表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第二部 第五章『大戦と三獣王』
406/743

第二部 第五章 第六話(1)『破裂結界』

〈第二次クルテェトニク会戦――六戦図(1)――〉

挿絵(By みてみん)




 空を驟雨と埋め尽くす矢。


 地には万物を弾く白き盾。


 駆けるは琥珀色の復讐者。




 虎獅子(ティグロン)のファフネイルが無数の矢で足止めをし、襲い来る黒の針刃を白獅子(ホワイトライオン)のガグンラーズが受け止め、タテガミオオカミのヴァナルガンド・アンブラが隙を見つけては斬り掛かる。


 対するエラスモテリウム(ウーリー・サイ)の〝破神〟シャイターンは、全身が武器にして無類の防御である第二獣能(イスナーン・コドラ)極限死(アラサー・マウト)〟でそれらを悉くいなしていた。

 それどころか、むしろ圧倒しているほどだ。一騎当千以上とも言えるこの三騎を同時に相手取りながら。

 何よりそれを可能にしているのは、シャイターンという装甲騎の防御力があればこそだが、全方向に攻防優れた異能を使いこなしている、駆り手のバルバロスの実力によるところも大きかった。


 およそ獣能(フィーツァー)というものは〝人間〟の感覚からは遠く離れているものだ。

 身体(しんたい)の一部を異常強化して超常の力を発するなど、慣れようとしても慣れれるものではない。それ故に獣能(フィーツァー)を自在に使いこなす技能を、獣騎術(シュヴィンゲン)では〝活能フェーイヒカイト〟と呼び、最も習得が困難のものとして位置付けているくらいだった。


 しかしシャイターンを纏うバルバロス大将軍は、まるで己の手足の如く、全身にツノを生やした異常極まりない異能を使いこなしているのである。

 決して騎獣の性能頼みなどではない。

 大帝国に並ぶ者なしの二大大将軍というのは、まさに一流を超えた実力者である証拠だった。


 ――あの飴色の人狼、さっきのような動きはもう無理のようだな。


 バルバロスは状況を分析する。

 クリスティオ=ヴァナルガンドの片足は、シャイターンの極限死(アラサー・マウト)によって深傷(ふかで)を負わされ、華麗なまでの足さばきと速度を殺されていた。


 ――弓矢を使うあのライオンもどきは厄介だが、あとの二騎は時間の問題だな。となれば注意すべきは弓矢使いのみか。


 シャイターンも遠距離と呼べるくらいかなり離れた位置からも攻撃は可能だが、さすがに弓矢には及ばない。それに、あの矢の威力はかなりある。もしこれ以上強力な矢が放たれれば、〝破神〟シャイターンとて万が一というのがあるだろう。しかも弓矢使いのライオンは、動きも俊敏そうだ。


 ――とはいえ、下手にまごついていたら、後で奥方にどんな嫌味を言われるやら。


 妻の美しい顔を浮かべ、バルバロスは戦闘中とは思えない脂下(やにさ)がった顔を浮かべた。

 彼の妻ハトゥンはジャラール大帝の娘、皇女である。

 九男十女ももうけた皇子皇女の中でも父帝の気性を色濃く受け継ぎ、気位が高く、よく言えば高潔、悪く言えば高慢な女性が彼女である。ただ、美しさは他の兄弟の中でも抜きん出たものがあり、その美貌を気に入ればこそ、バルバロスは彼女を口説き落としたのだ。

 無論、それ以外の打算もある。

 本来、皇位継承者であるべきセリム皇子が、何故か大帝は気に入っておらず、未だに立太子どころか後継者に関する発言もしていない。美しさ以上に気性の激しい妻もそれを意識しており、折りあるごとに夫である自分に、次の皇帝を匂わせる話をもちかけてくる。

 つまり、権力の座を狙うという意味においても、この夫婦の利害は一致しているのであった。


 ――この(いくさ)で手柄を大いにたて、陛下の覚えを更に良くしなければな。


 それが彼と彼の妻の思惑であった。

 となれば将の一人や二人に手こずってばかりもいられない。それに、後方に敵の援軍が来たとかで、アンカラ軍全体が浮き足立っているのも気になる。

 欲からくる打算に、武将としての勘。その双方が告げていた。この三騎をさっさと片付けるべし、と。

 ここでようやく、彼は本腰を入れた攻撃に移ろうとしていた。




 このバルバロスの内面を透かし見ていたのが、〝覇撃獣〟ファフネイルを駆るカイ・アレクサンドルである。


「クリスティオ殿下、ルドルフ殿、今から奴に隙を作っていただけませんか?」


 声には出さず、思念通話でこれを伝える。


「何か策がおありか、軍師殿」

「おそらく奴は、これから勝負を決めにくると思われます。私はその出鼻を挫き、ファフネイルの持てる最大の力を使って返り討ちにしようかと思います。如何でしょう、ご協力いただけますか?」


 琥珀の人狼と白獅子が目配せで頷き合う。敵に悟られないようにという思惑もあったが、敵将ほどの実力者なら、こちらの考えを察している可能性もあった。二人は何も言わず、それを確認し合ったのだ。

 つまり、互いに勝負を賭けた一撃を放ち合うという事になる。


 直後、彼我の緊張感が瞬間的に高まった。


 争闘の警戒水位が一瞬で決壊し――



 はじけた。



 長毛サイの全身から、数えきれぬ矢針が飛来する。

 すかさず〝守護聖者(シュッツハイリガー)〟ガグンラーズがこれに反応した。全身の硬化を更に高め、突き刺さる黒点のその中心目がけて自ら体当たりをかける。


 矢針、白獅子、双方に重く揺るがす衝撃が起こった。

 貫こうとする矢針が、白の巨躯に当たるたび、次々にはじかれていく。

 ガグンラーズの第二獣能(デュオ・フィーツァー)は、反応装甲の性能も持っているからだがシャイターンの異能の威力も尋常ではない。豪雨のように降り注ぐ攻撃の只中にいるのだ。絶対不破を誇る白獅子の体に亀裂が走り、やがて血飛沫も飛び散り出す。


「うおおおおっ!」


 ルドルフ=ガグンラーズが吠えた。

 敵の攻撃はガグンラーズ(じぶん)に集中している。だがまだだ。もっとこちらに注意を向けねば。

 そこへ白獅子の背後に隠れた、琥珀色の人狼騎士が光となって駆けていく。


 ――可変大剣(カラドヴルフ)双剣(ジェメッリ・スパーダ)


 大剣を二振りに分離させ、縦横無尽に斬りつけるヴァナルガンド・アンブラ。

 ヴァナルガンドの片足からは夥しい出血が飛ぶ。もう感覚はほとんどない。

 しかし決死の覚悟を持った二騎の気迫は、ついに相手を怯ませる。勢いに呑まれる形で、バルバロス=シャイターンは、この日はじめて半歩後ろに後退を見せたのだ。


 ――好機!


 ルドルフとクリスティオが察したのと同時に、彼らの頭上に影が落ちた。


 見上げる空。


 大きく跳躍した虎獅子(ティグロン)の騎士が、弓の武器授器(リサイバー)〝冥弓ラシェイブ〟を引き絞っていた。



第二獣能(デュオ・フィーツァー)――〝無窮矢(エーヴィヒカイト)〟」



 ファフネイルのタテガミが全て、前方へとより合わさる。

 それは絞るように細く長く凝固し、巨大な矢へと瞬時に形を変えた。

 先端が三角錐状に渦巻いた、おそろしく長い矢。

 異能のタテガミ全てが合わさった、勝利を穿ち取る逆転の一矢。

 バルバロスも気付いたが、放たれるのが先だった。


 〝覇撃獣〟最大最強の一撃が、巨大サイに被弾するその直前――



極限死(アラサー・マウト)――〝破裂の致死陣タドミール・メイダーン〟」



 破神の声と巨体が吹き飛ばされるのが同時だった。

 硬化したツノの欠片が無数に飛び散り、地響きをたてて巨大騎士が仰向けに倒された。


「……やった……か?!」



 鉄屑のようなツノの大小が、戦場の一角を黒く色付かせている。


 あの二大大将軍が――

 破神と恐れられる鎧獣騎士(ガルーリッター)が――

 ピクリとも動いていない――


「倒した……?」


 クリスティオが、息を荒げて片膝をつきつつ呟く。

 シャイターンの動く様子はない。本当に――本当に勝ったのか――。

 三騎が勝利の声を上げようとした瞬間――



 ズッ



 大地を引きずる音。

 巨犀騎士の片足が、動いた。


 ――!


 次いで起き上がる上半身。大剣を杖代わりにして、長毛サイの人獣騎士が、その身を事も無げに立ち上がらせる。


「なっ……!」

「そんな……」


 クリスティオとルドルフが絶句する中、カイはエラスモテリウム(ウーリー・サイ)の上半身を覆うツノの残滓を見て、二人とは別の意味で声を失う。

 ファフネイルの第二獣能(デュオ・フィーツァー)によってすり鉢状に抉られた腹部のツノ。そのド真ん中には突き立った巨大な矢があったが、それよりも被弾した箇所の周囲である。


 周りに生えた全てのツノから、枝分かれするようにさらに新たなツノが生え、まるで(イバラ)(くさむら)のような密生を作り出し、巨大矢の貫通を防いでいたのだ。


 大きな溜め息をつき、摩擦によって未だ焦げ臭さの残る矢を抜き取るバルバロス=シャイターン。


「ふう……まさに危機一髪だったな。〝破裂の致死陣タドミール・メイダーン〟を出していなければ、俺は今頃あの世に行っていたかもしれん」


 極限死(アラサー・マウト)の応用技、〝破裂の致死陣タドミール・メイダーン〟。


 それは異常増殖して全身に生えたツノから、木の枝のように次々にツノを枝分かれして生やしていき、ツノの大結界を作るものである。

 これを直撃すれば、次から次に枝分かれしたツノが無限に相手の身体を貫き、まるで内側から破裂させられるように粉微塵に千切り殺されてしまう事から、バルバロスはこの名を付けたのだ。

 彼は咄嗟にこの技を出し、貫けぬものなしと謳われる覇撃獣最強の矢の勢いを殺す事に成功したのであった。とはいえ、最高硬度持つシャイターンの装甲に、初めて深い一撃が刺さったのだ。バルバロスからすれば充分すぎるほど驚愕すべき状況である。


「驚いた。本当に驚いたぞ。まさか俺にここまで手傷を負わせる者がこの世にいるとはな……! お前達は俺の出会った中で最上級の最上物だ!」


 九死に一生を得た男の言葉とは思えぬ、興奮気味に上擦った声。

 一方でカイ達には、絶望に近い感情が声にならずのしかかっていた。


 あの一撃。

 最大最高の逆転の一矢が止められた。

 一度で駄目なら二度? また放てばいい?

 いや、そんな容易いものでない事など、まだ生え揃わぬファフネイルのタテガミを見れば分かる。そう何度も撃てるものでない事ぐらいは。


「さて……弱りましたね」


 ぼそりと告げるカイの言葉が、事態の最悪さを物語っていた。

 だがこの時、打ち捨てられたファフネイルの矢が元のタテガミに戻る(さま)を見て、閃きに似た考えを持った者がいた。


 絶望の中。

 復讐者の瞳に宿った、微かな光。

 針の穴ほどの、小さな勝算。


 ――どうか、ご無事で。


 唐突に、クリスティオの脳裏に、あの時あの娘にかけられた言葉が蘇る。


 ――ああそうだ。俺は再び会うと言ったんだ。この俺が。


 彼は祈った。いや、今度は救いの祈りではない。勝利の女神に向けての誓いだ。



 あの老婆の付き人。

 まるでミケーラのように無礼な態度の、あの娘への誓いを思い出していた。


今回は二話投稿します。

続きは明日の夕方公開予定です!


更に、今年も去年同様、年末年始の毎日投稿SPを行います!!今回はクリスマスあたりから年明け三日ぐらいまでを予定してます。

ツイッターでも情報を出すので、そちらもご覧下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 古今東西 「やったか」といったときは 絶対にやってない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ