命を助けてやったんだ。それなりの対価は欲しいので……、この銀狼の鎧獣ガルーを――、と言いたい所だが、どうにもこれは、厄介そうな代物らしいな」


 ザイロウを、と言われた瞬間、思わず絶句したレレケであったが、どうやら諦めたらしく、思わず胸を撫で下ろす。

 少し周囲に目をやった黒騎士は、ある物に目を止めた。

 屈んで、それを手に取る。


「それは――!」


 イーリオが思わず声を出す。

 黒騎士は手に持ったそれを、鑑定するかのように眺めていたが、やがてこう言った。


「うむ。壊れてはいるが。これで勘弁してやろう」



 それは、ペンダント。

 イーリオの母親の形見のペンダントであった。



 自分の旅の目的。それは譲れない代物。


「そ……それは、駄目だ……!」


 イーリオが喘ぐように言うと、レレケも賛同する。


「黒騎士様、そのような壊れたペンダントなど、報酬には見合いません。何か別のもので――。金貨などであればいかがでしょうか」


 だが、イーリオの言葉も、レレケの言葉も、まるで通じない。


「金よりも、俺はこれが気に入った。見ればなかなかに値打ち物ではないか。あのギオルも、これを見て何やら〝感じて〟いたみたいだしな。いわくつきの代物なら、文句はない」


 ――あの時、見ていたのか。


「それは、これなるイーリオの母親の形見なのです。どうか、そればかりはご勘弁を」

「母の形見なら、尚の事良いではないか。まさに、母が貴様の命を助けたと思えば、安いものよ」

「何を……」

「これで勘弁してやろうというのだ。むしろ感謝してもらいたいくらいだな」


 一方的に言い募る黒騎士に、誰も反論できない。彼の恐ろしさと強さは、先ほどこの目にしたばかりだからだ。だが、イーリオは、歯を食いしばって、何とか立ち上がろうとしていた。


「それだけは……! それだけは、駄目だ……!」


 その姿に、黒騎士は「ほう」と呟く。


「気骨があるな。孺子こぞう

「そんな事よりも、ペンダントを……」


 ぜいぜいと荒い息をしながら、肘で上半身を起こす。


「くどいな。これは今より俺の物だ。……だが、どうしてもというなら、返してやらんでもない」

「え?」

孺子こぞう、イーリオと言ったな。お前がもし、この俺より一本取る事ができたら、これを返してやろう」


 イーリオもレレケも、目を丸くする。


「何だって……?」

遊戯シュピールだ。遊びだよ。これはしばらく俺の手元に残しておこう。その間に、お前が俺より一本取る――。つまり、俺とやりあって勝つ事が出来たら、これは返してやる。そういう事だ」


 無茶だ。

 黒騎士とやりあって、勝つ、だと?

 あの、〝三獣王〟の一人と戦うだなんて。


「今すぐにとは言わんぞ。俺は、一つ所に留まりはしないから。一年か二年か……、俺が気まぐれを起こして売りに出さん内に、俺を探し、俺の所にやってこい。そしたら、いつでも相手してやろう。無論、お前がそれでも取り返そうと思えば、だがな」


 黒騎士はそう言うと、ペンダントを己の懐に入れ、背を向ける。


「ま……待って……!」


 悠々とした足取りで、己の黒馬のもとに戻る黒騎士。馬の背にまたがり、彼は最後にこう言った。


「出来るなら、取り返そうなどと思わず、諦めろ。それがお前にとって賢明な判断よ」


 馬首を巡らし、その場を離れて行く黒騎士と黒豹の鎧獣ガルー、レラジェ。


 手を伸ばすも、届かない。

 母の形見が、遠ざかっていく。

 何故、こんな事に――。


「畜生……」


 悔しさに塗れながら、イーリオはそのまま意識を失った。





 いつの間にやら、雪はやんでいた。


 だが、北風は更に強さを増し、秋の終わりを告げようとしていた。


 冬は、もうすぐそこまで来ていた……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは…色々と思惑のありそうなツンデレの予感…! いいじゃないですかー!
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