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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第二章『白虎と銀狼』
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第二章 第二話(終)『本性』

 感嘆の面持ちで、オーラヴが賛辞を送った。


「すごい……! お見事です!」


 イーリオとドグは鎧化ガルアンを解除する音声認識、「蒸解ディゲスティオン」を発すると、白い蒸気が濛々とあがり、元の人間と鎧獣(ガルー)に戻っていった。


「とんだ災難だぜ。全く」

「まぁ、山賊の連中も、これ以上は追撃してこないんじゃないかな」


 イーリオらが互いを労っていると、オーラヴが興奮気味に駆け寄って来る。


「すごいですね、貴方がたは」


 思わぬ褒め言葉に、赤面するイーリオ。


「いやぁ……、ザイロウが凄いんであって、僕の腕じゃあまだまだ――」

「ザイロウだけじゃねえだろ。俺もいたんだ。俺も」


 横から茶々を入れるドグ。



 その姿をぼうっとした表情で見つめるシャルロッタに対して、レレケは彼女の傍らにあって、訝しげな表情を作っていた。


 これだけの騒ぎを起こしているのに、未だに警護騎士の一人も来ない。憲兵すら姿をみせない。


 ――ヘンね。


 どうも胸騒ぎがする。

 自分の予感が当たっていなければいいが、もしそうなら、昨夜の伝達の鳩シュプレッヒェン・タオベ

 あれが早く届けばいいのだけれど。


 もやもやとした疑念を払拭しきれぬまま、戦勝に悦ぶ少年達に声をかける。


「お見事、と喜びたいところですけど、こんな騒ぎになっては、追っ手に気付かれる恐れがありますわ。早々に出立するのが良いでしょうね」


 レレケの言葉に、喜びも束の間、確かにと頷き合うイーリオとドグは、すぐに荷物をあらためた。


「それじゃあオーラヴさん、またいつか」


 馬上の人となったイーリオが辞去の挨拶をする。


「ええ、またいつか」


 わずか一日の間に、互いに親交を深めた二人は、再会の念を新たに、それぞれの岐路へとついていった。

 ナーストレンドを過ぎれば、国境まではそう遠くない。



 ※※※



 イーリオ達を見送ったオーラヴは、そのままナーストレンドの城門をくぐった。

 くぐった先の反対側の入口には、身を潜めるように、二人の男女が立っている。


 〝神速の荒鷲〟ギオルと〝黒衣の魔女〟エッダだ。


 二人はゆっくりとオーラヴに近寄ると、彼は髪型を整えた。まるで本来の自分に戻るかのように。


「まさか、そういう事だったとはな……。どうりで鎧化ガルアンできぬわけだ」


 オーラヴは髪型だけでなく、口調までが硬質な調子に変わっていた。

 ギオルは恭しい態度で、オーラヴにかしづく。エッダも同様だ。


「しかし何故だ……? 何故、あの小娘は、あのような小僧を認めた? 帝国の歴史でも、そのような例、聞いた事がないぞ」


 オーラヴの独語に、エッダが答える。


「それについては、帝都に戻り次第、すぐに原因を調べましょう。―― まずはお確かめになられて、いかがでしたでしょうか?」

「うむ。上首尾であった。どうやらあのレレケとか申す面妖な錬獣術師アルゴールンも、もう一人の小さいのも、何も知らんで同行してるだけの、酔狂な輩共らしい。何より、ザイロウの程も知れたしな」


 ここにドグがいたら、またぞろ激昂しそうな台詞を、オーラヴは平然と吐いた。


「それは何よりです」

「これで、危惧すべき点は何もない事が知れた。あとは予定通り、メルヴィグに入る前にザイロウと娘を捕らえる。他の連中は、どうなっても構わん。後腐れなきよう、消すのが一番だろうがな」

「はっ」


 二人は同時に応じた。


「しかし、あの馬の鎧獣騎士(ガルーリッター)、あれはそちの手の者ではないのか? ギオル」

「はい。如何にも」

「あれのお蔭で彼奴の程度がわかった。無駄死にではなかったぞ」


 繰り返し発せられる一片の慈悲もない言葉に、先ほどまでの柔らかな物腰の少年貴族の姿は微塵もなかった。ギオルは、そんな彼の態度にも何ら不快な態度を見せず、「はっ」とだけ答える。


「しかしギオル、案ずるまでもなかったろう? 余の演技も捨てたものではあるまい」

「私が案じたのは、殿下の御身でございます。ハーラル殿下」

「何もかも〝仕込み〟尽くしの中で、何を案ずる必要がある。最初の屋台の輩も、今のも、な」


 オーラヴ――いや、〝氷の皇太子(イクプリンス)〟ハーラルへと戻った彼は、冷たい微笑を口の端に浮かべた。


「しかし、助成金とは我ながらよう騙ったものよ。あの地区に余が積極的なのは、開発ではなく、取り壊しなのにな」


 イーリオらに語った、首都ノルディックハーゲン未開地区の開発は、実際は首都の一角を占めるその地区を取り壊し、新たな鎧獣(ガルー)厩舎を建てようというものであった。いわゆる武装化、軍備拡張である。しかもその地区は、かつてハーラルが幼き日を過ごした、あの場所でもあった。それを取り壊す事で、彼は彼の過去とも決別しようというのだ。

 その皮肉混じりな諧謔に、ギオルは少し眉根をひそめる。

 だが、ハーラルの自虐にも似たそのような行動の一端が自分にもある事を知る彼は、それ以上言葉を継ぐ事はなかった。



 そこへ、彼らの後方から、先ほど逃亡したはずの山賊の生き残りが、姿を表して近付いて来た。

 横目で確認したエッダが、「何だ」と問い質す。


「な……何だ、じゃ、ねえだろ! おめえ、言ったよな、おかしらは卑怯な騙し討ちにあったって。鎧化ガルアンする前に奴らにやられちまったって。けど、何だよありゃあ! 奴ら、物凄ぇ強ぇじゃねえか。仲間もやられちまって、話が違うぞ!」


 語気も激しく言い募る男に、まるで塵でもみるような冷たい眼差しを向ける三人。


「な…なんだってんだ……!」


 三人のただならぬ迫力に気圧され、男は一歩、後じさる。

 ギオルが身体を起こし、腰に帯びた剣に手をかけようとすると、ハーラルがそれを制した。


「よい。私がする」

「殿下、このような下賎な輩、お手を汚さずとも――」

「〝狩り〟の前の肩ならしだ。……獲物はもう、罠にかかっているがな」


 酷薄な笑みは、抜き手の早さと共に凄絶さを増し、一瞬で男の頸動脈を断ち斬った。血飛沫をあげながら、どう、と地面に倒れる男に、辺りの人々が先の騒ぎも醒めやらぬのに、再び悲鳴をあげた。


 だが、その悲鳴は町の憲兵には届かない。

 彼らの為す事は、全て法の外にある。何故なら、彼らこそがこの国の法だからだ。


 ハーラルの剣技に、「お見事」と讃えるギオル。だがハーラルは、血だまりを作る男の姿を睥睨して、悔しげに独語した。


「まだまだだ。貴様の剣速には及ばん」

「何をおっしゃいますか。私が殿下の年の頃には、今の殿下の足下にも届いておりませなんだ」


 ギオルの追従に、今度はエッダが続いた。


「それに、為政者たるもの、個人の武よりも、人の上に立つ権能ちからこそ肝要。殿下には、くれぐれもご見識を広くお持ちあそばすよう、お願い申し上げます」


 刃についた血を払い、鞘におさめると、二人に向かって言い放つ。


「ああ、わかっておる。二人とも行くぞ。さっさと〝狩り〟を済ませる」


 二人は恭しく頭を垂れ、〝氷の皇太子(イクプリンス)〟の後に続いた。



 辺りには、血まみれの死体と、城の内外の狂騒にざわめきたつ人々の坩堝のみが残された。

「面白い!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど。警邏兵が来ない事にチラッと触れてましたが、ここの伏線でしたか…。ここから、二章冒頭のシーンへ傾れ込むのでしょうが、どんな急展開が待ち受けるのか…!
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