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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第二部 第五章『大戦と三獣王』
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第二部 第五章 第八話(終)『決別』

年末年始SP 毎日最新話公開! 9日目!


事実上、このエピソードが第二部最後の話になります。

 第二次クルテェトニク会戦の後、メルヴィグ王国は疲弊した自国の建て直しだけでなく、各国との折衝に忙殺される事になった。

 アクティウムやジェジェンなどは勿論の事、加勢に来たトクサンドリア王国には特に感謝や礼を様々な形で行い、互いに友好国としての国交を開く事となる。これに関しては、カイ・アレクサンドルが中心となって動いたのは言うまでもない。


 そしてアンカラ帝国からも、敗戦国として新たに皇帝となったセリムから謝罪と和睦の申し出があり、メルヴィグ側はこれを快諾。アンカラは謝罪金をはじめとした負担もさりながら、版図も大幅に狭める事となり、大陸全土に広がった争乱の渦が平和の波へと徐々に移り変わっていったのであった。


 このように続々と戦後の処理が為される中、消耗の激しかったイーリオはメルヴィグの王都に帰還するより前に再び気を失い、数日間は安静にすべきと王都の療養所に担ぎ込まれる事態になっていた。

 これは何もイーリオだけではない。会戦後、傷付き倒れた者は多くあり、彼はあくまでその内の一人でしかなかった。

 だがその一方で、大した傷もなく済んだ者もいた。例えばジョルトと彼の駆るアリオンなどはもっとも健常なまま生還した一騎だったと言えよう。

 彼も本来ならばジェジェン本国に戻り、父の手伝いをしなければならないところではあったが、友であるイーリオの見舞いもせずに去る事など出来ないと、今まさに療養所に足を運んでいたのだった。



 寝台で横たわるイーリオの横に、同じく見舞いに来ていたレレケが座っている。

 彼女の姿を認めたジョルトは、心なしか憂いを帯びた彼女らしからぬ表情に、一瞬胸の高鳴りを覚えずにはいられなかった。

 元々珍奇な身なりや言動がなければ、彼女は充分に美しいと言える。今は羽飾りの帽子も奇妙な眼鏡もはずしており、その素顔が露になっていた。


「あら、ジョルトさん」


 棒立ちになったジョルトに気付き、先に声をかけたのはレレケの方であった。


「あ、いや、すまん。その……」

「イーリオ君のお見舞いですよね。……今回の戦いは相当でしたから。彼、まだ眠ったままです」

「大丈夫なのか?」

「傷があるわけじゃないですから。多分もうすぐ目を覚ますだろうというのが、医師の見立てです」


 ほっと胸をなでおろすジョルト。しかしレレケの顔はどこか曇ったまま、翳りが拭えないでいるようだった。


「他に何かあんのか?」


 少しだけ唇を噛み締めた後、彼女は長い睫毛を伏せ気味にして言い難そうに言葉を出した。


「……あの黒騎士が彼を助けた事は聞かれましたか?」


 イーリオが逃げるゾウ騎士に踏みつぶされそうになった時、どこからともなく三獣王の一人、黒騎士が表れ、何故か彼を助けて消え去ったという。その話はジョルトも耳にしていた。


「黒騎士はその時、イーリオ君にシャルロッタさんの居場所を告げたのです」


 シャルロッタという名前に、身体を強張らせるジョルト。

 彼はそう、誰よりも早くシャルロッタがゴート帝国にいるという事実を知っていたからだ。

 知りながら彼は、イーリオが連合軍を離脱してしまわないかというおそれを抱くあまり、その事を黙っていたのである。


「じゃあ……!」

「ええ。ゴートにいる事も知っていますし、それどころか、黒騎士によればシャルロッタさんはゴートのハーラル皇太子と結婚をする事になっているとか」


 目を大きく見開き、思わずレレケの両肩を掴むジョルト。


「結婚?! 何だそりゃ? 何でそうなる?」

「私も分かりません――! 何がどうなっているのか」


 思わず強く掴んだ反動でレレケの顔が歪んでいる事に気付き、ジョルトは「すまねえ」とすぐさま手を離す。


「この三年……いえ、四年の間に何があったのかは、何も……」


 沈鬱な表情で俯くレレケ。

 二人が言い出せなかったシャルロッタの行方を、期せずしてイーリオは知る事が出来たのだ。その意味では彼らの罪悪感は薄れたものとも考えられたが、実際はそうではなかった。


 もしも真っ先に、ジョルトがシャルロッタの行方をイーリオに告げていたらどうなっていたか。

 もしかするとハーラル皇子との結婚を阻止出来ていたかもしれない。何故なら、ジョルトがゴート帝国に赴いた時には、そんな話など微塵も出ていなかったからである。それどころか、ゴートの宮殿で彼女を見かけたのは、ひょっとすればその結婚の為の準備だったのかもしれない。となれば、婚約が結ばれる前にイーリオがシャルロッタを奪い返すなんて可能性もあったかもしれない。


 現実的な考えではないにせよ、少なくとも彼はそう考えるに違いなかった。

 ……イーリオであったら。


「俺がこいつにシャルロッタちゃんの事を報せておけば……。俺の……俺のせいだ。俺がイーリオに黙っていたばっかりに……」


 レレケはかぶりを降って悲しげに否定する。


「それは私も同じです。彼の想いを誰よりも知りながら、私も言わなかった……。分かっていたのに」


 沈黙が、重々しく部屋に降りていった。

 二人とも、次の言葉が出せない。

 イーリオにとってシャルロッタがどんな存在か。

 彼女を見つけ出すため、どれだけ彼が必死になっていたか。

 特に最初の頃は、彼女の姿を見かけたかもという手掛かりにもならないような情報ですら飛びつき、我を忘れて探しに行った姿を、一度ならずも目にしている。

 やがてアクティウムの亡くなったミケーラの他、レレケやジョルトらの協力もあり、何とか冷静に探索をするようになっていったが、それでもイーリオの中にある激情はいささかも衰えていないはずだった。

 それを知っていた二人なのに――。


「……二人は……かんけ……い……ない、よ」


 耳に飛び込んで来た声に、二人は同時に寝台を見る。


「イーリオ君!」

「イーリオ!」


 未だ正体も定かでない状態であるだろうに、それでも自力で起き上がろうとするイーリオの姿が、そこにはあった。


「まだ安静にしてなきゃ駄目ですよ」


 レレケが支えるように手を差し出そうとすると、イーリオはやんわりとした手つきで、それを遮った。


「もう……大丈夫。……大丈夫、だから。それに、こんなところで寝てるわけにはいかない……。シャルロッタを、取り戻さなきゃ……」

「いや、気持ちは分かるがよ、あの戦いの直後だぜ。いくらお前が行くつもりでも、ザイロウだってすぐには動けないだろう。お前もせめて体力が戻るまで――」



「待てるわけないだろう!」



 部屋の外にまで響くほどの、イーリオの声。

 それは彼の魂が叫んだ、偽らざる剥き出しの声であった。

 普段は見せた事のない彼の激しい姿に、二人は圧倒されるように息を呑んだ。

 自軍を雄々しく鼓舞し、勇猛に叱咤したあのジョルトですら、たじろいでしまうほどの勢い。


「……それにザイロウなら大丈夫。あいつはもう、僕と一緒に行くつもりだから」


 痛々しげに体を折り、イーリオは寝台から立ち上がろうとする。


「ちょっと待て。確かに俺達はお前に言えなかった。シャルロッタちゃんの事を……! その事は悔やんでも悔やみきれねえ。でも、こんな状態のお前を一人で行かせるなんてそんな事――!」

「気遣っていただいて、ありがとうございます」


 イーリオはジョルトに向かい、ニコリ、と渇いた微笑みを貼付けた。


「何だよ……そりゃ」


 何でそんな顔をするんだという言葉を、ジョルトは言い出せなかった。


「今までの事は御礼を言います。本当にありがとうございました。でも、これは僕の問題です。僕と、彼女の問題です。ですからもう、ここからは僕一人でしますから」


 放っておいてください。


 声に出すさずとも語っていた。これは拒絶だと。


「おい……! そりゃ何だよ……! 俺はお前の友人(ダチ)だろうが。お前が必死こいてるってのに俺は関係ないだと」


 思わずイーリオの肩を掴むジョルト。だがイーリオはその上から自分の手を重ねると、不思議な術でも使っているかのように、ゆっくり、そしてやわらかな力でジョルトの掴んだ手を離していった。


「関係、ないです」

「な……」

「貴方がたも自分たちの目的のため、僕にシャルロッタの事を黙っていた。だったら僕も同じです。これは僕の――僕だけの問題です」


 何も言い返せず、ジョルトもレレケも押し黙るしかなかった。

 そうだ。自分達は己の目的の為にイーリオに言うべき情報を告げなかったのだから。

 彼に責められるべきは、自分達であると。


「安心して下さい。僕は貴方がた二人を責めるつもりはありません。お二人にとっては何よりも大事な祖国の為にそうしたんですから。気持ちは理解出来ます」

「……」

「でも、二人がそうなように、僕にとってもシャルロッタは何より大事な女性(ひと)なんです。だからもう、ここから先は関わらないで下さい」

「……どうして? どうしてなんですか?」


 不意にレレケが言った。とても悲しそうな顔で。


「どうして? だって、二人には大切なものがある。そのためなら何ものも犠牲にするほどの大切な国や場所や人が。だから貴方たちは、僕の想いを犠牲にする事を選んで、今がある。でも僕にはない。そんな国も場所も何一つない。僕にとって何よりもかけがえのないのは、彼女だけなんだ……!」


 そんな事はない、そう言いたかった二人は、何も言えなかった。


「ありがとう、もう充分です」

「イーリオ……」

「もう、いいですよ。僕には同じ想いの、あいつがいますから」


 イーリオが部屋の窓に近付いて開け放つと、そこにはどうやって侵入していたのか、白銀の毛並みをした誇り高い姿の大狼(ダイアウルフ)が立っていた。

 療養所の中庭の、人目から死角になったその場所に。


「……!」


 絶句する二人などまるでいないもののように、イーリオは淡々と身支度を整える。

 やがて装備を終えた彼は、平屋である療養所の窓を乗り越えて、外に立った。

 近寄ろうとするレレケとジョルトに、イーリオは振り返って言った。


「ありがとうございました」


 どこか寂しげな――でも誇り高く何者をも寄せ付けないような厳しさを持った笑顔で。


 窓の外と中。


 両者の間にある他愛もない隔たりは、乗り越えられない境界となって友情に終わりを告げているかのようであった。


 しかし、イーリオの胸中にわだかまっていたのは、何も二人への割り切れない思いばかりではない。それもないといえば嘘になるが、彼の耳には呪いとなってこびりついているあの言葉が、たった独りで歩む道を選ばせたのだった。



 ――所詮、今までのお前は、己一人で何も為し得ていないという事だ。



 戦場で、黒騎士が言い放った言葉。

 拭いきれぬ悪魔の囁きに、イーリオは決然と立ち向かおうとしていたのだった。


 シャルロッタを救うのは、僕だ。

 僕一人で取り戻してみせる。


 それが意地なのか誇りなのかも分からないまま、雪解けの王都を一人後にするイーリオ。

 いや、想いを同じくする大狼(ダイアウルフ)のザイロウだけを供にしての旅立ち。


 彼らの行き先にあるのは、大陸最大最古にして、最強の軍事大国。


 その事実上の盟主たるハーラル皇子は、この年二十歳。


 一方のイーリオ・ヴェクセルバルグは二十一歳。


 何千という騎士と獣を従える支配者に、ただ一騎の相棒を連れた若者が、孤高に立ち向かおうとしていた――。


年末年始SPも残すところあと1日。

明日のエピローグ投稿をもって、遂に第二部が終わります……!

エピローグは第二部と第三部の間に起きた別の場所の出来事。いわばインターミッションというべき話です。

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