第二部 第五章 第五話(4)『闘将軍師』
〈第二次クルテェトニク会戦――五戦図(4)――〉
連合軍陣営の最奥にて、ゲムズボックの人獣騎士がどう、と地に倒れた。
三合――
斬り結んでたったの三合。その最後の一刀で、十三使徒であるジョバンナ・マルディーニは絶命していたのだ。
「そ……そんな……」
何に対してか。実力を見誤ってしまったこの巨大イタチの騎士に対してか。それとも任務を果たせなかった己に対してか。
もしくは死の間際に気付いたブランド・ヴァンと名乗ったこの男の正体に対してか――
だがそれを味方に伝える術もなく、第六使徒ジョバンナは人知れず戦場の塵となった。
強制解除を見届けた後、ブランドは巨大イタチになっている自身の頭部を巡らせる。
「殿下……お待ちあれ」
先ほど自軍の軍師カイ・アレクサンドルが告げた術の助けもあり、クリスティオや彼の騎獣も回復している事だろう。そういう点では心配はなかったが、相手が相手だ。
自身の騎獣〝マイナス〟もほとんど消耗がない事を確認して、ブランドは中央左の陣、伍号獣隊と漆号獣隊、それにアクティウム軍が共闘する方へと急いだ。
※※※
ライオン、トラ、ヒョウ、ピューマ――
伍号獣隊や漆号獣隊を構成する中大型猫科猛獣の騎士達が、宙に舞い、或いは吹き飛び或いは足蹴にされて地を転がる。
無論、防御戦闘に秀でた伍号獣隊なだけに、そう易々と敗れはしないものの、相手が相手だ。
アンカラ帝国に冠たる大騎士団が一つ
紅犀騎士団
その本隊。
サイ類の中でも大型のシロサイで編成された巨獣の人獣騎士たちは、斧や大刀といった巨体に見合った武装で統一され、その迫力はさながら神話の巨人が地上に降り立った恐ろしさを体現していた。
カイが用意した特殊ボウガンも、一時は足止めになったが既にほとんどが使い物にならなくなっている。一応、初撃の勢いを殺す事は出来たものの、決定打には至らなかったという事だ。
そこへ到着したのが、クリスティオ率いるアクティウム部隊である。
体格等級で中級、または下級ばかりが多いアクティウム部隊では、人犀の足止めには成り難い。むしろ焼け石に水もいいところだろう。しかしそれでもないよりはマシと言う以外、他に言葉がなかった。
しかも、指揮官でありアクティウム部隊の最強戦力であるクリスティオと〝ヴァナルガンド・アンブラ〟は、その力を軍勢に向けるわけにはいけない理由もあったのだ。
琥珀色の毛並みをしたタテガミオオカミは、純白の獅子と並んで立っていた。
両騎の目の前にあるのは、濛々とした毛で覆われた、巨大な一本角を持つ異形のサイ騎士。
紅犀騎士団団長。
エラスモテリウムの〝破神〟シャイターン。
それを駆る、バルバロス大将軍その人だった。
彼がアクティウム王都での決戦にて、クリスティオの兄であり国王ジョヴァンニⅡ世を討ち取った事は記憶に新しい。無論、クリスティオはその為にここまで来たのだ。
兄の仇を討つ。
それを自らの手で為さしめるために。
「クリスティオ殿下」
伍号獣隊・主席官ルドルフが両腕の楯を構えつつ、問いかけた。
「おそらく私の〝ガグンラーズ〟では、彼奴を倒す事は不可能でしょう」
ホワイトライオンの鎧獣騎士は、既に全身の体毛を束にした全身鎧の如き姿に変じている。ガグンラーズの第二獣能〝白毛盾〟だ。
その白き鎧のいたるところに、擦過傷のような黒ずんだ傷跡があった。おそらくはエラスモテリウムの異能によるものだろう。それはつまり、彼がもう幾度となく、あの巨犀の騎士と干戈を交えているのだという事を意味していた。
「ただ、私が倒す事は出来ぬものの、彼奴もまた我がガグンラーズは貫けぬ様子」
かつてクリスティオの兄王ジョヴァンニⅡ世は、ケルヌンノスという王家鎧獣であの巨犀騎士に敗北を喫した。決してケルヌンノスが弱いからではなかったが、ガグンラーズとの最大の違いは防御力の高さであろう。
幾筋もの傷を帯びながら、しかしガグンラーズは立っている。凌いでいると言えば聞こえは良いが、ようは弄ばれているだけとも言えた。
「ですから殿下、私が囮となって彼奴を翻弄します。その隙を衝いて殿下が最大級の攻撃を当てて下さい。そうすればあの堅固な装甲とて或いは」
「分かった。ただ、こちらに合わせてもらう事になるがそれでもいいか?」
「無論。合図もそちらにお任せします」
琥珀色の人狼が、可変大剣を槍に変えた。
初戦で相手取ったバッファローの十三使徒も相当な手練れだったが、アンカラの二大将軍はそれを遥かに上回る。しかし、クリスティオの中で勝機はあった。
ましてや共闘するのが覇獣騎士団にその人ありと謳われる〝守護聖者〟ならばこれほど心強い相手はいない。
一瞬、わざと気をやるように、槍を持つ手で捻る仕草をするヴァナルガンド。
ただ柄を握り直しただけのようにも見えたが、次の瞬間、その身は一息でエラスモテリウムの眼前にまで迫っていた。
「〝風斬刃〟」
両足ふくらはぎの体毛を刃のように硬化させ、これを蹴るようにして飛ばす、ヴァナガンドの獣能。
飛び道具の持たない鎧獣騎士において、奇を衒うという意味でも、無類の効果を発揮するし、並みの敵なら一撃で身体を斬り裂かれてしまうほどの威力を持つ異能。
あくまでそれは、並みの鎧獣騎士ならば――ではあったが。
カマイタチにも似た空を裂く刃は、予想通り長毛サイの表皮を擦っていくばかりで何の傷も与えられていなかった。
だが、それで良かった。
バルバロス=シャイターンが小煩げに大刀を返してヴァナルガンドに斬りつけるも、アクティウム最速を誇るヴァナルガンドには擦りもしない。それどころか、続け様に槍による連撃を繰り出しているほどだ。
とはいえ、それすらも装甲騎最高硬度を誇るシャイターンの前では何ら効果を齎してはいないようだった。
「何だそれは。それでもあの〝羚羊剣王〟の弟か? 上物にはほど遠い。これでは並どころか安物ではないか」
そう言って巨犀騎士は頭部をめぐらせようとした。
額下に長く大きく突き出した巨大過ぎる一本角。
その角を無数の細い剣に変えて放つ恐るべき獣能。それを、ヴァナルガンド・アンブラに向けて放とうというのだろう。
あれの前では、ヴァナルガンドなど蜂の巣にされてしまうのは目に見えている。躱す以外に避けようがない――はずだった。
が、この機を狙っていたのがホワイトライオンの守護騎士。
一秒にも満たない、ほんの僅かな注意の逸れた間隙を衝いて――
白獅子は全身をバネに、純白の流星さながらの攻撃を仕掛けた。
〝雷体〟
武装や爪撃を前面にして凄まじい勢いで飛び込み、体当たりをしつつ相手を斬りつけるレーヴェン流の高等技。
ガグンラーズが得意とする技であり、絶対防御の鎧と化した身体で、丸ごとぶつかってくるのだ。その威力たるや堅牢な岩壁すらも粉微塵にするというもの。
いくらサイの鉄壁を誇る皮膚装甲でも、内部にまで浸透してくる衝撃の波までは殺しきれないだろうと踏んでの一撃。
しかし、ここでシャイターンはこの動きを読んでいたかのように、タテガミオオカミに向けかけた視線を、頭部ごとガグンラーズに戻す。
「〝無限殺〟」
号令一声、エラスモテリウムの巨大角がバラっとほどけ、無数とも思えるほどの細剣が一斉にガグンラーズを襲った。
視界全てが真っ黒に埋まるほどの、高速且つ高密度の突き。
金属が擦れる耳障りな音に、全身が千切られたかと錯覚しそうなくらい激しい衝撃。
もし通常の突進や斬り付けであったなら、比較的柔らかな関節部分や装甲のない両目などが串刺しになっていたであろう。だが幸いにも、ガグンラーズの仕掛けたのが〝雷体〟であった為、無数の針は固い装甲で何とか弾くに留まる事が出来ていた。
とはいえ、ガグンラーズの技は当たるどころか遥か手前で落とされてしまう。
「己を囮にして覇獣騎士団に仕掛けさせたか。なかなかやるな、アクティウムの――」
バルバロス=シャイターンがタテガミオオカミに視線を戻しかけた直後。
「第三獣能」
死角からの声。
「〝旭閃刃〟」
真っ白な閃光が、巨大な人犀騎士を背後から包み込んだ。
灰堂騎士団十三使徒・第五使徒との戦いで決着をつけた光と爆発。
天才騎士クリスティオの覚悟が発現させた、有り得ぬ三つ目の異能。
旭閃刃――
それは体内にあるリン酸を重化合させ、擦過熱の高い白リン粒子として、両手両足の体毛から爆発物質を刃のように発生させる途轍もない能力。これは遥か未来で言う白リン弾と同じ破壊力を持ち、真っ白な閃光を発しながら対象物に甚大な被害――火傷を負わせる――というもの。
一言でいえば、刃の形をとった本物の爆弾そのものを叩き付ける技である。
どれだけ堅牢な装甲であっても、至近距離で化学反応による爆発が起これば、無事では済まないはず。そして最前ヴァナルガンド・アンブラが行った、囮に見せかけた〝風斬刃〟という異能は、この三つ目の爆発を必中させるために付けた着火点のような役割もしていたのだ。
開戦当初と同じように、戦場全体を照らすような眩い白光と爆発音が響き渡る。
ヴァナルガンド、ガグンラーズが距離をとってこれを見つめた。
「やったか……?」
濛々と土煙が沸き起こり、視界の先が晴れない。
だが、手応えはあった。クリスティオの両足に残る感触では、直撃による反動があったのだ。
煙が晴れればそこには重傷を負った巨体が呻いているはず……。
そこへ突如――
黒の線。
無数の線が走り、クリスティオ=ヴァナルガンドの片足を貫いた。
「――!」
千切れてはいない。だが、右足の太腿、ふくらはぎ、左足の甲にぽっかりと穴が空く。
素早く、黒の線は煙の中に戻ると、そこには怪物と化した巨大な姿があった。
全身のあらゆるところから、巨大なツノを剣山のように生やした異形異様な巨大人獣。
〝破神〟シャイターンの究極の姿。
「第二獣能〝極限死〟だ」
海に棲むウニのように、至るところからトゲ――いや、ツノだらけとなった姿は、〝羚羊剣王〟ケルヌンノスが手も足も出なかった最強の攻防一体の形。
ヴァナルガンドの放った爆発の傷跡は――僅かに背中が黒ずんでいるだけでしかなかった。
「驚いたよ。咄嗟に第二獣能を出して白い光を逃がしてなければ、今頃俺は吹き飛んでいただろうな」
全身から生やした巨大ツノ全てで獣能を出し、それで防御陣を瞬時に張り巡らせて爆発を防いだ。
バルバロスはそう言っているのだ。
爆発するまでの時間など、秒を幾千にも刻んだ間という間もない一瞬のはず。そんな瞬きすらも追い付けない刹那に、あの人犀騎士は二つ目の異能を出し、あまつさえ無傷で防いだというのか。
「さっきは安物などと言って済まなかったな、アクティウムの王弟よ。やはり貴方も兄王同様、実に素晴らしい。上物中の上物だ。……とはいえ、まだ〝最上物〟まではいかんな。ここから先、傷を負ったその足で戦う事が出来れば、アクティウム王を超える最上物と認めてやろう」
クリスティオ=ヴァナルガンドが出せる最大の攻撃技が防がれ、しかもヴァナルガンドの生命線とも言える両足に重傷を負った今、戦うどころか絶対の窮地と言ってよい状況だった。
唾を飲むクリスティオ。
横に立つルドルフ=ガグンラーズの纏う空気も重い。
しかし、どうするべきか思考を巡らそうとするも、その猶予すら目の前の怪物は与えてくれなかった。
再び襲う黒い線。
無数の針刃。
避けるしかないのだが―― 一瞬の強張り。
油断などではない。怯えでもない。今の傷がほんのわずか、筋肉に硬直を走らせたのだ。
――!
白獅子騎士がクリスティオを庇おうと、咄嗟に動く。
――が。
鋭い音。
風を裂いた閃光は幾重にも重奏を響かせ、黒く伸びた悪魔の針をクリスティオらの眼前で弾き飛ばした。
「!」
全員が目を剝く。
矢針を防いだそれは、地に突き立っていた。
「矢……だと?」
エラスモテリウムの巨大ツノのような、比喩的な意味の〝矢〟ではない。
誰もが見間違う事のない――矢そのもの。
「私も加勢しましょう」
クリスティオらの後方。距離はあったがはっきりと分かる。
虎の模様に獅子のタテガミ。
その手に掴むは鎧獣騎士らしからぬ弓矢という武装。
〝覇撃獣〟ファフネイル。
カイ・アレクサンドルが、死中に活を見出す一矢を放ったのだった。
いつもお読み下さり、ありがとうございます!!
ツイッターで公開しているのですが、新たにキャラのイラストを追加したりしております。
今回は敵のファウストとスヴェインです。
第一部 第一章後の 設定用語集 登場人物編
に加えておりますので、よろしければ見てやってくださいませ。
あ、同じ第一部で、第二章 第三話(2)『荒鷲』には、ゴート帝国ギオル・シュマイケルが駆る
鎧獣騎士カラドリオスのイラストもあります(線画ですが……)
戦闘シーンのイメージカットなどもいずれ描きたいなと思ってますが、キャラ絵も増やしていくつもりですし、ある程度数が溜まったらPixivあたりにページ作って、まとめてみようかな……なんて思ってます。
そして今年の年末も、感謝をこめた毎日投稿を開催する予定です!!
詳細はおってご報告致します。ツイッタ―でもお知らせしますので!!