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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第六章「神女と聖女」
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第六章 第三話(終)『牛羚羊』

 ヴィングトールとジャックロックを後部の車に乗せ、カイゼルンとリッキーは、覇獣騎士団ジークビースツの紋が入った鎧獣用積載馬車ガルー・キャリッジを慌ただしく出発させた。


 珍しく、カイゼルンがヘラヘラとしていない。いつもなら、きれいどころの一人もいないと、ぼやき続けているところなのに、今は終始無言のままだ。別に険しい表情というわけでもなく、どちらかというと、間の抜けた、惚けたような顔なのだが、何か憚られる空気がまとわりついていた。

 それでもリッキーは、最前から気になっている事を尋ねる事にした。


「カイゼルン公」


 彫りの深い目を眠そうに半開きにして、馬車の向かい席に座るリッキーを見る。


「その……黒騎士って、カイゼルン公と戦ったら、どっちが勝つんスか?」


 質問に、何も答えないカイゼルン。ただ気の抜けた表情で、凝とリッキーを見ていた。


「カイゼルン公と同じ実力なら、あの三人じゃ、歯が立たないんじゃねーかって……思うんスけど」


 重ねた問いに、それでもうんともすんとも言わない。馬車の揺れに合わせて、体が震動するだけだ。

 そのまま沈黙が過ぎ、やがてカイゼルンはリッキーから視線をそらした。

 何故答えてくれないのかと、リッキーが訝しんでると、


「オレ様が勝つに決まってんだろ」


 と、ボソリと呟いた。


「そう――そうッスよね。公が負けるなんて、ンな事ある訳ねーっスよね。だったらイーリオ達も、仮にやりあう事になってもまだ無事でいられる可能性が――」

「そりゃあどうかわかんねぇぞ」

「え――」


 カイゼルンは片肘をついて、視線は窓の外に向けたまま、独語するように呟いた。


「直接、りあった事ぁねぇが、黒騎士とは何度か戦場で会ってるからよ。どの程度の腕前してんのかってぐらいはわかるさ」

「じゃあ、やっぱそんなに……」


 喉を鳴らして生唾を呑み込むリッキー。


「仮に覇獣騎士団ジークビースツの誰かがあいつとったとしてだ、勝てる見込みのある奴ぁいねえ。おめえんとこの主席官エアスターもな」

主席官オヤジでも……それって、やっぱあの黒豹の鎧獣ガルーッスか。強ェ理由ワケって。それとも獣騎術シュヴィンゲンも、ですか」

獣騎術シュヴィンゲンっつったって、あいつのには型なんてねえ。鎧獣ガルーだってそうだ。特級とかそういうものとは違う。根本的にオレ達とは違ってんだよ。もし神話の獣が鎧獣ガルーだって言うなら、一番近ぇ存在は、あいつの鎧獣ガルーだろうな」


 リッキーは、黒騎士を見た事がなかった。

 噂話で聞くのみで、一度は手合わせしてみたいなどとすら思っていたのだが。

 今の一言で、その思いが無知から来る思い上がりだと、痛烈に感じてしまった。同時に、イーリオ達の事も、陸号獣隊ビースツゼクスの両名の事も、気を揉むように心配が募る。


「だがまぁ……あいつらが生き残れるって可能性がないわけじゃねえ」

「え?」

「伊達にオレ様が面倒見てやったわけじゃねえからな。クリスティオは、本気出せば、おめえんとこのイェルクよりも速いかもしんねえぞ。足の速さだけなら、一、二なのは確かだろうな」


 アクティウム王国の第三王子。〝放蕩王子〟クリスティオ。

 彼の実力は、そこまでのものがあるのか。


「それからイーリオだが、あいつ自身はほんとにまだまだもいい所だし、これから先はどうなるかわからんが、少なくとも現時点での実力は、敵うとか敵わねえとか以前の問題だ。だが〝ザイロウ〟――あの大狼ダイアウルフ。あれがどうにかなれる鍵かもしれんな」


 未知の獣能フィーツァーを持つ、異能に満ちた帝家鎧獣ロワイヤルガルー。成る程。未知数の力となれば、さしもの三獣王だとて、手こずる可能性はあるという事か――。

 だが――


「けど、それでもまだ、だ。それでも黒騎士は、上回っちまうだろうな」


「二人掛かりでも足りないって言うんスか」

「場数がな。あいつら二人に決定的に欠けているもんだ。だから希望があるとするなら……あの――」


 カイゼルンの語尾が、馬車の揺れる音で明瞭に聞き取れない。

 女――そう言ったように聞こえた。



※※※



 いきなり人牛の騎士が五騎も姿を見せた。

 オグロヌーの鎧獣騎士ガルーリッター


 授器リサイバーは濃灰色。手にしているのは全員ともに鎚矛メイス

 灰堂騎士団ヘクサニアの騎士らしく、十三使徒と呼ばれる騎士達の配下に当たる者達で、非常時に鎧化ガルアンするのではなく、常態で鎧化ガルアンしたまま、交代制で配備についているものらしい。


「イーリオ殿のご一行ですな。お待ちしておりました」


 イーリオが黒騎士にペンダントの件を持ち出した直後に表れたので、煮立っていた空気が、冷水をかけられたように、一気に興醒めする形となった。

 ドグからすれば安堵したといったところで、傍らのミケーラも同じくであった。

 自分の手配がもう少し早ければ――と、内心悔やんでいたのだが、今更言っても始まらない。

 ただ、自分一人が手を打ったところで、黒騎士相手にどうこう出来ると思う程、自惚れてはいなかったが。


「イーヴォ様より仰せつかっております。さ、こちらへ参られよ」


 オグロヌー。

 南の大陸(ムスペル)に生息する、黒い顔に灰色の体毛をした、足の細い牛科動物。その姿態から、別名〝牛羚羊ウシカモシカ〟とも呼ばれ、足も速く持久力にも優れている。数百万とも呼ばれる大きな群れで移動する姿が有名だが、元来大人しい性格で、攻撃性は高くないと思われがちだが、鎧獣騎士ガルーリッターとなれば話は別だ。

 特性を活かした攻撃は、なかなかどうして一筋縄ではいかず、カディス王国やアクティウム王国などでも多く採用されている騎獣だ。


「入られる前に、各々の鎧獣ガルーは、我らに預けてもらいましょう」


 先ほど黒騎士が言ったのと同じ台詞が繰り返された。

 緊張の水位が、イーリオ達の間で増した。どうする? 目配せをする。

 クリスティオはいつでもいけると言った態度。ミケーラはシャルロッタを引き寄せ、その場からいつでも離脱出来る構えだが、表情からは待てといった色が見える。ドグはそれを瞬時に見渡し、最後にイーリオを見ると――



 黒騎士が、手に翳したモノ――



 目が奪われていた。


「あれから一年と経っておらんからな。約定通りまだあるぞ」


 イーリオのペンダント。

 華麗な草冠模様に、月と星の彫り物がある金製のペンダント。


「その形……」

「うん? ああ。あのままでは価値が下がると思ってな。壊れた部分は直しておいた」

「直した……」

「俺の物だ。どう扱おうが俺の勝手だ」


 イーリオの感情が手に取るように分かる。どうする? このままじゃあ――


「案ずるな。俺の知人はホーラー・ブク(キサマのしりあい)より腕が良い。中の細工まで(・・・・・・)完全に直してある」


「……クリスティオ殿下。ドグ」


 イーリオの呼びかけに頷くクリスティオ。顔を蒼醒めさせるドグ。



いくよ(・・・)



 灰堂騎士団ヘクサニアの人牛騎士が、ただならぬ緊張感に咄嗟に身構え出す。


「おい! 何だ? お前達、何を言っている?」


 詰問を待たず、語尾を重ねるように叫んだ。



白化アルベド!」



 三体の獣が前足を上げ、三人の騎士スプリンガーに覆い被さっていく。それと同期した動きで、白煙が間欠泉の勢いで三者と三匹を包み込んだ。

 その時間は数秒にも満たない。


 その僅かな時間の中。ドグは不甲斐ない自分を呪った。


 ――俺に……俺になれるってのか……兄貴みてぇに……!


 リッキーの言葉が蘇る。

 彼に胸に刻まれた、彼の誇りとなるものが――。



※※※



「俺が……頼りになるって……? イーリオ達の?」


 信じられない話を聞かされたような、狐につままれた顔で、ドグはリッキーの台詞を反芻した。


「俺が……頼りに……」

「そうだ。ウジウジ考えねェ。単純に信じる。だからあの、ゴート帝国の皇子サマも、信じてやったんだろ? 違うか?」


 ドグが視線を送った先に、白虎の鎧獣ガルーの世話をする、金髪の少年がいた。

 ハーラル。

 リッキーとプットガルデンに向かう途中で出会った、偶然にしては奇異な縁の若者。

 かつては襲撃者として自分達を死の寸前にまで追いやった敵。恨みや憎々しさこそあれ、手を貸すなど考えも及ばなかった。なのに今は、旅を同行する事になっている。


「だからよ、捨てちまったテメェを拾って、いつまでもしがみついてんじゃねェ。オメーは、もうとっくの昔に変わっってんだからよ。分かったら立て。もっかい基礎から行くぞ」


 無理矢理にドグの腕を掴むと、リッキーは強引に、へばっていた彼をその場に立たせた。


「いや、立つよ。イテテ……分かったよ。立つから。けど、俺が変わったって、どこがどう変わったんだ? 俺は未だにただの鎧獣ガルー持ちなだけのガキだぜ。……せいぜい流しの騎士スプリンガーってのは言えるけど……」


「ちげーだろ。肩書きとかってんじゃねェ。とっくの昔に、オレとおんなじになってる、つってんだろーがよ」


「兄貴と同じ?」

「そうだ。オレはジルヴェスターの主席官オヤジの剣だ。主席官オヤジの考えを読み、主席官オヤジの思うように突き進む。オレにとっての主席官オヤジは、そーゆーモンだ。オメーにとってのイーリオも同じだろ? 大事なのは卑屈になる事じゃねーし、遠慮する事でも噛み付く事でもねェ。だからと言って、気ィ使ったりするんでもねェ。相手に認められ、こっちも相手を認める。そーゆーのだ。……と言っても、まだオレも認められるトコまでいってねーがな……」

「じゃあダメじゃん」


 リッキーの拳骨が、ドグの頭に飛ぶ。


「痛いっての」

「前言撤回だ。オメーはやっぱ、オレとはちげーな」

「んだよ。自分で言ったクセに……」

「アァ? 何だ?」

「……いや、何でもねぇっす」


「とにかくだ。相手が困った時は、支えになったりコッチがダメな時は助けてくれる。いつもそーじゃねーぞ。ここぞって時にそれが出来るし、してくれる関係ってコトだ」

「――仲間って事か? それならまぁ、俺はイーリオの仲間だと思ってるけどよ」


「ちげーよ。仲間ってんなら、オメーはオレの仲間でもあるさ」


 その一言は、不意打ちをくらったようなもので、ドグの胸の奥を熱いもので満たした。


「な……何だよ、それ」


「オメーはもう、盗賊とかそーゆー事を言う前にな、イーリオのギリギリん時に頼りになる存在。……つまりだ――」

「?」




「〝相棒〟だって言ってんだよ」

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