第六章 第六話(終)『神女』
シャルロッタと完全に瓜二つ――とまではいかないが、双子と言ってもいいほど実によく似ていた。
同じ顔。同じ銀髪。そして何より――同じ額の宝石、神之眼があった。
「神女――だと?」
予測不能の出来事の連続と、黒騎士との戦闘による疲弊で、注意力が散漫になっていたのかもしれない。クリスティオ達二名が、彼らに近付く影に気がつかなかったのは。
「どういう事ですか? これは?」
不意に投げかけられた声に、身構えて振り返るも、背後に表れた二名は、両手を翳して敵意のない事を告げた。
「落ち着いて下さい。私達です。覇獣騎士団のヴィクトリアと、マルガです」
姿は両名とも、鎧獣騎士だったが、その声で主従は安堵の息を漏らす。
塔の屋根から騒ぎを見たヴィクトリア達は、どうするべきか思案した後、ヘスティアの登場と同時に、クリスティオらのもとへと向かったのであった。
模様のほとんど見えない、白亜の毛並みをした幻霊狩猟豹の鎧獣騎士、ヴィクトリア=キュクレインが、巨大な人狼と、膝をついた少女を見比べる。
「マテュー騎兵長の報告にあった、ザイロウの〝力〟――ですか」
最初に言った名がどういう意味を持つかは、この場の誰もが知らない。よもや、ザイロウについての報告をした本人が、ザイロウをああしてしまうきっかけを作ったとは。
「ザイロウの〝力〟? 貴女はあれをご存知なのですか?」
「その声は、ミケーラさんですね。そうですか、貴女も騎士に戻ったんですね」
「そんな事はどうでもいいです。ヴィクトリア様、貴女はアレが何なのか、ご存知なのですか? 一体、イーリオ様とシャルロッタ様に何が起きてるのですか?」
ミケーラの問いに、ヴィクトリアは首を振った。
「残念ながら詳しい事は私にも……。ただ、以前イーリオ君は、ゴート帝国のティンガル・ザ・コーネに襲われた時、巨大な狼に変じて、それを退けた、と聞いています。その時、彼の窮地を救ったのが、――あの黒騎士だとも」
ヴィクトリアの発言に、視線を巨大人狼とヘスティアに戻すと、いつの間にいたのか――ヘスティアの前、彼女の盾になる形で、黒騎士が姿を見せていた。
「黒騎士卿……」
「分かっている。これが俺の、本来の〝依頼〟だからな」
誰にも聞こえないヘスティアと黒騎士だけの会話。だが、見た目の通り、聴覚の優れたクリスティオのタテガミオオカミは、耳聡くこれを聞きつけた。
――本来? あいつら、まさか、この事態を予測していたと……? いや、あいつらが引き起こした事なのか?
不意に、ヘスティアが声を張り上げた。
「鎮まりなさい。ヤム=ナハルの眷属、滅びの獣よ」
その言葉に、寺院の全員がざわめく。ヤム=ナハル? 滅びの獣? では、あれが?!
クリスティオ達も耳を疑った。
イーリオが、あのザイロウが、滅びの獣だと?
「昏き光より産まれ落ちし、絶望の巨獣よ。我らが聖なる黒のもと、粛として虚無へと戻るがよい――黒騎士卿!」
再びヘスティアが声を高らかに告げると、黒騎士が彼女の目の前で跪いた。
「汝に黒の聖印を与えん」
「は」
言葉と共に、ヘスティアの額に輝く結石から、漆黒の光が伸びていった。それは黒の人豹騎士の額にある、黒曜石の如き神之眼に吸い込まれ、やがて消えていった。
この間、巨人の人獣は、不可解なものでも見るように、他者同様、これを怪訝な目つきで眺めていた。
だが、立ち上がった黒騎士を見て、突如、巨人ザイロウは大きな威嚇の声をあげた。
「黒騎士卿。女神オプスの加護の力。今こそ顕現なされませ」
ザイロウが巨大な左手の爪を、黒騎士に振るう。
巨象の鎧獣騎士さえも凌ぐ、力と速度。
ヘスティアもろとも吹き飛ばされた――誰もがそう思ったが。
高音と低音を同時に響かせ、ザイロウの爪が停止させられた。
クリスティオも、ミケーラも、ヴィクトリアやマルガさえも、その目を疑う。
自身の背丈ぐらいはありそうなザイロウの巨大な手が、黒騎士の翳した黒刀で、防がれていたからだ。
蒼の炎を噴き上げる人狼の巨人と、漆黒の騎士王。
両者の対決はさながら、神話の争いが地上に移されたかのようだった。




