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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第二章『白虎と銀狼』
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第二章 第四話(終)『白虎』

「では、参るぞ」


 円月刀を大きく上段に構えるティンガル・ザ・コーネ。


 奥の手であった獣能フィーツァー千疋狼タウゼントヴォルフ〟は、もう既に失われている。だが、やるしかない。圧倒的な力を前に、歯の根が噛み合ないイーリオだが、勇を鼓舞して、こちらも素人剣法で構える。


 勝機が有るとすれば、それは相手が密林の王者、虎である事。

 虎の膂力は猫科随一を誇り、前肢の威力は、水牛の頭骨を割り、圧倒的な牙は、熊類でさえも相手にしない。その後肢の筋力は、六〇〇ポンドを超える巨躯を悠々と跳躍せしめる。

 だが、その力強さに反し、虎の狩猟方法は、待ち伏せ型である。湿地や丈高い草に身を潜め、相手が近付いた隙に、飛びかかって仕留める。それゆえに、虎の狩猟成功率は、十度に一度が良い所だと言われていた。


 当たれば、一撃必殺。その牙からは逃れられない。


 つまり裏を返せば、当たりさえしなければ、勝機はあるという事。

 こちらは狼だ。草原を駆ける鹿や馬を追走して仕留める持久のハンティングを得意とする獣。

 ならば、鎧獣騎士(ガルーリッター)の今でも、ようは同じ事をすればいい。相手の速度は恐るべきものだが、ザイロウのスピードとて、負けてはいないはず。狩撃走ヤクトラオフェンを使って、とにかく動きまくる。動いて動いて、相手の体力を消耗させればいい。さっき、ナーストレンドでドグのカプルスが、ハイエナにされた戦法と、まるで同じであるが、勝機はそこにあると、イーリオは決意した。


 両の足に力を込め、相手を凝視し、出方をうかがう。


 ――動いた!


 跳躍。

 駆けるザイロウ。

 ティンガルの向かう反対方向に、全速で足を動かす。

 姿勢はなるべく低く。より低く。


 駆ける。

 駆ける。

 駆ける。


 ティンガルは――――追いつけていない。


 このまま、全速で右に。

 次は左。

 右。

 真っ直ぐ。

 右。

 右。

 左。


 無軌道な動き。撹乱の速さ。

 ティンガルは、視界の先。

 走っている。その動きは俊足を超えている。だが、追いつけていない。こちらの変則的で淀みない速度に、間に合っていない。


 更に駆ける。

 駆ける。

 駆ける。

 隙を見つけろ。相手の一瞬の隙を。たわみのある、その一瞬。

 それが勝機だ。

 駆ける。

 ティンガルは、まだ視界の向こう。

 動きに戸惑いが感じられた。

 虎の瞬発力の限界。


 ――よし!


 更に駆ける。

 駆ける。

 駆け――


 衝撃。


 視界が暗転し、体が宙を舞う。

 続いて、痛みが襲ってくる。

 何か鉄球のようなもので、全身を打たれたかのようだ。

 ティンガルは、左手を裏拳のようにして、ザイロウを――


 ただ殴った。


 胸から痛みが全身に広がる。肋骨の何本かはもっていかれたようであった。すぐにザイロウの治癒機能が働き、イーリオを回復させようとした。


「どうした?」


 ティンガルは、円月刀を肩に乗せ、こちらを睥睨する。


「ち……畜生ッ……!」


 口中に鉄臭い味が広がるのは、おそらく口の中を噛んだからだろう。だが、そんな事は気にしてられない。

 まだ。まだだ。もっと速度を上げて! 奴が追いつけないほどに早く!

 体の痛みが芯に残っていたが、立ち上がり、再び両足に力を込めた。



 再び駆け出すザイロウ。

 姿勢を低く。

 より低く。

 もっと速く。

 より速く。


 ティンガルを見る。

 ――と、目の前に、白虎の顔。


「何だ、それは?」


 再び衝撃。

 今度は先ほどの比ではない。

 拳を固めた一撃だが、まるで全身がバラバラになりそうであった。


 吹き飛び、地を這うザイロウ。

 狼の口吻から、ネクタルの混じった血が垂れる。


 吹き飛ばされたはずなのに、既に目の前に、ティンガルは立っていた。

 伏せっている場合ではないと、回復と同時進行で再び立ち上がろうとするイーリオ=ザイロウ。


「ほう。あれをくらって、立ち上がるか。壊すつもりでやったのだがな」


 感心しているのか、嘲っているのか、どちらともつかない口調で、ハーラルは言った。

 回復を待っていられないのは、直ぐ目の前にある恐怖から逃れたい一心ゆえ。膝は笑っていた。痛みは鐘楼のようにガンガンと響く。だが、肉体を刻苦して、必死で立ち上がる。


 ティンガルの動きは速さではなかった。無論、ザイロウに迫ろうかという動きではあったのだが、それでも、虎は長距離走に向いた生物ではない。それはひとえに、騎士スプリンガーとしての錬磨の差。

 ハーラルには、ザイロウの動きが、まるで手に取るように把握できた。それは、カプルスの感覚鋭敏トゥンネイロスとは異なる。だが、鎧獣騎士(ガルーリッター)には、通常の武術と異なる、鎧獣騎士(ガルーリッター)ならではの戦い方があった。それを知り、尚かつ武を修めているかどうか。

 それゆえに、騎士スプリンガーになりたてのイーリオの動きと、ハーラルの挙動には、昨日今日、剣をもった子供と、達人くらいの開きがあったのだ。


「その足。ちょこまかと動いて邪魔だな」


 吐き捨てるような言葉の後、立ち上がったイーリオ=ザイロウに向かって、無造作に剣を横一文字に薙いだ。

 両の太腿に、鮮血が吹き上がる。


 激痛が走った。

 ザイロウは再び地に伏せる。



 立ち上がれない。


 ザイロウが治癒機能を働かせているだろうが、全身への衝撃と、両足の傷――おそらく動脈にまで達したであろう傷は、さすがのザイロウでさえ、容易に回復できないようであった。

 気付けば、いつの間にか、授器リサイバーの剣、〝ウルフバード〟が、手から離れている。

 二度目の拳で、手を離したらしい。

 やがて、両足に血が通う。斬られた脚部は何とか回復し、全身の痛みもひいていた。


 この回復までに、どれほどのネクタルを消費しただろう――。

 千疋狼タウゼントヴォルフに、何度もの治癒。

 だが、今はそんな事を言っている場合ではない。


 よろめく足で、また、立ち上がるイーリオ=ザイロウ。


「何と……」


 ハーラルは驚いた。ギオルもだ。

 確かに、立てぬほどに深く斬ったはずなのに、立ち上がってくるザイロウ。しかも、どうやら出血まで止まっているかのようであった。


「そうか……。それが〝伝説〟となった力という訳か……」


 ハーラルは心中喜びを禁じ得なかった。最初はどれほどの鎧獣(ガルー)かと思っていたが、騎士スプリンガーであるイーリオが、あまりに稚拙な動きしか出来ないため、正直、落胆していた。

 だが、この回復力が力の秘密であるというなら、ゴート帝国に、そして皇帝家に代々、秘儀として伝わる存在であったのも、充分頷けるというものである。彼の血が沸き立つ。伝説のザイロウを目の前に、抑制していた鎧獣(ガルー)の獣性が覚醒しつつあったのだ。


 件の銀髪の少女は既に手にした

 痛めつける事で、多少、修復に時間はかかるだろうが、それでも一度は逸した帝家鎧獣(ロワイヤルガルー)を、再びこの手に取り戻せるのだ。それも、より秘密を知った上で。


 ――直接、手を下した甲斐があったというものだ。


 もうすぐ。

 もうすぐこの銀狼を本当の意味で手に出来る。


 それは即ち、この国の至尊の位に、大きな一歩を踏み出せた事に他ならない。

 感情の昂りを抑えきれず、ハーラルの心中に、嗜虐的な欲望が鎌首をもたげた。それは虎という、圧倒的強者がもたらした絶対の誇りであったのか。それともハーラル自身が持つ、残虐性の発露であったのか。どちらにしても、鎧獣(ガルー)の獣性が、彼の中の熱量を上昇させていったかのようであった。


「どうした? そんなものか?」


 既に勝者の余裕であったが、問いかけられずにはいられない。


 もうおしまいなのか? まだあるのなら見せてみろ。もっと見せてみろ。


 ザイロウは、大地に転がる己の剣を手にし、再び構えを取った。


 そうだ。来い。もっと来い。


「来ないなら、こちらから行くぞ」


 ティンガルは、大地を蹴り、剛剣を繰り出した。

 あえて余裕をもって、数合、剣を交わす。

 ザイロウは、防御で手一杯だ。

 吹き飛ばす力を腕に込め、ザイロウを圧し飛ばした。


 銀狼の騎士は、高地の先――。断崖が大きくその顎を覗かせる縁まで、荒れ野を転げていった。もう、ザイロウに逃げ場はなかった。

 ハーラルは、無様に転げるその様に、先ほどまでの興奮が、急速に冷めていくのを感じた。拙かろうと、蛮人の勇を奮って、果敢に立ち向かったあの人狼の姿はもうない。今は、何とか生にすがりつこうと、必死でもがく、みっともない姿のケダモノがあるだけだ。それはまさに、野生の摂理に敗れた者の、憐れな末路のようである。

 もう、何の期待も興奮も沸き起こってこない。

 無垢で無慈悲な衝動だけが、彼を支配していた。


 ――疎ましい騒動も幕引きだ。


 勝利を確信した足取りで、一歩、また一歩と、白銀の人狼に歩み寄る人虎の皇帝騎士。


 どうやらザイロウの中の孺子(こぞう)は、まだ戦意が尽きぬと見える――。


 断崖の縁を背後に、再び剣を構える人狼の騎士。

 だが、先ほどまでとは打って変わって、ハーラルは、その精神の逞しさに苛つきを覚えはじめた。その感情が何なのかは、彼にもはっきりと分かっていない。

 だが、もういい。もう充分だ。


 徹底的な絶望を与えてやろうと、円月刀を一閃。


 ザイロウの手にした授器リサイバーの剣が弾かれ、虚空へと舞い上がった。

 それは、後方の断崖へと吸い込まれて行く。



「終わりだ」



 人虎の剛剣が、振り下ろされた。


「面白い!」


「これからどうなるの?! 続きが気になる」


と思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願い致します!


面白かったら☆五つ、つまらなかったら☆一つ、正直に感じた感想で大丈夫です。


ブックマークもいただけると本当に嬉しいです!


何卒、よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど。イーリオの家系なら元となった動物たちの特性を知っていて、それを活かした戦法というのは納得です。 [気になる点] ここからどうなる!
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