第二章 第二話(2)『馳走』
目の前に並べられた食膳に、三人は生唾を呑み込んだ。
レレケのみ、飄々とした表情をしているが、ドグなどにいたっては、まるでエサを目の前にした飼い猫ならぬ飼い犬のようである。シャルロッタはというと、こちらもおあずけをくらった子犬のように、卓上の皿とイーリオの顔を交互に見て、今か今かと無言で催促をする。
ここは、五人がとった宿の一階にある食堂だ。それなりにきっちりとした食事処なだけに、それだけで、オーラヴの身の程が知れようというものだ。
四人の姿を、微笑ましい様子でオーラヴが見ていた。
「さ、それでは遠慮なく召し上がってください。みな、私の奢りです」
待ってましたと言わんばかりに、夕飯にかぶりつくドグとシャルロッタ。イーリオも遠慮なく匙を動かした。レレケも手を伸ばしはするも、三人ほどではない。
「オーラヴさん。あなた、その若さで随分と気前がいいんですね。ご出身はどちらで?」
レレケの問いに、にこやかに応じるオーラヴ。
「私は生まれも育ちも帝都です。ヨハンセン家は、かつては格式のある貴族の家柄だったんですが、それも昔の事。今となっては、ありふれた中流貴族といった所です」
「やっぱり貴族の方でしたか。けど、何故貴族の子弟が、供も連れずに一人でいるのですか?」
それを聞いて、オーラヴはフッと笑った。
「それを言うなら、あなたも貴族のご出身でしょう? えっと……レレケさん」
オーラヴの言葉に、イーリオは少し驚く。錬獣術師ではあるだろうが、貴族出身とは。
「お分かりですか? 私は、メルヴィグ王国のしがない下級貴族出身です」
「どことなく立ち居振る舞いがそうと感じたもので。失礼しました」
「いえ、お気になさらず」
「私も、供はいる事はいるのですが、今は外に出ております」
「外?」
「ええ。町の司教の所で、資金援助の交渉に出ているのです。私は当主になったばかりで、まだ顔も利きませんし、供の方が優秀で、色々と融通が利くのですよ」
「資金援助?」
「祖父がはじめたノルディックハーゲンの未開地区開発の助成金運動です。ヨハンセンの家の者は、未開地区出身だという事で、昔から宮廷でもそういう活動をしていたのです。ただ、貴族の方々は、そういう事にはなかなか腰をあげられなくて……。この町に来ているのも、実はそれが目的でして」
「それなら聞いた事がありますわ。確か、この国の皇太子が未開地区の開発に力を入れているとか何とか。その関連で?」
「ええ。まさにそれです」
そうした他愛もない会話と共に、次第に五人は、打ち解けていった。特にイーリオとオーラヴは、年齢が一つ違いという事もあり、すぐにお互いに好意を覚えたようだ。
「十五歳で、貴族の家を背負うなんて、すごいなぁ。僕には到底真似できないや」
「家を継ぐといっても、成り行きでそうなっただけです。継ぐはずだった兄が病で死に、私生児だった私が、急に家督相続になったものですから……」
「色々苦労してるんだ」
「貴方も苦労してそうですよね?」
そう言って、イーリオの連れを順に見て回る。
「まぁ、苦労というか、気苦労ばかりというか……」
イーリオの言葉に、レレケが皮肉っぽい笑みを浮かべながら後を継いだ。
「イーリオ君は、良くも悪くも面倒見がいいですからね。保護者に向いてますよ」
「保護者って、向き不向きあるの?」
イーリオの合いの手に、ドグとシャルロッタが二人して、「そうだ、ホゴシャだ」「ホゴシャ、ホゴシャ」と混ぜっ返す。
「何だよそれ」
口を尖らすイーリオに、ドグがニヤニヤしながら反論した。
「だって、おめえよう、何かと言ったら節約、節約って、いっつもケチくせえ事言うんだから。大体、昼間のだって、おめえがすんなり屋台のを食わしてくれてたら、あんな騒ぎにならなかったんだぜ」
「それを言うなら、そもそも二人が、買い食いしたいなんて言い出さなきゃいいだけでしょうが。ホルテの時にだって、すぐに無駄遣いしようとするし。旅はまだこれからなんだよ。散財して鎧獣を売らなきゃいけないなんてなったら、どうすんの」
大袈裟気味に嘆くイーリオに、オーラヴが今の言葉を聞き返した。
「失礼ですが、皆さん、どちらに向かわれてるんですか?」
「メルヴィグの、バンベルグってとこです。そこにいる知人を尋ねようと思って。知ってますか、その村?」
「いえ……、残念ながら聞いた事はないですが。――ところで皆さん、見た所、家族という訳でもなさそうですし……、どういうお知り合いなんですか?」
オーラヴの問いに、思わず目を合わす四人。
これまでの経緯をかいつまんで説明しはじめた。勿論、肝心のシャルロッタやザイロウの部分は、曖昧にぼかしてだが。
そして、やがて夜もふけ、一同はお互いの居室へと戻っていった。
イーリオはドグと共に。シャルロッタはレレケが面倒を見る事で安心できた。
だが、オーラヴのみ、居室に戻ってしばらくすると、音を殺すように、再び部屋を出て、宿から離れていった。
向かう先は、司教のいる大聖堂の方面だ。
レレケは、密かに放った、姿を消す人造動物〝消失の猫〟で、オーラヴの後を尾けていたが、どうやら、件の助成金活動にでも行くらしい。流石に大聖堂まで入ってしまうと、 消失の猫と離れすぎてしまい、術の効力が切れてしまう。
レレケは、擬獣を呼び戻し、寝静まったシャルロッタの傍らで、一人考え事をしていた。
――考え過ぎじゃなきゃいいけど。
しばらくすると、やがてもう一度短筒を取り出し、今度は別の擬獣を呼び出す。
鳩である。
〝伝達の鳩〟と呼ばれるそれは、一度使うと、かなり自身に負荷をかけてしまうが、念には念をといったところだ。
それに、この擬獣は、目的を達すれば自然消滅もするし、負荷といっても、半日程度のものだから、それほど心配はいらない。
乳白色で半透明の鳩があらわれ、そこに暗視の効力を付与する。レレケは居室の窓を開け放った。
広がる虚空に向かい、一羽の奇妙な鳩が羽ばたいて行く。まるで、これから先の暗夜行路を見つけ出すかのように。




