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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第二章『白虎と銀狼』
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第二章 第三話(1)『疑念』

 国境付近になると、断崖が多くなる。


 剥き出しの岸壁は天然の大理石で出来ており、割れ目の底のいくつかには、静脈のようなか細い小川が流れていた。どれも深さは相当あり、中には自然で出来たとは思えないような、抉られたすり鉢状の痕跡があった。これらの多くは、鎧獣騎士(ガルーリッター)同士の戦いの跡であり、よく、〝鎧獣騎士(ガルーリッター)の戦争があれば、地形が変わる〟などと嘯かれている。皮肉半分、真実半分といったところであろう。


 断崖上の台地には青々とした緑地が広がっており、気をつけて通れば、大して怖れる事もない。

 こういった断崖は、かつて、〝煉獄の崩落〟と呼ばれる大厄災があった折の名残とも、古代帝国の争いの残滓であるとも言われているらしいが、どれも神話やお伽噺の世界の出来事だ。鎧獣騎士(ガルーリッター)の戦争の話とは根本的に違い、これは、大地そのものが知覚出来ぬ程、僅かに動いている事の証だと、レレケは一同に説明していた。


「だとしたらヘンじゃねえか。地面が動いてるっつーんなら、今みてえに、俺達ゃずっと馬に揺られてるみてぇにグラグラしてなきゃいけねえじゃねえかよ」


 ドグが、レレケの言葉に疑問を投げかけた。

 ドグは、イーリオが手綱をとる馬の背に同乗し、シャルロッタは、レレケの馬に共に乗っていた。

 最初、ドグは、シャルロッタは自分が乗せると言い張ったのだが、彼女自身にすげなく拒絶され、今に至る。イーリオも、当初は女の子との二人旅で色々不安が大きかったが、レレケという珍妙ではあるが、大人の女性が同行する事になって、かなり安心出来たと言えた。


「規模が違うのよ。この大陸全土が、我々が感じる事の出来ない程、ゆっくりと動いているの。そうして、何千年、何万年、いえ、もっとずっとの年月をかけて、この大地の亀裂が作られていったのよ」

「ピンとこねえなぁ。イーリオは信じるか? 今の話」


 突然、話の矛先を振られて、返答に窮する。


「さあ……どうだろう? でも、大厄災があったのだって、本当の事だよね」

「それも、研究者の間では、明確な答えを得ていません。中には神話の通り、神之眼(プロヴィデンス)が大厄災の折に、神々に与えられたものだと本気で信じている学者だっていますから」

「僕の父さんは、大厄災はあったって、言ってたなぁ。ほら、何て言ったっけ、古い大帝国の――」

「ガリアン帝国ですね。このニフィルヘム全土を支配したという」

「そうそう。そのガリアン帝国の遺跡には、その災厄の跡が残ってるらしいよ。〝天空の城〟とか〝星の城〟の話なんかは、その名残だって」

「それこそお伽噺じゃねえかよ。おめえの親父ってのも、随分ガキくせえ事信じてるんだな」


 ドグに父親の事を小馬鹿にされたような気分になって、イーリオはムッとする。

 だが、そんな中、四人が歩みを進めていると、空から白い、儚げな冷たい綿状のかたまりが降ってきた。

 淡雪である。

 まだ、チラチラとしか舞い降りてこない程度だが、それでも冷え込みを実感するには充分な効果があった。

 どうりで寒い訳だと思い、思わず襟元をかきあわせるイーリオ。

 ドグとレレケも首元を直すが、シャルロッタのみ、微動だにしていない。

 何やらずっと、不貞腐れたような顔をしている。

 イーリオは、レレケの説明を遮る形で、シャルロッタの様子を案じた。


「どうしたの、シャルロッタ?」


 だが、彼女はむっつりとしたままだ。他の二人も、彼女の様子に気付く。

 「何かあったのですか、シャルロッタさん」「どうしたんだよ」と、口々に言う。

 やがて勿体ぶった素振りで、シャルロッタは重々しく口を開いた。


「あたし、あの人、なんかヤだ」


 その言葉の意味が分からず、イーリオとドグは首を傾げた。だが、レレケは言葉の意味を捉えて、彼女に問いなおす。


「あの人って……さっきのオーラヴさんの事ですか?」


 レレケの問いに返事をせず、ただ頷くシャルロッタ。イーリオは理解出来ないと言った風だ。


「いい人だったじゃないか。貴族なのに気取ったところもないし、親切だし」

「それに気前もいいしな」


 だが、シャルロッタは、そんな二人に軽い軽蔑に似た失望の眼差しを向けるだけで、何も答えようとしない。レレケはその態度に何かを察したのか、「そう感じたのね。あなたが」と言った。

 益々もって理解不能なので、どういう事か重ねて尋ねると、レレケはほんの少し躊躇いがちに答えた。


「私も確たる言い方は出来ないのですが……、どうもあのオーラヴという若者、気になる所がありまして」

「レレケまで? どうして?」

「あの人、夕飯を振る舞ってくれた際に、自分はノルディックハーゲンの未開地区を開発する運動をしているって言いましたよね。……けど、そんなものはないんです」

「ない?」

「正確には、未開地区の取り壊しです。ゴート帝国が行おうとしてるのは。……いわゆる軍備の拡張ですね」

「待って。彼が言ったのって、それじゃあ」

「あの後、私は具体的な内容も聞きましたが、彼は取り壊しの事には何一つ触れませんでした。開発運動に力を入れてる人間が、その事に触れないなんておかしすぎやしませんか?」

「レレケはどうしてその事を知ってるの?」

「こう見えて私、色々と顔が利くんですの。まだそれほど表立っていない情報なんかも耳に入りますし。けど、これは帝都付近ではそれなりに周知されつつある情報なので、彼が知らない訳がない。ですから、何故あんな綻びのある嘘をついたのか、気になって」


 話を聞いていたドグも、訝しげな顔をする。


「嘘をつく奴には、必ず理由があるぜ。言いたくないか、言えないか」


 言いたくないとして、何を言いたくないのか?

 本当の自分を言いたくない?

 開発なんて嘘だって事?

 でも、それが自分イーリオたちにどう関係してくるというのだろう。

 言えないというなら、尚の事奇妙だ。


「この場合、まさか私がそういう情報に通じているという事を、彼が知らなかったというのが大きいですね。けど、仮に、〝彼の話が嘘である〟と、私か私たちの誰かが知っているという事実を、彼が知っていたとして、その時は、自分の嘘がすぐにバレてしまう事になる。けれども、彼はそんな事は全く考慮する素振りもなく、延々と嘘を述べた。つまり、バレない自信があったか――、もしくは――」

「もしくは?」

「バレても良かったか」

「バレてもいい?」

「嘘などはどうでも良かった。肝心なのは、身分を偽る事で果たされる目的――、即ち、私たちに近付く事が大事だった、と推察されます」

「ていう事は……、追っ手の可能性……?!」


 一同は顔を見合わせる。

 彼が帝国からの追っ手であるなら、うかうかしていられない。


「勿論、可能性というだけの話です。確証はありません。けれど、急ぐにこした事はないかもしれませんね」


 レレケの言葉に、俄然、馬の速度をあげる気になった一同。


「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだよ」


 非難めいた口調のイーリオに対し、レレケはまるで意に介する風もない。


「ですから、確証がないと申し上げたでしょう。不確実な事で人を疑うなんて、そんな誠実さにもとる行い、礼儀という衣をまとって産まれた私に出来ようはずもありません」


 一番に疑っていた人間が何を言うのやら、と、イーリオは呆れる。


「けれど、何もしなかった訳ではありませんよ。心もとなくはありますが……、保険もかけておきました」

「保険?」

「昨夜のうちに、知人に連絡しらせを送ったんです。私たちが国境付近まで辿り着けさえすれば、その知人の迎えが来るはずです」

「知人ってこたぁ、知り合いって意味だろ? どういう知り合いなんだ?」


 手綱を握る手を強くしたイーリオに代わって、ドグが問いかける。

 四人の乗る二頭の馬と、二体の鎧獣(ガルー)は、既に駆け足に近い速度になっている。


「私、メルヴィグ出身ですから。あちらの騎士団に多少、伝手がございまして。その人物が国境の城に勤めているので、その〝彼〟に知らせをいれたんです」


 レレケの言葉に、呆れるやら感心するやらのイーリオとドグ。


「レレケって、顔が広いんだ……」

「んもう、淑女に向かって顔が大きいだなんて、失礼ですわ」

「……いや、大きいじゃなくて、広いっつったの……」

「わかってますわ」


 そう言ってコロコロと笑うレレケに、誰が淑女だよ……と、内心で思うも、イーリオとドグは、口には出さない。


 オーラヴという少年貴族が、得体の知れない不気味な存在になったとはいえ、レレケという頼もしい仲間も、充分得体の知れないところはある。

 だが、兎にも角にも現在、この変わり者の年長者は、三人の少年少女にとって、最も頼りなる存在になりつつある事だけは確かなようだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レレケさん、優秀。知人って単語を知り合いって言葉に一旦噛み砕くのもドグらしい。この二人がいると説明がスイスイ進みますね。 [気になる点] わざわざ大陸移動に触れるとなると、やっぱりこの世界…
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