第二章 序幕<プロローグ>
秋雪の淡雪が、風に舞っていた。
高原の向こう、切り立った断崖の下では、まばらに降る雪が吹きすさぶ風によって、掻き混ぜられた粉末のように舞い踊っている事だろう。だが、今のイーリオに、そのような感慨にふける余裕はない。
立ち上がれない。
ザイロウの治癒が追いついていないのだ。
イーリオの焦燥が伝播したのだろう。彼と共に、鎧獣のザイロウまで、歯ぎしりをする。手にしていた授器〝ウルフバード〟は、目の前に転がっている。〝奴〟の一撃で、手元からはじかれたのだ。やがて、両足に血が通う。斬られた脚部は、既に回復していた。
立ち上がるイーリオ=ザイロウ。
だが、時間がない。既に多くのものを失った。ドグは地に伏し、その近くでレレケは控えているも、こんな多勢に無勢では彼女もどうしようもない。それに、シャルロッタ。
彼女は敵の手中にあった。だが、その手は届かない。
この、ザイロウの力をもってしても、敵わない鎧獣。
敵は、西方に言うところの円月刀に似た形状の剣を肩に乗せ、余裕の構えで銀狼を見つめていた。その氷のような氷雪蒼の瞳は、体にまとった同色の授器と同じく、この景色そのものを支配しているかのようであった。
ゴート帝国帝家鎧獣。
美しく逞しい、白虎の人獣騎士。
〝ティンガル・ザ・コーネ〟。
別名〝氷の貴公子〟。
帝家鎧獣とは、その国の王家王室の代表がまとう鎧獣であり、決してその国最強というわけではない。旗印である旗幟鎧獣である事は紛れもないのだが、王室の人間が最強の騎士であるはずもなく、あくまで国家武力の象徴として認知されていた。だが、象徴であり、その国の王家が駆る鎧獣なのだ。畢竟、非常に優秀で、強力な鎧獣が帝家鎧獣となる事が、常であったのも間違いない。
そして、この〝ティンガル・ザ・コーネ〟こそ、ゴート帝国のまさしく武力の象徴であり、近隣諸国に広く名を知らしめた、帝国屈指の鎧獣であった。
そのティンガルが、今、イーリオ達の目の前に居て、行く手を阻んでいる――。
いや、嬲り殺しにしようというのだろう。
こちらの獣能〝千疋狼〟でさえ効かなかったのだ。その力は間違いなく、帝国最強というに相応しいものであった。
だが、感嘆ばかりもしていられない。
この帝国最強を、今まさにこの場で、打ち倒さなければならないのだから。
ティンガルから、声がした。
「どうした? そんなものか?」
―― 一体、どうしてこうなった?
ザイロウとシャルロッタを狙っていたのが、まさかこの国の最高権力者だったとは――。
そして、その最高権力者自らが、あり得ない事に、イーリオ達の目の前に佇立していた。
イーリオは、大地に転がる己の剣を手にし、再び構えを取る。
「来ないなら、こちらから行くぞ」
ティンガルは、大地を蹴って、一気にイーリオ=ザイロウに肉迫する。その手からは、剛剣が繰り出された。一合、二合、三合――防御で手一杯だ。
分かっている。この差は、鎧獣の差ではない。駆り手である、騎士の実力差だ。片や、幼い頃より武芸を仕込まれた、興武の帝国の皇太子。片や、山中で育った錬獣術師の息子。身分の貴賤などではない。積み重ねた日々の違い。それがそのまま、二体の差となって表れていた。
このままでは圧し負ける。
何とか反撃の糸口を掴もうとするも、流麗で苛烈な剣さばきは、その余裕すら与えない。
再び強烈な一撃。
荒れ野を転げ、天然の大理石が、切り立った顎を除かせる断崖の際まで吹き飛ばされる。今度は、体を斬られる事はなかったが、文字通り逃げ場はない。背水の状態である。
ゆっくりと近付くティンガル。
それをまとうは、〝氷の皇太子〟ハーラル。
イーリオは立ち上がるも、何も為す術がない。
戦意を失った相手に慈悲などいらぬとばかりに、無造作に剛剣を跳ね上げる。
人狼の手から、その剣が吹き飛ばされ、断崖の下へと落ちていった。
「終わりだ」
死の宣告は、虎頭人身の騎士の姿をしていた。
人虎の剛剣が、振り下ろされる――。
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