第二部 第五章 第六話(2)『閃光矢』
二日連続投稿の二話目です!
〈第二次クルテェトニク会戦――六戦図(2)――〉
知恵や戦術、戦法や機転でどうにかなる相手ではない。圧倒的な武力そのもの。
それを前にしては、〝覇獣〟ですら相手にならぬというのか。
覇撃獣を駆る軍師の脳裏にすら、そんな言葉がよぎる。
「カイ殿」
そこへ思念を介さず、クリスティオが直接声に出して言った。
「先の技、今一度出す事は可能でしょうか?」
カイ=ファフネイルの視線が、限界ぎりぎりの人狼に向けられる。穴のあいた片膝はついたまま。肩での息に、無数の傷跡。
こちらの消耗具合を察しての言葉だろうが、むしろそれは自身にこそ問うべきであろう。にも関わらず、亡国の王弟はまだ傷のないこちらに向かって、それを尋ねてきたのだ。
「あと一度が、限界でしょう」
後先を考えないのであればそれ以上にも出せたが、カイはこの大連合軍の軍師である。ファフネイルを纏えなくなっては指揮が出来なくなり、それは避けねばならなかった。となれば、第二獣能を出せるのは、あと一度であろう。
「一度――充分です」
「何か策があるのですか?」
「ええ。――ルドルフ殿は、まだ動けますか?」
クリスティオの問いに、身体をボロボロにさせたホワイトライオンが力強く答えた。至る所に出血が見られる。
「何のこれしき。私とガグンラーズは王国最強の盾。必ずお二人を守り抜きましょうぞ」
「今以上に敵の攻撃を受ける事は可能ですか?」
ホワイトライオンの青い瞳が、思わず見開かれて注視を向ける。タテガミオオカミは、疲弊などまるで感じさせぬ力強い目で、これを見返した。
大きく頷く、ルドルフ=ガグンラーズ。
「カイ殿、ルドルフ殿、この俺に、全てを賭けていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいですよ」
「無論」
二人は何の躊躇いもなく、これに二つ返事で応じる。
「実は俺、賭け事にあまり強くないんですがね」
二人の即答への照れ隠しか、それとも自分の緊張を解くためか、クリスティオは苦笑混じりの皮肉で答えた。
以前、イーリオとの勝負で彼は負けている。あれは賭けというわけではないだろうが、ここぞという時に勝てない不運でもあるかのように、自分で思っていたのも確かだった。
「大丈夫です、私は賭け事には強い方ですから」
「ふむ。私は賭けをやった事がありませんね」
砕けた声でカイが応じた後、ルドルフらしい生真面目な発言に、カイとクリスティオは失笑を浮かべる。
「では――!」
クリスティオの掛け声で、白獅子騎士が飛び出した。
雷速の勢い。彼が得意とするレーヴェン流の〝雷体〟だ。
当然、シャイターンは再びツノを復活させ、これを撃ち落とそうと激しく異能を発する。
「まだだッ! まだ終わらんよ!」
ルドルフの気迫、破神の貫く矢針。白を黒が埋め尽くすが、白はそれでも黒く染まらない。
硬化したガグンラーズの全身、〝白毛盾〟の異能が、最後の力を注ぎ込んで黒の矢針を全て受け切っていた。
「カイ殿!」
クリスティオの合図。
「〝無窮矢〟!」
虎獅子から光の一矢が放たれた。
「さっきと同じだっ! 〝破裂の致死陣〟」
シャイターンの全身から生えたツノが、みるみる無数に枝分かれする。さながらイバラの繁茂を早回しで見せられているような超常の結界。
ファフネイルの矢――
先ほどと同じ箇所。
巨大サイの腹部に直撃を見せるが、ツノを吹き飛ばしつつも同じように浅く突き立った状態で食い止められる。
「もう一度試みたのだろうが、無駄な足掻きだったな」
美しい妻に告げる、激戦と勝利の報告。それを脳裏に浮かべながら、バルバロス大将軍は絶望にうちひしがれる三騎を見下す――はずだった。
しかし三騎の目は、まだ力強いまま。死んでいない。
いや、何だあれは?
距離を置いた場所で、一人動かなかったクリスティオ=ヴァナルガンド。
彼はガグンラーズが突撃をかけたのと同時に、ヴァナルガンドの可変大剣を変形させていた。
初めて出す形態。そして最後の形態。
「最終形態――〝弩弓〟」
証相変と共に、錬獣術師エンツォ・ニコラが施した改良の形。
細い棒が地に突き立ち、固定式のクロスボウへと変じたカラドヴルフ。
矢などない。
ヴァナルガンドはファフネイルのように、矢を作り出せない。当然だ。では何を放とうというのか?
「第三獣能」
ヴァナルガンド・アンブラの両手外側が白い閃光を発するも、それは異形のクロスボウにそえられ、光を凝縮させていく。
狙いをつける。武芸百般、彼は弓矢も得意だった。
狙うはただ一つ。
「旭閃刃――〝禁断の閃光〟!」
凝縮された光が、導かれるように異形の巨体へ放たれた。
同時に、発射の衝撃で砕け散る可変大剣。
バルバロス=シャイターンが、驚愕に目を剝いた。
気付いた時には避けられぬ。
ならばと異能を出そうにも、さっきの矢でまだ回復には至ってない。それどころか、矢からタテガミに戻りかけのいくつもの長毛が絡まり、邪魔をしていた。
「くそっ」
巨大サイが光に包まれた。
爆発。
衝撃。
一帯が爆風の向かい風を受けて、揺れた。
力を使い果たしたヴァナルガンドが強制解除の白煙をあげる中、再び盾となってこれを庇う守護聖者ガグンラーズ。
やがて爆風が消え去ると、そこには全身を炭化させつつも、なお佇立している巨獣騎士があった。
だが、誰の目にも明らかだ。
腹部に覗く、爛れた大きな穴。
全身のツノはボロボロに崩れさっている。
それでも。
「ハ、ハトゥ……ン」
巨体はまだ動いている。微かに漏れ出たのは、彼の妻の名前。
そこに滲んだのが愛であったのか、それとも夫婦に共通する権力欲であったのか。それは誰にも分からない。
「あれで死なないのか……。化け物め」
クリスティオの背中に怖気が走る。それに呼応するかのように、シャイターンの片腕が上げられた。
大剣。
無造作に、だが凄まじい膂力で投げられた。
一直線にクリスティオとヴァナルガンドの元へ――
ガグンラーズ――動けない。もう力は残っていなかった。
ファフネイルも飛び込もうとするが、咄嗟に出遅れた。
祈る言葉さえ浮かばないクリスティオ。
――ジョルジャ!
あの娘の顔。最後に浮かんだのは、あの娘の無表情で悲しげな――
ガキィィン――
響く金属音。
四九フィート (約十五メートル)ほど離れたあらぬ場所に、大剣が飛ばされている。死の代わりに目に飛び込んだのは、別の姿。
黒い体毛に、紫がかった深い蒼の縦縞。
濃赤色の鎧に、鎌型の剣。
「遅くなりました」
絶滅種・巨大イタチの鎧獣騎士。
〝マイナス〟。
「ブランド……」
十三使徒の一騎を倒し、遅れながらも加勢にきたブランド=マイナス。
彼はそのまま即座に跳躍し、ひと息でシャイターンの首を刎ね飛ばした。
大地に倒れる無敗の巨体。
一時の静寂が戦場に広がり、その後、喚声と悲鳴が合唱となって谺した。
ガグンラーズが膝をつくと、強制鎧化解除の白煙が漏れ出した。とっくに限界だったのだろう。
クリスティオもまた、安堵の息を大きく深く、吐き出した。
ついに――
ついに、兄王の仇をこの手でとったのだ。
だがその事よりも、生き残れた事実を、彼は何よりも噛み締めずにはおれなかった。
脱力と共に、瞼の裏に浮かぶ無愛想なあの娘の顔。
浮かび上がるのは相変わらずの無愛想さだったが、何故だか少し、微笑んでいるように思えた。
「王弟殿下、アクティウム部隊は私が指揮を執ります。カイ軍師殿、伍号獣隊は次席官のカレル殿にお任せを」
仮面の副官ブランド・ヴァンがカイに告げると、カイは大きく頷いた。
「ええ。――しかし、助けられました。礼を申し上げます、ブランド殿」
ブランドは巨大イタチの首を左右に振った。
「私はお役にたててません。殿下や皆様の活躍が全てです」
ヴァナルガンドが自らの武器授器を犠牲にしてまで放った最後の一撃。それはエンツォ・ニコラが禁じ手と言いつつも付け加えた機能と、天才が辿り着いた境地が合わさったものによる超絶の一矢。
白リン爆撃を大砲のように撃ち出す必殺の攻撃。だがその威力ゆえ、己の武具をも壊してしまう未完成の技。それがここまでの威力を持っていたとは、使い手のクリスティオ以外、ブランドでさえも予測していなかった事だった。
「それよりも軍師殿、あちらも決着がついたようです」
ブランドが指す隣りの戦場でも、光が放たれた。
そこにいるのは壱号獣隊と紫象騎士団。
そして連合軍の総司令官〝覇雷獣〟のクラウスに、〝闘神〟のサッファーフ大将軍だった。
果たして何が――そしてどちらが勝ったのか――。
アンカラ帝国・紅犀騎士団
大将軍バルバロス・オムルタク
エラスモテリウムの鎧獣シャイターン
――死亡
メルヴィグ連合王国・覇獣騎士団
伍号獣隊・主席官
ルドルフ・フォン・ロートリンカス
ホワイトライオンの鎧獣ガグンラーズ
――戦闘不能のため戦線離脱
メルヴィグ連合王国・覇獣騎士団
漆号獣隊・主席官
カイ・アレクサンドル・フォン・ホーエンシュタウフェン
虎獅子の鎧獣ファフネイル
――戦闘継続不可能のため戦線離脱。以後、指揮のみを継続。
アクティウム王国
クリスティオ・フェルディナンド・デ・カスティーリャ
タテガミオオカミの鎧獣ヴァナルガンド・アンブラ
――戦闘不能のため戦線離脱。